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マーズ皇国/エルメス王国  作者: 中島 遼
3/15

マーズ 大学付属図書館(ナイト)

「結局、石版は魔物に破壊されてしまった」

エルデがリヒターに頭を下げた。

「済まない」

「いや」

リヒターは首を横に振る。

「破壊されることはわかっていた。問題は、石板の文字を読めない者たちしか洞窟にいないという状況。それについてはどうかな?」

「心配ない。そらんじることもできるぞ」

エルデは嬉しそうに立ち上がった。

エルメス王の真似だろうか、両手を広げて詠唱し始める。

「預言の書其二

されど奇跡の力も人の力。魔王に至るに険しき道あり。

人も魔も、彼らを追い、ことごとく行く手を阻む。

それらを乗り越え力を得、魔王と戦う運命を知る。

嗚呼、精霊の加護あらんことを 」

リヒターはあごに手を当てた。

「なるほど、ここ数ヶ月の貴方たちの状況を表している、という訳ですね」

ナイトは眉をひそめた。

「俺達がどうかはわからんがな」

「だけど、追われるのも無駄じゃない、って訳だ」

エルデが頷く。

「ソーラにしても、マーズの港でマリン王子と剣で切り結ぶ前と後で経験値が相当増えていた。そういうメリットもある」

「ねえ、そんなことより」

ソーラが切羽詰まった顔で尋ねる。

「黒い剣の伝説については何かわかった? それ次第で僕の次の行き先が決まるから」

リヒターは頷く。

「出所が明らかになりました。エルメス王国です」

「エルメス?」

ソーラが目を見開いてリヒターを見る。

「エルメスと言っても、首都からは少し離れた田舎町ですが、そこに姫君が私に聞かせてくださった『友に送る詩』の作者が住んでいたことがわかりました」

リヒターは細い目をさらに細くした。

「作者は昔に流行ったその詩よりはむしろ今では村の発明家として有名で、特に功績があるわけではないけれど、人々から愛された発明品が今も村の誇りとして展示されているとか」

三人は驚いて顔を見合わせる。

「あそこかっ!」

あの胡散臭い発明屋が今回の件に関わってくるなどとは、今の今まで思いもしなかった。

「思い出してくれてありがとう。僕はいまからそこに行くよ」

「お気をつけて」

「うん」

次いでリヒターはエルデを見る。

「エルデ、結局、俺とお前は一緒に旅をすることができない運命のようだ」

「ユスティーツ」

「だが、この世を救うための戦いには、俺も参加している。それを忘れてくれるな」

「もちろんだ」

リヒターはエルデに弓を渡した。

「お前は前に出て接近戦で戦うより、後方から援護する方が向いている」

エルデは何も言わずに弓と矢筒を背に背負い、ソーラの肩に手を置く。

慌ててナイトも反対側の肩に手を置いた。

「では、また」

ナイトが頭を軽く下げると、リヒターがわずかに首を振った。

「待て、まだ伝えていないことがある」

「と言うと?」

「通常、君らがフィールドを歩くとき、ナイトが先頭だろう?」

「ああ」

フィールドを歩くときは先頭ほど敵の攻撃を受けやすい為、LPが多いあるいは防御力の高いキャラを前に置くのがセオリーだ。

「古語のある場所に来たら、ならびかえモードで姫かエルデを先頭に出すと、文字が翻訳されて言葉を理解することが出来る」

「細かいことまで済まんな」

「それが私の役目だ」

言いながらリヒターは手を挙げた。

「幸運を祈る」

ソーラの魔法が発動し、辺りは揺らぐ。

そして、気づいたときには雪のちらつくエルメスの大地と、遊園地のアトラクションのように白い城が目の前にそびえ立っていた。

「大きな町か神殿、図書館みたいな有名どこしか魔法では行けないから、村までは少し歩かなきゃいけない」

済まなさそうな顔をするソーラにエルデが首を振る。

「問題ない」

三人は、かつてエルメスの港からここまで歩いた道を逆向けに歩んだ。

モンスターが時々現れたが、いつの間にやら彼らのレベルは上がっていたらしく、ほぼ瞬殺だったのでLPが減ることもない。

もちろんナイトは片目だけでも特に苦労をすることはなかった。

だが、時折心配そうな目に行き当たる。

「左目は痛い?」

ナイトは首を振る。

「痛くはない。ただ、見えないだけだ」

どうも、物理的に見えないのではなく、心理的な部分で制御されているような感じだ。

「無理しないでよ」

「問題はない」

言いながら雪の丘を登ると、あの発明記念館の赤い屋根が見えた。

「もう着いちゃったね」

かつて来たときよりは、ずっとたやすかった。

それだけレベルが上がったのだろう。

「じゃ、チケットを買うか」

リヒターに言われたとおり、ソーラを先頭にして三人は入場券を購入して館内に入る。

(……こんなことならフリーパスを買っておけばよかった)

