エルメス 発明家のいた村2(ナイト)
「ん……?」
我に返ったナイトは辺りを見回す。
すると、心配そうなソーラの目に行き当たった。
「ナイト、ごめん」
「え?」
「黒い剣、無理して集めなくてもいいよ」
「何だと?」
朦朧とする頭でソーラの言葉を理解しようとつとめる。
「だって、君、喉をかきむしって本当に苦しそうで、その後昏倒してずっと気を失ったままだったから。このまま死ぬんじゃないかと思ったぐらい……」
ようやく、頭の中の霧が晴れてきたので、ナイトは一つ息をつく。
「心配いらん。今までの中ではかなりマシな方だった。もっとも一生さ〇を飲もうという気にはならんが」
エルデが両手を腰に当てて、村を見回す。
「だがまあ、これでこの村の人たちの酒が飲めないという呪いが解けたようだ」
確かに村の広場に集う人々が気恥ずかしそうに、だが嬉しそうにコップにビールやワインを入れて飲んでいるのが見えた。
「……呪いというよりはトラウマだったがな」
ナイトは呟いてオブジェを見る。
そこに眠る男と、確かにさっきまで自分は一緒にいたのだ。
「偉大なる発明家がここに眠る。彼の功績は発明品ではなく、科学に対するあくなき情熱、人と魔物の壁を破ったそのことにつきる」
横でソーラが碑に刻まれた言葉を読む。それを聞いたナイトは眉をひそめた。
「……人と魔物」
するとエルデがばつの悪そうな顔で手を振る。
「す、すまん。実は以前、< >と言ったのは、かすれていたからではなく、読めなかったというのが実情で……」
それには答えず、ナイトは目を細めた。
「吸血鬼、あるいはグール」
「え?」
「この発明家も、黒い石の男も、どちらも人食い鬼だったんだ」
ソーラが目を見開いてこちらを見る。
「まさか……」
「俺が見たのはそういう夢だ」
恐らく間違いはない。
この間、ソーラからもらった指輪の黒い石で見た幻影では、目の前の少年を食わないために必死で葛藤し、そしてそのために何度も強く相手を抱いた男がいた。
喉首を食い破りたいという絶え間なき衝動。
自分は抵抗するその小柄な身体を押さえつけて……
(いかんっ!)
慌ててナイトは頭の中から全ての記憶を払いのけた。
だが、
(妙だな)
少しナイトは逡巡する。
たこつぼが見せた幻影の時点では、相手の少年に対してそこまで強い欲求を感じてはいなかった。
食欲にしろ、性欲にしろ。
(何があったのだろう)
あの二人の間に。
あるいはそれが今もなお、石がこの世に残っている理由なのかもしれない……
「とりあえず、次に行く場所は、この発明家の住んでいたところだね」
「そうだな、だがこの発明家の故郷はわからん。あの日記の続きを読まない限り……」
言いかけたエルデにナイトは首をかしげる。
「俺は数カ所までは絞れるが。」
「ええっ!」
「そんなことまで夢で見たのか?」
「それとお酒の関係について、後でゆっくり話してよ」
「そうじゃない、石の夢とは関係ない」
驚いた顔の二人に、ナイトの方がうろたえた。
「入り口を入ったところに革製の大きな地図があったろうが」
初めてここに入った時にも目についた大きな代物だ。
「あったのはあったけど」
エルデも頷く。
「地図の中に発明家の詩が古語で書かれていたから、あれはあくまでそれを引き立てるためのデザインだと思うが」
どうやら古語の読める彼らは現代語など目に入らなかったのだろう。
ナイトは落ちていた短い木の枝を拾い、それで地面に絵を描く。
「これって、エルメス国?」
「ああ。そして地図では発明家の旅行した場所に、銀のボタンで印が付けられていた」
覚えている限りの場所に印をつける。
「これはここの村だな」
エルデがあごに手を当てて呟く。
「そして、これはほとんど国境、というか隣の国にある町。それからこれはエルメスの中にありながら治外法権で有名な独立都市タイガーシティ、それからこの西の方のはホークシティ、そしてそれから……」
ナイトが全部で八つの点を描き込んだとき、ついっとソーラがそのうちの一点を指し示す。
「多分、ここじゃないかな」
それは南の端の国境の町だった。
「どうしてそう思う?」
「シャルルが言ってたの、覚えてない? 国境付近には吸血鬼退治で有名な町と、そのときの犠牲者を弔う目的で作られた教会があるって……」
何かがナイトの中で一致する。
「吸血鬼退治、か」
一つ頷いて立ち上がり、手に持った木の枝を捨てる。
「では行くか」
「うん」
ナイトはちらりと墓に向かって黙祷したが、ソーラが先頭を歩いていることに気がついて、慌てて一番前に出た。