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マーズ皇国/エルメス王国  作者: 中島 遼
7/15

吸血鬼の村1(ソーラ)

 しかし、ソーラの心配は杞憂に終わった。

町は、夢で見たものとあまりにも違う。

野犬のような目をした男達が住んでいた、汚い木造のバラックなどどこにもない。

暴力が支配していた廃屋や、それを高みから見物する心の卑しい金持ちもいない。

緑豊かな美しい家並み。

通りすぎる町の者は皆、こざっぱりとして快活で。

「大昔、この町は貧しくてみんなすさんでいて、犯罪者なんかも多かったらしいけど、吸血鬼退治で勇敢に戦った人たちの姿を見てみんな心を入れ替えて、それからはとても暮らしやすくなったそうだよ」

道具屋の女将さんがそんな話をしてくれるのを聞きながら、ソーラはナイトがモンスターの石を換金するのを待った。

「よし、これで皮の帽子が買える」

ナイトが嬉しそうな顔で防具屋に向かうのについていきながら、ソーラは辺りをきょろきょろと見回した。

どれくらいの樹齢かわからないほど大きな、でもどこかで見たような枝ぶりの樫の木がそびえ立ち、その周りを綺麗な洋服を着た子供達が楽しげに駆け回る。

砂埃が舞っていたはずの道は、綺麗な石畳が敷かれており、その先では噴水がキラキラした飛沫を落としていた。

整理された花壇、明るい煉瓦の家。

(……違う、ここじゃない)

夢の中の町と、この町は全く別物だ。

何一つとして、同じものはない。

(見習い僧侶神父の話だって……)

確かに深い霧の中、光る石を撒きながら大勢の子供達を引き連れて歩く夢は前に見た。

だから一瞬よもやと思った。

(だけど……)

あの過去の町には、今、伝説に残っているような立派な大人など一人もいなかった。

むしろ、高潔だったのはあの黒髪の青年。

状況的には彼が吸血鬼だとすれば、話は合わなくもないが、

(あの人は青くて毛むくじゃらではなかったし、牙が口から鼻まで上に伸びてるような鬼顔でもなかった)

むしろ、人間よりもずっと美しい生き物で……

「くそっ!」

勇者らしくない言葉でナイトが悪態をつく。

防具屋に行ったが、皮の帽子がなかったようだ。

「……この町の防具屋に売っている頭用防具はキャプテンハットだけだと言いたかったんだが、またソーラに攻略本を読みながらのロープレは嫌だと怒られると嫌だからな」

エルデが言い訳めいた口調でナイトに弁解しながら、町の反対側にあった門をくぐった。

そこからはうっそうとした森が続く。

ときおり平坦な道に出るが、すぐに上りの坂道になり、どんどん傾斜がきつくなっていった。

「あったよ、立て札」

そこには吸血鬼の村、こちら。と書かれている。

エルデが頷く。

「道に間違いはなかったようだ」

「別に迷いようもなかったじゃない」

「そんなことはない、岩や大木で時々太陽が見えなくなったりして、俺は方向感覚が狂いそうになったぞ」

たまに出てくるモンスターを倒しながらさらに歩くと、やがて岩だらけのごつごつした場所にやってきた。

「おかしい」

ナイトがぼそっと呟く。

「この辺りから霧が出るはずなんだが」

ふと、ソーラはぞくりとした。

ナイトの言葉から想起する夢。

そこの大きながれきの下にいた赤い鼻の男に連れられて、霧の中に入っていったことを思い出す。

そして帰りの道しるべになるようにと、道が曲がるたびに光る石を落として行ったことを……

「そのことなんだが」

エルデが革表紙の本のページを繰った。

「地形や地層、堆積物などから推測すると、このがけ下には昔は沼があった。そして、木々の植生があの眼下の辺りで変わっている。多分、木を切り倒して道を作り、その後で植林したのだろう。それが故、霧が出なくなったんじゃないかな」

「どういうこと?」

「昔は暖かい空気がこちらに流れ、沼から立ち上った水蒸気を含みながら動くそれが、うっそうと茂った木々や山の高度の関係で冷やされて、霧が発生していたんだと…………あ!」

Y字になった道の左に光る石がぽつんと落ちているのを見てエルデが走り寄り、それを拾おうと腰をかがめたが、

「だめだ、こりゃ」

すぐに彼は諦めて立ち上がった。

「接着剤か何かで地面の下にある大きな岩に貼り付けてある」

「要はお前のような男に、盗まれぬための用心だな」

「俺は盗もうと思った訳ではない、どうなっているのか調べようとしただけだ!」

やがて石は一つ、また一つ。

「これを案内板代わりにして、道を指示する演出なのか」

胸騒ぎが再びし始めた。

(……違う、ここじゃない)

