わがままな手のひら
唐突だけど、先島ゆうは僕の幼馴染だ。
賢くって優しくて、おまけに人当たりもよくて可愛い子だ。
物心つくころには僕たちは互いを知る間柄になっていて、それは運命なのかそれともただの偶然だったのかは今や神のみぞ知るってやつでして。
「君、手が小さいね」
初めて出会ったゆうの口から、最初に聞いた言葉はこれだった気がする。
そうだなあ・・幼稚園生ぐらいの時だったっけか? 覚えてないや。
とりあえず、自分がそんなに手が小さかったなんて残念なような嬉しいような複雑な気分だった。可愛げだけはあってほしいが。女の子より手の小さい自分って少し情けなさを感じる。
そういえば、幼稚園の七五三のときに僕とゆうはちょっとした衣装を着て二人並んで写真を撮ったことがあった。
色気づくのが早いのかゆうの方ばっかを意識してたような気がする。
カメラをこちらに向けられ、愛想笑いを浮かべながらチラッとゆうの方を覗いてみるが彼女はあまり意識してないようにカメラにだけ笑顔を向けていた。
仲がいいだけの関係で幼稚園を卒園しましたとさ。
『独りよがり』っていう言葉をはじめて知ったのは、小学三年生になった時。
その言葉が後になって自分を痛めつけるなんてこの時は微塵にも思ってなかったと思う。
無意識的に避けていただけかもしれないけど。
勉強をするにしても運動をするにしても、だ。
目が意識的に彼女の姿を追ってしまう。これって自分だけじゃないんだって後で知ることになるけど、当時は少し焦った。
自分が動物なんだなということを再認識するとともに彼女のとの関係は相変わらず水平線上をたどっている。
小学校時代に二人の関係が進展したのかと聞かれたら、それは『ノー』だろうなあ。
積極性にかける自分の行動力だと相手を意識させるのには限界があったようだ。
まあ気長に待つよ。彼女が振りむいてくれるまで。
そのときはそう思ってた。
小学六年のとき、運動会で恒例のあれがやってきた。
男女が手と手を取り合い踊るあれだ。
偶然にもと言いながら神様に感謝しよう。僕とゆうは最後の年に同じクラスになった。
フォークダンスはクラス別なので僕とゆうが一緒に踊る可能性は大。
しかし、本人の希望もあるだろう。
ゆうは一体誰と踊りたいんだ?
「ねえゆう。ゆうはさ、もしだよ? もし踊るとしたら誰と踊りたい?」
今にしてみれば顔から火が出ていいほど恥ずかしい質問だったと思う。
男の子の諸君には経験あるでしょ? そういうもんなんだよ。
下心丸見えの僕の質問に何か悟ったようにゆうはくすっと笑顔を見せた。
「さあね、だれでしょー?」
そういってはぐらかすだけだった。そういって僕の鼻を人差し指でちょこんとつついた。
だれでしょーと言うところを聞くと誰かいるってことだよな。
それが自分であって欲しいとゆうにつつかれた鼻に触れて思った。
そして、運命の二人組みを決める当日。
朝から緊張していた。登校中ゆうに自分が焦っているのがばれないか気が気じゃなかった。
相方はくじによる完全平等ながらにも残酷な決め方だった。
「わたし、谷川くんがいいなあ」
「え・・・・!?」
「なーんてうそだよ! 何焦ってんの? ほら、君の番だよ」
ゆうの口から自分じゃない男の名前が出てきて一瞬ぎょっとしてしまった。
どうも僕はゆうに遊ばれてる気がする。こっちの気持ちにもうっすら気づいてるみたいだし。
そして自分の運命の相手となる人を決めるため、僕は箱の中に手を伸ばした。
がさごそと音を立てながら慎重に選ぶ。なんとなくこういうのは気合が重要だと思った。
さっと引き抜き、相手の名前が書かれてるであろう紙を開く。
「こ、これって・・」
はい残念でしたと。
心の中で悲痛の一言を発しましたとさ。まあ人生ってそんな簡単にできてないよね。
自分の絶望に満ちた表情を隠すように僕はさっさと席に戻った。
ゆうは僕の相手が誰か気になるのかちらちらとこっちを見ていた。
そんなに僕をいじめたいのか。
僕はちらっとゆうの相手になるであろう男の顔を見た。
