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マーズ皇国/エルメス王国  作者: 中島 遼
13/15

エルメス 動物園3(ナイト)

 ナイトとエルデが止める間もなく、ソーラはナンバの手を握り、そして霞のように消えてしまった。

「大丈夫や、ナンバ君が付いとったら姫さんは絶対安全やし」

眉間にしわが寄ったナイトの顔を、サカイは意味ありげな表情で見つめる。

「それに、あの姫さん自身も相当な手練れやろ」

「……貴方はどこまで知ってる?」

サカイは肩をすくめた。

「何も知らんでも、見たら大体わかることってあるやん。それより」

彼はあごで岩山の方をしゃくる。

「二人が帰るまでにスズメの涙を取っとかんと、あわてん坊のナンバ君に、また蓋閉められてしまうで」

ナイトはうなずき、エルデと二人で岩山に向かい、そして空いた穴に入った。

穴の高さは二メートル程度であり、人が一人ようやく立って歩けるほどである。

しかし長さは意外にも相当あり、数キロほど進んだかと思われる頃にようやく二人は出口に至った。

「ほう」

穴を出ると、上にはぽっかりと丸い空が見えた。

まるで火山の噴火口の中から上を見るような感じだ。

「上が空いていたら、紅孔雀は逃げるのではないか?」

ナイトの疑問にエルデは首を振った。

「彼らは最大で高さ四メートルほどしか飛ばない。だから横穴をふさぐことは有効な手だてだ」

正面には複雑に組み合わさった岩山が見え、その間には小さな小川が流れる美しい丘が見えた。

「ハイキングにもってこいだな」

「いや、もっと過激なことになる」

エルデは本をぱらぱらとめくった。

「資料によると、紅孔雀は半径一キロのうちの最も高い場所に巣を作ると言われている」

左手の方を見上げると、頂上が平らになっている断崖絶壁が見える。

「あそこか」

仕方なしにハイキングを諦め、ナイトはロッククライミングを始めた。

「お、おい」

エルデが慌てた声を出す。

「俺には無理だ。遠回りだが反対側を廻って、道を探したいんだが」

「そんなことをしていたら時間がない」

それに、

「エルデ、悪いが今回は俺一人でやらせてくれ」

「何で?」

「サカイがそう言っていたから。恐らくスズメの涙を取るためにはそうしなければならない。一種の儀式なのだろう」

エルデは不承不承頷く、が。

「それは了承したが、紅孔雀の巣は一度見ておきたいから、上に登ったらロープを下ろしてくれ」

「……わかった」

二十分ほどかけてナイトが崖を登ると、確かにそこには巨大な巣があった。

約束通りロープを下ろし、ナイトはエルデを引き上げる。

「ほう、これはすごい」

メモを取るエルデは無視して、ナイトはそっと巣に近寄る。

と、

「!」

突然、空から大きな赤い鳥が舞い降りてきた。

ナイトは鞘のまま剣を払い、鳥を撃つ。

「ぎゃおっ!」

声を上げ、孔雀はナイトをわしづかみしようと隙を狙う。

そして時々雷を地面に落とした。

(手強い)

ここに来るまでは、左目が見えないこともさしたるハンデキャップではなかったが、これほどの強敵相手だと、大きなビハインドになった。

(くそ!)

防御力が高いので、魔法の使えないナイトには嫌な相手だ。

もちろん、魔法防御が高いかどうかは魔法攻撃ができないので不明ではあるのだが、今回は長期戦覚悟で相手のHPをじりじりとそぎ落とすしかなさそうだった。

「ぎえっ!」

紅孔雀はやたら首を狙う。

それがわかったので、ナイトはわざと隙を作って敵をぎりぎりまで引き寄せた。

そして間一髪、首にくちばしが届く寸前に身体を入れ替え、剣の柄でその頭を殴った。

「ぎゃおっ!」

戦うこと三十分、ようやく紅孔雀はがくりと身体を地面に落とす。

「やったな!」

エルデが駆け寄り肩を貸したので、ナイトは彼を踏み台にして巣に入った。

そうして巣にある大きな卵の横に張り付くようにしてついているトキ色の宝石を剥がす。

それはニワトリの卵ぐらいの大きさで、ビーナスの涙と同じように雫の形をしていた。

(思っていたよりは簡単だった)

と……

雀の涙を剥がしたせいで脆くなったのか、ナイトの足元に卵から何かがぽろりと落ちた。

(これは?)