あそこは明るい太陽の下を歩きながらたどり着ける場所ではない……

「あっ!」

角を曲がった途端、冷静なはずのナイトがどうしてか小さく叫んだ。

慌てて曲がったソーラもあんぐりと口を開ける。

そこにあったのは、「ようこそ、吸血鬼の村へv」と書かれたど派手でカラフルなアーチ型の門だった。

エルデが肩をすくめる。

「なんだか興ざめだな」

しかしナイトは何も言わずに歩を進め、アーチをくぐると入場料を三人分払った。

そうしてそのまま、矢印形の案内板に沿って歩く。

平日の夕方のせいか、訪れる人はさほど多くなかった。

ソーラたち以外には、観光客らしい三人家族と老夫婦ぐらいしかいない。

「これが鬼の住処か……」

花壇の向こうには、回転木馬や大型の滑り台などが見え、日曜日の催しとかかれた掲示板には大道芸やコンサートの案内が日付とともに書かれている。

植え込みの側を少し歩くと、ひどく原始的な造りのあばら家が数メートルおきに並び、二メートルぐらいの裸の鬼の人形が、手に作りものの人の腕などを持って立っていた。

赤鬼と青鬼と黄色い鬼が妙な踊りを踊っている等身大フィギュアには、正直失笑が漏れる。

エルデがそれでも革表紙の本に何かを書きながら、この風景を評した。

「センスのかけらもない」

だが、ナイトだけは眉間にしわをよせて、何かを測るようにゆっくりと歩む。

そうして、吸血鬼の宿、と書かれた宿屋の前に来たときに、小さな溜息を一つ落とした。

「どうしたの?」

「いや……」

いつもと同様多くを語らず、ナイトは西の空を見つめる。

「今から戻ると、森の中で野宿になる。今日はここで泊まろう」

空にはオレンジとピンクの雲が薄くかかり、沈みゆく太陽のベールのように漂っていた。

エルデもソーラも否やはなく、こぎれいなその宿に部屋を取る。

食事は美味しく、三階にある部屋にはベランダまであって、吸血鬼の村遊園地が一目で見渡せるようになっていた。

「何だか疲れちゃったな」

「俺もだ」

エルデがベッドに倒れ込む。

「飯がうまくて食いすぎたというのもあるが……」

言ったしりから寝息が聞こえた。

それを見てナイトはカーテンを閉める。

「俺達も寝るか」

「うん。」

灯りを消して、布団に入り込む。

(……違う、ここはあの夢の場所とは違う)

もう一度心に呟いて、ソーラはうとうとと眠りについた、が……


「おい、ふと思ったんだが」

ヤニ臭い息が顔にかかる。

「俺はあのガキどもが話してるのを聞いた」

あのガキどもとは、さっき話の中で言っていた、彼らが集めた子供たちのことか。

「こいつ、結構浮浪児の中では信望があるらしい」

別にそんなものはない。

ただ、浮浪児と呼ばれているうちに、いつの間にか年長になっていただけのことだ。

「それに、他の馬鹿なガキどものに比べれば目端が利くし、少しは利口のようだ」

「なるほど、な。お前の考えはわかった」

顔色の悪いやせた男が、引きつった笑顔をゆっくりとこちらに向ける。

「なあ、お前、話によっては、お前の弟への手出しをやめてもいいぜ」

「え?」

「それどころか、お前を英雄として、今後一切飯の種に困らないように世話をしてやってもいい」

ソーラは目を細める。

そんなうまい話が世の中にあるわけがない。

「なに、俺たちが渡す地図の場所に、俺達が保護した子供らを連れて行ってくれればそれでいいんだ」

「そこに何がある?」

にやにやとした笑いに、どうしてかさっきの会話が甦る。

(……吸血鬼の巣)

「隣山に、吸血鬼が数匹住んでいることは有名な話だろ?」

見た人は誰もいないし、数匹しかいないなんて話も初めて聞いた。

「そいつを退治する義勇軍を募っているんだ」

彼らは奇妙に優しい笑みを浮かべてこちらを見る。

「実は、吸血鬼退治を領主様から命じられているんだが、何分にも鬼どもは臆病で、自分たちの住処を人間に教えることを恐れている。だが、時々子供が突然いなくなったりするところを見ると、大人は入れなくとも、子供なら入れてくれるかもしれない」

