なぜ出火したのか? リコールの発表がせまるなか進められる技術検証。起こり得ないかことが起こったメカニズムの解明が進む米沢工場。
(5):不具合の技術検証
米沢工場の始業は、8時30分である。前夜12時を過ぎて帰宅したモバイル・オーデイオ技術部(MAT)の部課長は、7時には出社し始めた。各々の机には、前日の午後からの急な打ち合わせが始まったため、その時点で仕掛になっていた仕事がそのまま残っていた。早い出社はその対応のためであった。おそらく今日も一日出火原因の調査で追われることになるのであろうから、自分の部や課の仕事が滞ることのないように、決済や指示については朝一番に済ませてからその調査に集中しようとの思いであった。
平尾は、宿泊先の米沢パークホテルで有川にピックアップされ8時頃MATの部屋に入った。有川の机の横の打ち合わせテーブルに座り、自分のモバイルPCからメールをチェックした。芦田からは特に新しいメールは入っていなかったが、前日に最後に受けたメールの内容を確認した・・・部長達には、朝一番に発火に至った不良品が出てリコールを検討している状況を報告する。一方石塚社長にはリコールの実施について再確認した上で午後一番に各部長から部内説明しリコール実施に向けてそれぞれの部門での課題を検討する。特にサービス部と国内販売部は、流通内で問題が既に発生していないかについて、誤報による混乱の発生に配慮し情報をコントロールしながら状況を確認する。一方、事故の多発で急展開した場合の流通や一般顧客からの問い合わせに備える・・・。
有川がベンデイングマシーンで買ったホットコーヒーを両手に戻って来た。
「・・・有難う御座います。私はここをお借りしてメールを打っていますからお気遣いなく。有川さんもご自分のお仕事をなさって下さい」
「いや・・・俺が朝から忙しくする仕事は無いんだよ。皆がちゃんとやってくれているから・・・それで、今日はどうするかな・・・次に何をするか、皆アイデアを持ってきてくれると思うけど・・・」
「9時からですよね?」
「うん。変更は聞いてないから・・・」
「じゃあ、ちょっとメールを打って、組み立てラインを見てそのまま品質検査質へ向かいます」
「オーケー」
平尾は、今週の往訪アポイントを全てキャンセルした。昨日それぞれに断りの電話を入れていたが改めてお詫びのメールを送った。そして、組み立て工場に向かった。
米沢工場は、オーデイオの専用工場で、モバイル・オーデイオ、コンポーネント・オーディオ、プロ・オーディオの商品ラインのうち高い付加価値の機能性能を持ち製造技術に独自のノウハウが使われ「メイドインジャパン」を主張できる商品が生産されていた。そして、その生産方式は、従来の流れ作業による「流れ作業方式」ではなく、一人で幾つもの組立技術を持つ、いわゆる「多能工」が、屋台形式の作業代で一人或いは数人のチームで組み立てる「セル生産方式」によるものであった。
一方こういった付加価値の高い商品とは違い、低賃金の工員の人海戦術による労働集約型の生産によるコスト優先の商品は、本体商品は自社の中国工場で、アクセサリー商品は、山野電気のような協力メーカーの中国工場で生産されていた。
X社は、輸入蓄音機の販売と修理を行う「商店」として昭和の初期に創業した。その後、時代と共に電気、電子の技術が進むにつれその時代時代の先端技術を応用し、ラジオ、テレビ、ステレオ、パソコン、携帯電話といった商品を開発製造販売することにより企業として発展してきた。
その発展の機軸になったのは、「音と映像の品質」へのこだわりであった。この「品質」のこだわりを実現するために要素技術、設計技術、製造技術、品質管理技術について徹底的にこだわった。そのこだわりは「本質」を追求することであった。求められる品質の本質、技術の本質、提供する価値の本質・・・何事にも「本質は何か?」といったことを徹底的に考え議論し行動し実現することを仕事の規範としてきた。従って、常に競合他社とは違うオリジナルを追求することが基本となった。一般的には、商品も成熟するにつれて機能仕様が標準化しコスト削減も煮詰まるにつれ泥沼の価格競合状況になる。しかし、Ⅹ 社は、「音と映像の質」を機軸要素に差別化した商品により市場やユーザーの信頼を得ながら企業として成長してきた。結果として、消費者からコーポレートブランドもプロダクトブランドも高いロイヤルテイを伴って認知されるようになった。
アナログからデジタルへの技術が転換するなかで、アナログで培った「音と映像の品質」を基盤にデジタル技術による高付加価値化が進められた。パソコン事業とモバイル事業への参入は、競合他社に比べて遅い参入であったが、高い信頼性を得ている「音と映像」に関する要素技術を核に、「音と映像」のパフォーマンスと家電メーカーや通信機器メーカーには見られない斬新なデザインを商品コンセプトに事業展開してきた。
