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邪気眼ダンス  作者: OnJ
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空から落ちて

【誓】


 驚愕の表情を浮かべた銀髪の青年が誓を見据えている。


「なんだここ?」


 誓が辺りを見回す。


「全ての物事の全ての可能性そのものだ。君と私に認識される事で無理矢理四次元空間に近い形になっている。私は母胎に呼び掛けられてここに飛ばされてきた」  

 

 青年は引きつった顔のまま自分の感情を抑えながら答えた。

 誓は相手の頭の獣の耳を見て、魔族だと気付く。そして、背後に浮かぶ母胎を見て、相手が母胎を起動させた本人だと察した。

 疑問と怒りの混じった表情で青年は誓の方へ寄って来る。


「どういう事だ? なぜ母胎の支配から逃れられた? EMMAが作ったその機眼が原因か?」


 誓の代わりに機眼が答える。


「その通りだ。私のただのカメラでしかない目は母胎が見せる幻覚を映さない。

私は生命ではないから母胎に別の世界に飛ばされる事がない。

ここはカメラに映る世界と誓の飛ばされた世界の中間にある可能性の狭間だ」


 青年が舌打ちすると、渦の中から光の束を泳ぐように掻き分けて、人型兵器が現れる。


「誓! 逃げるぞ! 私が指示するように飛べ!」


 機眼が有機的な抑揚のある声で叫んだ。

 誓は訳も解らず、機眼に表示されるまま人型兵器を駆った。そして、そのまま渦の中の一本の光に呑まれる。


「何で逃げるんだ? 何故か知らねーけど、あいつが今は母胎を持ってるんだろ。止めなくていいのかよ」


「ここは様々な世界をつなぐ通路のようなものだ。

今は私にはカメラに映る君が本来いるべき世界とこの光の渦の両方が見えている。

君の意識が作り出したこの空間を足場にして、人々を元いた世界に帰す。

一人一人連れ戻すのは手間だが、それぞれがそれぞれの絆を辿れば、きっとすぐに世界中の人間を呼び戻せる」


  

【ヴント】


 ここは城の一室のようだ。ここが母胎の力が作り出した別の可能性の世界なのは解っている。

 エンマ様がソファに座って、本を読みふけっている。頭の中にイメージしているエンマ様より少し老けているだろうか。

 ソファの隣の椅子にはかつてのアナイスであるハーキュが、少し離れた場所にはアドラスが座っていた。

 アドラスは立ち上がると、遊んでいたゲーム機を椅子に投げ、退屈そうに部屋を出て行こうとする。

 俺はアドラスの手を掴んで、エンマ様とハーキュの傍まで連れて行く。


「おい! 何すんだヴント!」


 アドラスが怒って腕を振りほどこうとするが、俺は渾身の力で掴み続けた。

 エンマ様とハーキュは唖然としている。

 俺は三人を傍に寄せると、一まとめにして抱きしめた。


「どうしたヴント。気持ちの悪い」


「甘えたい気分なのかしら」


 ハーキュは本気で嫌そうに隣のアドラスを押しのけようとする。

 エンマ様が苦しそうに笑った。  

 背後に光を感じて振り返ると、そこに誓が立っている。


「エンマ様。アナイス。アドラス。行ってきます」

 

 誓の立っている光の柱の中へ自分も入る。振り向くと、三人は訳の分からない状況に何も言えず口を開けて、固まっていた。

 この世界の三人を自分達の世界に連れていく訳にはいかない。

 しかし、俺は無意味と解ってなお、その世界の三人に向かって、手を伸ばさずにはいられなかった。

 


【王妃】


 赤茶けた土の上を裸足の女が歩いている。手にはかかとの折れた靴を下げ、割れた足の爪には血が滲む。

 そして、それを遠くから見ている獣の群れが有った。毛のない小さな猿のような生き物だが、猿のように鼻づらが長くない。

 奇妙な生き物は日を避ける様に大きな岩の間を素早く移動し、女の後を付けている。


「どうして私が……」


 女は自分の口から敗者のような言葉が出そうになった事を悔やんで、唇を噛んだ。

 突然、空気の中へ染み出すようにソラトが現れる。その目には空洞になっていた両目が揃っている。

 女は気付いた途端ソラトに対して、手を合わせ祈り始めた。


「神よ、あなたを信じます。私は人々を導くためと信じ、自らを犠牲にして来ました! どうかご加護を!」


 ソラトはあまり目を開かず、眠ったままのような表情で女に近付いていく。

 女はソラトの足元に手を付き、頭を下げた。

 ソラトは子供が小動物を愛でるようにしゃがみこんで女のつむじを見つめている。


「ここでは誰も見ていません。

もう教会の巫女として振る舞う必要はありませんよ。そして、あなたが気付いてるように私も神ではないのです。

数千年前、自分の世界に現れた母胎を使い、一つの町ごと魔族達の世界に運んで来たのが私というだけです。

自らの子孫の助けになればと母胎から分け与えられた力で生きながらえてきましたが、最早十分に母胎のインターフェースの役割も果たせない」


 ソラトは膝を付き、女の顔を抱きかかえるようにした。女の涙が服の裾を濡らしている。


「あなたは自分の幸福を疑う余り、他者の不幸を願いすぎました。

あなたより幸福な他者のいない世界、これがあなたの真なる理想であり、母胎が導き出した答えなのです。

そして、ここでならあなたはこの世界の人類の導き手になれます」

 

