元ぼっちのおっさん、悪役令嬢を乗馬デートに誘う
胸が苦しい。さすがに好き放題やりすぎて、悪役令嬢の誰かに、毒でも盛られたか……。
今晩も、夕食は悪役令嬢の女体盛りだったから、目で味わうばかりで、刺身の味など覚えていない。毒が入っていて、味が多少変だったとしても気づけるわけがない。
「いやんっ、おじさま、くすぐったいです〜」
「ごめん。ごめん」
「あふっ、だからくすぐったいって言っているです〜。おじさまのいじわる〜」
今日の女体盛り当番のアーヤがほっぺをふくらませて、じーっと睨んでくる。いやー、さすがは悪役令嬢。つくり怒り顔もかわいい。メロメロになってしまう。
「いやー、ワザとじゃないんだよ」
「アーヤ、ズルいー!」
「そうよ。そうよ。私がおじさまのために、一肌脱ぎたかのにー‼︎」
とこんな感じだった。
一緒に夕食を食べた悪役令嬢たちは、女体盛り当番だったアーヤに嫉妬していた。それがまた、かわいくてたまらない。
俺は15歳の時に、国王様の馬車の前に飛び出したというだけで、この無人島に島流しの刑にされた。
まだ女を知らず、童貞のままだった。
俺の人生は終わったと思った。女を知らないまま、この無人島で独り寂しく死んでいくのだと思っていた。
ところが、この無人島には、野生の野菜やフルーツが自生していたし、水源もあった。
さらには、温泉も湧き出ていたし、一年中氷がとれる洞窟までついていた。
そして、王国を追放されてこの無人島に来てから30年後(多分それくらい)、女を知らないまま大人に、いやおっさんになった俺に奇跡が起きた。
突然、悪役令嬢たちが次々と、この無人島に島流しの刑で送られて来るようになったのだ。
この島には男はいないことになっているそうで、俺を見ると悪役令嬢たちは決まって驚いた。
そして、この島唯一の男である俺は、悪役令嬢たちの奪い合いの的になった。“たった一つしかない存在”は無条件に特別扱いされる。
しかも、30年とサバイバル生活を続けて、俺はワイルドな魅力ムンムンになっていた。
この条件下で、モテないわけがない!
だから、悪役令嬢たちが温泉に入っているとき、
「俺様は、透明人間だから、誰にも見えないぞー」
と自分でもふざけているなーと思いながら、堂々と声を出し、透明人間宣言して、好き放題させてもらった。
あとは、モーニングコーヒーが少しでも濃かったり、薄かったりしたら、
「マズっ! 俺様にこんなもの飲ませるんじゃねぇ‼︎」
と投げ飛ばしたり、目玉焼きの焼き加減がその日の気分と合わなかったら、これまたやはり、
「何度言ったらわかるんだ! 俺様の気分に合わせた焼き加減にしろ‼︎」
と言って投げ飛ばした。
ああ、それから、悪役令嬢たちの下着やビキニも気に入らなかったら、
「さっさと着替えてこい!」
と、まあ自分でもよくここまでわがままになれるなと思うほど、やりたい放題やった。
すると、不思議なことに、悪役令嬢たちは、
「ああーん、おじさま、ス・テ・キ!」
と喜ぶのだった。
甘やかされてばかりいたから、突き放されることに免疫がなく弱いのだろう。
だが、さすがに好き勝手やり過ぎたか。ここ数日気になっていたが、特に今日は胸が苦しい。なんかこう、締め付けられるというか、熱いというか、今まで体験したことのない苦しさだった。
俺は隣で寝ている悪役令嬢たちを起こさないように、ベッドから出る。起こしたらまた悪役令嬢たちの相手をしないといけない。今の俺の身体では、それは無理だ。
ひとまず、保健室に行って、何か薬を探すことにする。
悪役令嬢たちがここに島流しされるようになってから、お酒、ビキニや下着などの衣類、馬を積んだ船が流れ着くようになった。
お金持ちの家族や、美しき悪役令嬢の隠れファンが送っているのだろう。
特に驚いたのは、この大理石をふんだんに使った、もはや船というより城と言ったほうが正しい建造物が流れ着いた時だった。
おかげで、絶好のロケーションの海上キャッスルで、悪役令嬢たちと一緒に快適な暮らしを満喫している。
保健室は、この海上キャッスルの中に、俺が作らせた。女体盛り当番と同じように、当番制で悪役令嬢たちが3人体制で保健室の先生になってくれた。
まあ、真夜中の今は誰もいないだろうが……。
ガラガラ。保健室のドアを開くと、大きめの白Tでギリギリ、パンツが見えない絶妙な格好をしたカナエと目が合う。
ドクンッ、ドクンッ。胸がさらに苦しくなる。
長い水色の髪と、白Tからうっすら透けて見える水色の下着が最高のコラボを実現していた。
