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邪気眼ダンス  作者: OnJ
3/14

王子

【ヴント】


 ゆらりと揺れた炎に湿った岩の壁が照らされる。踊る大きな影の下に小さな老婆が座している。

 俺は顔の汗と泥を親指で拭って、ゆっくりと老婆の前に進んだ。

 老婆は顎を上げ、目を凝らしてこちらを見ると、また顔を下げた。


「美しい目をしておるのに。忌々しいものをやどしてらっしゃるな」


 知った風なことを。そう思ったが顔には出さない。

 相手から目線を外さずに頭を下げた。

 老婆が洞窟の奥へと進んでいく。ついて来いという事らしい。

 老婆が横の壁を手探りして何かの電源を入れると明かりがついて、あたりが少し明るくなった。

 重そうな鉄の扉が目の前に現れる。

 人に触れられ続けたせいなのだろう。聖人らしき女性が彫られているが、その輪郭は丸くなっている。

 肩で扉を押し込んで老婆は扉を開けようとする。あまりに大変そうなので手を貸そうとするが、そのまま一人でやり切ってしまった。

 途端、緑色の光が差し込んでくる。老婆が手で入るように促してきた。

 部屋の中では、巨大なガラスの筒の中に、それもまた巨大な光る眼が浮かんでいる。眼はこちらの動きを追っていて、まるで生きているかのようだ。

 この宗教団体はこんなものをご神体だと言い張るのか。


「醜い。そうお思いでしょう」 


 老婆の言い方から隠す必要もないように思い、素直にうなずいた。睨み付けられているようでもあり、不気味で不快だ。 


「だが、神々しくもある。意味はよくわかりませぬが、全てを拒絶しながら全てを見渡す目だと司祭どもは言います」


 老婆はそう付け足した。

 恐ろしいと思うと同時に哀れで滑稽なものにも思えた。

 必死で人の動きを追う様は誰が何をするのか気になっておびえているかのようにも見える。 

 老婆は手を合わせて巨大な眼を拝むとこちらを見た。

 

