盾鎚師の生き様
「あんだテメェ……ここは貴様のようなヤツが来ていい場所じゃねェぞ」
凶悪な顔をした屈強な男が、若い男──ジョルジュを睨みつける。周りを見回すと、年端もゆかぬ少年少女達が真剣な眼差しでじゃんけんハンマーに取り組んでいる。確かに、ここに割り込んでしまっては、子供相手にムキになる残念な大人でしかないだろう。だが──
「ここで盾鎚をやっているという話を聞いてきた……本当か?」
刹那、それを聞いた者たちに戦慄がはしる。
「テメェ……盾鎚師か」
「……そう呼ぶ者も居る」
「いいだろう。そこの階段から下に降りな」
ジョルジュは男を一瞥し、無言で階段を降りる。一段降りる度に血の匂いが濃くなる。並の者なら耐えきれないであろう。だが彼は涼しい顔をして、死へと誘う扉を開いた。
「死にたがる者よ。処刑場へようこそ」
「ふん。俺が死ぬものか」
ジョルジュは道化師のような姿をした男の声を軽く受け流し、部屋を見渡す。その彼を見舞ったのは、数多の殺気。そして──
「ほう。とうとうここにも『皆殺しのジョルジュ』がやってきたか。うちも有名になったもんだ」
「……その二つ名は好きじゃない」
「まぁいいさ。決闘がお望みで?」
「それ以外何がある?」
「そりゃそうだ。おぅ、『不沈城』呼んで来い」
タキシードに身を包んだ男が、背の低い男に命令する。
背の低い男は「御意」とだけ言葉を残し、音もなく消え去った。
いくらかして、巨大な盾と桁外れの筋肉を持つ男が姿を現した。
「お初にお目にかかる。俺はショーレン。『不沈城』ショーレンだ」
「俺はジョルジュ。早速だが手合わせ願いたい」
どちらかがこれ以上動けば唇が触れ合ってもおかしくない距離での睨み合い。そこに割って入ったのは先ほどのタキシード男だった。
「はいはいそこまで。ルールは国際規格レギュレーション3でイイカナ?」
「「問題ない」」
「んじゃそれで。決闘は30分後。集まった賭金のうち3割を勝利者が得るよ。これはウチのルールだから文句あるなら帰ってね」
ジョルジュは無言で頷く。彼にとって金銭などどうでもよいからだ。ヒートアップする観客席を一瞥し、武闘場隅にある椅子に腰かけた。あと30分で──熱い男の闘いが始まる。
「怯えずに来たようだな。その心意気だけは誉めてやろう」
「貴様からは威圧感など微塵も感じない。とっとと始めろ」
盾鎚師の決闘は、まず簡単な煽りあいから始まる。最新レギュレーションで追加された通りの作法に、ジョルジュは「この国も捨てたものではない」と僅かながら感心した。これが出来ていない違法闘技場が余りにも多いからだ。
辺りが静寂に包まれる。観客が息を呑む音が聞こえる。幾らかの時間が過ぎ、挑戦者であるジョルジュが右腕を腰まで引き、口を開く。
「じゃん──」
その言葉を聞き一層高まる緊張感の中、
「けん──」
ショーレンが同じく右腕を腰の後ろに回しながら返す。ここからだ。早く出しても遅く出しても観客から罵声が飛ぶ事になるからだ。それでは美しくない。観客が求めているもの、それが──
「「ぽん」」
刹那、観客席からとんでもない数の称賛の声が飛んでくる。口笛を吹き鳴らす者。中には失神してしまう者までいる。
これだ。この高揚感こそ皆が求めているものなのだ。
「決まったァァァァ! 先手、『皆殺し』ジョルジュゥゥゥゥ!」
タキシード男が吠え、ますますヒートアップする観客。
「ちっ。命拾いしたな」
ジョルジュの腹に握りこぶしを突き付けたショーレンが漏らす。
「フッ、残念だが俺は加護持ちでな。7割の確率で先手を取れるのだ」
相手の顎を捉える、正確無比な掌底。これこそがジョルジュの真骨頂であった。だが彼は慢心しない。だからこそ勝ち続けることができるのだ。
「では先手を頂こう。
俺の得物は聖銀の鎚。内部にバネと錘を仕込むことで接触時に複数回の衝撃を加えることができる最強鎚だ。補強のため、盾と同じく幾重もの聖銀板を貼り合わせて内側への衝撃を緩和する、祖国最強──いや世界最強の構造だ」
ジョルジュは惜しげもなく得物の特性をショーレンに明かす。対するショーレンは、
「あぁ、隣国式か。確かにあれはいいものだと聞く。だが俺の得物は純粋な聖金製だ。聖銀如きで打ち破れると思うなよ」
「くくく……純粋聖金ときたか。相手にとって不足なし。全身全霊籠めて必ず破壊してやろう」
ジョルジュは打ち震えた。国際レギュレーション3の目玉である「相手の得物を褒め称えた上で、それを潰す発言」。ここまで美しい闘いを、彼は久しく体験していなかった。血が滾る。ここで人生が潰えようとも、彼は決して後悔しないであろう。
そして──
「両者、構え!」
「「ウォォォォォォォォォ!!」」
熱き盾鎚師達の闘いが、今始まる。
「ぴこぴこハンマーの写真」から生えてきた物語
つづきません。ごめんなさい