はるか
【誓】
銃声と銃弾がバスに当たる小刻みな金属音が絶え間なく響いている。
あれだけ暴れまわっていた事を考えれば不思議ではあるが、誓もエニスもまだ銃で襲われた事が無かった。
突如現れたテロリストの前にEMMAの警備隊の車両が割って入り、中から出て来た警備員達が応戦を始める。
そして、その先頭ではメルヴィナが敵の対処をしていた。メルヴィナが率いる部隊が防弾の盾に隠れながら陣形を作ると、敵の手元から白い霧が漂い始める。テロリスト達もそれに気づいて、どよめいた。
「手も武器も動かない! 凍ってるぞ!」
メルヴィナの氷の眼だ。エニスはそう気付いて、窓から後ろを覗いた。
バスがトンネルに差し掛かって、明かりのついていない車内が真っ暗になる。程なく電灯がつくと、乗客達はお互いに顔を見合わせた。
最前列の席に座っていた監視役らしい男が席を立ち、通路に現れた。
「皆さんご迷惑をおかけしました。そう珍しい事でもないので、対処の仕方はマニュアル化されています。どうか心配なさらずに」
仏頂面の男は形式的で安心させる気があるのかないのか解らないような説明をすると、また席に着いた。
一番前の席に座っていた女性の顔ははそれを聞いてなお、この世の終わりと言わんばかりにひきつっている。
実際に遠ざかるにつれて、静かになってきている。
誓は逃げ切れたのか確認しようとゆっくり顔を開けた。窓ガラスには銃痕がある。
「こんな事がしょっちゅうなのか」
誓はエリックに向かって訊いた。
エリックは椅子にへたり込んでいる。おでこにしわを寄せて眉を吊り上げてあきれた表情をした。
「こんな事がしょっちゅうあってたまるか! たまにだ、たまに。しかもこんな街中で襲ってくるとなると初めてだ。昔からEMMAはネイル教から嫌われてるらしいけどな」
数時間するとバスは山間の広場のような所で止まった。辺りは背の高い木々に囲まれ、時々それらが化物であるかのように風で揺れた。
エニスや他の乗客は興奮と緊張で呆然としたままだ。誓も突然訪れた非日常を受け入れられないでいる。
広場の周りには二階建てのプレハブ小屋が円になっていくつか立ち並び、その中心に中では少し大きな建物があった。その建物は以外明かりがついていない。
乗客たちは建物の広い談話室のような部屋に集められ、床に座った。
職員らしき白いシャツの男が頭を下げながら入ってくる。
「どうもこの訓練場の係りのものです。今日から皆さんには数週間様々な訓練を受けてもらいます。
しっかりと鍛えて優秀なスタッフになっていただければ、お給料の方もしっかり出ますから、頑張ってください。期待してます」
男は続けて、しばらく施設の利用法や場所や諸注意など細かい説明をしばらくした。あの周りの建物は宿舎だったらしい。
「新興宗教みたいだな」
誓が静かにぼやくと、それを聞いたエリックが噴き出した。男がエリックの方を見て、驚いた顔をする。
「エリック君、君はまたここに帰って来たんですか。訓練に真面目に取り組まないから何度も失敗して再訓練になるんじゃないですか」
エリックは気にしない様子で、唇を突き出してにやつく。
「自主的に来てるだけで、訓練所に送り返されるような失敗はしてない。俺、訓練所が好きなんだ」
男は諦めたようにため息をついた。
講師らしき職員達が入ってくる。男は笑顔で紹介していく。
最後に入って来た黒々としたひげを蓄えた男と誓は目があった。
顔のしわなどからかなりの年齢であることは推測できるが、服の上からでも解るがっしりとした体格と綺麗に伸びた背筋のおかげで、見た目の印象が力強い。
何より誓を見るその細い目の鋭さは狩りをする獣のようだ。
「こちら武術担当の燕天寺先生です。
えっと燕天寺先生の娘さんはですね、今ここにはいらしてないんですが、大変よくできた子でね、皆さんの宿舎の清掃や身の回りの世話もしてくれています」
職員の男は嘘っぽく笑いながら、少し額にしわを寄せていたのが誓には気になった。
その後は部屋番号を割り当てられて、プレハブ小屋の宿舎へ移動した。入口の明かりには虫がたかっている。