「今日は何用だったのでしょう。ヴォイニッチ家のご子息がこんな所にお一人で」


 この巨大な目玉を見るだけで神通力のようなものによって何か知識が手に入るかと思っていたがそうではないらしい。

 こちらの落胆を感じ取られるのが嫌で無表情のまま相手を見据える。


「ヴォイニッチ家に関する資料になるような文献をお持ちのはずだ」


 曲がった腰が少しまっすぐになった。億劫そうに顔を上げてこちらを見ている。

 老婆は目が合うとまた顔を伏せ、頭を振った。


「重要な資料はほとんどがそちらの国の施設などに散らばって保管されています。ここにあるのは建物自体に刻まれた神話や口承の歌程度です。

その内容も学校で教えている歴史の教科書以上の情報はないでしょう」


 老婆はゆっくりと目玉のある部屋を後にした。扉の外に立ち、取っ手ををもって、もう片方の手でこちらを手招きしている。

 自分だけ残っているわけにもいかないので外に出た。

 洞窟を出口へ進んでいくと真っ白に輝く外の世界が見えてくる。

 一歩踏み出してみれば、光に包まれて視界が奪われた。日光が静かに肌を焼き、潮風が引っ掻いていく。

 下への階段には、鳥居という奇妙な形の門のような赤い建築物が無数に並んでいる。

 階段が途切れた所で道が曲がっていて、その先は断崖絶壁になっている。さらにその先には紺色の深い海が見えた。   


「この後はどうなされるのですか? ガリアの城までお一人で?」


 余計な詮索をされるのは嫌だが、この耳の遠そうな老婆にそんな思いを察してくれる様子もない。

 立ち止まって、口に出す言葉をすばやく整理した。


「イヴリスへ行こうと思っています」


 目をまるくした老婆がこちらに向け手をすり合わせた。

 老婆は目を輝かせて微笑むと無限に広がる海を見る。遠くの地に思いをはせているのか。


「聖地ですか! 喜ばしい事です。あなた様は神に興味がおありのようだ。ソラト様によろしくお伝えください」


 導かれるまま境内の外まで来たところで老婆とは別れた。

 しばらく進んでから、後ろを振り返ると、老婆は入口の大きな鳥居の下で手を合わせて祈りをささげながら頭を下げた。

 コンクリートと電柱が立ち並ぶ小さな寂れた町を抜けて、背の低い石垣と瓦の屋根の建物が点々と見受けられる村を通る。

 飛行機は使えないので、港町まで下りるしかないのだ。

 港では一層強い潮の香りがして、海の上には沢山の船が波に揺られて静かに浮き沈みしている。

 船の上で作業をしている男を見かけて声をかける。


「船を出してほしいんだが、可能か」


 太い眉に豊かな髭をした男がこちらに気付く。

 波の音で聞こえにくかったのだろう。感じの良さそうな男は小さな笑みを浮かべながら、黙ってこちらに近づいてきた。

 船の縁に手を付きながら体を乗り出してくる。


「船を出すっていいましたか? どこまでです? 離島に行きたいならフェリーが出てますよ」


 話が通じそうだ。腰に下げた袋から財布を取り出す。

 中で小銭が音を鳴らした。

  

「ブラマンのあたりまで送ってくれればいい」


 距離で言えば普段もっと遠い距離を移動する船乗りたちにとっては大したものではないが、ブラマンは外国の地だ。

 男は冗談と受け取ったらしく首を傾げながら苦笑いした。

 簡単に行けない事は理解している。

 網をもって先ほどのまでやっていた作業の続きをしようとしている。   


「勘弁してください。こんな小舟で約束や連絡もなしにいきなり国境を越えたら、あっというまに蜂の巣です」


「俺は目を持っている。起こりうるあらゆる問題はそれで対応できる。ただ単純に移動手段が欲しい。

なんなら船だけでも貸してくれ。金も危険に見合うだけの額を出そう」


 漁師は気分を悪くしたらしく、無視して作業を始めてしまった。

 駄目か。そう思い立ち去ろうとすると後ろから声をかけられる。


「腕に自信があるなら……歓楽街のごろつきに頼んでみるのもいいかもしれない」

  

 すぐに振り返る。

 男のしかめ面がその手段がどれほど望ましくないものかを語っていた。

 だが、この男は俺の眼がどれほどの力を持つかわかっていない。

 海に落ちるぎりぎりまで船に近づく。


「すまない。助かる」


 豊かに見える日本にも貧しい者達の世界はある。

 そこには表に出て他人に言えない仕事をする者達もいる。

 旅券も持たない外国人を海へ送り出すのはそういう者達の仕事の範囲なのだろう。

 

「あんまり無理すんなよ」


 男が静かにこぼす。

 青い空の下をゆっくりと進んでいく。照りつける日差しを避けるように建物の脇のアスファルトの道に入った。

 またあの寂れた街の方へ近づいていかなくればならない。

 宿屋に入ると、そこで少しニュースを見たりしながら時間を潰し、夕方ごろにまた出発した。

 件の場所に近づくと、目が痛くなるような無茶苦茶な配色の装飾の光が溢れている。

 案内所と書かれた場所に入ると笑顔で青年が話しかけてきた。


「いらっしゃいませ。今日はどのような目的で」


 壁に張り巡らされた女の写真が載ったチラシに困惑する。ここは売春婦の斡旋もやっているのだろう。

 カウンターの上に差し出された利用の説明が書かれた表を見た。紹介料などが描いてある。


「どのようなお店をお探しですか?」


 よくもこんなに爽やかな笑顔で女の紹介などできたものだ、と嫌味な気持ちなく感心してしまう。

 やはりこういう所に暮らす人間は逞しいのか。

 黙っていると、不穏な空気を察したのか奥から少し歳の行った男が現れた。


「お客さんどうかなされました?」

  

