政略結婚で幸せになれるなんて物語の中だけです!
政略結婚しました。
なんやかんやとあったけど、最終的には両想いになって、私は今とっても幸せです。
めでたしめでたし。
――って、んなわけあるかっ!
政略結婚で幸せになれるのは、物語の中だけなんだっつーの。
ハァ。
若くて、優しくて、賢くて、武芸に優れ、そのうえ容姿まで美しく完璧だなんて聞かされて舞い上がっていたあの日の私を今すぐぶん殴りに行きたい。
冷静になって、よくよく考えればわかるはずでしょ?
本当にどこも非の打ち所のない完璧な若き国王様なら、わざわざウチのような田舎の小国に見合い話を持ってきたりはしないって。
そうそうウマい話は転がってないのよ。
やっぱり、真実を知ったあの時に回れ右してすぐさま故国に帰っていれば良かったわ。
深い深い溜め息を吐き出し、さっきからチラチラとこちらを見ている鬱陶しい生き物に視線を向ける。
文武両道、眉目秀麗。賢王と名高いこの国の王にして、一応私の夫だ。
「はぁ。今日も一日疲れたよー」
わざとらしく、大きな独り言を零す夫(一応)をいつものごとく無視する。
これで諦めれば、まだ可愛げがあるのだが、あいにくこの生き物にそんな殊勝な心掛けは無い。
「ねぇ。仕事頑張って偉いでしょ? 褒めて褒めてー」
ウザイから近寄ってくんな。
あと、国王が仕事すんのは当たり前だ。馬鹿やろう!
「ねぇ。褒めて褒めてー」
私の氷点下をはるかに下回る絶対零度の視線にもめげずアグレッシブに迫ってくるコイツの心臓はきっと超合金で出来ているのだろう。
おそらく神経は針金だ。
「あー、はいはい。えらいえらい」
このまま無視を続けたら、延々と同じ台詞が繰り返されることはすでに学習済みのため、仕方なく超棒読みで対応する。
ちなみに、私がこんな対応されたら絶対怒るわ。
でも、この鬱陶しい生き物はそれでも嬉しそうなんだよ!
「じゃあ、ご褒美ちょうだい?」
しかもあろう事かご褒美まで強請る始末。
まあ、これもいつもの事だ。
仕方がないので、頭をナデナデしてやって、最後に頬へキスしてやる。
これで満足してくれるのだから、ある意味扱いやすい。
一度だけ、こんなんで本当に仕事をしているのかと不安に駆られ、こっそり謁見の様子を覗いてみた事がある。
その光景を目の当たりにした私は、驚きのあまり顎が外れた。外れた顎が危うく行方不明になるところだったわ。
だって、そこには故国で聞いたすべてにおいて完璧な名君がいたんだから。
ちょっとちょっと!
誰アレ? 影武者?
えっ? 本人?
これ一種の詐欺でしょ?
というか、そんなキリッとした顔が出来るなら、私の前でもしててよ。
その日の夜。
常にキリッとした顔をして欲しいとお願いした私にアイツはこう言いやがった。
「えぇー。疲れるからヤダぁ」
「ヤダぁ」って、とっくに成人した男が甘えた声でだだをこねても、ちっとも可愛くないんだよ!
「それならば、どうして仕事中はキリッとしていらっしゃるのかしら?」
「あー。そうしないと宰相から説教3時間コースだから」
「なんで、国王が宰相を怖がってんのよ!」
あっヤバい。
思わずタメ口になっちゃったわ。
……でもまあ、いいか。どうやら気付いてないみたいだし。
「それは……ここだけの話なんだけど、宰相がこの国を陰で牛耳ってるから」
「えっ?」
それじゃあ、まさか賢君だの名君だの名高い政治手腕は、すべて宰相が――。
「あと、各国から絶賛されてる軍の指揮能力も、実際はほぼ騎士団長の力だしね」
「……じゃあ、貴方は何をやってるの?」
「んー。玉座を温めるとか?」
駄目だコイツ…。
早く何とかしないと!
「陛下。お妃様に何か私のことを仰いませんでしたか? 先日、お妃様が私を見て『宰相。裏で全てを牛耳ってる陰の実力者』などと呟いておられたのですが……」
「あー。たぶん、この国を陰で操ってるのは宰相だって言ったからかなぁ」
「何故そのような嘘を?」
「最終的にはどんな法案も宰相の手を通るわけだし、あながち間違いじゃないよね?」
「私の進言なぞ、五回に一度お聞き届け頂ければ良い方ですが」
「えー。そうだっけ?」
「恐れながら陛下。私も発言の許可を頂けますか?」
「いいよー。何?」
「はっ! ありがとうございます。実は私も先日お妃様より『騎士団長さんも大変ですね。手柄を横取りされて』と、いたく同情されたのですが、何かお心当たりは御座いますでしょうか?」
「んー。他国に知れ渡っている国王の武勇は、本当は全部騎士団長の手柄だって言ったせいかなぁ」
「何故そのような出鱈目を仰るのですか!? 私や他の騎士達がお止めしても単騎で敵陣に突っ込まれ、そのまま嬉々として無双されていますよね?」
「ほら。デスクワークってストレス溜まるし」
「答えになっていません!」
「そもそも陛下は、何故そのような偽りをお話しされたのですか? ただお妃様に嫌われるだけでは?」
「確かに宰相殿の仰る通り、最近とみに陛下を見つめるお妃様の視線が冷たくなっているような気が致します」
「そう! そうなんだよね!! あのゴミを見るような冷たい眼差し。あの目で見つめられると――興奮するよね!」
「……陛下。個人の嗜好について、とやかく言うつもりは毛頭ございませんが、堂々と口外するのだけは止めて頂けますか?」
「いやー。たまには田舎にも足を運んでみるものだね。あんな掘り出し物が見つかるとは」
「それと程々になさいませんと、お妃様が愛想を尽かして実家へ帰ってしまわれますよ?」
「でもさぁ。それって、帰る場所がなくなれば万事解決だよね?」
「……」
「……」
「冗談だよ?」
「陛下。目が笑っていません」
「まあ。不幸な事故っていうのは、その辺にいくらでも転がってるし?」
「世間一般では、仕組まれた罠の事を不幸な事故とは呼びません」
「でもさー。十人が十人とも口を揃えて『これは事故だ』と言えば、それは立派な事故だよね?」
「――私は、彼の国と彼の国の姫君に心から同情致します」
「私も宰相殿に同意致します」
こんな会話があったとかなかったとか。