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邪気眼ダンス  作者: OnJ
12/14

天から降り注ぐ

【誓】


 誓は頭の中が混乱したまま、下の方を向いて固まっていた。

 しかし、周囲の大騒ぎは誓がそのままで居続ける事を許さない。

 

「おいおい! おい! ありゃ誰だよ!」


 職員の罵声が飛ぶ。

 ジャングが職員達を押しのけて、機械の映像を素早く切り替えては巻き戻す。誓はただその様子を眺めていた。

 どの映像にも男の姿はない。

 ある瞬間に急に母胎だけが消え、しばらくして急に男がカメラの前に現れるだけだ。

 エリックが一緒に来た他の隊員に話しかける。


「これやばいんじゃないのか?」


 話しかけられた隊員は画面に見入ったまま頷いた。真顔で汗を掻いている。

 ジャングは繰り返して確認するような事はせず、一通り映像を見て、何かを理解したようだった。


「どうなってんです?」


 エリックがジャング話しかける。


「ガリアにいる教会の連中だろう」


 どたばたとする内に隊員達と施設に居た職員達の内数人が人型兵器に乗り込み、飛び立った。

 誓は人型兵器の操縦席の中で背筋を丸くして、前のめりになる。何が何だか理解できない。

 基地に帰ると、ジャングは隊員や職員達と解れて、会議室に入って行った。途中でエリックも呼び出されて、部屋に入って行く。

 解散する訳でも指示が出されるでもなく、誓達は入口の前に待機させられた。そのまま数時間を基地の建物の中で過ごす。

 エニスは地面に座り、膝を抱えたまま眠り込んでしまった頃、ようやく会議室から人が出て来る。

 出てきたのは氷雨だった。少しやつれた様子で厳しい表情で隊員達に声を掛ける。

 

「船に戻れ。今すぐ出発だ」


 誓が質問出来る様子でもなく、飛空船まで走る。

 船で氷雨が隊員達にまた声を掛ける。誓達は管制室に集められ、氷雨の前に立った。


「母胎と呼ばれる危険な魔眼とそれを制御出来る手段がガリアの手に渡ったと思われる。どちらかの破壊か奪還を目標として我々は行動する。

このままガリアに直行する事になる。指示を待て。

それと社長からの呼び出しです。名前を呼ばれた者達は訓練場に顔を出すように。」


 誓には何の用事か解らなかったが、読み上げられた名前の中には誓とエリックもあった。

 それからすぐに船が高度を上げ始める。

 氷雨が椅子に座ると、その前に巨大な管のようなものが降りて来る。

 

「船にも私にも優しくないからあんまり使いたくないんだけどね」


 氷雨は渋そうな顔をしてぼやいた後、機器を操作している隊員達と目を合わせて笑った。

 

「各自何かにつかまれ!」

 

 指示があった数秒後、機体が激しく揺れ始める。

 周囲が少し寒くなったかと思うと、氷雨がうっすらとした白い煙に包まれ始めた。

 不意に誓の体は後ろに強く引きずられたかと思うと、目の前に広がっていた雲の中を飛空船が凄まじい勢いで突き抜ける。

 誓は呼吸が止まり、臓器が押し潰されるのを感じた。人型兵器を越える加速度だ。


「おああ! なんだこりゃ!」


「蒸気を操る魔眼で無理矢理推進力を生み出してんだ!」


 エリックが肺を手で抑えながら、苦しそうに叫んだ。

 無理に姿勢を維持していた隊員達は機体の動きが安定すると同時に地面に倒れた。

 揺れが収まるや否やエリックが管制室を飛び出して、通路に向かった。誓とエニスも追いかける。

 はるかの部屋の前でドアを開けると、中ではるかが髪を振り乱して、机に突っ伏していた。


「はるか!」


 エニスが叫んで駆け寄ると、はるかは顔を上げて笑った。


「なにいまの……」

 

 誓とエリックが安心して胸を撫で下ろした。

 放送が掛かり、先程名前を呼ばれた隊員達に訓練室に来るように呼びかけている。

 二人も急いで訓練室へ向かう。

 呼び出された場所には既にジャングや他の隊員達が集まっていた。

 

「目的地まで、時間がかかる。この時間を無駄に出来ない。訓練を行う」


 もうすぐ出撃するかもしれないというのに、訓練は誓が拳を突き出すのがやっとになるまで続いた。

 ようやく訓練が終わって部屋を出る時、機眼が動き出して誓に話しかけてくる。


「おそらく母胎との戦いが始まれば、君は最前線に立たされるぞ。良いのか」


 誓は機眼の声を聴いても無表情だった。

 ゆっくりと通路を歩きながら、答える気が無いかの様に黙り込んだ。自分の部屋の前まで来ると、その場で立ち止まる。


「ガリアって奴らが母胎を使ったら、どっちにしろ人間全員が消し飛ばされるかもしれないんだろ」


 誓がしばらく部屋にいると、エリックが絡みにやって来た。誓の考えていることなど気にしない様子で、いつも通り歯を見せて笑う。

 誓達が食堂に入ると、見慣れない二人組が椅子に腰掛けていた。

 一人は普通の人間の少女に見えたが、もう一人は赤い肌をして頭に白い角を生やしている。

 エリックが誓に顔を近づけて小声で話し出す。

 

「あれが噂の二人だな」


「噂?」


「ガリアの王子と一緒に行動してたんだよ。聞いてねえのか?」


「何でそれが船に?」  

 

「母胎が盗まれる少し前に王子がガリアに連れ去られて、この騒ぎになってる。

王子が母胎を操る手段に関係あるんだろうって、社長が言ってたぜ」


 王子の同行者であるという二人はお互いに言葉を交わす事もなく、暗い顔をしていた。

 エリックが早足で近付いて、向かいの椅子に腰掛ける。

 誓も様子を見ながら、口は出さずにエリックの隣に座る。


「おう」

  