 声はやさしいが眼が笑っていない。

 しかし、臆する事はない。侮られれば余計な厄介事を背負う事になるだろう。

 視線をまっすぐその男に移して、睨み付けると男は目をそらした。


「船を出せる若い男が要る」


 受付に立った男達はは驚いた様子でこちらを見た。

 二人で何かを小声で話し始め、少し考えた後に年上の方の男が何かを思い出して、白い紙に小さな地図を描きだした。

 この近くの建物とこの紹介所の大体の位置がかかれている。


「こちらに何でも屋をやっている男がいます。普段はやくざの使いっぱしりをやっていますが、そういう事も引き受けるかもしれません。

人を運んだりもしているかはわかりませんが。島の男ですから船を持っていないという事はないでしょう」


 腰の袋からお金を出して、カウンターに乗せた。

 店を出て、案内通りに進む。汚い灰色の路地からさらに奥まった道に入ると、すすが舞う小さな小屋があった。

 吊るされた切れかけの白熱灯が小さく揺れている。ソファの上の塵や毛布の隙間から人の顔らしきものが見えた。


「おい」


 危険なので入り口から奥へは入らずに声をかける。

 相手の男は眼を小さく開くと、静かに起き上った。こちらを眼が捉えている。


「なんだよ。なんだよ」


 男がつぶやきながら棚の代わりとして使っているらしい箱からコップを取り出しお茶を汲んでいる。

 何やらせわしないがこちらに敵意はないようだ。

 一息つくとソファにもたれかかった。


「船を出してほしい。なんなら貸してくれるだけでいい」


 男はもう一つコップを出すと、こちらにもお茶を用意する。


「俺はゴウっていうんだ。そっちは?」


 ちゃぶ台を挟んで男の向かい側にあるもう一つのソファに腰掛ける。

 金の入った袋を机に置く。


「ヴントだ。ブラウマンまで頼みたい」


 男は机に手をついて身を乗り出すと、袋を手に取った。

 口を閉じている紐を緩めて、中身を確認する。小さく頷くとためらう様子もなくそれを懐にしまった。

 口の端で小さく笑っている。


「もう少し夜が更けてから出航でいいな」

 

 時計を確認する。また短針は八の字を通り過ぎたばかりだ。


「何時になる」


 男が毛布を体に掛けなおし包まって、小さくなった。

 気付けば窓を揺らす海の風が少し冷たくなって来ている。ちらりと男も時計を見る。 


「夜の2時以降だな」


 そう言いながら、男はコップを押し出して、お茶を勧めてくる。

 大体の意図を察して、面倒に思いながらも、仕方なくそれを口にした。

 飲み込んで間もなく、急に呼吸が苦しくなり、口から血を吐いた。視界が暗くなり淀みだす。

 目の前の男が笑っている。毒を盛っていたらしい。


「兄ちゃん。キレものみたいな顔してる割には運も知恵もないね。もう少し警戒しなきゃ」


 一瞬で意識が遠のくのを感じた。

 しかし、次の瞬間、自分はゴウの背後に立っている。

 腰の刀を抜いて、目の前にいる相手の首筋に刃を沿わせた。


「俺に運があるかどうかはこれから解る事だ」


 ゴウが小さく悲鳴を上げた。驚くのも無理はない。

 目の前のソファには、俺の死体がまだ転がっている。俺がもう一人いて、ゴウの後ろに立っているのだ。

 

「こんな手間をかけるのも毒を飲むのも望む所ではない。だが、今力を見せておかないと、これから後もお前は言う事を聞かないだろう」


 ゴウがソファの上で仰向けになって必死に刀から逃れようとしている。そして、懇願するような眼でもちらを見た。

 刀を鞘に納め、自分の死体を放り出してソファに座りなおす。

 ゴウはソファから飛び降りて、頭を低くしたまま言い訳を始める。


「それがあんたの能力か? 化物だな。だけど、無茶言うなよ。いくら俺でもいきなり国境越えは手伝えねえ。きちんと金をだして手筈を踏めば旅券の偽造ぐらいなんとかなるだろ。

なんだってこんな島から行こうってんだ。

それにあんたお坊ちゃまだろ。なんだってこんなこそこそしてるんだよ。勘弁してくれ!」


 ゴウは懐の金を机に置いて、土下座した。額から汗を流しながら、呼吸を荒くしている。


「金は受け取れ。報酬だ」


 手で袋を押し戻す。それでも、ゴウが受け取らないので、その胸に押し付ける。

 ゴウが小さく首を横に振る。


「無理だ。こんな仕事受けられねえ。危険すぎる。俺の命の保証はねえじゃねえか」


 嘘を付いたり、憐れみを求めて演技をするような余裕がなくなって、ゴウはただ震えながらも淡々と話している。  

 普通に話していたのではらちが明かない。

 立ち上がり、机を押しのけながら一歩詰め寄る。


「命も安全も保障する。何より今俺に逆らうよりはるかに安全だ」


 諦めたようにうなだれたゴウがソファの手すりによりかかる。

 端に掛けてある毛布を取り、ゴウがしていたように自分の体に掛けた。食べ物や飲み物をこぼしたのだろう。

 思わず顔をゆがめる程のしょっぱいような甘いような匂いが付いている。


「二時だったな。準備をしておいてくれ」

 

