マーズ 南洞窟(ナイト)
「何だか大それた話になってきたね」
首都から騎馬隊を先発させているので、それに合流して欲しいとリヒターから言われた三人は、とりあえず最短距離である南西への道を下っていた。
「しかし、我々三人が伝説の勇者だと思うと心がはずむじゃないか」
エルデの軽い言葉にナイトは首を振る。
「我々が伝説の勇者かどうかなどわからない」
「高い確率でそうだと俺は思うぞ」
しかし、この件に関してはナイトは懐疑的だった。
「根拠が薄すぎる」
「いいか、俺達は紫竜に会ったんだぜ?」
「向こうがたまたま機嫌が良かったのかもしれんだろうが」
ナイトは小さく息をつく。
「そもそも、俺はそんな器ではない」
隣で黙って聞いていたソーラも、ナイトの言葉に頷く。
「僕もだよ。とりあえず、自分のことだけで手一杯だし、ほんと言うと、早く黒い剣のことを調べなければならないときに、魔王がどうのとか言われても困るんだよね」
エルデがしかめ面をする。
「気持ちはわかるが、利己的な人間は王道RPGでは主人公になれない」
「いいよ、君が主人公で」
気がなさそうな顔でソーラが言うと、エルデが強く首を振る。
「俺達にしか世界が救えなくても、お前はそんなことを言うのか?」
「何かリアリティがなくて、本気になれないんだ」
しかし、ナイトはソーラの言葉に首を横に振る。
「自分を勇者だと言われることについてはそうかもしれない」
「でしょ?」
「だが人の役に立つと思えば、それだけで事を成す理由になる。仮に俺達以外に勇者がいるのなら、その者に俺達の知識を伝えることにより、魔王復活を阻止する助けができる」
エルデがうんうんと頷く。
「さすがナイト。言うことが違う」
そして彼はちらりとソーラを見る。
「あと、お前がちょっと本気だしそうなネタを言っておこうか」
「本気出しそうなネタ?」
「ああ。お前のお姉さんの失踪の事だが、どうも魔王復活と関係があるような気がしてならん」
ソーラが大きく目を見開いた。
「え?」
「ユスティーツが言っていた。その光のブローチは封印の鍵とデザインを同じくすると」
「それが?」
「封印の鍵はかつて魔王を封じた際に用いられたアイテムだ。一の姫はたぐいまれな予知能力を持っていたと伝え聞く。だから、彼女は魔王復活を阻止するために色々考え、動き、逆に魔物に連れ去られたのではないかと思うんだ」
ソーラの顔が険しくなった。
「じゃあ、姉さんは魔王のところに?」
「それほどの魔力の持ち主だ。くだらぬ小者にやられることはないだろうが、戻ってこられないところを見ると、何らかの縛りがあるのだろう。そしてそれはお前の言う通り、魔王の側に置かれているから、という確率が一番高い」
「だったら、魔王復活を阻止するために頑張ってれば、いつか姉さんを助けることができる?」
「……多分」
エルデの「多分」は幾分自信なさげだったが、ソーラはそれで納得したようだった。
「わかった。魔王復活を阻止するために、そして姉さんを助けるために、僕は男になる!」
ナイトは心の内で笑う。
本人は妙に力を入れて決心したような顔をしているが、当初と何も変わらない誓いだ。
それに、胸の大きさだけなら男と言ってもいいぐらいの薄い代物……
(っ…………)
ナイトは心の中でぶんぶんと首を振って、今思い出しかけた感触を薙ぎ払った。
まったく、モンスターと戦うよりも始末の悪い感情だ。
「あ」
と、男になる宣言をしたソーラが、そのまま指を前方に延ばす。
「あれって、洞窟?」
「そのようだな」
どうやら彼らはマーズの兵隊と合流するより先に、洞窟についてしまったようだった。
三人は特に何も考えずに洞窟に入って真っ直ぐ進む。と、
「ほーら、俺の言った通りさ」
石版らしきものの側に立つ兵士たちの中の一人から、聞き覚えのある声が聞こえた。
「姉上……じゃなかった兄貴っ、もう逃がさないぞ!」
呆然とソーラは目の前のマリン王子と弟王子を眺める。
「なんで、こんなところに?」
マリンが腰に手を当てて胸を張る。
「古代遺跡オタクで有名な大地の城のカッセル家の長男がどうやら二人と一緒に旅をしているってわかったからな。マーズのリヒターと親友なら、石版発掘って聞いたら、とるものもとりあえずここに来るんじゃないかって思って張ってたわけさ」
「何だと? お前の言ってることは完全に正しいわけではないぞ、俺は決して古代遺跡オタクではない」
エルデが気色ばむ。
「正直に言ったらどうだ? 遊泳禁止区域で泳いだがその場で現金払いができず、短期間の強制兵役の刑に処されたのだと」
