喋る機眼
【誓】
誓が眼窩の大きさを測る為の機器に頭を突っ込むと、画面に一瞬で頭蓋骨が映った。
女性の機眼師が書類に何を意味するのか分からない数値を次々に書き込んでいく。ペンが紙の上を走る音が静かな部屋に響いた。
「機眼は初めて?」
淡々とした声で突然話しかけられて、気を抜いていた誓は一瞬戸惑った。今何を話しているのか、今何をしているのだったか頭で高速処理する。
「そうっす」
機眼師はまたしばらく黙った後、車輪の付いた椅子に座ったまま、誓の傍に近づいてきた。
「購入する機眼はこれであってるよね。初めてだから怖いと思うけど、まぁ誰でもやってる事だからそんなに構えないで」
機眼師は機眼の写真や機能が説明されている書類を誓に見せながら説明する。
誓は怖いとは思っていないが、不安はあった。自分の元々眼があった場所に作り物を入れるのだ。慣れない者からすれば、まともな発想ではない。
黙っていると自分が呆けて見られるかもしれないと思い、誓は話題を探す。
「機眼師さんも機眼?」
「今の医療関係者はほとんど外付けの機眼よ。機眼で情報の管理をしないと仕事のスピードについていけないから」
機眼師は自分がかけている眼鏡を指差した。
その後、誓は錠剤と水を与えられた。飲み込むと、あっという間に意識が飛ぶ。
気が付くと、真っ暗な部屋でベッドの上に横たわっていた。頭の奥に淡い痛みを感じて、こめかみを抑える。
外のかすかな光が暗い病室からは青白く見える。誓には、それが幻想的な風景のように思えて、しばらく眺めていた。
既に早朝のようだ。
ふと思い出して、誓は自分の片目をまぶたの上から触った。硬い感触が有る。
誓は自分の機械になった眼にようやく気付いた。そこには今まであったはずの温もりがなく、代わりに鈍い重さがあった。
突然何かが回転する音がして、ピアノのような音色で軽やかな旋律が流れる。
「初めまして。佐藤誓様。私の名前は機眼ユーザーインターフェースのアイズです」
穏やかな男性の声がする。視界ににパソコンのウィンドウのようなものが現れた。
「え」
機眼が話しているらしい。誓の様子など伺う様子もなく、声の主はとめどもなく説明を続けている。
「誓様の機眼はスポーツタイプ。物体の運動を読み取り、その対処を補助する事が出来ます。
その他メール、ブラウザなどの基本機能もご利用いただけます。新型機の広告などは受け取られますか?」
「いや……いい」
いきなりの登場に誓は驚く。そして、その丁寧すぎる対応とぶしつけな機械的説明に威圧感に近いものを覚えて、顔をしかめた。
設定から機械の口調も変更できる事に気付いて、もう少し親しみやすそうなものに変更する。
色々な機能を試して暇をつぶしていると、いつの間にか朝食の時間になっていて、看護婦が焼き鮭と白飯と味噌汁を盆に乗せて運んできた。
空腹だった誓は急いで口へ掻き込んで、また少しうとうとしてしまう。
昼頃に機眼の整備施設を出る事が出来た。家族の迎えは断って、近くの街をうろついてみる事にする。
この近くは普段は近寄らないように言われている町がある。
華やかだが、治安が悪く、危険でもある町。
少し歩くと、広告のネオンが集中している通りが見えてくる。
繁華街の雑貨屋に入る。ビーズのアクセサリーや柄の悪い骸骨が掘られたアクセサリーなどが並んでいる。
街で売られている商品を見ると、拡張現実として詳しい情報が機眼に表示される。
「おせっかいすぎだろ」
誓はなんでも先回りして準備されている事に快適さと同時に逃げ場がないような息苦しさを感じて、ぼやいた。
「商品コードの読み取りをオフにするか?」
慣れ慣れしい口調で話すようになった機眼がまた話しかけてきた。独り言でも反応するらしい。わざわざ答えるのも億劫なので無視してみる。
大通りに出ると、周囲の雑多な雰囲気にそぐわない小奇麗なガラス張りのビルとが現れた。
EMMA。機眼や薬品類のメーカーの支社だ。
機眼は強力な産業である。