事業の歴史から言えば、音、映像、パソコン、モバイル電話であるが、今今の事業の売上規模では、オーデイオ事業は、後発の3つの事業に抜かれていた。オーデイオ事業全体の売上は3,000億円であるが、ビジュアル事業は5、000億円、パーソナルコンピューターとモバイルフォーンの事業はそれぞれは4,000億円という規模であった。
米沢工場(米沢事業所)は、現在はオーデイオ事業部の主力工場であるが、東京空襲を避けて創業の下町から移転し、小型ラジオの技術開発と製造からテレビの技術開発と製造が加わり事業拡大してきた。従って、X社の「もの作り」のDNAが継承されている工場である。ビジュアル商品の開発と製造は、その後の事業の拡大とともに独立し、現在では静岡県の浜松で行われている。また、パーソナルコンピューター事業部は長野県の松本に、モバイルフォーンは静岡県の御殿場に主力工場を持っている。
平尾は、出張で米沢工場に来ると、打ち合わせで顔を合わせる部署以外の職場と製造の現場を訪ねるようにしている。それは、商品企画者としては当然のことと考えている。各職場の課題は必ず商品企画課題と関係していると考えているからであり、通常の会議で報告されないが企画上有効なものが見つけられるかも知れないし、或いは、会議に先行していち早く知ることにより一歩進めた内容で会議に望むことが出来るかも知れない。そんなことを期待し工場内の職場を歩く。実際、研究開発担当に合えば商品企画に有効な技術情報をつかむことができる。日頃から技術情報は商品企画に伝えられるが、研究開発チームサイドで企画上価値がないと判断し伝えてこない情報もある。そんな中にも商品企画上面白いものがある。設計情報からは、商品の基本構造に大きく影響し造型デザイン検討の可能性を大きく広げられる設計与件を早く得られることがある。製造企画からは、製造コスト高をまねく設計や構成に対する問題点や改善案を本音で聞ける。品質管理は、検査データ―の評価や分析とは違った品質管理のプロの感のようなものを聞ける。これは、品質問題の解決に有効なことが多い。サービス部門に行けば、マーケテイング統括部のサービス部で把握している定量情報、定性情報とは違う、サービス窓口から戻ってきた不良品や修理品の現物に当たっているからこそ見えているサービス課題が見えていて、それが結構問題の本質をついていることが多い。そして、その本質が事後の商品企画上のサービス課題を考える際に有効なことが多い。そして、製造の現場では、金型、自工具の製造、組立を見て回る。回りながら、それぞれの担当がどのような思いで作業をしているのかを見る。
もの作りの現場で、担当者が、「今自分の作っているモノが『人や社会の役立つ』と感じながらイキイキと働いている製品の品質は高い。しかし、「どこか作り難いなあ」といったような感じが出る製品は、商品設計や製造設計に問題があり、その問題は商品企画に問題のある、どこか無理をしている製品である。そういった製品は往々にして人々に認められず販売も振るわない。そんな空気が「もの作りの現場」にないかを見て商品企画に無理がなかったを確認する。平尾が工場の中を歩くのはそんな理由からであった。
今回問題になっている充電クレードルは、協力業者である山野電気の中国工場で製造されたもので米沢事業所で組立られたわけではない。しかし、商品企画は平尾の部隊が行い、設計の承認、品質の承認、部品の承認を行った上で。生産立ち上げには、X社の企画、設計、品質管理の担当者が立ち会って量産の承認をしている。量産後は、半期毎に品質監査をしている。そういった製造体制のもとで組み立てられている充電クレードルは、米沢に送られて受け入れ検査を行い、米沢事業所で組み立てられた本体と同梱され出荷されている。もしこのプロセスで問題が生じるのであれば、これを基本としている他の製品にも問題が生じる恐れがあり、米沢事業所、しいてはX社の製造そのものが否定されることになる。ひょっとしたらそんな大きな問題が起きているのかという不安の一方で、そのプロセスで問題が起きるのは不思議でしようがなかった。米沢には、受け入れ検査を除いてその「現場」はないが、アスリートXの本体や他の商品の製造を見てそのような問題が起きる遠因がありそうな現場かどうかをまず確認したかった。
果たして、目の前に広がる組立工場は何時もと変わらぬ活気ある操業が続けられていた。それぞれの担当者のプラスの氣が感じられた。この「プラスの氣」こそがX社の誇る社風で、社長石塚が常に社員を鼓舞する際に用いる言葉であった。曰く、「プラスの氣で仕事をしよう!」・・・平尾は、このプラスの氣を今確認した。そして、そんな職場を通じて作られる商品に間違いがあるはずがないと思った。・・・「とにかく事実を冷静に把握し判断することだ」・・・平尾は自分にそのように言い聞かせ、会議が行われる品質管理部の検査室に向かった。