 エリックが声を掛けると、角を生やした魔族の方が顔を上げて、相手の目を見た。

 太い眉と堀の深い顔も相まって、迫力のある容姿だ、と誓は思う。おまけに角が生えている。


「何だって王子と旅する事になったんだ?」


「あたし達、何となく付いて来た」


 少女の方が目をこすりながら、口を開く。言い終えて、同意を求めるようにシモンの方を見る。

 魔族は疲れているらしく、頷くような唸るような曖昧な返事をした。

 エリックが気を使った笑顔を見せるが、少女の方は顔を上げない。

 魔族の方も会話が途切れると、すぐに眠そうに俯いた。


「殺す気ならその場で殺せるはずだし、王子は当分大丈夫だと思うぞ」


 エリックの言葉を聞いた少女は一瞬大きく体を震わせた。

 少女が不安そうに首を魔族の方へ向ける。魔族は視線だけを少女の方に向けて、お互いの目を見合わせた。

 誓は再び部屋に戻って過ごした。

 数時間経った頃、機体が急激に名前に傾く。

 眠りかけていた誓は拡声器の悲鳴で目が覚めた。


「敵機の攻撃を受けている。総員配置に付け!」


 通路に飛び出した隊員達が鉢合わせる。


「上から攻撃を受けたらしい」


「上から? この高度の上はもうすぐ障壁層だぞ!」

 

 狭い通路の中を、隊員達がぶつかり合いながら移動する。

 その間にも、警告の放送が流れ、機体は時折大きく動いた。

 誓とエリックは途中で人型兵器の格納庫に向かうエニスとすれ違った。 

 飛空船は大きな川に着水する。機体の中に居ても解る水しぶきが上がった。


「現在地、華国! 老江!」


「敵勢力、市街地からも来ます!」


「各部隊戦闘に備えてください!」


 氷雨が向こうから駆けて来る。


「誓、あなた機体が格納庫にあるはずです。船ごと潰されるよりは、一先ず乗って出撃しなさい!」


 誓は慌てて走り出す。

 通路の途中で走っていく例の二人とすれ違う。二人が向かっている先は隊員達が集まっている場所だ。


「戦うのか?」


 誓が振り返って声を掛けると、魔族の男も立ち止まった。


「戦える」


 魔族はそれだけ言い残して、再び走り出した。

 誓は虚を突かれたようにその場で一瞬二人を見送った。そうして、我に返りすぐに自分も目的地へ向かう。

 格納庫に着いた誓を待ち受けていた機体はついこの前見た時と様子が違った。

 見た目がまるでおもちゃなのは相変わらずだが、装甲が追加され、以前より太く見える。銃火器も取り付けられているようだ。

 既に格納庫の通路に人の姿は無く、人型兵器乗り達は全員機体に乗り込んでいる。

 船は宙に浮いたまま、機体用の出入り口を開いた。

 並んでいた機体達がそこに押し掛け、飛び降りていく。

 誓は泥を撒き散らしながら川岸に降り立った。着地の隙を突くように銃弾が浴びせられる。

 誓は咄嗟に腕で胴体や頭を守る。

 他の隊員達が誓を守るように弾幕を張り、敵を撃ち落としていく。

 

「機体性能が全然違うな」


「上空に敵は確認できない! 船への攻撃が止んだ! 結局なんだったんだ? 平地戦に誘い込む為の誘導か!」


 誓は不意に視界の中にこちらを向いていない敵機を捉えた。咄嗟に機体に取り付けられた機銃を放つ。

 弾丸は命中し、敵はよろけたかと思うと、そのまま爆発した。


「撃墜数1だな!」


 隊員の誰ともない一人が誓に声を掛ける。

 誓の中で急激に高揚感と緊張感が沸き上がった。


「一人、殺した」


 誓はそれが罪悪感だとは思わなかった。

 まして殺したのが自分の力とも思えない。目の前に人間を殺すスイッチが有って、それを押した、そんな気分だ。

 誓を地に足の付かないような浮遊感と寒気が襲う。

 今誰かが自分を殺すスイッチを持っているかもしれない。

 誓が怯んだ一瞬の間にも、敵の誰かが誓を狙い、味方の誰かが防ぐようにそれを撃ち殺す。

 誓いがはりつめた無表情で銃を構え直した。氷雨から通信が入る。


「奥に進んで! 市街地で人型兵器の銃は使わないのよ!」


 誓の周りにも同じ通信が入ったらしい。


「街中に入り込んだのか? ガリアの連中逃げ切れないと踏んで、ここで応戦する事にしたんだ!」


 誓が機体の高度を上げながら見上げると、先程まで気付かなかった街の全貌が見えた。

 高い建物が隙間も無く接し、密集している。

 それも途中の階から積み木でも重ねたかのように形が違ったり、突き出していたりする建物ばかりで異様な光景だ。元ある建物に後から簡易な増改築が繰り返されてるといった様子である。

 誓はさらに高度を取った。曇った空の下で、空気すら重い様に感じる。

 建物の間には一定間隔で大きな通りがある。道に突き出した電飾の看板が車に当たらんばかりの高さに並んでいる。

 時折通りを横切るように空中通路がでたらめな高さに通っていて、その上にも屋台や店が並んでいる。

 誓は街の中を飛んでいては、その内何かにぶつかる不安を感じた。上空へ舞い上がってみれば、他の機体も同じように街の上空を飛んでいた。

 かと思うと、下から弾幕が貼られる。

 

