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髪飾り 2

「用があったんじゃないのか?」

 俺はフィアールカに続いて応接室へ入る。

 フィアールカは俺に背を向けたままだ。

 カーテンを開け放たれた応接室からは蛇のように細長い池と、池のほとりの神殿を模した建物が正面に見える。

 俺は最初その景色を見ているのかと思ったのだが、どうもそうではないようだ。


「ねえサルワタリ」

 いつものように絡みつくような声。

「先ほどカティアと何を話していたのかしら」

 俺は閉口する。何故か怒られているような気分になった。フィアールカの声には疑うような感情も、怒りを込めた感情もない。だがこの女は屋敷の誰よりも感情を読み取りづらい。不用意なことは答えられない。

「朝は寒いよねー、とか、今日もいい天気だねーとか話してた」

「なぜ嘘をつくのかしら?」


 なぜバレてるのかしら?俺の顔も見ずに何故嘘だと分かったのだろう。

「あとは、ほら。ゴキブリが出たとかさ」

「ふぅん。どこに?」

「や、屋敷に」

「屋敷のどこに?」

 なんだこの「あんたがたどこさ」みたいなやり取りは。

「どこでもいいだろ!用事は何なんだよ!」

 なんとなくだがカティアの部屋に入ると言ったらよくない事になりそうな気がした。

「ええ。確かにどうでもいいですわ」

 フィアールカは右足を軸に回転してこちらを向く。濃い紫色のロングスカートが緩やかに浮き上がった。


 日差しを受けみずみずしく輝く庭園と、それを背にしたモノクロな色合いの彼女。

「それでカティアの部屋にはいつ入るのかしら?」

 シルエットの中で淀みなく光る瞳は美しくもあり、不気味でもあった。

「な、なんでそれを……」

「あらぁ。やっぱりそうなの?」

 クソ!カマかけられた!俺は思わず目を逸らす。

 その俺の動揺っぷりを愉しむように口に手を当てて笑うフィアールカ。

「いや、ほら、ゴキブリが出て心細いって言うからさ。退治するためには部屋に入らないといけないだろ?いやらしい意味じゃなくて」

「あらぁ。誰もいやらしい意味だなんて思っていなくってよ」

 嘘つけ!


 引き続き口に手を当てて笑っているフィアールカを見て気付いた。

 眼が笑っていない。

 フィアールカは手をおろし、腰のあたりで両掌を重ねる。その顔にいつもの笑みはなく口は真一文字だ。微笑を標準装備しているフィアールカの真顔はほとんど見たことが無い。


 あれ?俺が何か悪いことしたのか?思い当たることと言えば毎晩フィアールカを妄想のネタにしていることくらいだ。昨日は「目をつぶって」と言われたあと優しく頬にキスされる妄想をして独りでニヤついていた。ちなみにキスのバリエーションはあと598通りあって1日平均5通りのペースで増えている。

 あと強いて言えば2日前の昼過ぎ、気配を消す忍術を駆使して外に干してあったフィアールカの肌着の臭いを嗅いだりしたことくらいか。日差しをいっぱいに浴びて太陽の臭いの染み込んだそれはフィアールカの深い甘みのある香りと混じって禁断の果実を新鮮なまま齧っている気分になれました。


 俺がそんなソムリエティな事を考えているとフィアールカが口を開いた。

「それで要件なのですけれど、今の私を見て何か気付かないかしら?」

 俺はフィアールカの身体を見回す。

「お前がいつも付けてるスミレの髪飾りが付いてない」

 言った途端フィアールカが目を見開いた。俺はまた何か失言したのかと考えを巡らせるが、それは思い違いだったようだ。目を見開いていた彼女はゆっくりと目じりを下げ、口元をほころばせ、優しく母親のような包み込む笑顔に変わった。

「あらぁ。よく気付いたわね」

 フィアールカが笑顔になったことで俺には部屋の空気や色合いまでが変わって見える。まるで蕾が花開くかのようだ。

 このお嬢様は強いオーラのようなものをまとっているのだと俺は考えている。仕草、表情、声色、その一つ一つが支配的な何かを持っている気がしていた。


「実は髪飾りを図書館に置きっぱなしにしてしまったの」

「それで?」

「取ってきてくださるかしら。机の上に置いてあるハズだわ」

「ちょっと待て図書館ってこの応接室の隣の部屋だよな」

「ええ」

「ええ。じゃねえよ!」

 フィアールカはまるで「ちょっと何を言っているのかよくわからない」と言わんばかりに首をかしげる。べ、別に首をかしげることで顔にかかる銀色の髪に少しドキッとしたりしていないんだからね。


「いや、だからその図書館から髪飾りを取ってきて欲しくてカティアを使って2階にいる俺をワザワザ応接室に呼んできたっていう事か?」

 この少女には身の回りの世話をしてくれるメイドや執事が生まれたときからたくさんいた事だろう。だからと言って何でもかんでも言う事を聞いていたらワガママなまま大人になってしまいかねない。そしてそれはコイツのためにならない。年配者としてここは叱ってやらねば。


「あのなフィアールカ」

「ねえサルワタリ」

「人の言葉を遮るな」

「私のローブはそんなに良い匂いがしたのかしら?」

 俺の身体は一瞬ビクンと動いたあと硬直した。フィアールカの肌着の臭いを嗅いだことがバレている?いやまさか、俺はしっかり誰にも見られていない事を確認したうえでコッソリ臭いを嗅いだ。バレているハズがない。何より俺の気配を消す忍法「フクロウ」が破られるはずがない。

「何のことかな」

「2日前の昼過ぎに」

「髪飾り取ってきます」



 続く


お読みいただきありがとうございました!

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