「おじさまも……眠れないのですか? カナエも胸が苦しくて……」
カナエが恥ずかしそうに俺を見る。
「あっ、そうだった! 俺様はトイレに行くつもりだったんだ」
「でも、御手洗いでしたら、おじさまの寝室にもありますでしょう」
「え、えーと、なんとなく、一階のトイレを使いたい気分なんだなー。それじゃ、おやすみ」
ガラガラ。
俺は保健室から立ち去ると、夜風にあたるために一階のテラスに出た。
心地よい風が吹いていて、雲の間から、破裂しそうな満月が顔を出している。
深呼吸をして、暴れまくっている鼓動を落ち着かせようと試みる。
なんとなくわかってきたぞ。この胸の苦しみの原因は毒ではない。
病だ。
深呼吸をして、少しはギューッと締め付けられていた胸の苦しみが楽になってくると、今度は二階のバルコニーに出ていたカナエと目が合う。
俺は即座に視線を外すと、城の中に戻る。
ドクンッ、ドクンッ。ドクンッ、ドクンッ。
わかった。わかったから、もうこれ以上暴れるな。
俺はカナエに恋をしている。
これは恋の病だ。
俺が“安全な場所”を探して、海上キャッスルの中を走っていると、階段の踊り場でアーヤが倒れていた。
髪がまだ濡れているし、いい匂いがする。きっと最上階のお風呂に入って、自分の部屋に戻ろうとしたところを、何者かに襲われたのだろう。
っていうか、犯人はカナエだ。女体盛りの当番とはいえ、ちょっとはしゃぎすぎたアーヤにムカついて、階段を下りるアーヤの背中を押したのだろう。
俺は、アーヤが倒れていることは見なかったことにして、再び“安全な場所”を探すことにする。
下手にアーヤを助けると、またカナエに襲われてしまうかもしれない。
他にも、カナエが保健室の先生の順番を守らなかった悪役令嬢の部屋にヘビを放ったり、俺に料理を褒められた悪役令嬢の部屋のドアノブを熱くして火傷させたこと、カナエの愛馬に勝手に乗ろうとした悪役令嬢を、ロープで縛って愛馬に跨がって引きずり回したことも知っている。
カナエは俺のドタイプだったので、隙さえあれば他の悪役令嬢から逃げて、カナエが何をしているのか行動をチェックしていた。
なぜだろう。最初はカナエの行動に引いていたのだが、まったく悪びれることなく、時には笑顔を見せながら、酷い行いをするカナエがよけいに気になるようになった。
今思うと、カナエは、わざと俺にその姿を見せていたように思える。裏の顔もちゃんと俺に見せていたのだ。
先ほど、保健室で会ったのも、バルコニーで目が合ったのも、決して偶然ではない。
俺の行動を読んで先回りしている。
ドクンッ、ドクンッ。ドクンッ、ドクンッ。
美女だらけの悪役令嬢の中でも群を抜いた容姿だけではなく、なぜここまでカナエに惹かれるのか、理由がわかった気がする。
カナエは、自分に絶対的な自信があるのだ。
他の悪役令嬢たちも、自分が一番だと思っている自信の塊のような子ばかりだ。
でも、どこか気持ちの端っこで、偽りの自分がバレたらどうしようと怯えているように思える。
それがカナエにはないのだ。裏の顔がバレたって、どんな男も自分からは逃げられないと自信に満ち溢れている。
これは勘でしかないが、カナエだけは、この無人島に自ら追放されて来た気がする。
まさか、またここに戻って来るとは思わないだろう。
俺は保健室に入ると、カギを閉めた。ランプの火を消し、ドタッと倒れるように横たわり、天上を見上げる。
すると、世界で一番美しい顔が、スッと俺の視界を占領する。手持ちランプで顔を照らしている。
カナエだ。俺の行動は、いや全世界の男の行動はカナエに読まれている。
ドクンッ、ドクンッ。ドクンッ、ドクンッ。もう、心臓が破裂寸前だ。
俺は今から、カナエに襲われるのか? ドタイプすぎるカナエとは、最後まですることは大切にとっていた。
しかも、無人島で30年も過ごした俺は、悪役令嬢たちと二人きりになることを極力避けて来た。
二人きりだと何を話していいかまるでわからない。
それが突然、カナエと保健室で二人きりになり、跨がられている。
こうなったら、キスして、大切にとっていたアレを始めるしかない。そうしたら、言葉なんていらないだろう。
俺がカナエを抱き寄せると、カナエはそのときを待ってましたとばかりに、俺の耳元で、
「おじさま、カナエのこと好き?」
と囁く。答えは知っているくせに……。
俺はゆっくりと頷く。
「好きな女の子ができたら、まずどうするの? お・じ・さ・ま」
俺は記憶を辿る。確か、周りの奴らは好きな女の子をデートに誘っていた。30年も昔のことだが、今もそれでいいのか?