メンバーは既に全員揃っていた。昨夜の打ち合わせに参加したメンバーに加え、設計部第3設計チームと品質管理部で、この充電クレードルの開発設計と品質管理を担当者したメンバーが加わっていた。
平尾に続いて有川が着席し打ち合わせは始まった。
「みんな揃った?」
「ええ。当社は全員揃いましたが、山野さんは、中川部長から連絡がありまして、香港とシンセン工場に連絡し確認したいということと、本社でも設計と品質管理が技術検証するので今日の打ち合わせは遠慮させて欲しいとのことです」
「えっ!そうなの?・・・現物もみないでどうやって検証するのかなあ・・・」
「あちらにも、量産承認サンプルやロットサンプルは保管されていますから、その現物確認と、設計から製造購買品質出火に至る管理のプロセスを確認するのじゃないでしょうか」
「でも、誰か一人ぐらいよこさないのかなあ?自分とこで作ったモノが出火したんだよ。もっと慌てて現物を見に来るのが普通だと思うけどなあ・・・あの会社は何時からそんな風になったのかねえ・・・」
「電話しますか?」
「ああ、誰かよこせって!設計か品質管理のわかる担当者を・・・中川さんでなくていいから!」
「はい!」
「じゃあ、始めよう・・・昨日確認できた問題は何だっけ?」
「2個ともトランスが同じように短絡していた点とポッテイング材の色が仕様と違っていて5M変動の手続きがされていないという点です。ポッテイング材の件については、山野が香港とシンセン工場に確認しているところです」
「その他の部品には問題がなかった?」
「ええ」
「で、今日はどうするの?」
「強制試験をやって性能確認をしたいと思います」
「試験条件はどうしますか?」
「仕様を制定した時に設定した規格にそった基準と、強制試験は、充電条件を変えて試験をします」
「例えば、どんな条件?」
「充電電圧、電流を変える・・・ただ、これは、現在の家庭用電源ではそんな不安定な環境はないし、仮に商業電源から変圧したって余程のことがない限り問題ないと思うけれど確認する」
「平尾さん!2つとも一般家庭で使用されていたのでしょう?」
「そう聞いています」
「でも、念のためにって言うか、トランスとヒューズ抵抗の性能や品質を確認するために電圧電流変動に対する変化を確認するべきだと思います」
参加者の発言が活発になり議論にリズムが出てきた。
「充放電を繰り返して負荷を掛けて性能変化を見ます」
「全部品の?」
「それは大変ですから、トランス、ヒューズ抵抗、電圧制御回路系の部品でしょうか?あと、今回は本体側に問題は無かったわけですが、充電池が『悪さをする』ことで、充電器側の回路に影響を与える場合も想定して検証しなくてはいけないかも知れません。従って電池性能の変化を見るということも必要でしょう」
「電池側で問題が発生して充電回路に負荷が掛かるというわけか・・・」
「そうです」
「そうなると、調査範囲が充電回路のロジックの問題までいきます。難題です」
「電圧検知方式?」
「ええ」
「この充電方式は、モバイルオーデイオの充電器全て同じでしょう?」
「ああ。でも、それはロジックであって、全て同一回路というわけじゃない。その基本理論をもとにそれぞれ求められる性能に合わせて回路を作っている。基本理論は、うちの他の商品や他のメーカーでも使われて実績があるので問題ないと思う。しかし、その理論の解釈や応用を間違えて回路を設計するということはある。この充電器の回路は、山野が設計したのだけど基本はうちの回路だし、その内容は我々が確認しているので問題があるとすると当社の問題になる・・・」
「・・・」
「強制試験項目って何?誰かわかる?」
「こういった問題が発生した時に、どういう強制試験をするかといった、あらかじめ決められたものはありませんでしたっけ?」
「平尾さん。通常の品質試験の中での強制試験綱目は決められています。通常とは、商品企画時に設定した仕様の規格値を基準にした試験で、強制試験は、試験項目ごとにプラスマイナス何パーセントという設定があらかじめ規定されていて、その確認をします」
「設計レビュー項目ですよね?」
「そうです」
「不良のケースを想定した試験項目ってのはないです」
「じゃあ、試験の方法、項目、基準を作らなくてはいけないってことか・・・」
「そうです。有川さん」
「じゃあ、先ずこの試験の種類をちょっと整理してみて」
有川の指示で、試験の種類がホワイトボードに列挙された。
・品質再試験(既定規格値による通常の品質試験)
・強制試験(連続充放電、過電圧過電流による検査)