「奴ら街を背にしてやがる!」


 誰かが叫んだ。

 誓は焦って機体を旋回させるが、回避のしようもなく、機体に銃弾は当たる。


「ちっきしょ!」


 撃墜の危険を感じた誓が建物の屋上に降りようとする。


「うおああああ!!!」


 不意に背後から衝撃があって、誓の機体は建物に叩きつけられた。振り返ると、背中から槍のような武器で刺して張り付いている機体が見える。

 真っ赤な細身の機体の下で誓はもがいた。

 敵は槍を引き抜き操縦席を狙うように槍を振り下ろしてくる。誓はそれを腕で防ぎ、逸らした。

 周囲の屋上に隊員達の機体がが着地する。推進器に暖められた空気が壊れかけの建材を巻き上げた。

 誓の味方は建物に当たらない角度で平行に狙いを定めると、一斉に覆いかぶさっている敵に銃撃を浴びせる。

 敵の機体の背中から無数の誘導弾が放たれて、周囲の味方を襲う。悲鳴を上げ切る暇もなく、数機が沈黙した。

 誓は咄嗟に相手の手にある槍を弾き飛ばして、相手の腕を掴む。

 力比べになったかと思うと、今度は敵機の操縦席が開いた。

 勘が働いて、誓も機体を降りた。

 背の高い青年が敵の機体から降りて来る。

 二人は建物の屋上で距離をおいて向かい合った。

 青年は真っ赤な長い髪を揺らしながら、雲の向こうの日を背負った。

 太く長い四肢に厚い筋肉。誓は荒野で巨大な野生動物と出会ったような感覚を味わう。

 青年はやはり野生動物のように激情も無ければ奢りも無い表情でただ敵として誓を見据えた。

 一方その頃、ジャング達がいる街の外側では粗方の敵が動きを止めて、残る機体も後退し始めていた。


「街に入っていた部隊が一部通信途絶状態です!」


「掃討戦ですな」


 隊員の誰かがそう言う。

 隊員達は街の中に入る事を避けて、戦線を進めこそしない。それでもなお戦況の優劣は明らかだった。

 不意に街の奥の方から塗装の違う機体の影が現れる。

 角から飛び出した機体は向きを変えると、推進器で飛ばずに両手を振り走り始める。道の舗装をまき散らしながら、信じられない速度で隊員達の方に向かって来た。


「ありゃなんです?」


 隊員達は咄嗟に身構えて銃弾を放ったが、その緑色の機体は跳ねるようにして、躱した。

 決して厚くは見えない装甲が命中した数発すらも弾き返す。機体が大きく損傷している様子はない。 

 細身なその機体は機械である事を感じさせない滑らかな動きであっという間に隊員達に迫る。


「国軍の機体はここまで劣るか!」


 機体のパイロットらしい声は辺りに無残に転がる味方の人型兵器を見ながら言うと、さやから抜いた二本の剣を両手に持ち、次々と隊員達を攻撃した。

 陣形の内に入り込んだ敵機が舞うように武器を振るい、抵抗などないように易々と味方の機体が切り刻まれていく。 

 隊員達は同士討ちを恐れて、密集した陣の中では銃も撃てず、戸惑っている。


「うちから回していた機体じゃないな。教会自前の機体か」 


 量産型を黒く塗った機体に乗っているジャングが真顔で呟いた。

 混乱する隊員達をさらに上から撃ち込まれる銃弾が襲う。黒い機体がビル群の上に小さく見えた。

 先程までの敵の武器とは違い、確実に命中した味方の機体が破壊されている。


「損失を気にせず追い詰めないと、逆に兵を失いかねません!」


 通信に入って来た氷雨がいつになく乱暴な口調でジャングに言った。

 ジャングはしばらく味方の機体が倒れ、時折爆散していく様を見つめる。眉をひそめたものの、その表情は悲しみや恐怖を意味するものではないように氷雨には見えた。


「数機、鹵獲用兵装で出せ。狙撃手は氷雨に任せる。町の損害は出来るだけ抑えろ」


 淡々とした口調でジャングは指示を出した。


「ろかく?」


 相手の無感動と頓珍漢にも思える指示に憤った氷雨は目を剥いた。批判の言葉をぶつけようとするが、次の瞬間にはジャングは氷雨の反応も確かめず、二刀を獲物とする敵機の方へ向かっている。

 ジャングは空中に飛び上がると機体を屈めさせ、脚部からナイフ状の武器を取り出し、相手の背後に飛び掛かる。

 相手は一瞬反応が遅れたが、かろうじて腕でその刃を防いだ。敵は反撃に両手の刀を振り回して来る。

 ジャングは相手の攻撃に合わせて、数合打ち合ったが、相手の攻撃に反応しきれないと見るや、距離を取る事でかわし始める。

 