 二時より少し早い時間にゴウを起こして、港まで行った。

 ゴウの足取りが重かったが、後ろから追い立てるように歩く事でなんとか海までついた。

 大きなの船の上でゴウが準備を始める。

 船は緩やかに揺れ、一定の間隔で波とぶつかる静かな水音を立てた。時折、急に風が強くなる。

 エンジンが動いたと思うと黒く大きな海の中、船の小さな明かりが寂しく灯った。近くの建物から出てきた数人の島民が不思議そうに見送っている。


「これからどうなさるんで? 国境でおかしな動きを察知すれば、すぐに軍に襲われます。こちらの国の軍だって気付けば黙っていないでしょう」


 質問には答えず、船室に入る。

 少し古い型ではあるが船は自動操縦だし速度も十分ある。

 窓からは底の見えない暗い海が見える。船の周りに跳ね上げられたしぶきが飛んでいる。

 眠るわけではないがしばらくうつむいている事にした。外ではゴウが時折こちらの様子をうかがいながら舵を取っている。

 遠くに見えていた島の光が気付くと消えている。辺りは一様に暗いだけで目印になるようなものはない。

 船を操縦しているゴウを導いているのは積まれた機械だけだ。

 時間が経つ程にゴウのこちらを見る間隔が狭くなり、目からは余裕が失われていった。歯を食いしばって精神を冷静に保とうとしている。

 気付けば数時間が経って、少し東の空の端が心なし程度に白み始めたいた。


「旦那、もう限界だ! もう国境を越えてる!」


 船室を出て、船の縁に手をかける。

 目を凝らすが陸地は見えてこない。 

  

「まだだ。船を進めろ」


 ゴウが舵を叩いて、うずくまった。自分の腕の中に顔を擦り付けて、神に祈っている。

 船室の外側に壁を背にして座る。

 船は無情にも目的地へと近づいていく。 


「旦那、本当にダメです!」


「まだだ」


「どうかもう許してくれ!」


「まだだ」


「もう駄目だ……」


「まだだ」


 その時だった。

 けたたましい唸り声を上げて、こちらに向かってくるものがある。

 数機の船やヘリコプターなどが陣形を組んでこちらに進んでくる。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ」


 叫んで後方の海に飛び込もうとするゴウを密かに船尾に飛ばしておいた分身が引き止めた。 


「船の上にいたほうが安全だぞ」


 拡声器から不快な低い悲鳴が響いた後、辺りに聞こえる大きな声で男が話し始めた。


「貴船は我が国の領海内での航行が認められていない。ただちに退去せよ」


 機体は船を取り囲むように配置されており、退去を求めるというよりはすぐにでも撃ち殺すという態度に見える。

 国の軍隊が出てくる事は折り込み済みだ。

 魔眼である方の眼を閉じて、もう一つの眼で空を仰ぐ。空に自分の眼から投射された光で線が描かれて、強大な魔法陣のようなものが出来上がる。

 軍の船に乗っていた誰かが突然声をあげた。


「まて!」


 顔を平行の向きに戻すと、真正面の船に懐かしい立ち姿の女が立っている。見覚えのあるその顔を俺は思わず見つめた。

 美しく上に向けて跳ねた鼻は見る者によっては高すぎると感じるぐらい高く、切れ長の目は人を射抜くような鋭さがある。

 銀色の髪を後ろで束ねただけの化粧っ気ない姿だが、どこか表情には余裕と気品があった。


「ヴント、そこでなにをしている?」


 声で相手が誰かを確信して、眼を見開く。

 船の上からこちらを照らす巨大な照明と逆光になっているが、間違いない。

 まずい奴に会った。周りを取り囲むどんな兵器よりもこいつの相手をするのが一番危険だ。

 悟られないよう努めるが平常心が保てない。本能が振り返ってこの場から逃げ出すように警告している。

 気付けば、自分の体が小さく震えていた。

 

