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邪気眼ダンス  作者: OnJ
11/14

ソラト

【ヴント】


 これは幼い日の記憶。

 ドアに手をかけると、不意に後ろから声をかけられる


「ヴント」


 振り替えれると、母が椅子に腰かけている。母は声をかけこそしたものの、こちらを向いておらず、薄暗い部屋の地面を虚ろな目で見つめていた。


「母さま、一緒にお外にいきませんか?」


「お母さまは疲れているんです。家に居ましょう」


 ドアから手を離して、母親の傍に戻る。椅子の手すりに寄り添って、ただ母の横顔を見つめた。

 何をするでもなく立ち尽くしている自分が馬鹿らしく思えて、不安になった。

 カーテンを開けようと窓際に寄る。


「カーテン開けます」


「開けないで」


 鋭い声で制されて、伸ばした手を引っ込める。

 母は今度はこちらを睨み付けていた。

 こちらの戸惑った表情を見ると、また虚ろな目に戻って、顔をそらす。


「お母さんも貴方も肌が繊細なのです。あまり日に当たらないようにしなければなりませんよ」


 また部屋の真ん中に戻り、母親の表情を伺う。

 母は一息置いて、また何か思い出したように口を開いた。


「そういえば、第一古代語に苦戦しているそうですね。お母様が教えてあげましょう」


「でも、今日はもう勉強の時間は終わりました」


 こちらが言い終わらぬ内に母の平手が飛んで来た。

 驚いて、痺れた頬を抑えたままうずくまる。

 母は何事も無かったかのように笑顔でこちらの両手を掴み、引き寄せた。


「お母様と楽しく勉強すれば、すぐに覚えられます。頑張りましようね」


 母の目には相変わらず部屋の暗闇以外何も映っていなかった。

 この出来事がいつの事だったか思い出せない。とにかく、気が付いた時には自分は既に母を避けるようになっていた。

 嫌いになった訳ではなかったと思う。ただ、ひたすらに彼女と彼女がもたらす雰囲気を恐れていた。

 母から離れて広い城を探検するようになってすぐ、私は庭を見つけた。ある時、いつも通りその庭に遊びにいくと椅子に座って本を読む女性とその傍らで遊ぶ自分より一回り大きな二人の子供達を見かけた。