わずかな後悔が心をよぎる。

「この前読めなかったのに、今度はすらすら読めるよ」

ナイトの気持ちには頓着せず、ソーラは嬉しそうに並べられた日記や詩の解説をしていたが、やがて古い日記の前で立ち止まった。

「あ、ここ、何か黒い石のことが書いてある。でも、ページの終わりだから続きが読めないよ」

エルデが辺りに誰もいないのを確認してから、そっとグラスカッターで展示物の入ったショーケースに丸い穴を開けて手を突っ込み、日記の頁をめくった。

「……ある日、天から石が降ってきたが、それは何か悪いことが起きる前兆かと村人が問うた。俺は首を振り、ひとくさり流星や隕石についての科学的な話をしたが、彼らはそれでも不安そうである。しかたなしに、まじないで厄を落としてやるから持ってこいというと、嬉しそうに村長が黒い石を俺に渡した。

『!』

そう、それを見て俺は心底驚いた。

それはまるであいつの持っていた剣の色、光沢、質感にそっくりだったのだ。

昔、俺が小さい頃に世を去った、偉大な老剣士が言っていた。

この剣は何があっても欠けたり割れたりすることはない。唯一、持ち主がそう願わなければ。

守るべきものを失い、大地に溶けることのできなくなった魂が、あがきながら永遠なる場所を探すときのみ、その剣は魂と同化して粉々になり、大地に居場所を求める、と。

不安が高まり、俺は立ち上がった。

故郷に戻らねばならない。故郷に何かあったのなら、俺は……」

「こらっ!」

びくりとして三人が後ろを見ると、館員が頭から湯気を出して怒っていた。

「お前、どこに手を突っ込んでいる?」

エルデはぱっとショーケースから手を出した。

「まさか、泥棒か?」

ソーラが潤んだ目で館員を見つめる。

「どうしてもこの偉大な発明家の日記が読みたくて、僕らはアース王国からやってきたんです。だから、頁をめくるために最初から空いていた穴に手を入れて……」

「いかんいかん!」

ソーラの顔をみて一瞬目尻が下がった男だったが、自らを律するように彼は首を振った。

「これは読むために展示してあるのではない。指紋や汚れがついたら大変だ」

「え、でも……」

「さ、出た出た」

「ええっ、もう出るの?!」

抵抗する三人を押すようにして、館員は彼らを外に追いやった。

「ね、せめてこの発明家の故郷を……」

ばたんとドアがしまり、途方にくれた顔のソーラが溜息をつく。

「もうちょっとだったのに」

エルデが頷く。

「ああ、だが、どうやら黒い石は黒い剣の欠片だということがわかった。つまり、黒い剣を手に入れる為には、黒い石を集めなければならない、と」

二人がじっとこちらを見る。

「そう言えばいつも、黒い石はナイトの中で浄化されるね」

「ふむ、ある意味ナイトは黒い石を身体に入れて、再生させているとも言える」

「どういうこと?」

「鉄の欠片から鉄の剣を造る際には、一度溶かすための工程がいる。それと似たような事が起こっているのに違いない」

ナイトは不機嫌な顔でエルデを見る。

「何でわかる?」

「さっき読んでいた日記の最後の一節に、今俺が言ったようなくだりがあった。その日が来るまで全ての石よ、せめて安らかな夢を見ん、と」

「なら」

ソーラが指さした先には発明家の墓らしいオブジェがある。

「あれを取らなきゃ」

ナイトは眉間にしわを寄せた。

「何だか、あの石からはひどく嫌な感じがする」

「そうなの?」

ソーラがひどく真面目そうな顔でこちらをのぞき込む。

「苦痛を感じるなら、無理にとは僕からは言えないけど……」

ナイトは溜息をついた。

エルデの言うとおりだとすれば、嫌だからと避けて通るわけにも行かないらしい。

「いや、大丈夫だ」

オブジェの側まで行き、少しジャンプして右手でその石にナイトは触れる……


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