珈琲の香りに忘れてきたモノー前編ー
突然書きたくなってしまい思うままに書き上げてしまいました。
拙い文章ですが、あたかかく見守っていただけると幸いです。
珈琲の香りが、ダークブラウンで統一された店内に漂っている。
店内には私達以外にも数名、他の客の姿がありこの雰囲気を満喫している様だ。
かく言う私も、普段は飲まないブレンド珈琲を前に薄く微笑んでしまっているのが分かる。
「いいお店ですね、先輩。よくこの店には来るんですか?」
テーブルの向かいに座る人物に私は視線を向けた。
「うん?そうだね、月に一度はここの珈琲が飲みたくなるんだ。僕の事務所からもそう遠くないしね。良い所だろう。」
マグカップにスティクシュガーをぶち込みながら、優雅に答える。ジャケット姿のこの男性は白い甘い粉に細心の注意をはらっている。
・・・そんなに入れたら珈琲の味なんて分からなくなるのではないだろうか。
「僕は小さい頃は珈琲は苦くて飲めなかったけど、この年になってからは自然と苦手じゃなくなったよ。」
三本目の空紙を端に寄せ、スプーン片手に笑っている。
マスターであろうお爺さんがカップと共にこの量の砂糖を添えて持ってきていた時点で、なんとなく察していたが・・・。
この飲み方がデフォらしい。流石は先輩、マスターも始めはさぞ驚いたであろう。
「・・・では、自分も頂くとします。」
苦笑いを返しながら、私もカップを手に取り熱い珈琲を楽しむ。
外は太陽が照りつける夏の空だが、それに反比例するかのように店内は涼しげだ。
だからこそ、このホットブレンドがより一層美味しく感じられ、外でかいた汗を冷やしてくれる。
「ふー、たまには珈「ぶぇっくしょン‼」です・・・ね。」
珈琲から視線を戻した瞬間、カップに隠れた先輩の口元が爆発した。咄嗟に姿勢を反らしたお陰で、服に染みを作ることはなかったが、飛沫の原因たる本人はそうもいかなかったようだ。
「しまった・・・駿助くん、おしぼりをくれないか。」
鼻の下から顎まで濡らした先輩はあわてて飛散した珈琲を拭いている。
私もあわてて手元にあったおしぼりでテーブルを拭く。周囲の目線が痛い・・・様な気がする。
「お客さん、大丈夫ですかね?」
一部始終をみていたのであろう、マスターがタオルを片手に心配そうに尋ねてきた。
「す、すみません、せっかくの珈琲を」
「いえいえ、少々冷房が強かったかもしれませんな。どうぞ、こちらをお使い下さい」
タオルを先輩に差し出しながら、朗らかに言う。
「お連れさんも、お絞りをお取り替えしましょう。」
テーブルを拭いていたお絞りを新しいものに変えてくれたかと思うと、あっという間にテーブルを綺麗に拭いてしまう。
「あ、ありがとうございます。それとすみません、騒がしくしてしまって。」
流れるような動きに目を奪われたが、はっと気がつき礼を言う。
恥ずかしくて少し早口になってしまった。
「いいんですよ、それでは御ゆっくりどうぞ。」
そう言って、またカウンターの中に戻って行くマスター。
何事かと見ていた数人のお客さんも、マスターの対応を見た後にまた元の作業に戻る。うん、いいお店だ。
マスターにもう一度心のなかで感謝し、目の前の先輩に向き直る。盛大に噴いた彼は、頂いたタオルで上着を拭いていた。
「先輩、またですか?というか大丈夫で・・・わ無さそうですね。」
問いかけると脱いで拭いていたジャケットから視線をこちらに向ける。まだ顎に水滴が残っている。
「ウウウ・・・染みになってしまいそうだよ。」
悲しげに珈琲の染みたジャケットを見て、また視線を戻してくる。
「はあ、とりあえずお手洗いに行って顔もしっかり拭いてきてください。酷いことになってますよ?顎とか。」
「ううぅ、そうするよ。なんだかベタベタするし・・・。」
そりゃベタベタするのは・・いや、何も言うまい。
「上着は拭いときますから、置いててください。」
「わかったよ、ありがとう。」
そう言って席を立ち、振り返ってトイレに向かおうとする先輩。
「バタンッ!!」「イッタぁーぃ!」
しかし足がもつれたのか、歩き出した瞬間に転けた。
「はぁ」
私は頭を軽く抱えて、転んだ先輩を横目に手元の珈琲に手を伸ばした。