・試験サンプルは、量産承認サンプル、不具合品と同じロットと前後のロットのサンプル、最新のロットサンプル
「サンプルは何個?」
「2個ずつですかねえ?3個ずつかな?」
「中間値をとるため3個です」
「じゃあ3個!」
「あと、論理的ではないんですが、量産開始時と不具合ロットの中間位のロットも入れておくというのはどうでしょう。あまり大きな声では言えませんが、量産開始時ってのは、
発売に合わせるために特別採用をする場合があります。この商品については如何ですか?仮にそれが無かったとしても、製造が安定した時のロットのものも確認して比較してみるのも有効だと思います」
「そうですよねえ・・・」
「これ、『特採』はあったの?」
「なかったと思いますが、今確認します」
「事実を確認してくれる?・・・でも、小林の提案を入れて、量産が安定したあとのロットサンプルも見てみよう。何時頃のロットがいいの?」
「量産から6ヶ月後の4月がいいと思います。この不具合品は、それから7ヶ月後のロットです」
「・・・オーケー。試験サンプルは決まった。で、どういう強制試験をするかだ。試験条件についてはどうかな?」
「充放電を連続で繰り返し耐久性を見る」
「過電流過電圧試験」
「今回、出火に至ったってことは、安全回路が機能しなかったってことでしょう?ヒューズが溶断すれば電流の供給はストップし出火には至らないはずでしょう?しかし、ヒューズは溶断し電流はストップしているのに出火した。ヒューズ周りの安全性を確認する必要があると思います」
「どんな試験をすれば良い?」
「トランスから出る電源の2次側回路に過電流を流してヒューズ抵抗が溶断する状態を見るっていうのは如何ですか?」
「家庭用電源で過電流が流れるってのはまずないから、・・・あったとしても先にブレーカーが落ちる!・・・トランスに問題があれば2次側に過電流が流れてヒューズが切れるということだよね!」
「そうです」
「なるほど・・・100Vの電流をそのまま2次側に流すってこと?・・・1次電源からトランスで整流されないでそのまま流れるっていう条件か・・・」
「他にないか?」
「それぞれ条件を決めましょう」
「連続充放電は既定値の繰り返しでいいと思います」
「通常使用での過電流過電圧は?」
「五味さんの言われる通り家庭用電源の範囲でしょう。コンセント電源での使用は、ブレーカーがありますので誤差が出てもそんなに異常値となることは考えられません。これは基本的にトランスの品質の確認になります。USBからクレードルに流れるのは、パソコンで一旦降圧していますからクレードルのトランスはバイパスします。しかし、パソコンのトランスに問題があって過電流が直接回路に流れれば、先ほどヒューズが働くことになります」
「なるほど」
「家庭用電源で使われる場合、雷が電線に落ちることがない限り、普通は異常電流は流れないでしょう」
「平尾!これを返品したお客さんのところに行って現場を確認するんだろう?その時に、その辺を確かめておいてね!」
「了解です。電源がコンセントかUSBか。家庭用電源かを確認しておきます・・・」
「雷はどうします?」
「ああ。念のために確認してくれ。大阪と福岡で雷が落ちたかもしれない・・・ただ、もしそうなら家中の電気製品がおかしくなるはずだけど」
「わかりました」
「で、試験条件はどうする?」
「100ボルトが108ボルトになるぐらいでしょう・・・」
「関西電力と九州電力に確認してくれる?上手く聞いてね!家庭用電源の誤差をどれくらいかって。変に勘ぐられないようにね!」
「ただ、その範囲の誤差は想定して設計してあります。仕様上は110ボルトまで問題ありません。従って、通常の品質試験の範囲になります」
「そうだよなあ。でも、確認しておこう。こういう時は愚直に確認していくことが大事だ」
「先程ヒューズ抵抗の確認方法について決めましたが、過電流が流れる原因はトランスの不具合が考えられます。トランスの確認はどうしましょうか?」
「回路内に過電流が流れるっていうのはどんな状況ですか?」
「こんな感じじゃないかなあ・・・まず何らかの原因でトランスが短絡して電源からの電流が2次回路に流れて過電流状態となりヒューズ抵抗が溶断する。溶断する時にはたぶん『バチッ』という音がして火花がスパークします。火花は出ますが、普通は、一瞬で何かに燃え移るほどではありません。しかも、充電器の中は、ご覧のように防水性を出すために難燃性のポッテイング剤で埋められ回路は覆われています。仮にスパークの火花が他の部材に延焼したとしても回路基盤も難燃性のものを使っていますので延焼が続くということはありません。しかし・・・本当に「しかし」なのですが、返品された不具合品は、ヒューズ抵抗を覆っているポッテイング材を突き破って成型品にまで穴を空けています。相当な火力かと思います・・・」