この辺りは外国人が多く住んでいたり、古い商店街があったりして、治安が悪いが、昔から栄えている下町だった。
それに加えて、十数年前に機眼の製造会社の支社が建った。
そして、その周囲に社員が利用するような外食店、酒屋、娯楽施設があつまっただけで、こういった繁華街を作ってしまうのだ。
誓は向こうから平均身長の高い集団が向ってくるのが見えた。髪の色や背格好からして黄色人種ではない。
外国人は珍しくないが、それでも気になるのはその服装だ。一様に僧侶のように長い地味な色のコートを着て顔を伏せている。
彼らの民族衣装なのだろうか、誓は考えをめぐらせた。
「なんだあいつら」
「許諾されている範囲での情報を提示する」
機械の目がまた勝手なことを始める。
集団の中の若い青年が誓に気付いて顔を向けた。肌も白ければ、髪はもちろん。まつげを含めた毛まで真っ白で、目の色素も薄い。
青年は静かに微笑んで会釈をすると目をそらして、誓とすれ違って行った。誓は魂を抜かれたように立ち止まってしまう。
後ろから店の仕事で商品の箱を運んでいる女店主に肩をぶつけられて、前のめりになる。普段なら怒鳴り散らして喧嘩になるところだが、誓の体は動かない。
誓は呆然と足の太い女店主の後ろ姿を見つめた。街の雰囲気に飲まれている自覚が誓にはあった。
「ネイル教の一派のようだ。近くで大きな祭典があった」
機械の声が聞こえると、否応なしに意識がそがれる。
宗教。誓の住むこの国では宗教があまり力を持っていない。記念日に行事は行われても、それに拠り所にして共同の利益のために行動したりはしない。
誓には、この国の多くの人がそうであるように、宗教に依存する事がそれだけでどこか軟弱であったり、気味の悪い事のように思えてしまう。
誓は先程あっけにとられていたのも忘れて、ゆっくりと歩いていく集団を憐れみと好奇の入り混じった眼で見た。
そうして、集団が去ってから視線を正面に戻すと、また誓は注意を奪われる。
大きな通りの向こう側で、やはり外国人と思われる茶髪の男が先ほどの誓と同じ様に不審がるような、警戒するような視線で集団を見送っている。
冷たく無感情に見えるし、気取った雰囲気の立ち姿だが、意志の強さを感じさせる目だ。
男が正面に向き直り、誓と目が合う。誓も視線を外す機会を失い、思わずにらみ合ってしまう。
その場から動けないのは自分の負けん気故なのか、相手の威圧感のせいなのか誓には解らない。
理由のない緊張感が流れた。
数秒経って、誓はようやく我に返って、考え直す。相手はただの旅行者だろう。この国の人間が珍しくてこちらを見ているだけかもしれない。
苦笑いを残し、誓は相手を無視して繁華街へ戻っていった。
普段行かない場所はやはり面白いな、そう思っている誓の顔は無意識ににやつく。
商店街の看板が見えたので、気の向くままに足を踏み入れる。
すると、突然近くの建物から何かが割れるような音がした。
「何だ?」
誓は音がする方を向いて後ずさりした。
子供のけたたましい悲鳴が聞こえてくる。
「うわああああ。まただあ!」
「まぁたエニスがなんかやってんのかい!」
先程誓にぶつかってきた女店主が道に面したカウンターから顔を出す。慣れているようで、焦っている様子はない。
木が折れる音や金属同士がぶつかる音がどんどん近づいてくる。
「誓。熱源反応がかなり近い。おそらく重機の類だ。私の誘導に従い、速やかに回避する事を推奨する」
機眼が指示を出した。
女店主のいるカウンターの真下へと伸びる矢印が誓の視界に表示される。大急ぎで移動すると、誓は地震の時にするようにそこで頭を抱えて小さくなった。
女店主は誓があたふたしている内にいつの間にか店を出て遠くへ逃げている。
次の瞬間、誓の真横の壁を破って、巨大な鉄球が目前に飛び出した。
思わず息をのむ。
「止まってええええ!」
巨大な人型のロボットの頭上でレバーにしがみついた少年がロボットの動きに合わせて振り回されている。鉄球はそのロボットの手らしい。
