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マーズ皇国/エルメス王国  作者: 中島 遼
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エルメス 発明家のいた村1(ナイト)

「……おい」

名前を呼ばれて振り向くと、ノッポがコップを差し出した。

「お前の分のジュースだ」

ナイトはつくづくと赤い液体を見る。

「貴様、妙なものを入れなかっただろうな?」

「色はあくまでトマトだ。それと鉄分を補完するために、プルーンエキスを絞った」

「えらくまともに聞こえるが」

「前回は収集した砂鉄を入れたら、赤鼻に張り飛ばされたからな」

「……当然のむくいだ」

「ま、確かにあれは俺が悪かった。砂鉄は二価の鉄だから黒い。赤くするには塩化鉄を沸騰水にぶちこんで一旦コロイドにしてから……」

皆まで聞かずにナイトはジュースを飲み、そして立ち上がった。

「そろそろ、見張りの時間だ。俺は行くぞ」

「待て」

ノッポがいつになく真面目な顔でこちらを見る。

「俺も行く」

「なぜ?」

「ここを出ることにしたからだ」

あっけに取られ、しばし呆然とする。

「なんだと?」

「ここを出ることにした」

ノッポはもう一度繰り返した。

「駄目だ!」

思わず知らず大声が出る。

「心配するな、この村のことは誰にも話さない」

「馬鹿、そんなことを心配しているんじゃない」

この村を出れば、世の中は全て敵となる。

「その点は心配いらない。俺なら大丈夫だ」

「何を根拠にそう思う?」

「人を食ったことがある世代から数えて俺達で三代目。最早、そちらの本能はかなり減退していると俺は考えている」

そんなのは人間を見たことがないから言えることだと思う。

一目見れば、ついついその血をすすりたくなるというのが我々の質だ。

だが彼は頭をこんっと叩いた。

「それに俺には好奇心がある」

「え?」

「新しいことを知りたい、新しいモノを見たい、作りたいという欲求は、全ての欲より上位にある。だから、人の血がすすりたいと思ったところで、その喜びを壊すものだと思えば我慢もできる」

「…………」

止めても無駄だとわかっている。

ノッポの知識欲は昔から激しいばかりに強かった。

こんな村で収まっているような器ではなかった。

「……わかった」

「多分、他の連中に言ったら、絶対に止められる。だから、お前が当番の日を選んだのさ」

「……俺が皆から袋叩きにされるということには考え及ばぬのか?」

相手は笑った。

「何人がかりで来ようと、お前を袋にできるだけの度胸と力量を持った者などいないさ」

ノッポは帽子をかぶり、外に出た。

いつもの小川を越え、山道を登り、そして下る。

雲が降りてきて辺りが霧に包まれる場所、そこを越えるとごつごつした岩場が見えた。

そのうちの大きながれきの下がいつもの見張り場所だ。

誰も村に入れないために。

この村のことを知られないために。

事実、ここから彼らの村を探せと言われても、普通の人間には無理だろう。

霧、磁場、そういったものが感覚を狂わせ、元来た道をわからなくする。

長い間に学び、身体で道を覚えてきた自分たち以外には村への道を正しくたどることは出来ない。

「世話になった。お前には感謝している」

いつもの場所につくと、ノッポはいったん足を止めた。

「お前らしくないことを言うな」

「感謝ついでに、俺の家の管理も頼む。どうせ向かいにあるんだし」

「なんだと?」

「一ヶ月に一度、風通しをして、それからさっと部屋の中をほうきで掃いてくれ。それと書籍については夏の終わりの乾燥した好天の日に、むしろを敷いて陰干しをしてくれ。それだけでいいから」

「勝手なことを」

と、ノッポは荷物の中から小瓶を取りだした。

「見てくれ、お前とここで俺の造った特製養命の酒で別れの杯を酌み交わそうと思って作ってきたんだ」

何となく嫌な感じはしたが、断れるシチュエーションではない。

「……お前が先に飲んで、無事に生きていたなら俺も飲もう」

「それが親友と別れる際にいう言葉か?」

ノッポはぶつぶつ言いながら、二つの小さな杯に小瓶の透明な液体を注ぐ。

「当然だろう。こんなところで二人折り重なって倒れているのを見つかった日には、末代までの恥だ」

「まあ、そういうな。はなむけだと思って一杯つきあえ」

無理矢理杯を手渡される。

「……お前はもう、ここには戻らないつもりなのか?」

「百年ほどしたら必ず戻る」

「百年間も俺にお前の家を掃除しろと?」

ノッポは快活に笑った。

「それまで、元気でいろよ」

「……ああ」

「そのときには、一杯有意義な科学技術を抱えて戻ってくる。我々の村で役に立つように」

「ああ」

持っていた杯を相手のそれにこつんと当て、ナイトは一気に飲み干す。

と、

「ぐうっ!」

目の前が真っ赤になり、それから白い点が視野の中央から広がっていった。

「ノッポ……」

それだけ言うのが精一杯、

「……げ、元気で」

あとは不覚にも闇……

「……おい、しっかりしろ!」

と、しばらくすると聞き覚えのある声に意識が戻る。

「おいっ!」

我に返って目を開けると、そこにはノッポの代わりにあばたがいた。

「あまりに遅いんで、心配になって見に来たんだが……」

あばたは周りを見回し、そこにあった手紙をナイトに見せる。

「村から出て行くために馬鹿なこいつに毒を盛った。だから、責めないでやってくれ……って書いてある」

あばたは青い顔でこちらを見る。

「ノッポの筆跡だ」

「ああ」

「まさか、奴は外に行ったのか?」

がんがんする頭を手で押さえながらナイトは立ち上がる。すると胃の腑から酷い吐き気が上がってきた。

「どうやらそのようだ」

「馬鹿な、殺されるぞ!」

友人を必死で心配するその姿を見て、ナイトはひっそりと笑う。

「大丈夫だ」

「何が大丈夫なものか」

「この俺をぶっ倒れさせるほどのしたたかな男など、この世にあいつしかいない」

あばたはしばし黙りこくった後、寂しそうに森の奥を眺めてやがて小さく頷いた。

「確かに」

そうして彼は両手を上にあげ、次いでその手を地面につけて、昔風の祈りの動作を二度行った。

「ノッポの前に続く道が平坦であらんことを」

ナイトも村の故事にのっとり、握りしめたままだった杯を地面に叩きつけて割った……


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