何の気なしに手を伸ばし、転がった黒いものを触った瞬間、辺りにざわざわと人の気配がした。

どうやら村の皆が話し合いを終えて戻ってきたらしい。

子供達が村に来てから半日ほど経とうかという時刻で、空はもう暮れかけていた。

「遅くなって済まん」

あばたがナイトを手招きして、議論の結果を子供達に聞こえないように伝える。

「二手にわかれて紛糾してな、大変だったよ」

あばたによると、種が違うことによる今後の難儀を解消するには本能に従うべきだという派と、時代の変遷により、人と共存するべき時代が来たと考える派の二つに分かれたという。

「とりあえずは各家に一人連れて帰ることになった」

村から出すわけにはいかないから、監視もかねてしばらくは養うということか。

結局のところ、その後のことは決めかねたらしい。

「よおっし、みんな!」

広場の真ん中で赤鼻が手を挙げた。

「一人に一人ずつ選んで家に連れて帰れ」

さっきナイトの側では大人しそうにしていた子ども達だったが、一度に大勢の男達に囲まれた途端、青ざめた表情で全員が身を寄せ合うようにかたまった。

そうして全員、ポケットから瓶のようなものを出して、一息に飲み干す。

まるで大人が酔って怖いものを忘れようとするような仕草に、ナイトは思わず笑いそうになったが、しばらくすると、その瓶の残り香が鼻腔をついた。

それは確かに不安を忘れさせるような……いや、むしろ、恍惚にさせるようなそんな薫りだ。

「ど、どうする、三人余るぞ?」

仲間の一人の口から、どうしてかよだれがこぼれた。

「一番小さい方から三人までは、配当二人だ!」

そう言うあばたの目も何故か充血している。

「なんだか、身体が熱いと思わないか?」

と、横にいたお下げ髪が突然舌なめずりをしながらナイトに笑う。

「そういえば、男よりも女、年寄りよりもとにかく子供がうまいってじいさんが言ってたよ」

言われてナイトも唾を飲み込む。

そして、自分もまた周りと同じようにひどく興奮していることに気づき、慌てて首を振る。

「そんな話はやめろ」

「いや、でもな、今晩、誘惑に勝てるかどうか、俺、自信がなくなってきた」

「だからやめろと言っている」

聞きたくなかった。

聞けば自分の理性もなくなりそうな、そんな気がする。

「いいか、俺たちはまだホンモノの味を知らない。いつも塩味をつけた鉄さびジュースで細々暮らしている。だけど、一度でいいから血を飲んでみたいって思いながら生きてきた。お前だってそうだろ?」

確かに、本物の血液がどんなものか味わってみたいと思わなかったと言えば嘘になる。

そしてずっとさっきから、本能が子ども達ののど首ばかりを注視させているのもわかっていた。

「俺は昔っから意志が弱いんだよ、剣士のお前と違って、自制心が少ないからな」

「それは……」

ふと見ると、全ての村人の目の色が変わっている。

「男は固いが女は柔らかい。そして、古い人間の血はどろどろして脂っこいらしい」

「女は十代が一番美味しいらしいがね」

気が付けば、みな我先にと子供の群れに突進していた。

あちこちで悲鳴が沸き起こる。

金髪の少女は四人から手を引っ張られて泣き出した。

それにそそられたか、今までどうしようか迷っていた男達も飛び出していく。

(本当にこれは現実なのか)

ナイトの心の声に応えるように、誰かが叫ぶ。

「ずっと、真面目に静かに暮らしていた俺たちに天がご褒美をくださったんだ」

「天からの贈り物だ!」

吸血鬼が天に感謝する図というのも妙なものだと思いながら子どもの群れを見ると、中央にいた少年が目に入った。

彼が残っているのは年齢の若い少女から売れていっているためか。

どうしてか引き寄せられるようにナイトはその子の前に立った。

真珠のような白いのど首、蜂蜜色の瞳を見ると、この場で引き裂きたいという衝動にかられそうになる。

「俺の家に、来い」

憎しみを込めた目で少年はナイトを見上げたが、抵抗することもなく黙ってついてきた。

(……自分がこれからどうなるか、わかっていないのか)

しかし、それならどうしてあんなきつい目でこちらを見たのか。

(これからどうするか……)

みな、子どもを食うつもりだ。それなら自分も同じように……

(……いや?)

だが、思いかけてナイトは首を振る。

(どことなく、おかしい)

村人の興奮と同じものが自分の中に沸いているのは事実だ。だが、剣士として培った感性は、そこにある種の危険な臭いを感じ取る。

ナイトに剣を託した一世代前の達人は言っていた。

人が酔うときには酔うな。人が寝るときには寝るな。

そうでなければ何も守れはしない、と……

家に入れた途端、その白いうなじに耐え難いほどの食欲を感じたナイトだったが、その言葉を思い出し、静かに首を振る。

(……何も、今殺さなくとも、明日食えばいい)

元々、他人に比べて自制心は相当強い。

興奮状態で決定するより、落ち着いてから結論を出すべきだと決めた途端、すっと心は落ち着く。

「そう言えば、お前達はどこから来た? 山に一番近い町か?」

少年は首を振る。

「しゃべれなくなったのか?」

しばらく待ったが何も話さないので、仕方なくソファを指さした。

「今日はもう寝ろ、寝具の用意をしてやる」

「……何もしないの?」

ボーイソプラノにはやや低い、少女のような魅惑的な声。

思わず戦慄する。

食欲が増殖し、理性を追いやろうとするのを必死で押しとどめる。

そうして、そのためにいつもよりも深く状況を分析しようとした。

(ほかの子供があれほど取り乱していたのに、この態度は不自然ではないか?)