ロボットは道にとび出すと、動きを止めてその場に崩れ落ちた。上から落ちてくる少年を誓が咄嗟に抱きとめる。
息を呑んでいた誓は呼吸する事を思い出して、激しく息をついた。
ゆっくりと周りに人だかりが集まってくる。皆、眉の端を吊り上げて少年を見ている。
そのうちの太った一人が肩をいからせながら前へ出て来た。
「てめぇこらエニス! 何べん街を壊したら気が済むんだ馬鹿野郎!」
少年がおびえた顔をしている。
誓はこのままこのエニスと呼ばれた少年が殺されるのではないかと心配になってくる。
「おちつけよ。こいつはとんでもない事をしたかもしれないけど、今九死に一生を得たばっかりだぜ。怒るのは落ち着いた後でも良いだろ」
助け舟もむなしく群衆はどんどんとエニスに詰め寄ってくる。
誓の後ろに隠れているエニスを体格のいい魚屋の青年がつまみ出す。エニス空中で手足をじたばたさせてもがく。
「エヘヘッヘ、セント兄さんそうかっかしちゃあ、いい男が台無しでぇ」
少年がひきつった笑顔で言った。
言い終わるか言い終わらないかの所でセントの巨大な拳がエニスの顔に叩き込まれる。
「あんぎゃああああああああああ!!!」
奇声をあげながら魚屋の商品だなにエニスが叩きつけられた。
無茶苦茶だ、この町は。誓は足がすくんだ。
「よそ様に迷惑かけたら、子供でも責任取って筋を通すもんだろう?」
住人達の剣幕に圧倒されている誓の方をちらりと見ると女店主が言い放って、立ち去る。やがて群衆もそれぞれの店の持ち場へ戻っていった。
エニスは号泣しながら罵声をあげている。
「なんでえ! てめえらなんかダッサイ貧乏人だろうが! ちょっと元からぼろい家が壊れたぐらいでガタガタぬかしやがって!」
「また殴られるぞ馬鹿野郎……」
誓は服の袖でエニスの鼻血を拭いてやった。
エニスは涙目で鼻をすすっている。
ぶつぶつとまだ小さな声で恨み言を言っている。誓はその逞しさが気に入った。
「兄ちゃんはいい格好してるな。いいとこの坊ちゃんだろ?」
エニスの使う言葉のどことない古さがおかしくて誓は笑った。
エニスはアスファルトの破片を蹴り飛ばしながら、道に倒れているロボット置いてけぼりにして、通りを出ていく。
「どうせおれなんかいらない子だい」
そうつぶやいているのが誓には聞こえた。
追いかけようかとも思うが、これ以上はうっとうしがられるように感じて止める。
空の半分がが赤みをおびはじめ、反対側が暗くなり始めていた。
誓には決して清潔ではない雑多な雰囲気が居心地がいい。自分がどこにいても誰も文句を言わない。目に入ったカウンター席のある酒屋に誓は何の気なしに入る。強い酒の匂いが慣れない人間には鼻につく。綺麗に禿げた中年の店主が嫌な笑みを浮かべながら、こちらを見た。
「おいおいミルクなんか置いてねえぞ、兄ちゃん」
誓はこの手の煽りには慣れている。くだらない強がりだ。一瞥すらせずに鼻で笑う。
「そこにあるのくれよ」
誓はだらしなくカウンターにへばりつきながら、指で奥の棚にある酒を指さす。
舌打ちしながら店主は瓶に入った白い半透明の酒をよこした。特に味わうでもなく一気に飲み干した。
「っけ。軟弱なもの飲みやがって。ガキだなぁ」
隣の客が吹っかけてくる。髪を金色に染めていて目つきが悪い。
誓の頬が小さく痙攣した。
次の瞬間、誓は素早く拳を相手の顔面に向けて横から振りぬいていた。瞬間、店内が怒号の嵐になる。
「てんめええええ! 新入りの癖に生意気じゃねえか!」
男たちが立ち上がり、うるさく足音と共に誓の席に詰め寄ってくる。
「戦闘行為に巻き込まれている、と判断した。機眼による補助が必要か?」
機眼がまた話しかけてくる。
誓は吐き捨てる様に拒絶の言葉を口にした。
「いるかそんなもん」
誓は漏れる笑いが止まらなかった。負けるわけがない、そう確信している。
群がってくる男たちを叩きのめしては自分もぶっとばされる。こうなると誓は痛みや苦しみを感じない。
あっという間に店内の誓を含む全員がぼろきれのように床にへばりつく事になった。