「指揮官か?」


 敵は塗装が黒いジャングの機体を見て、言った。

 ジャングが何も言わずにいると、また斬りかかってくる。


「首をもらう!」


 ジャングはまた一方下がる。敵が速すぎて、後退する事でしか攻撃を防げない。

 敵の剣が隙を作らぬように次々に打ち込まれる。

 いつの間にか、ジャングは飛空船を背にする所まで下がっていた。

 敵の一撃がジャングの機体の腕を切り落とす。そして、とどめを刺すように続けざまに大きく振りかぶった。

 その瞬間、ジャングは小さく一歩前に出て、敵に抱き着くようにして刃を躱した。残った手を相手の背に回し、上から垂直にナイフを突き刺す。

 敵がジャングの機体を飛空船に向けて、蹴り飛ばした。

 叩きつけられたジャングは少し仰向けの無理な姿勢で推進器をふかし、宙へ舞い上がる。

 敵にすぐに追いつかれ、ジャンの機体の肩を切りつけられた。


「氷雨」


 すんでで致命傷を避けたジャングはあちこちにせわしなく方向転換をしながら、敵の武器を逃れ続ける。

 別の敵を相手にしていた氷雨が急上昇して来て、魔眼で煙を巻き上げた。

 敵が戸惑い、ジャングとの間に間隔があいたわずかな時間に隊員達が銃撃する。敵は煙をあげながら、ぎこちない動きをした。

 再びジャングが敵の機体に取り付く。先程と同じ場所をえぐるように正確に武器を突き立てる。


「くそ!」


「止めろ。バーニアの制御を切った。こちらの機体が支えなければ落下するぞ」


 敵は拘束から逃れようと操縦桿をやけくそに動かしていたが、推進器に力が入らないのを察して脱力した。怒り狂ってコクピット内部で機器を叩く。


「おああああああああああ!」


 氷雨は冷たい視線で遥か下方でEMMA社の隊員達に囲まれる白い機体を見た。

 片腕で敵機を抱え込んでいるジャングの周囲に隊員達の機体が集まる。他の機体にはない建機を思わせる巨体な固定具が腕部に取り付けられている。

 隊員達の機体が空中で敵の機体を掴んだ。


「バランス制御、同期」


 安定した姿勢に収まると敵を抑えこんだまま隊員達は地面に降りていく。

 

「味方も抑えました。機体を降りて投降なさい」


 氷雨は敵の二機に向けて、言った。

 次の瞬間、白い機体の方から怒声が聞こえた。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 敗北の悔しさというより恐怖を前にして自らを奮い立たせるような声だ。

 数拍後、隊員達がどよめき始めた。

 

「氷雨様。パイロットが自決しました!」

 

 氷雨は一瞬息を止めて、それから大きく溜息をつく。

 誰にも見えぬコクピットの中で氷雨は非難の視線をジャングの方へ向けた。そうして、その感情を声には出さず、思考を切り替えるようにジャングに向かって話しかける。


「この戦力差を埋められる程、あの二機の性能に自信があったのでしょうか」


 街に面した陣の手前に機体を降ろしたジャングはその場でまた考え込んで、黙った。

 氷雨にはその沈黙が答えを出そうとしている為なのか、無視なのか解らない。

 緑色の敵機体のコクピットが開いた。隊員達の機体に銃を突き付けられながら、男が下りて来る。

 その場にいた誰かが気付いたわけでもないが、男はサンサラルピでヴントと闘ったあの襲撃者だった。

 どこにしまっていたのか、武器である巨大な剣は手にはしていた。しかし、それを構える様子も、自ら命を絶つ様子もない。

 男は悟ったような冷静さと鋭い目つきでジャングの方を見ている。


「あの男、勇者騎士団派の構成員だ」


 ジャングが男を見たまま言った。

 目を逸らしかけていた氷雨はそう言われて、もう一度男に目を向ける。

 

「王国教会の兵ではないのですか?」


「船の守りは要らない。全員で町の敵を炙り出せ」


 ジャングはまた質問には答えなかったが、氷雨は慣れた様子で相手の指示を隊員達に伝えた。

 ジャングは画面を操作して、誓へ通信を確認する。機体は生きているようだった。しかし、通信に反応が無い。マイクが集める周囲の雑音だけが流れている

 ジャングはそれに対して驚きも感情も無い様に素早く通信画面を閉じた。


「佐藤誓はどうした?」


「佐藤誓がいた隊は数分前から通信が途絶えています。佐藤誓の機体だけは動いているようですが、通信に対して反応ありません!」


 視点は変わって、同じ頃。青年の前蹴りが誓の胴を抜いていた。誓は知る由もないが、この青年は草原の村でヴントと共に過ごしたアーロンである。

 誓は体で受けたが、数歩下がって踏ん張って見せた。相手に蹴り足を地に着かせる間も無く、殴りかかり反撃する。

 相手は腕で受けているが、誓は構わず拳を叩きつける。

 アーロンは目を見開いた。誓の拳には不可解な重さがあった。

 アーロンは衝撃で痺れた腕を突き出すが、誓の顔の横を掠めさせるように躱し、相手を叩き続ける。

 誓の拳がアーロンの顔に当たった次の瞬間、アーロンの誓の頭に高い蹴りが入った。

 アーロンは相手の目が虚ろになる刹那を見た。

 しかし、誓は揺れる視界の中で咄嗟に相手を突き上げる様に拳を放つ。


「おあ!」


 アーロンは骨に伝わる衝撃を感じた。そして、気付けば膝をついていた。それは彼にとって驚くべき事であった。

 誓には不思議だった。自分の体が自分のものでは無い様に動いている。機眼の力も使っていない。

 朦朧とした意識の中にいるアーロンになお誓が向かっていく。

 その時、アーロンの目が鈍く光った。途端に誓が吹き飛ばされて、仰向けに倒れる。 

 誓はすぐさま立ち上がり、驚きの目で相手を見た。見えない速度で蹴りを食らったのか。

 

「魔眼だ」


 機眼が慌てて軌道して警告してくる。


「君に今衝撃が加わった場所と先程蹴りを打たれた場所が一致している」


 立ち上がったアーロンが誓に向かっていく。ガードを固めた誓に拳を叩きつける。

 アーロンが一度打撃を当てると、その位置にもう一度同じ衝撃が走る。

 身を守っていた誓の腕は一瞬の内に弾かれた。

 そうして、顔の正面から相手の打撃を受ける。


「うんが!」


 何とか倒れずに踏みとどまった誓は状況を理解して青ざめる。

 次の瞬間、もう一度誓の顔面に衝撃が走った。誓は仰向けに倒れる。

 アーロンがとどめを刺そうと迫っている。

 誓は体に力が入らないのに気付いた。もんどりうって、のたうちまわるようにして、何とか膝立ちのような体勢になる。


「誓」


 機眼が誓に回避行動を指示した。

 アーロンが体重を乗せた突きを打ち込んでくる。

 誓はアーロンの拳を首の動き一つで躱すと、腰の回転で拳を振りぬく。続けざま飛び上がるように背後に回ると、アーロンの首を締め上げた。

 思わぬ反撃にアーロンの表情から冷静さが失われる。背後に向けて肘を打ち込もうとするが、誓が足で抑えこまれた。逆の肘を打ち込もうとすると、今度は誓が自分の胴を押し付ける様にして勢いを殺してくる。