「これを再現すれば何かわかるかもしれませんねえ!」
「どんな条件で試験をすればいい?」
「先程の、2次側の回路に過電流を流すことでヒューズを強制的に溶断させてみましょう」
「トランスはどうするの?」
「別途性能試験をしましょう。仕様書の規格値を確認して、それを基準に電流値を変えて耐久性を確認しましょう。トランスの巻き線が短絡する条件とその短絡の仕方、即ちトランスのどこがどんな風に短絡するのかを見ます」
「こういう試験はどう思う?・・・充電開始時って、トランスに負荷が掛かるじゃない。だから頻繁に充電するとトランスの劣化が早くなるってことない?性能規格の上では問題ってことだろうけど・・・」
「充電って、こんなことに携わっていて充電値の性能をわかっている我々でもそうだけど、完全に放電させてきっちり満充電するってことは中々しないじゃない。結構頻繁に充電しようとするんだよね。電池の劣化がわかってても・・・。で、頻繁に充電するからトランスに掛かる負荷の回数も規格条件より多いじゃあないかな・・・」
「本来その程度でトランスの劣化は進まないでしょう?」
「うん。トランスのどこかに製造不良があるかもってことなんだけど・・・」
「頻繁な負荷がひょっとして巻き線の劣化を早めて短絡するってこともあるんじゃないかと思って・・・かなり感覚的なんだけど・・・」
「それはやってみる価値はあるね。作業として簡単だし。トランスにある間隔で電流を流したり切ったりして経時劣化を見る。どうだろう?」
「やる意味あります」
「では、その試験もやろう」
「その他にやるべき試験はどうだろう?」
「先程のヒューズ抵抗の溶断する様子はビデオにとって確認しましょう」
「電流値によってヒューズ抵抗の溶断の激しさも違うと思います」
「じわっと溶けるのと一瞬にして溶けるのと?」
「ええ」
「他にある?」
「・・・」
「じゃ、試験の内容をもう一度整理しよう」
・品質再試験(既定規格値による通常の品質試験)
・強制試験(連続充放電、過電圧過電流による検査)
・試験サンプルは、量産承認サンプル、不具合品と同じロットと前後のロットのサンプル、最新のロットサンプル
:量産承認サンプル(2003年10月)、製造安定後のロット2004年4月製造)、不具合品のロットサンプル(2004年11月の第1ロットと第3ロット)、最新ロットサンプル(2005年4月製造)。各3個(中央値も見るため)
:トランスの強制試験は、過電流に対する耐久性。(電流と時間)、充電回開始時の電
流負荷の耐久性。(通常電流での立ち上げの繰り返し)
:ヒューズ抵抗の強制試験は、過電流による溶断(電流値は、最大110ボルト)
「要約するとこんなとこでしょうか・・・」
「ええ。ただ、充放電が満充電と完全放電になっていますが、充電残量の条件は考慮しなくて良いでしょうか?」
「どういうこと?」
「例えば、充電残量が半分で繰り返し充電をすると電流値が異常になってトランスに負荷が掛かる・・・といった・・・」
「異常になる可能性ってあるの?電流検知方式では、そのようにならないようにプログラムされているのではなかったっけ・・・そうか!そのプログラムかマイコンに不良があれば異常電流が流れるってわけか?」
「プログラムは、マイコンを外してメーカーに送れば確認してくれます」
「直ぐにやってくれるかねえ・・・」
「ひょっとしたら自分達の不良かも知れないとなるとまじめにやってくれると思います」
「じゃあ、それは依頼するとして、論路的ではないが、最新のロットでサンプル1個で試験をするってのはどうです。半分の充電残量で充放電を繰り返す・・・」
「えっと、その試験の目的は、トランスの耐久度を確かめるってことだよね?」
「そうです・・・」
「では、それを一個追加しましょう!」
「じゃあ、まずこれらの試験をやってみよう。やっているうちに試験の方法についても何か見えてくるかも知れない・・・試験の一連の作業は、『準備』、『検査』、『検査データーの記録』、そして、『まとめ』だろうけれど、品質管理部だけでできる?」
「反対にそうさせてくださいとお願いします。検査作業はまかせて下さい。他の手がいる時は頼みにいきます」
「よしわかった。それでは、和田のところにまかせよう。とりあえず解散して夕方また集まって、もし検査の経過で何かあれば報告をしてもらって他に何か進めるべき課題がないか知恵を出し合おう。品質管理部以外のものは、外出や出張の予定があるものはそっちを優先してくれ!夕方の打ち合わせには代理を出してくれればいい。じゃあ、検査で何かとっかかりのようなものでも出ることを期待しよう・・・皆ありがとう」