 私が庭で遊ぶのを諦めて自分の部屋に戻ろうとすると、こちらに気付いた女性と目があった。

 女性に手招きをされて、仕方なく近寄る。女性は涼しげに大きな目で笑うと、私を自分の隣に座らせた。

 そうして、声をかける事もなく、再び読書に戻った。

 子供達はこちらに興味を持って、遊びの合間に椅子に近寄っては、机の上のお菓子を手渡したり、玩具を渡したりしてきた。

 こうして私は女性と子供達と多くの時間を過ごすようになった。

 母は随分経ってからそれに気付いたようだった。


「最近エンマ様の所に遊びに行ってるようですね」


 母が自分の事を聞いてくれたのが嬉しくて、私は声を明るくして話した。


「はい。アドラスやアナイスと遊んでいます。エンマ様は優しい方ですね!」


「やさしくなどありません!」


 母はこちらの言葉を鋭く遮って怒鳴った。返ってきた言葉は私の期待したものではなく、そう言った母の声はやはりこちらに向いていないように聞こえた。

 母は言った後、自分の発言を後悔する様にひきつった薄ら笑いを浮かべて、こちらに向き直った。


「あの兄弟とあの女は王位を狙っているのです。貴方が王になる邪魔をしようとしているですよ」


 悪い事でも話しているように母は急に早口になって、慌ただしくそう言い切った。


「とにかく庭にもう行ってはいけません。約束できますね」


 私はまたそれから部屋に籠って過ごすようになった。

 城の中で私が自由に行ける範囲はそれほど広くなく、飽きてしまっていた。やる事と言えば、部屋の中で本を読む事ぐらいしかない。

 しかし、数日後、あっという間に自制心が緩んだ私は再び庭の近くに来ていた。ただ庭には入らず通路の角に隠れて、エンマ様の様子を見つめていた。

 母の言われた事をそのまま信じるならば、エンマ様と自分はお互いが憎い敵である。それでも、庭で本を読む彼女の姿はやはり優し気で、彼女がいる風景は暖かいものに思えた。

 いつのまにか自分がエンマ様の子供ではない事が悲しく、自分の中で行き場のなかった怒りがエンマ様やエンマ様の子供であるアドラスやアナイスに向かっているのに気付いた。

 ふとエンマ様が顔を上げた。ゆっくりと息を吸ったかと思うと、こちらを向いて手招きをする。

 気付いたというよりは、最初から知っていたかのようであった。彼女が気付いて、驚いた顔をしたならば、私は一目散に逃げだしていたように思う。

 ただ彼女はそうはせず、こちらを向くなり手招きした。

 吸い寄せられるように彼女の座る椅子とテーブルの近くに行く。アドラスとアナイスは私の顔を見ると、いつものようにはしゃぎながら傍まで来た。


「最近お庭に来ませんね」


 私は口を開いてはいけない強迫観念に襲われてしばらく黙っていた。

 そうしていれば諦めてくれるかと思ったが、三人は誰一人視線を外さずにこちらを見ていた。

 アナイスが少し屈んで、こちらに視点の高さをを合わせる。

 この場をしのぎようがないと思った私は呟くように口を開いた。


「母様がエンマ様の所に行くなって」


 不意に自分の言っている事がとても恥ずかしい事に思えて来る。エンマ様にそれを聞かれているのが、嫌だった。

 顔を上げて、三人の顔を見る事が出来ず、俯いたまま喋り続ける。


「アドラスとアナイスを王様にするためにエンマ様達は私が王になるのを邪魔をしようとしている。だから、会っては駄目だと……」


 言い切って顔を上げると、ハーキュは悲しそうな顔でこちらから目を逸らした。

 アドラスは顔に怒りを滲ませて、こちらに軽蔑の視線を投げかけていた。

 私が俯いて逃げようとした次の瞬間、エンマ様がこちらの肩を掴んで留めた。真顔でこちらを見つめるエンマ様が怖くて、私は固まった。


「ヴントは王になりたいですか?」


「……わかりません」


「もしあなたが王になるのなら、それはアドラスやアナイスより思慮深く強くならなければなりません。

アドラスもアナイスも優秀ですから、簡単な事ではありませんよ」


 私はエンマ様がどんな感情でそれを言っているのか解らず、不気味だった。

 何となく威圧されているような気がして、やはり逃げ出したい、そう思った。

 ほとんど泣きそうになりながら目を閉じていた私がゆっくりと目を開けると、こちらの顔を覗きこんだエンマ様と目が合う。

 エンマ様は目を細めて小さく微笑んだ。


「頑張りなさい」


 心臓から溢れてくる何かが目から零れる。その後の事については、またアドラスやハーキュと遊ぶようになった事しか記憶に無い。

 自分の中で醜く歪み始めていた何かを正すでも、洗い流すでもなく、そのまま明るい場所まで引き上げられた。そんな気持ちだった気がする。

 我ながら気取った比喩で、その癖深みのない表現だ、と思うが、しいて説明をするならば、それ以外にないのだ。



【ヴント】


 暗い闇の中、正確には目隠しと瞼の裏側の闇の中で、何度も記憶とこれからの展望について反芻した。

 かなり長時間移動していた。そして、ここについてからもしばらくの間は周囲で人が歩き回っていたように感じる。

 