時々子供がいなくなる理由は吸血鬼のせいではなく、ほとんどはこいつらが誘拐し、売り飛ばすか遊びすぎて殺してしまっているからに違いない。

そんな事例は腐るほど見てきたし、自分も体験してきていた。

「住処さえわかれば、あとは我々が奴らを始末するから、そこは安心してくれていい」

言いながら、顔色の悪い男は取り繕うように笑みを浮かべる。

「大丈夫、絶対に死にはしないさ。これがあるからな」

ポケットから男は黒い瓶を出した。

そして中に入った液体を、水の入ったコップに少し落とす。

それは濁った赤黒い色をしており、コップの水はたちまちのうちに汚された。

「それ、何?」

あまりに毒々しい。

「昔の魔術書にあった正義の薬さ」

「……正義の薬?」

「そう、これを飲めば吸血鬼はよりつかない」

ヤニ臭い男がうなずく。

「だからこれを飲んでさえいれば、誰も食われなくて済むという寸法さ」

ソーラは眉をひそめてその液体を見る。

本能が、それは禍々しいものだと教えた。だが、

「弟も、お前と同じような道を歩ませるか? それとも食うに困らず、これから一生過ごしていく方を選ぶか?」

アル中が、大口を開けて笑う。

「弟なんてどうでもいいとしても、お前はどうだ? お前もこんな暮らしから足を洗える。町の英雄として、領主様から賞金がでるからな」

向かいにいた、頭の禿げた男も一緒になって笑った。

「他の浮浪児たち数十人は、吸血鬼のところへ行くことを既に選んでる。お前はやつらが怖じ気づいて逃げ出さないように束ねてくれればいいのさ」

顔色の悪い男は、笑いこそしなかったが貧乏揺すりをしながらたたみかける。

「吸血鬼ったって数匹だという話だ。万が一、運悪く食われるのが嫌なら、ちっこい子供を前に出してれば、なあにお前は絶対安全だよ」

鬼だって馬鹿ではない。数匹しかいないなら、そんな大勢の子供全員を村に連れて行くわけがない。

逃げられたら住処を特定されるリスクがあるのに。

(絶対安全、ね)

彼らは明らかに嘘をついている。

だが、そうは思うがソーラは口をつぐんだ。

断れば、弟も彼も殺されることはわかっている。

選択肢はどこにもなかった。

「……わかった」

男達は愛想笑いをしながら頷く。

「なあに、大丈夫、ちゃんと俺たちはお前を助けに行ってやるから」

禿げ男はポケットから布袋を取りだして、中身を見せた。

そこには暗闇で光る石がある。

「これを撒いていけば、俺達は後を追える。そしたらお前達は救われる。ただ、数に限りがあるから、頭の悪いガキにこの役をさせるのをちょっとためらっていたんだよ。そこにお前が登場という訳だ」

「ちゃんとやれば、生命は助かる。わかるな?」

万に一つもそれがありえないことはわかっている。

それでも、弟を生かすためには選ぶしかない…………


「っ!」

がばっと布団から起きあがったソーラは震える身体を抱きしめた。

(夢か……)

あの町が出る夢は、大抵悪夢だ。

(何ておぞましい……)

額の汗をぬぐい辺りを見回すと、ようやく暗闇に慣れた目にエルデが寝ているベッドが目に入った。

だが、

(……あれ?)

ナイトのベッドはもぬけの空だ。

(……どうしたんだろ)

眠れなくて、外に出たのだろうか。

ソーラは立ち上がり、そっとベランダに出た。

しかし、彼の姿は見えない。

(外に出たのかな)

ベランダから下を見ると、旅館から道を隔てた木々の向こうにナイトらしい人影があるのが見えた。

(何であんなところに?)

左横を見ると、非常用の梯子が地面から数メートル上まで降りていたので、ソーラはするするとそれを伝って降り、ナイトの側に向かった。

(……あ)

後ろから見ると、ナイトは放心しているように立ちつくしている。

その背中に、ナイトとは違う人格を感じるのはなぜか。

(……似てる)

夢の中の青年のまとうオーラに。

ソーラはそっと後ろから近寄り、驚かさないようにナイトの腰を軽く叩く……と、

「ナイ……っ!」

途端、みぞおちに鋭い痛みが走る。

息が詰まって、気が遠くなる……


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