両王子とも、むっとした顔でエルデを見つめたところをみると、図星だったのかも知れない。
「それはそうと、こないだの続きをやらないか?」
マリン王子はソーラに向かって笑う。
「俺に勝ったら婚約取り消ししてやるよ」
ソーラが嬉しそうな顔をした。
「ほんと?」
「だけど、負けたら俺と結婚だからな」
「子どもが偉そうな口をきかないの」
言われた途端、マリンはむっとした顔でソーラを睨む。
「俺たちは同い年さ。人を馬鹿にしたら馬鹿にしただけのお返しはする」
言うや否や、マリン王子は剣を抜きはなつ。
(……どうすべきか)
わずかにナイトは迷った。
助けるべきか、王室のごたごたには目をつぶるべきか。
だが、その逡巡した一瞬、
「!」
洞窟の右上が大きな音を立てた。
そして、岩盤が崩れ落ちてくる。
「っ!」
ナイトは思わずソーラの上に覆い被さった。
幸いにも、大きな岩は彼らの上には落ちなかったが、石ころが山のように上から降ってきたので、庇った甲斐はあったろう。
「あのね!」
と、腕の中のソーラが頬を膨らませてこちらを見ていた。
「僕は君に庇われなくても一人で大丈夫だから」
ナイトは肩をすくめる。
「俺はそういう風に育てられている。今更いかんともしようがない」
「そういう風?」
「貴人を守るのは騎士の勤めだ」
ソーラは顔を紅潮させた。
「そういうの、正直うざい」
「なんだと?」
「ふむ」
姫君にあるまじき台詞にナイトが顔色を失ったとき、エルデが二度頷いて傍に来た。
「どうやらナイトはパラディンの素質があるらしい。だからソーラ、その辺りは少し融通を利かせてやれ」
「パラディンって?」
「ファイアーエンブレムではお馴染みだが、ドラクエではちょっとマイナーかもしれんな。特殊な技を覚えるが、身代わり、捨て身、メガンテ、つまり自分が死ぬ代わりに仲間を生き返らせるという自己犠牲的なものばかりで、他のソフトに比べてあまり使え……」
「ふはははははは!」
大声にナイトが顔を上げると、遺跡の側に、モンスターが多数現れたのが見える。
彼らは辺りにいた兵士達にいきなり戦いを仕掛けた。
「!」
ナイトがソーラを脇に置いて、襲われた兵士たちを助けに行こうとしたその時、
「うじゃうじゃいるじゃん」
嬉しそうな顔でマリン王子が周りを囲んだ死神貴族に斬りつける。
それを皮切りに洞窟中に叫び声や気合いの声が充満した。
「エルデっ!」
その頭上に現れた悪魔の魂と呼ばれるスピリッツを見て、ソーラは叫んだ。
黒い霧がエルデの方に吹きかけられる……
「彼に何かしたらただじゃ置かないから!」
と、ソーラの声に驚いたのか、悪魔の魂は驚いた顔をして逃げ出した。
「行くぞっ!」
ナイトも大地を蹴って、白骨闘士を一度に三匹倒す。
そして、エルデに追いつくと、その後ろを守る。
「エルデ、存分に石版を読んでこい!」
「助かるっ!」
素早くソーラもナイトの横に立ち、沸いて出たようなモンスターに霧氷斬りで立ち向かった。
だが、応酬に応酬を重ねたそのとき、
「あっ!」
エルデの声に振り向くと、いつになくきらびやかな衣装をまとった闇の司祭が、石版をまっぷたつに切り裂いたのが見えた。
「くそっ!」
ナイトは方向を転換し、闇の司祭に斬りつける。
すると相手はまるで竜巻のような魔法をナイトに投げつけた。
身体中に切り傷を作りながらも前に進むナイトの耳に、エルデの叫びが聞こえる。
「最大瞬間風速が百キロメートル毎秒だと! 台風の呪文かっ?!」
僧侶系最高の攻撃呪文だ。
「こんなところでこれほどの敵がでるとは!」
エルデが槍を握りしめた。
「ナイト、どうやらこいつはボスキャラだ!」
「見ればわかる」
他よりも身体がでかく、いつもと色が違う。
心の中に鳴り響くBGMも、どことなくおどろおどろしい。
「任せて!」
ソーラが睡眠魔法の呪印を結ぶ。
だが、闇の司祭には効かなかった。
「駄目だ、やっぱボスキャラだから?」
ソーラがふんわりと微笑むと、エルデの鼻の下ものびる。
「いや、違う。俺のデータでは、闇の司祭にはもともと抑制魔法が効かない。ついでに俺の竜巻の呪文も奴には効かん」
「へえ、そうなんだ」
エルデとソーラがのんびり喋っている間に、とりあえずナイトは相手に五太刀入れた。
左側の視野が欠けているため、右半身をやや前に出して相手の攻撃を窺う。
と、
「こういう相手と戦ってみたかったんだ」
後ろから声が聞こえ、次いで石つぶてが闇の司祭の額に直撃した。
「マリン王子」
ナイトは額にしわを寄せる。
「剣士はそういう下品な技を使ってはいけない」
不服そうに王子は肩をすくめた。