「ヴント、少しは落ち着きましたか」


 元から落ち着いているつもりだったが、何も答えずにいると危険かもしれない。


「はい」


「大人しくしているなら、目隠しを付けている必要はありませんよ」


 恐らく嘘をついて目隠しを外させた所で、現状の打開策は無いだろう。

 分身を呼び出すこちらの魔眼は視界がある程度の範囲確保されている時にしか使えない。その弱点を声の主は知っている。

 こちらの敵意を気取ったのか、声の主は諦めた様にため息をついた。苛立ったように大きな足音で周囲を動き回り、ドアを開けて部屋を出て行った。

 耳を澄ますと、部屋の中で自分以外の息遣いを感じる。数人見張りがいるようだ。

 数時間経った頃だろうか。いつのまにか空気が冷えて来る。

 恐らく今は夜なのだろう。

 ドアが開き、足音が近付いてくる。


「食事にしますか?」


 不思議と腹は減っていなかった。


「旅行は楽しかった?」


 撫でまわすような声がまた別の角度から聞こえて来る。


「母様、教会の人間を城に呼び込んでいるのですか?」


 母親は父が死んだ後、古くから城にいた者達を何人も追い出して、教会の人間を集めるていた。

 今周囲にいる見張り達も昔から城にいる者達なら、こちらに声を掛けて来そうなものだが、今の今まで誰も話しかけてこない。

 母はこちらの質問を聞いた途端、面倒そうにまたため息をついた。


「何か美味しいものを用意しましょうね」


「母様、私が協力させるなら、何をしようとしているのか教えてください」


「食べたいものはありますか?」


 母は興味が無い様に聞こえない振りをしている。


「大丈夫です。ヴント様」


 不意にまた別の方向から声がする。若い男の声だ。

 人を信頼させるような余裕と落ち着きを感じさせる。

 気を張っていたはずなのに、そこに誰かいる事に全く気付かなかった。


「お母様は正しい事をしようとしているんです。協力してください」


 男の声はそう続けた。

 こちらが混乱して黙っていると、母が間に入ってくる。酷く冷たい声がした。


「協力出来ないのですね。なら、もう食事はいりませんね。少し反省すべきです。牢に入っていなさい」


 男の衛兵であろう強い力で突然立ち上がらされ、歩かされる。

 しばらく進むと、見知った城のはずだが、自分がどこにいるのか解らなくなった。

 冷たい風が吹き込んでくる。こんな場所があっただろうか。

 女の悲鳴が聞こえる。背中に寒気が走った。

 母が舌打ちした。


「あの女まだ……」

 

 衛兵の手を振り払い、音のした方へ飛び出す。階段があったらしく危うく転びそうになり、手を壁に着いた。

 逃げる様に大急ぎで降りていくと、壁の途切れた先で部屋に出た。

 時間の経った汗の臭いがして、鼻に付く。

 恐る恐る前に進むと、何か台のようなものに足が引っかかって、転ぶ。

 細く硬い棒のようなものが体に当たった。人の骨、人の体だ。

 相手は呻いて、こちらから離れようとしている。


「う!」


 混乱して、慌てて台の横に飛び退く。

 一瞬間をおいて、台の上にいる人間の呼吸が何かに気付いたように荒くなる。

 手をこちらに伸ばし、触れようとしているらしい。こちらの頭を掴み、目隠しを取り外した。

 光に少しずつ目が慣れていく。

 暗い部屋のベッドに横たわっているそれが女だとようやく解った。

 部屋のドアには慌てた様子で押し掛けた衛兵や母がこちらを見ている。


「母様、これは」


 女は手や足の先から血を流し、両目に包帯が巻かれている。目を潰されているのか。

 頬がこけ、異常に痩せているし、くるまっている毛布から出た胴体にも傷が見える。

 胸騒ぎがした。何か思い出そうとして、記憶がそれを拒絶している。

 女の色素の薄い髪が何かを思い出させる。


「エンマ様なのですか?」


 相手はこちらの首に手を回し、耳元に顔を寄せた。


「助けて……もう殺して……」


 死んだのか、気を失ったのか、女はそういうと力なく、倒れた。

 世界の全てが止まったように思えた。

 ベットの横には衛兵ではない小太りな男が手に刃物を持って立っている。

 良く意味が解らなかった。

 ただ気付くと、自分の分身が飛び出して、刀で男を後ろから刺し殺していた。

 さらに飛び出した分身達が、母親に向かって飛び掛かって行く。

 透明な多面体が母親の周りに現れて、刃を近づけない。

 

「仕方なかったのです! エンマ様は最後まで教会の方と対立してらっしゃいました。これを決めたのは教会の方なのです!」

 

 無意識なのだろう。そう言いながら母は一瞬エンマ様の方を見て、笑った。


「貴様ああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 全てが遠い世界の話に思えた。

 白目を剥いて、口からだらしなく唾液をだらしながら獣のように吠える自分の分身達が見えた。

 母が魔眼で出している障壁を破ろうと、無理矢理に刃を押し込んでいる。

 力が足りない。もっと強く押し込まねば。

 頭に血が昇り、視界が真っ白になっていく。

 アドラスの顔が見えた。

 ハーキュの顔が見えた。

 シモンの顔が見えた。

 旭の顔が見えた。

 そして、何故かその奥にソラトが見えた。教会で管の中に浮かんでいた時と変わらず穏やかに目を閉じている。

 ソラトがゆっくりと目を開けようとしている。

 見たくない。目を逸らそうとするが、出来ない。逃げ出したいのに逃げ出せない。

 ソラトは目のない瞼を開き、無邪気に意地悪く笑った。


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