エニスは都会ではみられない景色に興奮して、飛び跳ねている。誓は、キャンプか何かと勘違いをしている、と思った。
宿舎の中は綺麗になっている。おそらく立てたばかりなのだ。
個室には二段ベッドが一つ置いてあり、ぎりぎりの大きさで机が一つ置いてある。
「おい、なんでお前も来てるんだ。お前の部屋は隣だ」
エリックがエニスを軽く突き飛ばすが、エニスは気にする様子もなく荷物をベッドの脇に置き、居座る準備をしちえる。
エリックと誓は同じ部屋でエニスの部屋はその隣だった。同じ地域から来たものは近い場所にまとめられているのかもしれない、と誓は推測する。
「俺は兄貴と同じ部屋がいいから、お前に一人部屋やるよ」
エニスは自分の荷物を置いて、広げ始めている。中からお菓子やおもちゃが溢れだす。
エリックは相手の言い様に目を見開き、息巻いた。
「うるせええ! 俺はこの部屋がいいんだ! お前どうせ一人で寝るのが怖いんだろ!」
「俺は下町で一人で暮らしてたんだぞ! そんな訳あるか!」
エリックがエニスを掴もうとするとエニスはエリックの股の間をするりと抜けて、二段ベットへ駆け上がる。
誓は騒ぎ出す二人を置いて荷物を持って部屋を出て行った。
「俺は一人部屋がいい」
後に残された二人が消化不良な表情で顔を見合わせた。
翌日、早朝に目が覚めた誓はトイレに行こうと部屋を出た。眠い眼をこすっていると、突然横から何かがぶつかって来る。
黒い服を着た髪の長い少女。少し先の膨らんだ鼻と大きな目、輪郭のはっきりした濃い眉。
美人だな、誓は思った。
少女は手で前を探りながらふらふらとしている。
「ご、ごめんなさい。怪我してない?」
少女は手で誓を捉えると、感触を確かめる様にその頬を掴んだり、数回優しくたたいたりした。
戸惑う誓は止める事も出来ない。しばらく静かにさせるがままにしておく。
「大丈夫だ……あんたもしかして目が?」
少女は誓の声を聴くと、安心した顔で誓の顔の少し上を見つめながら笑った。眼を小刻みに動かしている。何とかこちらに焦点を合わせようとしているのが誓には解った。
「うん……あたし燕天寺はるかっていって、この棟に住んでるの。よろしくね」
昨日の職員の説明を誓は思い出した。燕天寺の娘か。
少女は建物の構造を把握しているらしく、迷う事無く進んでいく。
「じゃあ、私掃除があるから」
少女はそう言って、角にある共用の台所に入っていった。
朝食が終わってから訓練が始まった。
誓は意外と座学が多くい事にうんざりしていた。しばらく同じ場所に座り続けると足がむずむずしてしょうがない。
おまけに何より嫌になるのが重機操作の訓練だった。次世代の兵器らしいが人型の兵器の操作を教わるのだ。
「八脚は人型兵器開発の中で初期に作られたもので。二足歩行の人型兵器の前身でありながら現在でも近い感覚で操作出来る初心者の練習用に使われたり、一般に交通などで使われたりしています。
安定性を求めた結果安定性の高くしようとした結果、小型で低重心の多脚型になり、ホイールで走る形になったわけですね」
そういう訳で何人かで交代しながら人型兵器の操作を教わる事になる。
エニスはうまいものだった。そもそもパワフルエニスもこういった人型兵器を模して作っていた為、操作方法に慣れていたらしい。
誓は複雑な事をさせられると頭がパンクしそうになる。普通にまっすぐ走らせる事もおぼつかない。
「アニキ、あぶねえ!」
誓の乗っていた機体は思いっきり上半身を回転させながら、教習所の壁に向かって突進し、殴りつけた。
砕かれた壁が砂や石になって落ちていく。教官やエニスをはじめとする他の生徒は真っ青な顔をして立ち尽くしていた。
それが終わるとようやく武術の訓練の時間になった。
畳の部屋で燕天寺とかいう例の男に武術を習う。
誓は訓練の中で立ち会う事になった。
斜に立って足を一歩前に突き出しているだけのその構えの隙の無さに誓は戸惑った。左右に動いて構えの中心を外れようとするが、静かに動くだけで相手は崩れない。
