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タイトル一文字。 同音異字から連想する物語、あいうえお順に書いてみた。

「ひ」 ‐日・火・干‐

作者: 牧田沙有狸

は行

陽も完全に落ちた頃家に着いて、朝、窓に干しておいた洗濯物を取り込んだ。

乾いてから再び午後の湿気を帯びたタオルはしっとりとしていた。

一番大きなバスタオルをどけると、遠くに花火が上がっているのが見えた。

「ああ、もうそんな時期か」

実家の近くにある神社の夏祭り。参道に夜店が並び、少しだが花火があがる。

子供の頃よく行った。

少し離れた場所に一人暮らしを始めてからは行くことはない。

神社の花火の光が届く場所だったとは、今年初めて知った。

花火の光は、久し振りと笑いかける旧友のようなふりして明るく光り、

忘れないでねと悲しそうに空に消えてゆく。

花火から数珠つなぎに祭りの情景が思い出され、夜店や提灯の赤い光が脳裏に揺らぐ。

光と音の記憶が胸をキューとさせ、あたしはバスタオルを胸元で強く握りしめた。


……よくある高校生ドラマのベタなシーンみたい。

付き合いたての彼と2人で地元のお祭りに行く約束をした。

気合い入れて浴衣を着て、下駄で思うように歩けないので待ち合わせの時間より早めに着いて神社前で彼を待った。浴衣姿を見た彼の最初の言葉はなんだろうと想像しながら待っている自分がいつもと違う可愛い自分であるよう幸せオーラ全開の笑みを浮かべたりしてみた。待ち合わせの時間になる前に人ごみの中から彼の姿を見つけ、これから祭りを楽しむ2人の幸せな時間を期待しながら、こっちだよと合図を送るように手を振った――


過去の自分が振った手の感触を思い出して、あたしはまたバスタオルに力を込めた。

彼の最初の言葉は「かわいい」でも「似合ってる」でもなく、私の目をみることなく「話があるんだ」だった。そしてその話は別れ話で、その夜あたしは一人で花火をみた。

浅い付き合いだし、今思えばさほどいい男でもなく、どうってことないから花火を見るまで忘れてた。


だけど、あたしはあの日以来、お祭りにはいかなくなった。

失恋の悲しみとか、彼への未練とか、思い出に変換されて処理できる感情はだいぶ前になくなっているのに、それとは別問題だと言っているかのように頑固な思いが祭りとあたしを引き離したままだった。「彼」どうのではなく、あれから自分を可愛く見せたい気持ちが生まれなくなった。

そういう気持ちのダムが干からびていた。


「へー花火がみえるんだ」

隣の窓から声がした。隣人が顔をだして花火を見ていた。

同じ年ぐらいの細身の男。

誰が隣に住んでるか分からないワンルームのアパート。

みんな働いてるか学生だかで夜しかいないから、引っ越しの挨拶とかしあってない。

「あたしも今年初めて知った」

「いいもんだね」

「そう」

ただの世間話なのにあたしは無愛想に答えた。

「嫌な思い出でもあるの?」

「え?」

「花火が嫌って人、聞いたことないから」

「別に嫌ってわけじゃ、花火自体は好きだし」

男は少し笑って不思議そうに首をかしげた。

「ねえ、お祭りとかやってるのかな?」

「たぶん、夜店はまだ出てると」

「場所分かる?」

「まあ」

「今から行こうよ」

「え」

「俺、夏祭りとか大好きなんだよね」

あたしは男の馴れ馴れしい態度に少し引いた。

その反応を察したのか、男は改まった。

「ああ、ごめん。俺最近ここに来たんだけど、よかったら案内してくれない?」

地元民としてそう言われると断ることができなくなった。

「いいよ」

「やった」

男は無邪気に笑った。

あたしも案内とはいえお祭りにいく相手がいることが純粋に嬉しく思えた。

一度乾いてまた湿ったタオルの湿気が、干からびたあたしに少し沁み渡った。




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