「おおおおおおおおお!」


 怒声と共に奮い立ったアーロンは急に後退をはじめ、屋上の手すりに誓を叩きつけた。

 誓はそれでもなおアーロンの首を離さない。

 傍からは誓もアーロンも常軌を逸した目をしている。

 アーロンは何度も体ごと誓を周囲のものに叩きつけた。アーロン意識が飛びかける寸前、ようやく誓の手がアーロンから離れた。

 頭から血を流している誓が何とかアーロンから離れて、構えを取る。

 アーロンは青ざめて笑った。


「打撃が危険だと解った途端、絞め技に移るんだからすごい。異常だよ。殺気なく、そんな動きが出来るのは」


 二人が向き合った状態で距離を詰めていく。

 アーロンが手を出そうとした瞬間だった。飛び込むように誓が拳を入れる。

 地面に倒れたアーロンの上に誓が馬乗りになって、さらに数発殴った。


「殺す覚悟があるのか」


 アーロンが血に染まった誓の顔を見上げながら、そう言った。


「もう……一人殺した」


 誓は唸り声を上げながら、拳をアーロンに振り下ろした。

 それから数分後の事。ジャングの傍に一機の人型兵器が向かっていた。黒に青と白のラインにした塗装のラインが入った塗装が目立っている。

 味方機であるらしく、隊員達は特にその姿に反応を見せていない。

 機体がジャングと氷雨の傍に降り立つと、操縦者からの連絡がジャングに入る。


「間に合うか解りませんが、基地の残りの隊員もこちらへ向かっています。それと一部の国で社の資産がいくつかが凍結され、支社や施設が警察に差し押さえられたようです」


 声の主はメルヴィナである。

 いつかエニスと対峙した時とは様子が違う。感情の揺れ幅を感じさせない口調で、少女のような表情も消えている。

 ジャングは黙ったまま声を聴いていた。

 メルヴィナが少し間をおいて再び声を掛ける。

 

「前の戦争と同じね」


 メルヴィナは今度は旧知の知り合いに言うように素っ気なく、そして気安い様子で話しかけた。

 氷雨はメルヴィナの声を聴きながら、ジャングの反応を待った。

 ジャングは一拍置いて、一言だけ言い切る。


「今度も俺達が勝つ」


 さらに数分後、エリックは目の前の光景に愕然としたまま、建物の壁に隠れていた。

 推進器に火の灯っていない人型兵器達が宙に浮いたまま固まり、共に街を駆け抜けていた隊員達も突然その場を動かなくなった。

 そして、道の真ん中を他に兵を連れていない男が隊員達を拳や蹴りでなぎ倒し、奪った銃器を放り投げていく。

 短い茶髪と言い、肌と言い。全体に色素の薄い印象である。

 しかし、その容姿は儚げという雰囲気ではない。まくった袖からは隆起する筋肉が見えていたし、服の上からでもがっちりとした体のラインが見えた。

 

「魔眼でしょうか?」


 エリックと同じく建物に隠れている隊員がエリックに尋ねた。

 エリックは身を引き、部下を陰に押しとどめながら答える。

 

「ヴォイニッチに現れる魔眼に時間が止まったかのような空間を作り出すものがあったはずだ。今開眼している人間がいるという話は無かったが、おそらくそれだろう」


「じゃああれが王族ですか……」


 男は一通り隊員達を倒すと、エリック達が隠れている建物の方へ迷わず走ってくる。

 エリックと隊員は銃を構えた。


「嘘だろ!」


 隊員は肩を震わせながら銃口がぶれないよう、銃を手元に押さえつけている。力んでいるせいで体はより大きく振れる。

 エリックは咄嗟に這うように体勢を低くした。

 男がエリック達の前に飛び出し、隊員の体がその場に固められる。

 男はエリックに気付いて視線を下げようとする。

 次の瞬間、わずかな隙にエリックが魔眼で男の視点を反対方向に向ける。そのまま、数発の銃弾を敵に向けて放った。


「おお!」


 男は恐ろしい速度で壁側に動いてそれを躱す。

 エリックは動かなくなった部下を肩に抱えて走り出した。

 少し距離が開くと、石のようになっていた隊員が意識を取り戻し、もがく。

 

「うおあああ」


「黙ってろ!」


 エリックは隊員を放り出して、別の建物の影に入る。


「反対側の建物に隠れろ!」


 エリックは左右を見遣った。二人の内どちらかが動きを止められても、もう一方が撃てる状況を作り出したい。

 しかし、それから数秒後。いつのまにかエリックと隊員はどちらも動きを止められていた。

 上から男が飛び降りる。

 男は隊員とエリックから銃を奪い蹴り飛ばすと、のんびりとどこかへ捨てに行く。

 そうして、隊員だけを蹴り飛ばすと、続けざまエリックに殴りかかった。殴る寸前男の魔眼の能力が途切れた。

 エリックは目の前に突然男の黒目がちな目が現れたように感じた。咄嗟に腕で防ごうとするが、間に合わずに地面に叩き伏せられる。

 

「やべ、能力切っちまった」

 