仕方なく足から飛び込んでいった所を掴まれて地面に落とされた。決して速い動きではないのに読めないのだ。
「素早さは必要ない。相手の隙を突けばそれで足りる」
この男にやはり何か目をつけられているらしい誓は訓練が終わった後、呼び出された。
燕天寺は誓の肩に手を置くと真剣な面持ちで話を始めた。
「最初から目をつけておった。お前には才能がある。秘伝の技術を伝える故、共に来るが良い」
「はぁ」
そういって、道場を出て施設の庭を連れていかれた。そしてなにやら、プレハブ小屋の裏に連れてこられる。
プレハブ小屋から出ている管のようなものの傍に燕天寺がかがみこむ。そして懐から鏡を取り出し、管の先にかざすと突然女性の裸体がそこに映った。
「私は数十年前からこの秘儀を編み出し、後継者が現れるのを待っておった。おぬしこそ相応しい」
誓は混乱の中、必死に頭を働かせた。浴場に繋がる管の中に鏡を何枚も配置し、浴場の中の光景を反射させ、覗いているという事か。
「いやいや、何やってんだおっさん!」
燕天寺はこれ以上ないほどの笑顔で鏡を渡してくる。
誓は鏡を叩き落とした。呆れてものも言えない。
「あんたそれでも女の子の親か!」
燕天寺少し目を伏せた。少し考え込んだかと思うと、口元を緩ませる。
「あの子とわしは実は血がつながっていない。だが、本物の娘以上に愛情をかけてわしが育ててきた。いつかあの子と共に歩んでくれる奴が現れるとよいのだが……」
誓は少し戸惑った。あの子と仲良くして欲しくて、同じ宿舎の自分に近づいたという事か。
「あのこ可愛いし優しいし、あんたが心配しなくてもよくやっていけると思うぜ」
誓がふと見ると燕天寺は話には耳を貸さずに、また管に鏡をかざして浴場を覗いている。
「だから何やってんだおっさん!」
そうして何日か訓練を乗り越え、慣れてきた頃だった。夕飯の時、誓はある事に気付いた。
はるかはどこにいるのだろうか。燕天寺も隊員達と同じ食堂にいるのに一緒に食事をしないのだろうか。
早めに食事を切り上げて、はるかの部屋に行ってみる。エニスやエリックもついてくる。
「入っていいか?」
中で音がしてドアが開いた。部屋の机の上に皿がある。ここまで持ち込んで来たらしい。
はるかを見たエリックの眼が輝く。
エニスは誓の後ろに隠れた。
「ああ誓かぁ。いらっしゃい。なんかあった?」
あれから何度か誓ははるかと会って話すようになっていた。静かな印象のはるかだが、音楽や本の事に詳しく、話し始めたら止まらないのだ。
はるかと過ごすのは誓にとっても居心地が良かった。
「いや、食事の時に来てないからどうしてるんだろうと思ってさ」
なんとなく緊張して、誓の眼が泳ぐ。これでも一応女子の部屋だ。
「私、食べるの遅いから。皆と一緒には……あれ、誰かほかにも人がいるね?」
はるかは気まずそうに苦笑いした。
誓はその表情がなんとなく燕天寺に似ていると思う。
突然、エリックがはるかの手を取って握った。椅子まで連れ添って歩いていく。
「はるかちゃんていうの? 可愛いね。明日から俺もここで食事していいかな」
はるかは戸惑って周りを見回している。
エリックははるかを椅子につかせると、机の横にしゃがんだ。
机の上に顔だけ出して、はるかを見つめる
「年はいくつ?」
はるかは困った顔をしながら、促されるままフォークを握り、食事を再開する。赤いソースのパスタが綺麗に唇に吸い込まれていく。
エリックは頬を紅潮させながらうっとりとしている。口が開いていてだらしない。
はるかはゆっくりと飲み込んでから口を開いた。
「18」
「訓練受けてないよね? いっつも何してるの?」
「本の内容をレコードにしたものとか音楽のレコードを聴いたりしてる」
エリックがはるかを質問攻めにする。
驚きながらも、楽しんでいるようで質問攻めにあう内に少しずつはるかの笑顔が増えてきた。
ふと疑問が誓の頭をよぎった。
「なぁエリックは何回もここにきてるんだろ? なのにずっとはるかの事見た事なかったんだよな?」