平尾は東京に戻ることにした。試験の方向が決まり作業が始まったが、すぐに何がしかの結果が出るということはない。米沢にいても「待機」という状態が続く。東京ではリコールの準備が進められている。始まったばかりの品質試験の状況を報告しても即準備体制に反映させるものもないであろう。しかし、今後の推移の可能性を知って準備を進めることはできる。そうすれば、後に無駄となるような作業をせずに済むこともできるかもしれない。それより何よりも、量的にも質的にも大変な作業になるであろう「リコール」の準備に、商品企画の責任者の自分も参加しなくてはならないし、部下である商品企画部のメンバーがその作業に整然と加わるようにする責任を部長の自分にあるという思いがあった。そして、さらには、商品企画の責任者の自分が、量産の開始をする際、商品企画通りの開発が完了したと評価し量産の承認をした。商品の企画から量産に至る開発や製造のプロセスを管理していたのは自分で、問題が起こったのはそのプロセスのどこかに見落としがあったからだという思いがあった。それは、村田商会で返品された不具合品を見たその時から持っていた。そして、平尾は、この問題が完全に解決するまで自分は休まないと決めた。それは、商品企画者として許されないミスをした責任の取り方として最低限のことであると思った。
「有川さん。強制試験の方向も出たことですし、すぐに結果も出ないでしょうから一度東京に帰ります。松本さんと芦田さんには、目視での確認結果と今後の進め方を説明しておきます。リコール作業の準備体制も確認して担当課題を進めなくてはいけません。それと、あの2台の使用環境はすぐに確認します。試験を進める上で何かヒントがあるかも知れません。今日日程調整して明日私が行くことにします。品質管理の皆には早く知らせたほうがいいと思いますので・・・」
「それはそうだけど・・・あのなぁ平尾・・・一言いっておくと・・・これは。まだ、どの程度の問題かはっきりしたことは何もわかってないんだ。仮にわかったとしても、いや
・・・皆が努力して調べてくれているから必ず不良原因はわかるのだろうけれど、その責任は商品企画にはないよ・・・出火するなんて不良は、どこかにミスがあって、そのミスは、誰か、或いはどこかのチームによるものであろうけど、その誰かやチームが責任を居るものではないと思うよ。そういう仕組みで仕事をしているからね。しいて言えば、この会社の全員なんだ。特定するのであれば、譲歩してオーデイオ事業部全体なんだ」
「でもね、有川さん・・・商品企画の担当は、企画から始まってデザイン、設計、調達、製造、物流、販売、広告宣伝、サービス全てに関わらせてもらっているのですよ。それぞれの専門の世界に入らせてもらっていろんなこと教えてもらって商品を企画して作っていく・・・皆が我々に腹を割って教えてくれるのは、『いい商品をつくって社会に貢献して儲けさしてもらおうようね。そして、そんな商品に仕事として関わったことに手応えを感じたり誇りを持てたらいいよね』っていう思いがあって、その実現のために組織を横断的に動く商品企画の役割りを尊重してくれて協力してくれていると思うのです。今回のような問題が起きるということは、その商品企画の横断的な働きが機能していなかったからだと思うのです。関わった各部門の期待に応える役割りを果たしていないからじゃないかと思うのです。これは、日頃から思っていることですが、おととい村田商会であの不具合品を見た時から私の気持ちの中でずっと引っかかっています」
「平尾ね・・・それはそういうことかも知れないけど、俺が思うのはね、ちょっと違うというか・・・根本的に違うところがある・・・皆が自分の力や情報を惜しげもなく進んで商品企画に提供するのは、お前の言うように『良い商品を世に出したいから』なのだけど、その気持ちの奥にあるのは、確かに商品企画という担当を尊重しているということなんだけど、更にその奥にある本音は『企画がもっと仕事をし易いように』という正直な思いなんだ・・・ヒット商品の企画なんて連発できないじゃないか。商品がヒットしないからといって全ての責任を商品企画担当が負って企画作業が盛り下がったんじゃあ、ヒット商品の可能性なんて生まれない・・・そんな風に思っているよ。更に俺が皆の気持ちを深読みするとね、さっきお前が言った商品企画以外の担当者はね、『ヒットが出ないのは自分達の企画に対する協力が足りないからだ』と思っているわけだよ。確かに、出した商品が売れない時は商品の企画内容が悪いって言われる。でも、そういった批判や逆風の中を次のヒット商品を目指して企画を進める担当者の姿を皆は知っている。面と向かって言わないけどその姿を見て商品企画の担当を尊重しているんだと思うよ。だから、今回のような問題が起きると、商品企画に対する自分達の協力が足りなかったと彼らは思っているはずだよ。、昨日からあんなに気合入っているのはそういう思いからなんだよ・・・それに、もう一言加えれば、商品がヒットした時、当社の商品企画はどの事業部もそうだけど、『企画の勝利』みたいなことは言わないじゃないか。自然と皆の勝利という雰囲気があるじゃないか。それがこの会社の風土のよいところだろ。だったら、今回の課題も皆で対応して解決するように進めればいいと思うよ。商品企画がそんなに責任を感じる必要はないと思うよ。経営資源で、人、モノ、カネ、って言うけど、4番目の資源として風土が大事だって話があるけど、