「アナイス……良くここが解ったな」


 アナイスは誇る様子もなく頷く。そして、静かに笑うと、黒い空に浮かぶ星を見上げた。


「実際にこういう事態で用いられる事はまだ少ないが、人工衛星というものがあるんだよ」


 そう言った後、こちらの顔をまじまじと見つめると、ただただ嬉しそうに目を細める。

 柔らかい人に警戒心を与えない声ながら、はっきりとした抑揚と口調のせいで付け入る隙を感じさせない。

 他人を威嚇する必要を感じていない真の強者。それが彼女と親しい人間の知る彼女の像だ。


「それと弟よ、アナイスは捨てた名だ。今の私はハーキュという名なんだよ」


 ゴウが後ろで船を操作して、後退しようとしている。

 周囲の船の上には機関銃をこちらに向けて構えた兵士が見えた。石で出来ているかのように微動だにせず綺麗に並んでいる。

 深くかぶった制帽のせいで表情が見えず、不気味だ。


「ヴント。家に帰ろう。家族に心配をかけるな」


 答える必要は無い。黙って、相手を見つめる。

 するとハーキュは苦笑で返した。


「昔から変わらないね。人の言う事を聞かずにいつもむすっとして、何でも自分で決めないと納得しない。そして、その実、誰より人懐っこい。

私の言う事も全然聞かない癖にいつも服の裾を引っ張って纏わりついて来たのが懐かしい」


 俺は再び空を見上げ空中に再び魔法陣を投射した。

 巨大な人型の機械が魔法陣の中から降りてくる。銀色の装甲に包まれたそれは甲冑を着た騎士のようでもある。

 ハーキュが恍惚とした表情でそれを見上げた。


「綺麗だ。まるで宗教画じゃないか。

何もないはずの場所から巨大な人型兵器を呼び出す機眼。不思議なものだ。その業はどちらかといえば私達の魔眼の能力に近いものに思える」


 体が巨大な騎士の内部に取り込まれ、操縦席に収まる。

 こちらが機体に乗ったのを見て寂しそうにうなだれた後、ハーキュも空を見た。

 眼の能力を使うつもりだ。

 あれが来る。

 

「お前の大好きなお姉ちゃんを困らせないでくれ……」


 甲高い擦れるような音や叩かれるような低い音が周囲のあちこちから聞こえてくる。機体が軋んでいるのだ。そして直後に体に上から衝撃が襲って来る。

 体の何もかもが重く操縦桿を握りつづける事すら難しい。


「重力を操る魔眼、厄介だな……」

 

 エンジンを最大限噴射させてようやくゆっくり動ける程度だ。

 ハーキュが指示を出すと、兵士達が一斉射撃を開始する。機体が不安定になって、揺れる。

 海の静寂を銃火器の弾が切り裂いていく。水飛沫で周囲が見えなくなる。


「もう一度警告する! 戦力差は歴然だ。今すぐ投降せよ」


 ハーキュが言い放った。

 重力が一瞬弱まる。

 その瞬間、周囲の船を一気に見渡し、視線を飛ばす。

 すると自分が乗っている人型兵器が他の船の上にも一台ずつ現れる。


「いくぞワイズマン!」


 突然現れた無数の機体達は翼を広げ浮上すると、船の上の兵士たちを船ごと剣で薙ぎ払った。


「魔眼の分身能力を人型兵器に乗ったまま使えるのか!」

 

 ハーキュが息をのんだ。

 隙をついて分身の一体がゴウの乗る船の船尾を掴んで後方に向かって全速力で引きずっていく。

 重力を操作できる範囲は限られている。きっと安全な場所までゴウは運ばれるだろう。

 感心して見ていたハーキュが一歩前に出る 


「また厄介なおもちゃを手に入れたもんだ。でも、数が増えただけならば意味がないぞ」


 再び重力が機体にかかる。分身の機体達も同じように押さえつけられて水面に叩きつけられた。

 ハーキュ脇に控えていた軍服姿の壮年が指示を出すと一隻の船が近寄ってくる。


「確保した。急いで捕えろ!」

 

