吸血鬼の村3(ソーラ)
「ナイト、痛いよ!」
抵抗しようとしたが、ナイトは意に介さぬ風で詰問する。
「なぜ、それを?」
「なぜって、夢にみたから……」
言いかけてソーラはそのまま口をつぐむ。
どうしてナイトはそんなことにこだわるのか……
「不意に思い出したが、今にして思えば以前も不思議な事があった」
宿屋の街灯から放たれる薄明りの中、ナイトは怖い顔をしてこちらを睨み付ける。
「あの隻眼の石像の部屋で、俺がお前に斬りつけたあのとき」
ソーラの脳裏に、あの日のナイトの姿が浮かんだ。
紅蓮の炎を背に身体中返り血を浴びた、あの男そのままの立ち姿。
「あのとき、どうして逃げなかった?」
「だって君が剣を途中で止めること、僕は知ってたから……」
ナイトはさらに手の力を強める。
痛さに脂汗が出るほどに。
「なぜ、知っていた?」
「……夢で、同じようなことがあって、それで……」
自分でも辻褄の合わないことを言っているのはわかった。
それなのに、ナイトは小さく頷く。
「やはりそうか」
「ナイト?」
「お前が足かせに見せられている夢と、俺が石に見せられている幻覚は同じなのかも知れない」
「同じ……夢?」
「そうだ。演じる役は違うかもしれないが……」
馬鹿げたことかも知れないが、ナイトの言葉はすとんとソーラの中に入る。
「……僕も、ときどきそう思ったことがある。君がトリップするとき、夢の中に出てくるあやかしと同じように見えることがあるから」
ナイトは今度は空いた左手でソーラの右腕も掴む。
「どうして!」
ナイトの声は震えた。
「どうして、彼はあんなことをした?」
「あんなことって?」
「どうして子供を餌にするなどという悪事に、彼が荷担したのかと聞いているんだ」
ナイトの勢いに、少しソーラは怖くなる。
「弟を人質に取られてたから」
「人質? なぜ?」
「……なぜって、なぜなのかな?」
言われてソーラは少し考え込む。
「……夢ってね、見たときはちゃんと覚えてるんだけど、日が経つと忘れちゃうから。今聞かれたことも、たまたま僕がさっき見た夢だったから答えられるんだよ」
しかし、そう言ってからソーラは顔をしかめる。
あの一連の夢に関してはそれだけではないことを自分は知っている。
(……思い出せないんじゃなくて、思い出したくないことが多すぎるから)
特に八才や九才の幼い時代には、夢はそのまま恐怖の具現としか捉えようがなかった。
だから強いてなかったことにしようと努めた。
(……あ)
時折甦る記憶も、この世にそんなことがあるはずがないと思えるような恐ろしいことばかり。
(……そうだ)
今回の夢とは関連はないが、少年がもっと幼い頃、弟がごろつきに捕まったのでそれを逃がしたら、代わりに自分が輪姦されたこともあった……
(あの男!)
昨日の夢に出てきた禿げ男は、そのときの一人だったことを不意に思い出す。
(よくはわからないけど、あの子の弱点が弟であることを奴は知っている……)
可愛い顔で心を和ませてくれる、性質の穏和な弟だった。
彼には汚い真似をさせまいと、手を汚す必要のあることは全部自分がやったのを覚えている。
ぞくりと身体が震えた。
あの毛むくじゃらの太い指。
何度も見たことがある。
あれが衣服を裂き、そして力ずくでうつぶせにされた後……
「っ!」
震えが止まらなくなり、ソーラは手で顔を押さえる。
「姫?」
「あいつら、三人がかりで……」
封じていた心の奥の扉から出てきた恐怖が、行き場所を得て全身を勝手に駆けめぐる。
「抑えつけて服を剥いで、そしていきなり……」
「姫っ!」
突然、顔がナイトの胸に押しつけられた。
そして、あろうことか、彼はそのままソーラを強く抱きしめる。
突然のことに頭は真っ白になったまま、ソーラは硬直した。
「……悪かった」
ぼそりと呟く声。
「もう、思い出さなくていい」
鼓動が激しく胸を打つ。
それは、夢の恐怖の余韻か、それとも……
「もう、二度と思い出さなくていい」
しばらくそうしていると、徐々に震えが治まっていく。
「……ナイト」
ようやく言葉らしいものを発することができるようになり、ソーラはわずかに首を巡らせる。
「僕からも質問していい?」
少年がかつて、血を吐くような声で叫んだ言葉の答えが知りたい。
「あの人はどうして僕を……じゃなくて、彼を殺さなかったの?」
微かな身じろぎをした後、ソーラの耳元で低い声がした。
「……多分、どうしようもないほど惚れていたからだ」
ソーラは目を見開く。
そんな風には思えなかったが……
「まさか」
「本当だ」
氷結したような空気はあまりにも澄み、ソーラの手足を傷つけるほど凍てついているはずだが、身体は信じられないほど火照っている。
「ねえ」
しばらくの間じっとそうしていたが、どうしても聴きたくてソーラはそっと問うた。
「ここにいるのは君なの? それとも彼?」
長い沈黙に、質問が相手に聞こえなかったのではないかと思った頃、
「……わからない」
言いながらナイトはソーラを離した。
「大変失礼なことをして申し訳ございませんでした」
「何を言ってるの?」
不愉快さに思わず怒り心頭に発する。
「っていうか、何を謝ってるの? 自分の意志でこんなことをしたわけじゃないからっていうんなら、確かに謝罪してもらわないと僕の心は晴れないけどね」
「自分の所行を他人のせいにするつもりはなく、全て自分の不徳の致すところで……」
「どうして言葉が通じないんだろ!」
あきれ果てて溜息もでない。
「それが傷つくんだってわかんない?」
「だから無礼を働いたことについての償いは……」
あくまで鈍い台詞に、ついに怒りが爆発した。
「償いを口にすることに傷つくんだよ、僕は君が好きなんだから!」
一度は男に戻るのを諦めようかと思ったほど、好きなのだから。
「………………え!?」
「君が僕を好きじゃないってことが、君の台詞でわかるから腹が立つんだ」
ナイトはしばらく固まっていたが、しばらくして首を一つ振った。
「とりあえず、部屋に戻りましょう」
「敬語も余計腹立つ」
悔しいことにナイトは何も言わず、ただソーラが部屋に戻ることを態度で促しただけだった。