「下品てなんだよ、結構有名な技だぜ」
「正々堂々と戦えば勝てる相手にそういう小技を使う必要はないと言う意味だ」
「…………」
「やったね!」
まだ相手を倒してもいないのに、ソーラが手を叩く。
「僕以外にもナイトに怒られる馬鹿がいた」
「……俺に喧嘩売ってるのか?」
マリンは目を剥いた。
「なんならここでこないだの続きを……」
だが、言いかけたそのときだった。
「うわっ!」
マリンの横で、攻撃を仕掛けようとしたスカイ王子が闇の司祭に叩かれ、そのままうずくまった。
「スカイっ!」
マリンを無視してソーラはスカイに駆け寄る。
「うっ!」
どうやらスカイ王子は動けないようだ。
「いかんな、どうやら呪われたようだ」
ノートにメモを取りながら平然と解説するエルデに、ソーラが悲愴な顔を向けた。
「の、呪われたって、スカイが?」
再び襲い来る台風に吹き飛ばされそうになりながら、ソーラが叫ぶ。
「どうやったら助けられるの?!」
「相手を倒せば早い。あるいはしばらく待っていれば勝手に……」
「わかった!」
ソーラはエルデの言葉半ばに、両手を上に上げた。
手のひらから、めくるめく光球が天に向かう。
そしてそれはスーパーノヴァのごとく敵の上で爆発する。
「うぎゃああああ!」
あり得ない展開に闇の司祭は絶叫した。
また、周りにいた小者モンスターたちは言葉を発する間もなく、爆発ダメージの大きさに全て消滅する。
「今だっ!」
ナイトは敵前に跳ぶ。同時にマリン王子も闇の司祭に斬りつけた。
会心の一撃が数回続き、敵の顔が青ざめる。
「き、貴様ら、よくもこんなに簡単にわしを……」
「やかましいっ!」
「う、うぎゃあああっ!」
ボスキャラの割にはあっけなく、闇の司祭は倒れた。
「あ、姉上、な、なんだ今のは……」
呪いが解け、呆然と呟くスカイにソーラはにっこりと笑う。
「爆竹って名前の技さ。あ、それから僕は兄貴だから、以後言葉には気をつけてね」
「俺はもう、女を兄貴とは呼ばないつもりだ」
「ち、違う! 気にするのはそこじゃない!」
エルデは左右に数回首を振る。
「今のは、超強力爆発魔法だ!」
「まさか」
スカイが目を見張る。
もちろんナイトも驚く。
それはそうだろう。
高位の魔法使いのみが使いこなせる伝説の爆発魔法だと教科書に載っているものだ。
「す、すげえよ、兄貴……よくあんな技を……」
呟きを聞いたソーラが、その瞬間スカイ王子に飛びつく。
「ありがと! 僕が男になるの、認めてくれたんだね!」
「え?」
スカイは絶句してから、言葉をゆっくり絞り出す。
「あ、いや、それは……」
「いいだろ、それで」
マリンが薄笑いを浮かべて剣をソーラに突きつける。
「男だろうが、女だろうが関係ない。俺とどっちが強いかってだけのことだし……今すぐ決着をつけようぜ」
「やりたいのは山々だけど、僕には時間がないんだ。また、今度じゃ駄目かな?」
「駄目。さっきのボスキャラがイマイチだったから、俺は溜まりまくってる」
しかし、エルデがマリンとソーラの間に入って首を振る。
「お前はそうだが、ソーラはMPを全部使い果たしている。その状態で勝ったところで、何の自慢にもならんぞ」
「え?」
マリンはつくづくとソーラを見る。
「あんな魔法使えんのに、もうMPないわけ?」
ソーラは肩をすくめる。
「今はそういう呪いがかかってるらしいけど、誕生日までには足かせ外して何とかするつもり」
「足かせ?」
「これをつけてると、力が解放されないんだ」
「誕生日っていつだよ?」
「三月一日」
マリンは剣を鞘に収める。
「じゃ、それが過ぎたら俺と勝負できるようになるのか?」
「うん」
「ま、ハンデ背負ってる奴に勝っても、自慢にならないし……わかった」
マリンは真剣な顔でソーラを見る。
「親父には俺から言っておくから、絶対男になれよ」
「うん」
スカイが慌てたようにマリンの肘を掴む。
「え、だけどそれって……」
「男に二言はないだろ、あんたもさっき男になるの認めるって言ったじゃん」
「あれは兄貴が勝手に……」
「兄貴って呼んでる時点で、もう負けたも同然だろ?」
スカイ王子を半ば引きずるようにマリン王子は洞窟を出て行く。
だが、途中一度立ち止まってナイトをじっと見つめた。
「それが終わったら、次はお前を倒す」
ナイトは頷く。
「いつでも受けて立ってやる」
「いつでもってのは駄目だよ、ナイト」
ソーラが横目で睨む。
「僕の誕生日が終わってからね」
「ああ」
言いながら、誕生日までに残された時間が既に三ヶ月を切っていることにナイトはわずかに焦りを感じた。