「手に負えねえクソガキだ……」
壁にもたれながら最初に誓に絡んできた男が言う。
「うるせえ」
誓は口の中の血をためて、床に吐いた。久しぶりに骨の折れる相手だった。
体中の殴られた部分が、痛いというより熱い。
ほとんど気絶するかのように目をつぶって、誓はその場で体を休ませた。
どれくらい時間がたっただろうか。ふと静かに酒場のドアを開ける男がいた。
先ほどの魚屋の青年だ。気の強そうなその無表情な顔の眼だけが泳いでいる。
「ん? セントリーじゃねえか? どうした?」
店の客がセントに声をかけるが、暗い面持ちでどう見ても酒を飲みに来た様子ではない。
「エニスがあいつ小屋に帰ってねえ。いつも帰る時間だけは守ってやがったのに」
酒場にいた男たちが体を起こしてセントの方を見た。
「また拗ねてどっかほっつき歩いてるだけだろ?」
セントは目を固く閉じて首を振った。真剣な顔で男たちが顔を見合わせる。
「俺のホークアイで探してみた。あいつごろつきどものたまり場にいやがるんだ」
機眼の中にはホークアイ系というナノマシンを周囲に散布することで広範囲の情報を得る事にたけた機眼も存在する。
あんなに思い切り殴っておいて、そんな事で心配するのか、誓からすると奇妙だった。
セントの後から子供たちが飛び込んできて店が一気に騒々しくなる。
「エニスのやつまたロボット作りのための廃材を探しにいくっていったきりなんだ! きっとまちがえて奴らの縄張りに入ってる!」
慌てて立ち上がった店中の男達が出口に詰め寄り、床に転がっていた誓はそのまま轢かれた。次第に町中が大騒ぎになり群衆が一つの塊になって移動を始める。
「なんだっつうんだ。ちっくしょ」
誓は文句を言いながらも様子が気になって、少し距離をあけて群衆の後をつけた。
群衆は獣のような勢いのまま開けた廃倉庫のある場所に移動していく。
「子供に何する気じゃあああ!」
顔を髭に覆われた男が倉庫の中に怒鳴り込む。その後に続いて群衆も怒号を飛ばした。
少し間が空いた。中で何が起きているのか誓にはわからない。
「ぐあああ!」
沈黙の後、最初に倉庫に入っていった男が吹き飛ばされて出てきた。
群衆がどよめきながら後ずさりする。誓は身をかがめて、少し広がった人の隙間を抜けた。
倉庫の中を見て誓は自分の目を疑った。時代錯誤のリーゼントの男がソファにふんぞり返っている。
「ぎゃはっはははははは! このガンテツさまの縄張りにこの餓鬼が入ってきたんだ! どうしてやろうと俺の勝手だぜ!」
ガンテツは殆ど裸のような水着姿の女や革の上着を着たファッションセンスを疑いたくなる男達に囲まれている。
脇ではエニスがまたひきつった笑いで揉み手をしていた。
「エッヘヘ、ガンテツ様。おいらもガンテツ様の子分になります。ですからもう乱暴は……」
「うるせえクソガキ! てめぇは靴でも磨いてろ!」
ガンテツがエニスの顔を蹴り飛ばす。
一日に二度もかわいそうな奴、誓は思った。
持って生まれた喧嘩好きが抑えられず、自分の中でめらめらと闘志が燃え上がるのを誓は感じた。
そうして自分も怒号をあげようとすると、その背後からいきなりセントが飛び出していく。
「エニス早く逃げろ!」
「セント兄ちゃん!」
セントがガンテツの取り巻きをその巨体で投げ飛ばしながら、向かって行く。しかし、ガンテツは動じる様子もない。
取り巻きをすべて吹き飛ばしたセントがガンテツによっていく。しかし、セントがその手をガンテツに向けて伸ばした瞬間、ガンテツの目が鈍い光を放ったかと思うと、腕が巨大化し、セントを叩き潰した。
その場にいる誰もが息を呑んだ。
「ありゃあ魔眼か……」
誓がつぶやく。
ガンテツの肩から先は縮尺そのままに何倍もの大きさになっている。まるでコンピュータの画像編集で縮尺を弄ったような光景だ。
みんな悔しそうに倒れているセントを見るが、うかつに助けには入れない。
見かねてついに誓が飛び出す。
「おいこらちゃらんぽらん! いい気になってんじゃねえぞ!」