だが、さすがに自分が食われると知っていれば、これほど落ち着いてはいないだろうと思い直す。

「お前のいた町では、こんなときには何かされていたのか?」

「……まあね」

わずかに憐憫の情がわく。

「心配するな。何もしない」

ナイトはその愛らしい頬に手を触れた。

「だから安心して寝ろ。」

白いうなじを見るとついかじりつきたくなるので、ナイトは首から目をそらし、そして今日のジュースを樽から出して飲んだ。

しかし、時間が経つにつれ、少年の首にかじりつきたいという衝動は増していき……

「……おい、ナイト、大丈夫か?」

「え?」

呼びかけられて、自分が紅孔雀の巣の中で四つん這いになっていることにようやく気が付く。

「何だ?」

声は巣の向こうから聞こえた。

「いや、なかなか出てこないからどうしてるのかと思ってな」

「……済まない」

言いながら彼が立ち上がったとき、突然、目の前の卵にヒビが入った。

「!」

ぱりんと言う音とともに、大きなくちばしとつぶらな黒い瞳がナイトの正面に現れる。

「……あ」

瞳はぱちくりとナイトを見つめた。ナイトも驚いてその顔をしばし眺める。だが、

(……まずい)

ここにいると親鳥が、ナイトが雛を襲うつもりだと勘違いするかもしれない。

慌ててナイトは巣の縁に手をかけると、そのままジャンプしてそれを乗り越えた。

「あ!」

その途端、倒れていた紅孔雀が頭をもたげてこちらを見たので、エルデがびくりと後ずさる。

しかし、石を浄化した今、紅孔雀がもう人を襲うことはないとナイトは知っていた。

「いくぞ」

「放っておいていいのか?」

「用は済んだ」

ナイトが崖をおりはじめると、エルデも慌ててロープを手にして下へと降りはじめた。

結果的には、岩山を行き来するのにほとんどの時間を費やした勘定になったが、正味二時間ほどで、二人は再びサファリパークのゲートまで戻ることができた。

「お帰り、ナイト!」

ソーラも既に仕事を終えたようで、炎色パンサー親子、そしてナンバと一緒に地面に転がっている。

見るとソーラはいつもと違う服を着ていた。

「どうしたのです? その服?」

ソーラは寝ころんだまま、見慣れぬ紅いローブを手でつまんだ。

「毛皮のポンチョを着てると暑いって言ったら、サカイくんがくれた」

見回すと、岩山の穴前で見張ってるはずのサカイが、ゆったりとロッキングチェアに腰掛けて紅茶を飲んでいるのが見えた。

「ソラの服の件、痛み入ります」

「固いこと言うなよ、それよりナイト、お前随分早かったやん」

それには応えず、ナイトはわずかに眉間にしわをよせた。

「紅孔雀が穴から出てきて人を襲わないかどうかを見てなくていいんですか?」

問うたナイトにサカイは微笑む。

「もう、紅孔雀は大丈夫やろ?」

「え?」

「人を襲うことはあらへん」

ナイトは眉間にしわを寄せた。

「なぜわかるんです?」

「まあ、何かこう、勘みたいなもんや」

と、

「サカイ~、嘘ついたらあかんで」

ナンバ君が口を尖らせる。

「さっき、こないだセンリがそう予言した、って言うてたやん」

「ナンバ君、ネタばらしは犯罪やで」

サカイは優雅な手つきでカップを唇に運び、それから呟く

「で、ちゃんと取ってきたか? スズメの涙」

ナイトが黙って懐から宝石を出すと、サカイは目を見開いた。

「うーん、これは一級品や!」

宝石を手に取り、サカイは不幸な者を見る目でナイトを見つめる。

「そやけど残念やな」

「……は?」

「いや、これだけの質のいいスズメの涙はごっつー高いと思てな」

「まさか、金を取るんですか?」

「ブドウ狩りでも梨狩りでも、取った分だけ金払うやろ? それと同じや」

それまでゆったりと寝ころんでいたソーラが起き上がり、不安そうにサカイを見る。

「いくらするの?」

サカイは磨き布で宝石を磨くと、あらかじめ用意していたのか美しい箱を取りだしてそれをしまう。

「百万G」

「ええっ!!」

驚愕した三人を見て、ナンバが怒った顔をする。

「サカイ、ゲレゲレの恩人をいじめたら、俺が容赦せーへんで!」

「冗談や、冗談」

サカイは笑って手を振り、箱をソーラに渡す。

「今回は姫さんに免じて、ただや」

「ありがとう」

立ち上がってソーラが優雅に礼をしたので、ナイトも一緒に頭を下げる。

「礼はええ。それよりはよ行き。急いでんのやろ?」

「うん」

「ほなな」

「じゃあね、また、いつかお礼しにくるよ」

「わかった、待ってるわ。そのときはゆっくり動物園、案内したるさかいに」

ナイトとエルデはソーラの肩に手を置いた。

「またね!」

あたりが揺らぎ、見たことのある建物の前に三人は立つ。

「……うーん、モンスターじいさんがいなくても、ソーラの動物と気が合うという隠された力は役に立ったな」

感慨深げにエルデはつぶやき、三人は再び聖ルドルフ教会の門をくぐった。

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