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牧場の娘 1

 

 今日は週に一度の非番の日だ。

 非番だからといってお嬢様の護衛はしなくていいのかと言われそうだが、実はフィアールカを守っているのは俺だけではない。他に「ボニー」というちょっとアホだが屈強な女戦士がいる。それに加え3人のメイドたちにも魔法と武術の心得があるため、屋敷の守りは俺が居なくても実は固い。

 というわけで今日の護衛はボニーとメイドたちに任せて俺は街に出かける事にした。



 この街は昔海に面した城塞都市だった場所で、幾度か続いた戦乱のあと無人になっていたところをリザードテイルのギルドマスターが島ごと買い取った。そして約100人のギルドメンバーと共に移住してきたのが10年前の事らしい。

 それから移り住むギルドメンバーも増え、この島で農業、畜産業を営む農民たちや古くなった建物を建て替える大工、開拓者たちも移住してきたため人口は爆発的に増え、今も増え続けているのだ。



 この直径約5kmの円形の街をざっくり区切ってみると、

 街を東西に分断する川を挟んで西側はギルドメンバーの居住区。せいぜい500人くらいしか居ないためスッカスカである。ちなみに俺のいる屋敷もこちら側だ。

 そして川を挟んで東側にあるのが農民、職人たちの居住区だ。こちらの人口は約1万人と多めで治安も少し悪い。

 そして川が流れ込む南の港に近い場所ほど繁華街で活気があり、様々な商店が軒を連ねている。



 俺は繁華街に向かうため南にまっすぐ伸びる馬車通りを歩いて行った。旧時代から残る白い石畳を踏みしめながら進んでいくと、徐々に行き交う人たちが増えてくる。リザードテイルはその成り立ちが完全に多民族の寄せ集めであるため本当に様々な国の人種がいる。肌の白いもの、黒いもの、耳の尖ったもの、葉っぱ一枚しか身に着けていない者。



 ほとんど鶴義族(この世界で日本人に当たる人たち)しか見たことのなかった俺には全てが新鮮であり、ついつい動きが挙動不審になってしまう。

 建物を見れば旧時代から残る建物と、明るい色で新しく作られたレンガ造りの建物が共存していて何とも不思議な雰囲気を醸し出している。

 軒先では屋根から張り出された色とりどりテントの下で瑞々(みずみず)しい色の野菜や、まだ鮮やかな色の魚たちが並べられおり、店主たちが客引きのために声を張り上げている。

 日差しの温かさも手伝ってだいぶワクワクした気分になってきていた俺は狭い路地に入ってみることにした。



 路地を一つ入ればその雰囲気は急に暗く狭く怪しくなっていて俺の冒険心を掻き立てる。

 頭上を見れば建物から90度に張り出された黒い鍛鉄製(たんてつせい)の看板がたくさん見受けられる。

 鍛鉄の上を金メッキされた飾りのライオンが吠えているもの。

 輝く星を現した放射状に光が伸びているもの。

 丸く縁どられた鉄枠(てつわく)の中に、ハサミの飾りを付けたもの。……ここは床屋のようだ。



 眼を下に移せば立て看板が店の数だけ並んでいて、料理の絵やメニューを書いたものが目に入る。真横の店から鍋の上で油の弾ける音と香ばしいコショウの臭いが漂ってきたことで空腹感も増してきた。腹もグゥグゥ鳴り始める。本当は自称闇魔道士がやっている小料理屋で昼食を取ろうと思っていたのだが……。

 もういっそこの辺で昼飯を食べてしまおうか、と飯のことを考えながら次の路地を右に曲がったところで少女とおばあちゃんの姿が目に入った。



 少女は黒い建物の前で膝を抱えて座っており、その少女と向かい合う形で腰の曲がったおばあちゃんが立っている。

 少女の方には見覚えがあった。と言うより今朝方、牛乳配達のために出向いた牧場で会って来たばかりだ。

「ミルテ……?」

 俺が小走りで駆け寄るとミルテは伏せていた顔を上げた。肩にかかる黒いセミロングの髪、薄い空色の光を湛える垂れ目、そして俺がこの街に来るまで未だかつて見たことも無かった豊満な胸。間違いない。グリューニング牧場の娘、ミルテだ。俺はミルテが着ているディアンドルの深い襟ぐりからはみ出した乳肉を見て頷いた。



「どうしたんだミルテ」

 ミルテは俺の顔を確認した途端にわかに涙を流し始め、しゃがんでいる俺の顔に抱き着いて来た。ミルテが両手で俺の顔を羽交い絞めにしたため、必然的に俺の顔にはミルテの胸が押し当てられる形になった。いや、押し当てるなどという生易しいものではない。何せミルテの胸が巨大すぎるため圧し殺される勢いで顔が胸にうずまっている。しかし柔らかい。まるで母体に戻ったかのような暖かさに包まれている。



「落ち着けミルテ」

 俺は下心を出来るだけ低い声で隠しながらミルテを引き剥がした。その透き通るような空色の瞳は涙にぬれている。

「何があった? なんで泣いてるんだ?」

「その娘が足をくじいていてな」

 意外にも答えは背中の方から聞こえてきた。

 声の主はミルテの前に立っていたおばあさんである。



 振り返ってみて気付いた。頭まで覆う紫色のローブに包まれた白髪のおばあさんは「ザザ」という名前で、通称「ザザ(ばあ)」と呼ばれる占い師だ。俺もこの人に占ってもらったことがあるから覚えている。ミルテが座っている後ろの、真っ黒に塗りたくった家が彼女の仕事場だ。

「アタシがさっき家から出たときに見つけたんじゃがな、こんな路地裏じゃからな、悪い男に捕まったら大変じゃろう? それで可哀そうじゃからな、気持ちが落ち着くまで待ってやっておったのじゃ」



 なるほど、そういう事だったのか。そういえば今朝まさにこの少女と話していた時「今日は休みなんだ」と嬉しそうに言っていたのを思い出した。

 ザザ婆は捲くし立てるようにしゃべり続ける。

「それでお前さんや、この娘はアレか。あんたの嫁なんかえ?」

「え?」

 俺が返答を戸惑った一瞬にザザ婆が容赦なく畳みかけてくる。

「あんたねぇ、こんなところに嫁さん置いてどこ行っとったんじゃ、まーこんなに可愛い娘を放っぽりだしてからに、そんなんじゃすぐ逃げられちまうよ! アタシが若い頃はねえ、ウチの旦那は、あーウチの旦那はもう死んでるんだけどね、3年前に死んでるんだけど生きてる時の話ね、若い時の話で」



 どうやら完全に夫婦だと間違えられている。しかも早く否定しなければ、このまま半永久的に説教が続くパターンだ。

「いや違う違う違う違う違う違う違う違う違う! 全然そんなんじゃない! ただの知り合いですってば!」

 立ち上がって手を振りながら必死に弁解をしていたところを急に後ろから尻をはじかれた。

「……、今俺のケツ叩いた?」

 振り返って聞くとミルテはうつむいたまま首を縦に動かして見せた。

「なんで叩いたんだ」



 はっ! まさかコイツ俺が尻を叩かれると嬉しがる(あほ)だと知っているのか!? だから「お前の性癖なんていつでもカミングアウトできるんだぜ変態、ズヘへ」という牽制の意味込めて俺の尻を叩いたのか!?

「まあ知り合いなら送り届けてやんなよ。どっちにしろアタシは仕事があるからね、これで帰るからね、ちゃんと送り届けてやんなよ、家までね」

 ザザ婆は俺を指さしながら念を押した後、杖をつきながら家の中に戻っていった。



 つづく


お読みいただきありがとうございました!

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