俺は、やっぱり風土が一番じゃないかって思うんだ・・・その良い風土を持っている当社の組織の力を信じてやっていこうよ。商品企画が責任を感じて問題を背負い込む必要はないと思うよ・・・」
「ええ、もちろん我々だけで対応できる問題ではないですし、背負い込むことなど出来ませんが、私は、その皆の思いや風土に応えなくてはいけないと思うのです。私の仕事の進め方はその思いに応えているでしょうか?」
「なに言ってるんだ。応えているよ!・・・どうしたって言うんだ。不謹慎な言い方だけど、外では絶対言えないけど、火を噴いただけでそんなに弱気になる必要はないと思うよ、俺は・・・」
「弱気って言うか、やっぱり、自分がもの作りを管理していた商品が出火するというのは、客観的に自分に重大な落ち度があったように思えるのです」
「皆はお前がしくじったなんて思っていないよ。お前の仕事の進め方は、十分皆の期待に応えていると俺は思うよ・・・お前の人柄もあるけど、日頃の行動や振る舞いを見て現場をわかってくれるリーダーだと認めて皆が尊敬もし慕ってもいると思うよ。MOMの中でも米沢でもそうだと思うよ!」
「だったら、私はもっと責任を果たさなければならない・・・」
「わかってないなあ・・・俺の説明が悪いのかなあ?・・・要するに、何時もと同じように皆と一緒に仕事をすればいいんだよ。皆で最大のパフォーマンスを発揮して最高の成果を出して皆が最高の手応えを感じたらお前の責任も果たせることになると思うよ!」
「そうですよね・・・」
「そうだよ。お前が果たす責任はそういうことだよ。問題には必ずその原因はある。それは明確にしなくてはならない。これから明確になっていくと思うけれど、その原因やその中に含まれる責任はいろんなところにあると思うんだよね。一人のミスで起こる問題や一人が責任を負わなくてはいけない問題なんて、この会社で起こそうにも実際は起きなくて、問題が起きる前に発見されてしまう。営業部門でも技術部門でも管理部門でもそうじゃない?そういうリスク管理はできていると思うよ!俺たちは実際そうやって仕事をしているじゃないか。商品企画の責任者のお前の責任は確かに重いと思うよ。技術の責任を持っている俺だって相当の責任があるはずだ。その責任を果たし続けるにはこれまでの流れを止めないことだと思うよ。何かが明らかになり変えなくてはいけない理由がない限り、今までの仕事の進め方の中で解決を目指すのが正解なんだ。これまでの仕事の仕組みを変えることはない。わかったか平尾!」
「はい。有難う御座います」
「・・・これは、恐らく大変な仕事になる。経験がないから予測のつけようがない。こわいよ・・・常務は『ど~んといこう』と言ったんだろう?」
「ええ」
「常務だって不安なんだよ。でも、やるしかないんだよ。やるしかないんだったら、自分達の持っているいる一番いいものを出して対応しようよ」
「はい」
「俺は、当社の一番いいものってのは、さっきも言ったけど『風土』だと思っている。この風土を最大発揮すれば何事だって対応できると思う。不安になったらこの風土を思い返そうよ。不安は吹っ飛んで勇気が湧いてくるから・・・」
「わかりました」
「・・・大阪と福岡のスケジュールが決まったら教えてくれ。誰か一緒にいかすから。エンジニアが一人付いていた方がいいだろう?」
「はい助かります」
「じゃあ、駅まで送っていくよ。途中で蕎麦でも食おうか」
「有難う御座います。でも『つばさ』の中で弁当を食べます」
「お前そば好きじゃないか」
「皆が忙しくしているのに・・・」
「あいつらも昼飯は食べるよ」
「有難う御座います。でも有川さんも仕事して下さい」
「おっ!厳しいねえ」
「今日は『米沢牛しぐれ煮弁当』食べたい気分なんです」
「オ~ケー。じゃあタクシーを呼ぼう」
「つばさ」は米沢駅を出るとすぐに盆地を走りきり峠に向かってぐんぐん登っていった。遠くに見える高い山の頂きにはまだ残雪が見える。しかし、窓の下の線路の傍には、これから青々と萌えようとする草木の芽吹きが感じられた。平尾は、その芽が吹く氣のように自分も氣合いを出して皆と一緒にやれば「なんとかなる」。少し勇気が湧いてきた。