 男は目を閉じたままエリックに突進し、首を締め上げた。


「すげえな。有名な能力じゃねえみたいだけど、敵の視線を操れるってのは究極のアンチ魔眼の一つと言っていいんじゃねえか」


 不意に周囲の温度が下がり始めた。

 空を二機の人型兵器が舞っている。

 エリックと男は同時にそれに気づいた。

 怪訝な顔をした男が魔眼でそれを止めようとする。

 次の瞬間、エリックは注意が逸れている相手にしがみつきながら背後に何かを投げた。


「おい!」


 男は目を見開き、背後を向いて、投げられた手榴弾を魔眼で止めた。

 エリックが背後から相手を蹴る。

 鋭く入った蹴りに相手が顔をしかめた。男はよろけたように見えたが、次の瞬間、振り向きながらエリックに前蹴りを突き出す。

 エリックは口から血を吹き漏らして、仰向けに倒れた。


「いっつー……咄嗟にしちゃよく考えたな。でも、こっちは生まれて能力が解った日から能力の使い方と考えられる対策を嫌って程叩き込まれてんだ」


 強がる男の足元を急にぶ厚い氷が固める。

 上空に居た人型兵器達が下りて来る。

 機体に乗っている氷雨とメルヴィナが魔眼に力を込めると、さらに男を固めている氷が厚くなり、男の体を包んでいく。


「うげえええ! 蒸気の魔眼に氷の魔眼の合わせ技かぁ……そう言えば、そんな事をする奴らがいたって聞いた気がしたんだよなぁ」


 苦笑いをしていた男は一瞬何かに気付いた。

 男はつまらなそうに、疲れ切ったように、ぼやく。その目は氷雨でもメルヴィナでもなく、遠い空の一点を見つめた。


「あーこりゃいかん……」

 

 その一点が段々と大きくなっていき、やがて青白い顔の青年になった。

 不意にどこからともなく数十本の刀飛んできて、氷雨とメルヴィナの機体を突き刺さった。

 針山のようになった二機が地面に落ちていく。

 

「どうなった!」


 氷雨が怒鳴った。

 メルヴィナが体を打って、うめく声も聞こえる。

 乗っているパイロットが危険になるほどの高度では無かったようだ。

 足を氷漬けにされたままの男が少し焦った様子で氷雨の方を見た。


「この氷を外した方がお互いの為になると思うんだけど」


 氷雨は怪訝な顔で見返した。


「何を言ってる? 無理だ。どちらにしろその氷をすぐ解く手段は我々にすら無い」


「そりゃ……ご愁傷様だ」


 空を飛んでいる青年が、氷雨達のいる方に近付いてくる。

 数本の刀が宙を舞いながら、またどこからともなく青年の周囲に現れる。刀の数はあっという間に増えていき、海を固まって泳ぐ青魚の群れのようになった。

 青年は氷漬けの男の正面に降り立った。


「アドラス、一体何をしているんです? 君が突然船員を襲い、母胎を持ち出したと聞きました」


 アドラスと呼ばれた男は青年の話しぶりを聞きながら、ほんのわずかな一瞬寂しそうな顔をしたが、すぐに意地悪そうな笑みを作った。


「ようヴント。顔色悪いじゃねえか。何かあったのか?」


 アドラスの目の前にいるヴントであったはずの青年は肌が白くなり、淀んだ目をしていた。

 その見た目は誓が大樹の森で出会ったアデルに近い。


「この姿は母胎の力を得た証だ。母胎はどこにあるのですか? 母上の所に持っていかなければ」


「母胎はもうねえ。俺が眼の能力で動作を止めて破壊した……ありゃお前の手に余るよ」


 アドラスはからかうような笑顔のまま話し続けた。

 ヴントはそれまで見せなかったような好奇心に満ちた笑顔を見せた。


「ほう。母胎の自己防衛の機能にそんな対処法があったのか!」


 アドラスは不気味な笑みを浮かべるヴントの顔を見た。

 ヴントは感心したようにうなずいて、またアドラスの方を向く。


「だが、無駄な事だ」


 突然ヴントの背後に巨大な目が現れる。

 母胎だ。


「そんなに簡単に破壊出来るものが1万年もの間、残っている訳がないだろう」


 ヴントの背後にある母胎を中心に空気が波打つような奇妙な風が起きた。

 その場にいた全員が驚いて周囲を見渡す。

 不意にある建物から天井を突き抜けて、巨大な肉片のようなものが浮かびあがってくる。

 そして、肉片達が集まって、巨大な目の形を為した。


「再生した?」


 メルヴィナがコクピットの中で息を呑んだ。

 二つの巨大な目がヴントの背後に並ぶ。

 ヴントが視線を向けると、刀の魚群が宙をもの凄い勢いで動き出す。

 連絡を受け集まり始めていた人型兵器達はそれに呑まれて、堕ちていった。

 咄嗟にアドラスが眼の能力を使い、ヴントを止める。

 

「母胎を両方破壊しろ!」


 アドラスが氷雨の方を向いて怒鳴った。

 しかし、次の瞬間アドラスの背後に大量の刀が突きつけられる。そして、その内の一本はアドラスの首筋に沿うように抜け出した。


「こうなると、解っていたんだろうが……」


 背後から宙に固まっているヴントとは別にもう一人のヴントがアドラスの背後に歩み寄ってくる。

 アドラスが向きを変え、視線を動かす事が出来ない様に、様に刀がアドラスの体を取り囲んでいる。 


「ったく、おふくろが泣くぜ」


 アドラスが少し下を向いて苦笑いした。

 ヴントは一瞬普段の気難しそうなしかめ面をする。


「アドラス。エンマ様は死んだんだ……」


 視点は変わって、数分前。誓は隊員全体への連絡を受けて機体に乗り、エリックの支援に向かっていた。

 街の空にかから連絡協の上には、戦闘から出来る限り離れようとする住民の流れが出来ている。

 誓は、その中でそれに逆らって進むシモンと旭を見つけた。高度を下げて、橋に近付く。


「乗れ! 王子がいる!」

 