 岩陰から先程の獣達が女を取り囲み、ゆっくりと近付いてくる。

 女から一歩分の距離の所に円を作ると、女がソラトにしたように獣は女を崇め始める。

 女が悲鳴を上げて右往左往している横で、ソラトは立ち上がり、かつて人であった獣達を見つめた。


「より強いもの、美しいものに嫉妬するのは当然の事です。

しかし、相手が自分より強い事、美しい事を受け入れられず、自分が嫉妬している事すら受け入れられなければ、

心は解決の手段を失い、調和を乱し、やがてあなた自身を苦しめるでしょう。

さあ障壁を取り去り、外なるものに向き合う時があなたにも来ました。

障壁の巫女。この世界は全てあなたの為のものですよ」



【誓】 


「お前、母胎に別世界へ飛ばされても元の世界の事忘れてなかったんだな」


 誓は自分の時の事を思い出して、ヴントに言った。


「そちらは忘れていたのか。なぜだろうな……俺が一度母胎と接触しているからかもしれない」


 ヴントは光の渦の中にワイズマンを呼び出し、それに乗り込みながら言った。

 誓の機眼が無線の会話に入って来る。  


「ヴント、頼みがある。ここは私達に任せて、分身達で別世界に行った人々を呼び戻してくれ」


「承知した」 


 ワイズマンが大量に分身して、無数の光の中の一つに入って行った。

 戻って来た誓達を見て、銀髪の青年は怒りで震えている。

 青年は顔に似合わぬ乱暴な舌打ちをすると、操縦桿を固く握り、誓に銃器を放った。

 誓はそれを機眼の指示に従い、飛び回って躱す。そのまま、相手の機体にタックルすると、腰の部分を掴んで一つの光に向けて共に落ちて行った。

 突然、光の渦を作っている一つ一つの光の線が誓の機体に絡みついてくる。

 そして、誓の機体の輪郭が変化し始める。

 おもちゃのように丸かった頭や四肢が流線形になった背中にはこの空間に溢れる光と同じ虹色の蛾のような翼が広がっていく。


「なんだこの機体……」


「君の意識に反応して別世界の可能性が機体を組み替えているんだ」


 機眼は言われずともこの世界の事を理解しているらしかった。

 そして、機眼もそれまでとは違う宝石のような青緑の輝きを宿している。それはまるで魔眼のように見えた。

 光の渦を抜けた先に周囲に青い空が広がる。

 誓は相手の機体を空中で離した。相手はすぐに体勢を立て直し、誓から距離を取った。

 二機が正面から相手と向かい合う。


 

【はるか】


 はるかは頭を抱え、地面にうずくまっている。突然世界から、自分以外の人間がいなくなってしまった。

 風の音以外何も聞こえない。人間はおろか生物の気配がしない。

 皆が消える寸前に生命を消し飛ばす母胎という魔眼が起動したという知らせだけを聞こえていた。

 はるかは永遠に続くであろう絶望と恐怖を前に、涙すらでなかった。


「ああ……ああ……」


 地面に顔を向けながら、はるかは真顔でただ呻いていた。

 どれだけの時間そうしていただろうか。

 不意に空から轟くような音がした。

 はるかが顔を上げる。飛空艇か人型兵器の動く音に聞こえる。

 突然、世界に音が満ち溢れる。生き物の息遣いが遠くから近くから響いてくる。

 しばらくして、はるかの背後で足音がした。当然、はるかにはそれが誰だか見えていない。

 後ろに立っていたのはパンドラだった。

 パンドラはいつも通り憮然とした顔ではるかによっていくと、乱暴に隣に座った。

 はるかの頬を涙が流れる。泣けば、誰かが聞いてくれる。誰かがいないと泣く意味すらない。

 自分の図々しさと傲慢さを恥じながら、はるかは大声で泣き喚いた。

 何故だろうか。空を見上げたはるかははるか高い場所を飛ぶ人型兵器と一瞬目が合った気がした。



【ジャング】

  