「ちっ、何だあの顔は」
でれっとした顔をして。まるで当たりくじを引いて幸せそうな顔。
というか当たりくじなのは間違いじゃないんだけど、僕以外ははずれくじであって欲しい。
「ちくしょーっ」と僕は胸の中で何回も叫んだ。
体育の時間を学年ごとに合わせて、フォークダンスの練習をすることになった。
ゆうの手を他の男が握るなんて気が気じゃなかったけど、そんな表情してたら僕の相手にも迷惑だし。
「とりあえずは、やるっきゃないかあ・・」
そして、気を取り直す前にもう一度だけゆうのほうをチラッと見た。
するとばっちりと目が合った。
ゆうはすぐに目を逸らした。
なんだろう。何か言いたい事でもあったのかな。
そして、今まで忘れてたことを急に思い出した。
僕の相手って誰だっけというあまりにも愚問なことです。
そういえば橘って書いてあったけど、そんなやついたっけなあ。
「ねえ、私の相手って君?」
「・・・・? 君が・・たちばな?」
「そうだよ」
素直に言おう。すっごいびっくりした。
なんでかっていうとだね。ものすっごい美少女だったの。
肌がすっごい白くてさあ、ゆうと違って髪の毛が長くてサラッサラ。
黒髪がとってもよく似合う。
でもなんで見たことないんだろうなあ。
さすがに同じクラスになって半年以上たっているのに存在を認識できてなかったって・・。
「えっとー・・だれだっけ?」
「ふふふ・・私からだがあまり良くなくて、学校も来れてなかったからわからないのも無理ないわ」
「あ、そうだったの」
「本当はもっと仲がいい友達とやりたかったでしょ。ごめんね」
「ええ!? え、ぜんぜん、え、ぜんぜんかまわないよ」
動揺のあまり何度も同じ言葉を口走った。
やっちまったなあ、絶対変なやつだと思われたよお。
しかも、さっきからゆうの視線が痛いんだけど。体にぐさって刺さるよ。
てか今更思った。あれはきっと嫉妬だ。
ゆうは橘に嫉妬してたんだろう。うん、きっとそうだ。
そうして、俺はゆうと一緒ではなかったものの、美少女の橘と踊ることとなる。
「そこまではいいんだけどさあ」
運動会の前日。
なんと橘が体調を崩して来れないとなった。
つくづく僕ってついてないよなあ。何か悪いことしましたっけ。
結局どうなったかって結論だけ言うとね。
まあ僕はひとりで踊りましたとさ。どうやったかって? それは聞かないで。
そうして運動会が終わり、すごく落ち込んでた僕は校庭の隅にあるブランコに酔っ払いのような足取りで向かった。
楽しみだったかと聞かれれば、そりゃそうでしょ。あんな可愛い子と踊ってるの他の人に見られたら鼻が高いってモんだ。
でも結局来なけりゃ意味ないんだけどな。
そうしてブランコをゆっくり漕ぎ出す。
「僕と一緒に踊ってくれるかい・・・・? なんつって」
「・・・・何言ってるの?」
「て、うおい!!!! ゆう、いたのかよ」
心臓が飛び出るかと思った。てか恥ずかし。くさ、くさすぎるでしょ・・・・。一緒に踊ってくるるかいとか・・。やべ、死にたい。
そんな僕の内心とは裏腹にゆうはきょとんとしていた。やっぱ気づいてないのだろうか。
『ならよかった』と安堵しつつ。
「ゆうはどうしたの? まだ帰らないの?」
「うー・・ん。まあそうだね。どっかの寂しがりやさんが死にそうにしてないかなあっと思って」
「げ、それって僕のこと?」
「さあねー」
慰めに、来てくれたのかな。
まあ正直落ち込んでいたし、すごい助かった。
それから、しばらく二人で運動会後の余韻に浸りながら家へ帰還しましたとさ。
――――
そして、僕らは中学生になった。
僕は自分が実はスポーツができるんだということに気付き、野球を始めることにした。
ゆうはテニス部に入るとなって二人とも忙しくなり、学校でも違うクラスになったのであんまり話す機会がなくなっていた。
二年になり僕の才能なのか自分では判断しにくいけど、ピッチャーで当番するまでになった。
僕は心の中でひっそり一つの決心を固めていた。
それは、