 狭いコクピットに三人が詰め込まれた状態で機体はエリックの場所へ向かった。

 こうして、三人はヴントの目の前に現れる事になった。

 誓の機体はバランスを崩し、膝ですべりながら着地すると、両手を地面について着地した。

 コクピットが開き、三人が吐き出される。

 立ち上がったシモンと旭がヴントを見つける。

 シモンはしばらくそれがヴントだと解らず、呆気に取られていた。周囲に転がる人型兵器、氷漬けの男、宙に浮く刀、異質な光景だった。

 

「お前、何でここにいるんだ?」


 シモンが相手に聞こえる様に大声で言うと、一瞬辺りが静まり返る。

 ヴントが二人に気付いて、目を凝らした。


「ヴント、どうしたのそれ? 化粧してるの?」


 旭が続いて、ヴントに向けて声を発した。

 ヴントはようやく二人に気付く。そして、小さい子供や若い女性のするように嬉しそうに小さく手を振った。

 ヴントを知らない人間からすれば愛想の良い身振りのように思えたかもしれないが、二人は身の毛のよだつ思いがした。


「あれが王子なのか?」


 誓がシモンに問うが、シモンは答えることなく固まってしまっている。

 誓は遠くに弱った様子のエリックを見つけた。状況について、疑問の表情を浮かべるが、エリック自身も混乱していて答えられない。


「ヴント! その目玉どうするの! ヴォイニッチの人に取られると、まずいものなんじゃないの?」


 旭が恐怖に開き直って怒ったように叫んだ。

 ヴントは気のない様子でぼーっと聞いていたかと思うと、思い出したように次の瞬間アドラスに向けて手をかざした。

 アドラスを囲むように突きつけられていた刀の一本がアドラスの胴を貫く。

 ヴントはアドラスの顔を見ながら、ゆっくりと地面の方に降りて来た。

 近付こうとしていた旭の足が止まる。

 アドラスは口から血を噴出して、倒れた。

 シモンが旭の服の背中を掴み、引き戻す。


「何これ! ヴント、もうやめてよ! 何かあんた気持ち悪いよ!」


 旭は尻もちをついて、へたりこんだ。

 ヴントはつまらなそうな表情で旭を見た後、怒りの表情で震え始める。

 誓達がいる遠い地面からでも、ヴントが拳を握って力んでいるのがわかった。


「俺が気持ち悪いだって? 友達だと思ってたのにな……」


 ヴントが口の端に歪んだ笑みを浮かべる。


「やはり俺の事を理解してくれるのは母さんだけだ」

 

 ヴントが嘆くように天を仰いだ。手をかざすと、突然一本の刀が宙に現れ、三人がいる方へ向かって飛び始めた。

 それが旭の方へ向かっていると誓達は判断出来た。

 次の瞬間、咄嗟に誓が前に飛び出しながら手を伸ばす。

 ヴントが飛ばした刀は誓の手のひらを貫いて、鍔の部分で止まった。

 誓はか細い悲鳴を漏らしながら、刀の柄を掴んで引いた。声はやがて怒号になっていく。

 獣のように吠えながら誓はヴントの方に向けて走り出した。

 それを見て、ヴントは再び空中に浮かび上がろうとする。

 エリックが力を振り絞り跳ね起き、素早くヴントに対して上段の蹴りを放つ。

 ヴントはそれを片手で受けて、いなした。重く鈍い音とエリックが感じた手ごたえに反して、ヴントは平然としている。


「おああああああ!」


 一瞬の差があって、誓の拳がヴントの頭に叩き込まれる。

 ヴントのが顔が歪み、わずかに体勢が崩れる。。


「覚悟決めてきてんだろうが! びいびい泣きながら喧嘩するんじゃねえ!」


 ヴントはいつの間にか涙を流しながら笑っていた。

 その異様な表情に周りにいた人間は寒気を感じさせた。

 ヴントは涙をこらえて笑っているという訳ではなく、本当に涙を流しながら笑っていた。

 数歩下がったヴントがすかさず手をかざすと、宙を舞っていた刀が一本ずつ誓とエリックに向かって飛んでいく。

 シモンは咄嗟に刀に向けて炎を放った。

 刀身が融解して、その場に液状になった鉄が真下に落ちる。

 それを見て、ヴントはかざしていた手をシモンの方に向けた。

 わずか一瞬の出来事だった。シモンの背後に刀が現れ、串刺しにする。

 シモンは顔をしかめて、踏みとどまろうとして足を一歩前に出した。そのままヴントから視線を外さずに倒れる。 

 再び刀が誓とエリックを襲う。

 誓が躱そうとして動くが、体が意思に一瞬遅れた。躱しきれずに肺があるであろう場所に刀が突き刺さる。

 