はるかが食べ物を口に運ぶ手を止めた。
エリックも首をかしげる。本当にあった事がないようだ。
「そういやなんでだろうな?」
はるかが完全に黙ってしまう。
誓はまずい事を聞いたかと思って、はるかの顔を覗き込んだ。
はるかは唇を少し噛んでいる。
「あたし、こんなんだから。昔ここに来た他の子とちょっといざこざ起こしちゃってさ……それでここでもあんまり人と会わないようにしてるんだ」
はるかは机の上の一点を見たまま、そう素早く言い切った。誓は目の前の少女がそれを恥ずかしい事のように語るのが悲しくて悔しいと感じる。
誓の後ろからエニスが服の袖を引く。
「兄貴、いったい誰なんでぇ?」
その声を聴いたはるかがエニスの声がした方向を向く。
「あれ、なんか小さい子がいる?」
エニスが警戒してドアの縁に隠れる。
はるかがおもむろにベットの下からお菓子を沢山取り出して、床に広げた。ドアの方を向きながら手招きをしている。
女の子が一人で食べる量ではない。
エニスが誓を押しのけて駆け寄っていく。
「おほほほ、姉ちゃんこれくれんのか?」
はるかはまた手探りでエニスに触れると、頭を撫で回した。
エニスは答えを聞く前にポテトチップスの袋を開けている。
「うん。一緒に食べよう」
誓にはこんなに気のいい種類の人間はいないと思う。なぜ彼女に長い間友達が出来なかったのだろうか。
それからは食事の時は三人ではるかの部屋に来るようになった。
こうしてあっという間に数か月は過ぎていった。
最後の訓練の日、道場に全員が集められ、一列に並ばされた。次々に二人ずつ組分けされ、眼を使わない立ち会いをさせられる。
「次、エリック! 誓!」
開始線の位置に二人が立つ。お互いに視線を外さない。
「はじめ!」
燕天寺の号令の直後にエリックが前蹴りを繰り出して来た。誓は避けずに両手を交差させで受けると、エリックの軸足に横なぎの蹴りを入れる。
危険を察知したエリックがよけきれずに苦々しい顔をしながら、姿勢を崩す。
頭部を地面に落とさないように守って倒立し、誓から間合いを取った。
エリックの眼に以前のような余裕はない。
追撃しようと、駆け寄ってくる誓に対して、エリックが目の前で回転する。
相手に背中を見せる技。それは実戦の格闘技では避けられる事なのだが、競技として格闘技を行う者には不意にこれをやられると対応できない事がある。
エリックは回転の流れの中で誓が突き出した拳を手の甲でいなすと、飛び上がり、頭部に蹴りを入れた。
エリックは蹴りの反動で、誓は頭部への衝撃で、ふらつきながら一歩引いた。
「うらああああああああ!」
誓が痛みに悶える暇なく、雄たけびをあげながら突進していく。エリックもそれに応えるように迎え撃つ。
両者の拳が軌道の上でぶつかる。お互いをはじきあい、二人はぶれた体勢のまま、支えあうようにして膝をついた。
誓が右手で更なる追撃を加えようと振り上げるが、力が入らず、前のめりに床に伏せる。エリックは誓の拳を避けようとしながら横向きに倒れた。
両者が腕を抑えて、痛みにあえいでいる。
燕天寺が止めの号令をかけた。救護の職員とエニスが駆け寄ってくる。
夕飯の時間に、また三人ではるかの部屋に向かう。外では静かな暗闇に鈴を小さく揺らしたような虫の鳴き声が歌っている。
誓とエニスと合流した時、エリックの腕には保冷剤やら包帯で固定されていた。
申し訳なさそうに頬を掻く誓の顔にも同じように包帯が巻かれている。
「おぼえとけよ」
眼を細めて、包帯で固めた腕で軽く突き飛ばしてくる。
お互い様なはずなのに案外子供っぽい奴だな、と誓は思い、笑う。あれなら怪我は大丈夫だろう。
お互いに因縁があった事もあってか特別白熱していた誓とエリック以外の立ち合いでは、こんな怪我人は出ていなかったようだ。
二人の怪我の事を察してか、今日が最終日であるからか、はるかはいつもと様子が少し違った。
三人が前に立つと、いつものように笑わず、何かを探すようにはるかの眼が動く。
「ばんわー」
突然は背後で野太い声がして三人は驚いて振り向く。