「で、デートに誘うに決まっているだろ」
カナエは唇が触れるか、触れないかギリギリのところまで顔を移動させると、ゆっくりと頷く。
正解だったようだ。
「カナエはどんなデートがしたいと思う?」
カナエはそう囁くと、円を描くようにランプを動かす。
ヒヒヒーンッ! 馬の鳴き声がした。カナエが誰かに馬が鳴くように叩かせたのだろう。
ランプを動かしたのはその合図だったのだ。
「仕方ないな、乗馬デートしてやるよ」
俺は声がうわずらないように気をつけて言った。
「おじさま、本当ですか? カナエ、嬉しいですわ」
カナエが喜ぶ演技を見せる。演技だとわかっていても、かわいいと思うし、喜ばれて嬉しくなる。
「でも、おじさま、カナエとデートしたいなら、一つだけ条件がありますわ」
何だって? 自ら乗馬デートに誘導しながら、条件をつけるのか……。底なしの悪役令嬢だ。
「カナエと婚約してください」
ほ、本気なのか? 俺と婚約したら、ここにいる悪役令嬢を全員、敵にまわすことになるんだぞ。
カナエは自信に満ちた瞳で、俺をじっと見つめる。どこか勝ち誇った表情にも見える。
そ、そうか、むしろそれが狙いだったのか!
「やっぱり、この無人島にはわざと……。そして、狙いは……」
「おじさま、カナエと乗馬デートしたいの? だったら、婚約をしてくださいね」
カナエは、悪役令嬢たちがこの無人島で俺を奪い合っていることを聞きつけたのだ。
そして、悪役令嬢たちが奪い合っている俺と婚約することで、自分がno.1の悪役令嬢だと証明するために、この無人島にやってきたのだ。
カナエは俺にキスをする。
俺はカナエを抱き寄せる。
よし、こうなったら、悪役令嬢のトップになるためにやって来たカナエと婚約してやろうではないか!
俺が覚悟を決めたとき、ドンッ! と保健室のドアがハンマーで破壊された。
アーヤだ。階段の踊り場で倒れていたアーヤがなぜここに?
「この私が背後の気配を感じないとでも?」
いつものアーヤの甘えた喋り方と違って、凛々しさがあった。
倒れたフリをしていたのだ。カナエに背中を押されるのに気づき、上手く受け身をとって倒れたフリをして、俺が来るのを待っていたのだ。
とすると、ヘビを放たれた悪役令嬢も本当はヘビが平気なのに騒いで、ドアノブで火傷した悪役令嬢も、馬で引きずられた悪役令嬢も、俺に覚えてもらうために、ワザとカナエにやられていたのだ。
「早く、おじさまから離れなさいよ」
「嫌ですわ」
カナエとアーヤの視線が激しくぶつかる。
「思っていたより、楽しめそうですわね。ワクワクしてきましたわ」
カナエは不敵な笑みを浮かべる。
乗馬デートも婚約もお預けだ。
この島に追放されてきた悪役令嬢たちは、騙し合いのプロばかりだ。
カナエに頼まれて、馬を叩いて鳴かせた悪役令嬢も、その鳴き声によってアーヤや他の悪役令嬢が、カナエの企みに気づくと判断したのだろう。
いつの間にか、心臓の鼓動が落ち着きを取り戻していた。
「痛っ!」
俺はカナエをベッドの下に払いのける。
こんな仕打ちはされたことがない、とカナエは俺を睨んで目で訴えかける。
俺も楽しまさせてもらうことにしよう。いったいどの悪役令嬢が、俺と婚約できるのか。
悪役令嬢同士のサバイバル、確かに俺もワクワクしてきたぞ! さあ、悪役令嬢たちよ、手段を選ばずに俺をもっと奪い合うのだ‼︎