「機体から出られません! 隊員を救出して!」


 氷雨が叫んだ。

 メルヴィナは操縦桿を握ったまま、固まっている。


「駄目だ。どんな手品か知らんが、コクピットの駆動部分を正確に刀で止められている」


 震えていた旭が我に返って、魔眼を使った。空間が歪み、誓とエリックが旭の傍に引き寄せられる。

 エリックは驚いて、旭を見た。旭は混乱して、説明も出来ずエリックを見つめ返す。

 エリックは相手の顔を見て、状況を察したように誓に近付いた。

 誓は胸を押さえ、目を見開きながら、必死に空気を吸い込んでいる。

 ヴントがとどめとばかりに前のめりになって、誓達の方へ近付いていく。

 周りの刀が唯一立ち上がっている旭の方に向けられた。

 旭は身を縮こめながら、魔眼で空間を歪めた。歪んだ空間に触れると、一直線に向かってくる刀の向きが逸らされ、辺りに外れた刀が突き刺さる。

 ヴントが散らばった刀を見た。手をかざすと、先程のまでのように数本まとめてではなく、一本だけを宙に浮かせ、旭に向けて差し向ける。

 旭が魔眼でそれをいなした次の瞬間、今度は背後から刀が飛んでくる。旭は咄嗟に振り向いて、それもいなした。

 ヴントは翻弄するように旭の死角から刀を向け続けている。

 旭の表情からはやがて焦りや戸惑いが消えて行った。ただ息を切らし、苦しそうにまぶたを上げ続けている。

 そうして、動き回り、体の向きを変える動きが鈍くなった頃、旭はただ無気力な目でヴントを見つめた。

 ヴントは真正面から刀を旭に放った。

 倒れていたシモンが起き上がり、力なく旭の前に立ちふさがる。胸を貫かれ、再び前のめりに倒れる。

 コンクリートの地面に赤色が滲んだ。

 旭が流れ出す血を見て、悲鳴を上げる。シモンに飛び付くが反応は無い。

 色の黒いシモンの肌から血の気が無くなっていく。


「あっつぁ!!!!」


 不意に涙を流しシモンにしがみついていた旭が突然跳ね上がった。旭の手の皮膚が赤くなり、一部だけめくれ上がっている。

 旭は訳が分からず、シモンの方を見た。シモンの肌には亀裂が入り、黒くなっている。

 風が吹くと、その皮膚が崩れ、粉になって飛んでいく。旭には、まるで炭にになったように見えた。


「シモン?」


 シモンがゆっくりと立ち上がる。背筋は丸く、寝ぼけているような目付きだ。 肌の亀裂の裏から赤く燃える火が浮かび上がり、髪の毛は灰のように白くなっていく。

 いつの間にかシモンの顔に生気が戻っている。


「俺はよ……」


 ヴントは怪訝な顔でシモンを見て、大量の刀を宙から振り下ろした。

 シモンは何かを言いかけたまま刃の濁流に埋もれる。

 すぐに刀の群れの中心が赤くなり始めた。刀身が溶けだし、柄が燃えかすになって吹き飛んでいく。

 煙を上げる鉄の水たまりから、シモンが現れる。


「最初から知ってたぜ。お前がそういう奴だって」


 シモンは構わず前に突き進んでいく。

 白い肌に黒い髪のヴントと黒い肌に白い髪のシモンが向かい合う。


「いつも難しい顔してても、頭の中は自分の事でいっぱいいっぱいじゃねえか。

お前がここで誰か一人でも殺しちまっても、お前はそれを受け入れられねえ。焦って、また訳の分からねえ事を考え始める」

 

 シモンが言い切った瞬間、ヴントの眉が吊り上がり、その目が涙で光った。

 一瞬だが、ヴントそれまでの奇妙な笑みが消え、はっきりと怒りが宿った。

 すぐに冷たい表情を作ると、ヴントはシモンを睨んだ。

 その場で旭とシモンだけが気付いた。その表情が狂った化け物ではなく、普段のヴントの表情だと。


「そんな風に俺を見下していたのか。仲間だと思っていたのにな」


 ヴントが一歩シモンの方に歩み寄りながら、手を素早く振った。

 シモンがまるで牛がするように小さく頭を振ると、その体から熱波が吹き出して、刀を溶かした。

 ヴントは初めて刀を自らの手に持つと、刀身をなぞり膜のようなものを張った。 


「俺は世界を導く王だ。お前に俺の立場は解らない。」


 ヴントは周囲を見渡しながら、機眼を起動させた。

 空を投影された魔法陣が埋め尽くし、そこから今まで見た事がない数のワイズマンが呼び出される。

 シモンはその場に立ち止まると、目を閉じた。黒い背中に煌めき揺れる炎の線で片足立ちで踊る多腕の男が浮かび上がる。

 炎がやがて背中を覆い、広がって、シモンの背後に巨大な人型の像を作り出した。

 炎の巨人たちに無数のワイズマンが飛び掛かっていく。

 ヴントは体の中心に構えた剣を真っ直ぐシモンに振り下ろした。

 シモンが刀の柄を舞うように回転しながらいなし、そのままヴントの胴に拳で突きを放つ。

 

「俺に勝てないお前がそんな大したもんな訳ねえだろうが!!!!!!!!!!!!!!!!」


 空で巨大な鉄塊と化したワイズマンの群れと巨人がぶつかり弾ける。

 シモンの拳を受け止めたヴントの体が爆発にでも巻き込まれたように吹き飛んだ。 

 誰もが悲鳴を上げて逃げ惑っていたが、その全てが炎の轟にかき消される。

 ヴントの後ろに浮かんでいた二つの巨大な眼が地面に落ちて、転がった。

 その場が静まり返った頃、倒れたヴントの上にゆっくりとシモンが馬乗りになった。拳を一発一発かみしめる様にヴントの顔に振り下ろす。

 三発殴られた所でヴントは跳ね起きて、シモンを突き飛ばした。

 シモンが再びヴントに殴りかかろうと腰を起こす。

 その瞬間、ヴントは相手の目の前に掌を突き出した。


「もういい! もう……目が覚めた……」


 ヴントの白かった肌が元の色に戻っている。

 突然、ヴントの後ろの建物の影から、人型兵器が飛び出して来て、ヴントと母胎を回収しようとする。  

 線の細いより人に近い形のそれはジャングが交戦した教会の人型兵器に近い型の機体であるらしかった。

 シモンの側の建物から隊員が狙撃して、敵の機体を牽制した。

 教会の機体は母胎を掴んだが、ヴントに手を伸ばそうとした所で、ためらって止まった。

 その隙に建物から降り立ったジャング達がヴントを回収した。

 双方に向けられたけたたましい銃声と雑音の中で、やがて戦いは終わった。

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