エルメス 動物園1(ソーラ)
「……で、どうなんだ?」
何か金目のものはないかと部屋を物色していたソーラは、数人の男達が入ってくる物音に慄然とした。
慌てて物陰に隠れる。
「最高の薬さ。薬を飲ませた豚をオークに食わせたら、四日後にのたうち回って死んだ」
「人間が飲んでも大丈夫なんだろうな」
「そう魔術書には書いてあったがな」
「ま、ガキどもも結構集まったし、頃合いだな」
胸が悪そうな顔で、一人が呟く。
「なあ、羊や牛じゃ駄目なのか?」
「下等な魔物あたりならそれでもいいが、人の姿をしている食人鬼は人しか食わない。羊では駄目だ」
「領主さまの機嫌をとるためだ、仕方ないぜ。やらなきゃ俺達が干されちまう」
そっと物陰から覗くと、禿げた男が鼻毛を抜きながら笑い声を上げた。
そいつはこの家の主だ。
ソーラを時々買う中年男なので、万が一見つかっても色仕掛けで逃げられると思っていたのだが、こうも大勢で、しかも胡散臭い話をしているとなると、ますます出づらい。
「しっかし、領主さまもえげつない事を考えるよな。一石二鳥と言えば聞こえはいいが」
「まあ、正しいっちゃ、正しいよな。手癖が悪くて汚いガキどもは一斉にいなくなり、この辺りの地価を落とすグールどもも退治できる」
「しかし、少々集めすぎたな。早くやらないとあいつらの飯代がかかりすぎ、元も子もなくなるぞ」
ソーラは目を細める。
(…………これって)
先週、近所の浮浪児から聞いた話が思い出された。
このところソーラたちのように家を持たない子供が、楽して食事にありつけるという話をしてから姿を消す事多いという。
きっと、俺達のような境遇の子を哀れんだ、他所から来た優しい大人が自分の子供として故郷に連れて帰っているのだと、そいつは話していたが……
「おいっ!」
いきなり首根っこを掴まれ、ソーラは驚いた。
どうやら裏口から別の男が入ってきたらしい。
「いつからいたんだ、こいつ!」
三人の男達は椅子を蹴倒すように立ち上がった。
「話を聞いたな?」
ソーラは首を横に振る。
「何のこと? 僕は今まで寝てたから……」
「嘘をつくなっ!」
はり倒されて、床に投げ出される。
そして腹の上に誰かの足が乗った。
「殺せ」
「なんだかわかんないけど、僕は聞いてない!」
睨み付けると、禿げた男がにたりと笑った。
「……何だ、お前だったのか」
「知ってるのか?」
「有名な弟思いのガキだよ」
ソーラは睨む。
ずっと前、弟にいかがわしいことをしようとしたので、彼を逃がして代わりに捕まったら、その後さんざんこいつらの仲間に好きなようにされた。
それ以来、弟に手を出されたくなければ言いなりになれと、禿げ男はソーラを脅してなぶり者にしている。
「なるほど。前にお前が言ってた扱いやすいってガキはこいつか」
アル中らしい、赤ら顔の男がウイスキーの瓶を逆さにして口の中に流し込む。
「では、今からその弟を捜して連れてきて、こいつの目の前で姦すってのはどうだ?」
「三人で代わる代わる?」
「弟も可愛い顔をしている。こいつみたいに擦れてないから楽しいかもしれんな」
「鞭でぶつと、きっと好い声だすぜ」
下卑た笑いに身の毛がよだつ。
「や、やめろっ!」
「ふん、こそ泥のくせにうるさいぜ」
隅にいた青白い顔の男が口の端をゆがめる。
「まあ、お前ら浮浪者なんてその程度のもんだ。おもちゃにでもならなければこの世には不必要なだけの代物さ」
と、さっきまでソーラの首根っこを掴んだ男が、今度は髪の毛を掴んで引っ張った。
「おい、ふと思ったんだが」
ヤニ臭い息が顔にかかる。
「俺はあのガキどもが話してるのを聞いた」
あのガキどもとは、さっき話の中で言っていた、彼らが集めた子供たちのことか。
「こいつ、結構浮浪児の中では信望があるらしい」
別にそんなものはない。
ただ、浮浪児と呼ばれているうちに、いつの間にか年長になっていただけのことだ。
「それに、他の馬鹿なガキどものに比べれば目端が利くし、少しは利口のようだ」
「なるほど、な。お前の考えはわかった」
顔色の悪いやせた男が、引きつった笑顔をゆっくりとこちらに向ける。
「なあ、お前、話によっては、お前の弟への手出しをやめてもいいぜ」
「え?」
「それどころか、お前を英雄として、今後一切飯の種に困らないように世話をしてやってもいい」
ソーラは目を細める。
そんなうまい話が世の中にあるわけがない。
「なに、俺たちが渡す地図の場所に、俺達が保護した子供らを連れて行ってくれればそれでいいんだ」
「そこに何がある?」
にやにやとした笑いに、どうしてかさっきの会話が甦り……
「……やっ!!」
肩に置かれた手におぞましさを感じて振り払うと、そこにはナイトの顔があった。
「あ……ごめん」
ナイトは痛ましそうな顔をしてそのまま離れ、エルデの背中を足でこづいた。
朝の光が微かに地平から昇る。
三人は伸びをして野宿を終えた。
ここからタイガーシティまで目と鼻の先だったが、夜半過ぎに棍棒を持った白いゴリラの大群に襲われ、エルデがMPを使い果たしてしまった。
モンスターは昼より夜の方が凶暴で、かつ出会う確率が増す。
そこで、とりあえずここで仮眠し、明るくなってから歩こうということになったのだ。
三人は辺りに気を配りながら歩き続けた。
そして、彼らの前に大きな都市が現れたのは、エルデの計算よりも四分ほど早い時刻だった。
「……なんか、派手な都市だね」
「エルメスは何につけても派手好みだからな」
エルデが頷く。
遠くから流れる曲は何かの行進曲か。
~六甲おろーしに、さあっそおうと~
妙にレトロで元気のいいメロディだが、どうして朝からそんな曲が流れるのか。
「ああ、六時か」
エルデが呟く。
「え?」
「あの曲は朝の六時と夕方の六時にチャイム代わりに流されているんだ」
「ふうん」
本当にアース王国しか知らなかった自分は世間知らずだと思う。
常軌を逸していると思うような事や不思議な事が、別の国では常識だったりするのだから。
近づいて見ると、本当に原色が一杯の都市だった。
小さな橋の側には、橋より大きな立て看板がある。
そこにはどうしてかランニングシャツの男が赤い太陽を背に万歳をしている、シュールな絵が描かれていた。
しばらく歩くと、黒縁のメガネをかけた人形が縞模様の派手な格好で太鼓を叩いているのが見えた。
町行く人はヒョウ柄や毛皮の服が多い。
「ここの動物園で寿命を迎えた動物は、お祈りをした後解体されて、服や肉として売られるんだ」
エルデがソーラの視線に気づいてかそう言った。
「葬らずに?」
「ああ、もったいないからって」
「ええっ?」
やはり常識を超えた地域だ。
「魚を食うときでも、骨までしゃぶるほど綺麗に食べないと、魚が成仏できないと子供に教える土地柄だからな」
「へえ」
それはそれで真っ当な気もするが。
「あ、あったよ、動物園!」
「開園は九時半だから少し情報収集でもして、昼過ぎまで宿屋で休もう」
ソーラは頷き、そこからしばらくはエルデの好きに任せた。