 次の瞬間、何とか視線をあげると、また意識が飛ぶ。


「いや、待て! 無駄だ」


 ハーキュが手を横に真っ直ぐ伸ばして船を止めるように指示した。

 軍服の男がハーキュに食って掛かる。


「なぜです!」  


「既に私達の後方へ分身を飛ばして、逃げている。そうだろう? ヴント」


 自分の分身を包囲網の外に飛ばして、そちらに本体の意識を飛ばす。

 昔いたずらをして逃げる時によく使っていた手だが、兵器に乗ったまま兵器ごと分身させるのは今回が初めてだ。

 小回りの利かない戦艦を置き去りにして、ワイズマンは速度をさらに増していく。

 追手が来る様子もない。あっという間に岸が見えて来た。簡素な木造の家が並ぶ海沿いの漁師の村がある。

 軍だけではなくアナイスが俺をとらえるために待ち構えていたのは驚いたが、ヴォイニッチ家の権力を使えば造作もない事なのかもしれない。

 海岸線ぎりぎりまで速度を緩めず、そのまま砂浜に転がり落ちた。機眼の能力を解除すると乗っていたワイズマンも一瞬で消える。

 周りには墜落した時にぶつかったと思われる小屋の残骸が広がっている。

少しバランスを崩しながら片足の膝をついて着地した。

 ここにいれば軍が騒ぎを聞きつけて、また同じ目にあうだろう。

 小屋にあった布をマント代わりに羽織って、村の裏にある林へ駆け込む。

細かい木の枝がぶつかって折れる。顔に光が当たるのに気付いた頃、ようやく道で立ち止まり、振り向いた。

 アナイスや軍が追いかけてくる様子もない。

 

「よう」


 目の前の開けた道に一人の浅黒い男が立っている。服は砂や土で汚れ、所々破れていて、みすぼらしい。

 口元は笑っているが顔を赤くし興奮している。怒りに我を忘れているようだ。  

 身に覚えがない。脇を通り抜けようとすると、目の前に炎の壁が現れる。 

 

「どこいくんだよ」


 魔眼の能力だろうか。打ち負かすのはいいが、時間が惜しい。

 うんざりして振り向きながら相手を睨んだ。

 相手は顔を真っ赤にして立っている。だが血の気で顔が赤くなっているのではない。本当に赤くなっている。

 こちらまで伝わってくる程の熱風で男の髪が巻き上がる。


「魔族か」


 人間に超常の力が備わっている場合、それは魔眼として現れる。

 だが、魔法の力を眼を介さずに魔法という形で使う者達がいる。それが魔族だ。

 その違いは、種族としての起源の違いに由来するらしい。

 そもそも魔族は見た目からして違い、半獣と呼ばれるように他の生物の身体的特徴を持つ事が多い。

 男の頭をよく見れば髪の毛の陰から、白い角が二本見えた。

 刀を抜いて、相手ののど元の高さで構える。


「良くも俺の家を壊しやがったな」


 あの小屋はこいつの寝床だったらしい。

 あの小屋に人はいなかった。誰かにけがをさせないよう気を付けていたが、近くにいて瓦礫に巻き込まれたのかもしれない。

 体も所々擦り傷や切り傷がある。 

 

「すまなかった。治療費を出そう」


「それで済むと思ってんのか?」


 男が右手を顔の前でかざして一回転した。炎の壁が周りを囲み始めている。

 男が手を突き出すと手のひらから炎が放たれた。身をかがめながら斜め前に飛び込んで、男に向けて刀を振った。

 男は炎でこちらをさえぎりながら一歩下がって躱す。

 周囲の温度がだんだんと高まっている。炎の壁がだんだんと迫ってきているのだ。


「さっきのロボットはどうしたんだ?」


 火花を体から散らしながら男が近づいて来た。足元の砂が熱されて赤くなっている。

 刀を突き付けるが相手はそれをそのまま掴んだ。

 どういう思考をしているのだろうか。怒りに我を忘れているとはいえ異常だ。

 男の手からは湯気をあげながら血が流れ出ている。

 驚いた事に男の体から発された熱で鉄の刀が溶け始めた。手の平が熱くなり、咄嗟に手を放す。

 手がただれてしまい、刀が持てない。ぐっと手の痛みをこらえる。

 覚悟を決めるしかない。力を振り絞って上を見上げると、頭の一か所に何かが集まっていく感覚がして、めまいがする。


「あまり多用できるものではないんだがな……」


 上から召喚したワイズマンが降ってくる。

 相手はそれに気づいて振り向くと、躱そうとして地面に倒れた。

 

「な! どこから!」


 戸惑う相手の背後に忍び寄り、相手のこめかみに肘を叩き込む。

 手は皮膚が溶けて指がなくなっていた。飛ばしておいた分身の体に意識を移す。

 騒ぎが大きくなってしまった。ここから離れなければ。

 そう思って立ち上がると、目の前がかすみ、俺は足元から崩れ落ちた。


「ワイズマンの使いすぎだ。こんなにも体力を消費するものとは」


 何とか這って進もうと手を伸ばした瞬間、意識が途切れた。


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