 ジャングの傍に別世界に飛ばされていたメルヴィナが戻って来る。


「やはりあなたは母胎に飛ばされていなかった訳……抜け殻病さまさまね」


 メルヴィナは見上げた。空には目玉のような模様がついた巨大な翼を持つ誓の機体が飛んでいる。


「それにしてもなんて気色の悪い機体なの? 悪魔みたい」


 ジャングは最初から動かずにその機体を見つめ続けている。


「完全無欠の天の国から人を引きずり下ろすんだ。悪魔でなくてなんだ」


 メルヴィナは何事もなかったかのようにジャングの隣に立っていた。しかし、その拳は震えている。

 不意にメルヴィナがジャングを顔を殴りつけた。


「あんたが出来なかった事を子供がやってんだ! 他人事みたいに言うんじゃねえ!」



【誓】


 誓の機体の目に当たる部分から、血の涙を流すように赤いラインが足元まで伸びていく。そうして、ようやく誓の機体の変化が終わった。

 銀髪の青年は機体を急上昇させる。

 誓は自分の機体の変化に戸惑って、動けずにいたが、わずかに遅れて相手に食らいつく。

 ものすごい勢いで加速を続け、ついに二機は宇宙空間に出た。


「巫女である王妃が消えたからか? 障壁層がない……」


 青年は苦々しい顔をして、誓を見た。


「また訳の解らねえことを……」


 誓は呆れた様子で相手を見る。そして、誓は下に広がる青い星を眺めた。


「訳が解らないのは貴様の方だ! 人間だろうと魔族だろうと馬の合わない者をまた同じ世界に押し込めれば、傷つけ合い、弱い者が苦しむんだぞ!」


 青年が機体の銃を乱射しながら吐き捨てる様に言い放った。

 誓はそれをまた躱して、機体の腕で相手のコクピットの位置に叩きつける。青年はそれを腕で防ぎ、揺れる機体の中でこらえた。。

 誓の機眼が起動する。


「あの光の渦に呑まれ、誓の機体が姿を変えた時、私にも変化が起きた。

君の記憶が見えたんだ。

ウェルギリウス。君の認識も考えも何も間違っていない。しかし、魔族であっても君もまたこの世界に生まれた人である事から逃れられない。

苦しみと孤独を量産し続ける世界が酷く虚しく思えるかもしれない。

それでも、今日まで君が君自身の苦しみと孤独に突き動かされてきたように、苦しみの行く先を見る事にも価値があるのなら、それを私の友達から奪わないでやってくれ」


 誓の機体が拳を構えた。左の側の拳が強い青白い光を放ち始める。

 誓はそれを相手に向かって、振り抜く。

 巨大な光の拳がウェルギリウスの機体を貫いて、ウェルギリウス以外を木っ端微塵に破壊した。



【機眼】

 

 拳から光を放った後、誓の機体はその衝撃で半壊した。

 奇妙な淡い光を放つ透明な球体が気絶しているウェルギリウスの体を包んでいる。

 

「誓、よくやった。終わったぞ。今までありがとう」


「は?」


 突然別れの言葉のような事を言い出す機眼に誓は疑問を覚えた。


「着脱モード」


 次の瞬間、機眼は小型の球体に変形して誓の頭から抜け落ちた。

 誓は慌てて、それを拾う。しかし、機眼は火傷するような熱を放っている。誓は思わず機眼を放り投げた。

  

「あっつ! どうなってんだ!」


「あの空間で与えられた特殊な力を行使しすぎた。本来の処理を越えたせいか体がもうもたないんだ。

残された力でウェルギリウスと君を下まで送る」


 それまでなら考えられない事だが、機眼は言葉に一瞬詰まった。


「誓。私は君の友人になれただろうか?」


 誓の体がウェルギリウスと同じように光に包まれる。


「お前は俺の目だろうが! 勝手になくなって、どっか行って良い訳ねえだろ!」


「大丈夫だ。君はいつかきっと私をここまで迎えに来てくれるだろう?」


 誓は必死に何か怒鳴った。しかし、その声はもう空気のない宇宙空間では響かない。

 機眼は壊れかけたコクピットの穴を抜けて宇宙空間を地球から離れた遠くへ飛び始める。

 誓はウェルギリウスと共に足元に広がる巨大な水の塊に向け、吸い込まれていく。


「誓。見てくれ。きっとこの星もこの宇宙も全て君の為のものなんだ」



【誓】

 

 青い星の紺色の海に誓は立っていた。横にはウェルギリウスが気を失ったまま浮いている。

 遠く向こうの砂浜から誰かが駆けて来る。


「アニキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 包帯でぐるぐる巻きになった腹部から血を垂れ流しながら、エニスは誓の方へ走って来る。

 その後ろにはエリックやはるかやパンドラ達が悲鳴を上げながら、エニスを追いかけている。

 誓はただどうしようもない気分で笑った。


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