そこには燕天寺がにやにやと笑いながら、立っていた。背中を押されるので、三人は促されるままいつもの位置に座る。
燕天寺ははるかと他の三人が揃っているのを確認すると、床に胡坐をかいた。
「聞いている者もいるだろうが、明日からお前たち三人は暗黒大陸に派遣される。お前達を送り出す事でわしの仕事も一段落という事になると思う。
あの物好きな男が私兵なんて時代錯誤なものを欲しがるおかげで仕事があるのはありがたいが、私の仕事の為にはるかを付きあわせてしまっていたのがいつも気掛かりだった。
出来るならはるかの望む場所で望む事をさせてやりたい」
誓はそもそも自分達が暗黒大陸に行く事を知らなかった。
暗黒大陸。人がまたそのほとんど開拓しきれていないオカルトな噂の溢れる大陸だ。
先住民である魔族や古代文明が長い間、人の侵入を許してこなかったと言われている。
「で、何で燕天寺さんがわざわざ俺たちに会いに来たんだ」
エリックは横柄に足を組んで、背もたれに倒れた。今日一日は機嫌が悪そうだ。
燕天寺は両ひざを押さえて、しばらく黙った後、顔を上げた。
「はるかを基地の職員としてお前達と一緒に暗黒大陸に出そうと思っている。はるかが自分でそうしたいと言い出したんだ」
はるかが飛び上がって父のいる方に走り出した。
何も見えないのに突き進むはるかを燕天寺が抑え込むようにして抱きかかえて、膝に乗せる。
「父さん! ありがとう!」
はるかが燕天寺のの首に腕を巻き付けて、抱き付いた。燕天寺ははるか肩を抱いて笑っている。
眼尻に刻まれたしわが浮き上がっている。本当にはるかの笑顔が嬉しいのだな周りにいた皆が感じた。
誓は何が何だかわからずにエリックに近寄って話し掛ける。
「こういっちゃなんだが開拓が必要な場所に行くなんて、目が見えないのに危険すぎるだろ。足場が悪い所や危険な場所を進むんだろ?」
エリックは噴き出して笑った。誓の肩を叩いて、首を横に振る。
「お前は暗黒大陸と聞いて、キャンプを張りながら探検するような所を想像してるだろ。ちゃんと町ぐらいの規模の基地がいくつかある。
職員の仕事は事務や今はるかがしてるような皆の宿舎の掃除とかだ。
俺はまだそっちに派遣されたことがないから聞き伝えの話だが、実際に戦闘の怪我なんかが原因で障害を持ちながらも働いてる職員はいる」
ふとエリックははるかと燕天寺に向かって、冷たい視線を向ける。
「だがな、ここと比較して危険なのは確かだぞ」
みんながまた一緒にいられる。エニスはそれだけでも嬉しいようで、足をばたつかせている。
誓も嬉しくない事はなかったが一度に沢山の情報が入りすぎて、何をどう表現すればいいのか解らなかった。自分の瞬きの回数が減っている事に気付く。
誓は黙って、部屋に戻って布団に入った。
突然瞼の裏に光が灯る。驚いて、片目を押さえた。機眼が勝手に起動しているらしい。
「誓」
「なんだよ」
「エニスにあってから、その後ここに来てから。笑顔が自然になったな」
自分の嬉しい事や大切な事を言い当てられた事に恥ずかしいようなちょっとした弱みを握られるようなくすぐったさを感じて誓は口ごもる。
「お前にそんな事が解るかよ!」
「単なる解析とデータの照合の結果だ。誓、気付いていると思うが私は言葉を話し、自立思考する特殊な機眼だ。
私もいつか誓と友人になれるだろうか」
「さあな!」
誓は眠さもあってつっけんどんに言い放つと、布団にくるまった。
だが、頭の中に疑問が浮かんでくる。この機眼はどうして喋るのだろうか。どうしてそんな機眼が自分の元に来たのだろうか。
父親はなぜこんなものをあの男に作らせたのだろうか。
ひょっとしたらこの機眼の事を調べれば何かわかるかもしれない。
「誓、私に名前をくれ」
「はぁ? やだよ……」
誓は脈略もなく奇怪な事を言われて、面倒に思った。確かに名前が無いと不便だとも思うが、ペットみたいで気恥ずかしさもある。
機眼はしばらく何かを処理しながら名前を与えられるのを待っていたが、誓が延々無視していると、その後電源がオフになった。