セントとエニスが誓の方を向く。二人の顔には砂が付き、服が破けた部分から痛々しい傷が見えた。
「やめとけ兄ちゃん! いくら強くても魔眼にはかなわねえよ!」
酒場の親父が肩をつかむが誓はそのまま突き進む。他の数人も必死に止めるが、引きずったまま恐ろしい力で進んでいく誓を止められない。
「あ?」
暴力に酔って、悦に入った表情のガンテツが睨み付けてくる。
「俺の魔眼の力、見てなかったのかよ? あ?」
いきなり巨大化させた拳を飛ばしてきた。誓はよけきれず吹き飛ばされる。誓は酒場の喧嘩のダメージもあって意識が飛びそうになった。
「おいおい。じょうだん……」
誓はよろよろと立ち上がる。もたれた壁に血の跡がべったりついていた。
「き、機眼の、の使用を推奨する」
機眼が何か申し出ているが、衝撃で壊れかけているようだ。まともに言葉が出力されない。
新品で恐ろしく高い高級品だ。誓はげんなりとした。
「いらねえっつってんだよ。くそ。こんなときまでのんきな喋り方しやがって」
ガンテツは続けざまにもう片方の拳を誓に叩きつけようとしていた。誓は咄嗟に近くにあった金属製の棚をつかんで、その角を飛んで来た相手の拳に向かってぶつける。
当たり前のように誓は吹き飛ばされ、持ち上げていた棚の下敷きになった。
ガンテツは棚の角が刺さった腕を抑えてもだえ苦しんでいる。
「ぎゃあああああああああ俺さまの腕があああ!」
ガンテツは憎しみのこもった粘つくような眼で誓を見ると、今度は両足を巨大化させて立ち上がった。
商店街の群衆たちが棚の下から誓を引きずり出す。誓に肩を貸して逃げ出そうとしている。
「逃がさねえよ! しねえええ……ん?」
突然小さな影が飛び上がってガンテツの首に飛びつく。エニスがガンテツの首にかみついている。
ガンテツが振りほどこうと体を振り回すと、遠心力に引きはがされたエニスが壁に叩きつけられる。
「じゃますんなくそガキいぃ!」
我を失っているガンテツがエニスに突進していく。
また電子音がしたかと思うと、誓の機眼の目に何か奇妙な画面が現れて、声がし始めた。
「誓。なぜ君が私を使いたがらないのかわからない。
君は目の力に頼らずに敵を倒すことに誇りを感じるのかもしれない。しかし、私は少年が殴られた時に反射的に駆け寄る君も見ていた。
君にとっての優先順位を私に教えてくれ」
奇妙だった。機眼の声は他の人にも聞こえているらしい。
目を丸くして商店街の男達が誓の方を見ている。
誓はぎょっとして自分の目に注意を向けた。口調も声も先ほどと変わらない。言葉の選び方もあくまで無感情で事務的だ。
しかし、誓はその機眼の言葉に、単なる質問でない何かを促すような意図を感じた。機械がが自分から持ち主に何かを促すような内容を話す事があるのだろうか。それともそれが最新型の機能なのか。
誓は、しばらく考えて、静かにぼやく。
「……うるせえよ」
「誓」
機械がやはり意志を持っているかのように呼びかけてくる。気味が悪いはずなのに、誓の頭はふらふらして何かを考える余裕がない。
「うるせええ!」
中で何かが高速で回転し、誓に埋め込まれた機眼がどんどん熱くなっていく。
誓の中で同じ記憶が一瞬の間に何度となく反芻される。数年前、機眼の事故で弟が死んだ。だが、そうだ。本当は眼が怖かったんじゃない。
床の埃を巻き上げ、誓が姿勢を低くして飛び出す。
ガンテツがそれに気付いて高笑いした。
「ひゃはははは! 目も持ってない一般人ががんばるじゃねええかよ!」
誓が笑った。
視界には機眼が示した誘導線が見えている。それに従ってガンテツが飛ばしてくる巨大な腕を地面との隙間に滑り込むようにして、躱した。
「俺の目を見ていってみろくっそ野郎!」
誓は足腰を使って飛び上がるように拳を突き出し、ガンテツの顎を打ち上げる。衝撃で視界を失ったガンテツの巨大化した四肢が縮みはじめた。
誓が姿勢を崩した相手の頭を抱えて膝蹴りを放ち、地面に膝をつかせた。さらに拳を振り上げてハンマーのように打ち下ろす。
「だらあ!」