「全国大会に行ったら、僕ゆうに告白するよ」
あ、これちなみに独り言ね。
ゆうはどう思ってるんだろうか。
全国行ったら少しは認めてくれるよね。
僕は一層気を引き締めた。
三年になり、地区大会予選。
僕たちのチームは怒涛の勝ちあがりで全国まであっと一歩というところにまで迫った。
――そんなときだった。
それは一瞬だった。
相手のバッターの打ったボールが肘に命中。
そのまま僕は病院に直行だった。
「もう、野球を続けるのは厳しいですね」
それが医師から告げられた残酷な一言だった。
こんなのってあるのか。漫画の世界でもあるまいし。
なんで・・僕なんだよ。
その日の夜。僕は色んな人たちから心配されたけど、何気ない顔で大丈夫と言いながら流した。
自分の部屋のベランダに出て夜風に晒される。
「ねえ、神様。あともうちょっとだったんだよ?」
我慢してた気持ちが溢れ出る。
「なんで・・・・こうなっちゃうんだよ。なんで今なんだよ。おねがいだよ・・・・」
お願いだから。今だけ俺の肘、直してくれよお・・・・。
僕の顔からはとめどなく涙が流れた。
すると、不意にドアをノックする音が聞こえた。
家には誰もいなかったはず。
こんな時間に一体誰だ。
そしてドアが開くと、入ってきたのはなんとゆうだった。
なんともいえないような複雑な表情をしていた。
僕は・・どんな顔で彼女に接すればいいんだ。
でも怪我は彼女のせいじゃないし、ここは明るくいこう。
「よう、ゆうどうしたんだよ。こんな時間に危ないじゃんか」
「・・大丈夫・・?」
「は・・? 大丈夫大丈夫、すぐ直るって。お前に心配されるほどじゃねえよ」
「違うよ。怪我じゃなくて。君がだよ」
「僕のこと? 当たり前だろ、全然元気」
「じゃあ、なんで・・・・泣いてるの?」
僕ははっとして自分の顔に触れた。
そこには冷たい涙が、こぼれていた。
ずっと我慢してたのに。
もうゆうに告白するチャンスなんて来ないかもしれないのに。
どうすればいいんだよ。
「元気出して・・・・」
温かい何かが僕を包み込んだ。
それがゆうだと気づくのに少し時間がかかった。
ただ、そうしてるだけなのにどうしてだろう。
さっきまでの暗い気持ちが少しずつ和らいでいく。
そして運動会のときを思い出した。
ゆうはすごいや。こうやって僕が落ち込んでるときはいつも隣にいてくれる。
この温もりが――僕は好きなんだろうなあ。
――冬になった。
もうすぐ卒業の時期だ。
その前に忘れちゃいけない、明日のクリスマスというイベントを。
その日はゆうと過ごすと前々から決意していたのだ。
そして、僕は今日ゆうに告白する。
あの日ゆうに励まされたあと、この日に告白しようと決めた。
クリスマスは恋人として過ごしたかったから。
「おっと、もう時間だ」
家を出て、鍵を閉めたか入念に確認する。
「お、雪だ」
空からは真っ白な雪が降っていた。
寒いし、待たせちゃいけないな。
告白するのにどうしてこんなにうきうきするんだろう。
人気の少ない公園で僕たちは待ち合わせをしていた。
雪が降っていることもあり、人は僕たちを抜いていなかった。
公園には既にゆうがいた。
今こういう風に見ると、髪が伸びたんだなという事に気づく。
僕は短くても長くても可愛くて良いけど。
「ごめんゆう。ちょっと遅れた」
「まったく、こういうのは男の子が先に繰るんじゃないの」
そう言ってゆうはにっこり微笑んだ。
たとえ雪が降るような寒さでも、彼女の笑顔はすごく温かかった。
そして、ゆうの手をしっかりと握った
「ゆう、君が好きだ」
「・・・・・・唐突だねえ」
「まあね、もう決めてたから」
ゆうは返事をせずにくるりと踵を返し、僕とは反対方向に歩き出す。
あれ、僕振られたの?
そうして公園の入り口にまで歩いた彼女はこちらを振り向いた。
そして白い息を吐きながら言葉を放つ。
「わたしね・・・・」
そしてまたにっこり笑う。
「今、すっごく幸せ!」
僕もまた、彼女のほうににっこりと微笑み返すのであった。