平尾が出張に本社を出たのは2日前の朝であった。名古屋で「名新社」のチーフバイヤーの梶井に会い、その夕方松本と合流し大阪の村田商会に行った。そして昨日の朝米沢に着いて昼から深夜まで打ち合わせ、さらにその続きを今日の朝やった。まだ48時間ちょっとしかたっていないのに随分と長く出歩いているように思えた。
社に戻ると「ご苦労さん」「部長お疲れ様です」・・・といった言葉が掛けられた。風通しの良い組織風土であるが、今回の件で少し重たい感じになっているのかと懸念していた。しかし、社の空気はいつもと変わりなかった。
平尾の席の前には商品企画部の3っつある課の「島」が並んでいる。平尾は荷物を自席に置くと、傍らの打合せテーブルの椅子を自席の前に置き座った。そして部下達に話しかけた。
「今起こっている事態について聞いたと思うけど・・・」
「ええ、藤井部長に説明頂きました」
リコールをするかも知れないとの部員への説明は、国内販売部の部長の藤井が、自分の部への説明の際に商品企画部の部員も入れて説明してくれた・・・ということを企画第3グループ課長の遠藤が報告してくれた。
オーデイオ事業部モバイル・オーデイオ・マーケテイン部、通称MAM商品企画部は、部長の平尾のもとに3つのグループがあり3人の課長がいる。部としてモバイル・オーデイオの商品企画を担当しているが、課は、商品企画の主要要素であるメモリーの媒体でわけている。
即ち、CD・MD・カセットといった伝統的なメモリーを使った商品系、ハードデイスクをメモリーとして使った商品系、シリコンメモリーを使った商品系の3つである。それぞれを、酒井、香野池谷、遠藤の3課長が担当している。
商品企画の仕事は、コンセプチュアルに言えば「新しいモノづくりに関する全て」であるが、平尾は、バリューチェーン全般に関わり、マーケティングの実行をリードする機能を発揮しなくてはいけない役割を担っていると考え日々の仕事を進めている。
マーケテイングは、古今東西の様々な定義があるが、平尾は次の2つが好きである。
*価値の高い顧客と信頼に基づくリレーションシップを構築し、持続的な差別的優位性を創造する戦略の策定と実行によって、顧客、株主、社員、取引先に対するリターンを最大化しよとするマネジメント・プロセス。
*人々の生活や社会の中に、充足されていないニーズや欲求を突き止め、その重要性と潜在的な収益性を明確に評価し、組織が最も貢献できる標的市場を選択した上で当該市場に最適な製品、サービス、プログラムを決定し、その継続的な提供のために組織の全構成員に、顧客志向、顧客奉仕の姿勢を求めるビジネス上の機能である。
しかし、平尾はこの定義を自分達の日常の仕事としてマーケテイングを進めるために次のように理解し直している。
*人々の生活に喜びを生み社会を豊かにする魅力ある価値を創造し、その価値を商品やサービスを通じて継続的、発展的に収益を生みながら提供するためのバリューチェーンを推進する全ての活動。
平尾は、この内容を商品企画部のマーケティング方針として常に部下達に話すようにしている。では、この方針に基づいて商品企画の日常的な仕事は何かと説明するときは・・・
「魅力ある価値を人々や社会に提供するための媒体としての『モノやサービス』を考え創り伝える役割」と定義している。
商品企画の仕事は、総論的には、その「魅力」を見つけるために活動することである。人々の生活を見、行動を観察し心の底にある願望を洞察する。その実現のために技術要素を探し、或いは技術要素開発のネタを提供する。或いは、市場を歩き販売動向を見る。人々の生活を見、行動を観察し心や気持ちを洞察する。
そして各論的には、人々や社会が抱えている問題を解決することにより生活を豊かにし社会整備が向上するための魅力溢れる価値を創出する媒体としての商品やサービスをコンセプトの形でまとめ、その商品やサービスを実現するための開発を、デザイナー、設計、製造、品質管理の各部門と開発チームを組み共同作業で進める。商品企画部には理系のエンジニアはいないが、商品企画で意図した仕様や機能が、コンセプトの形でまとめたその商品の魅力を実現するために何故必要かを技術課題に踏み込んで開発のエンジニアに説明し議論をしながら設計を進める。次に意図した企画を商品化できるように書かれた設計が、果たして企画内容通りに製造できるかを、開発チームで検証していく。その検証内容には、コスト、機能、性能、デザイン、品質、部材調達、製造能力、サービス課題などが含まれる。意図した企画を実現するためのそれぞれの技術課題の目標が達成されるということが検証されて量産が承認されることになる。商品企画部は、この「もの作り」のプロセスを管理する。
更に商品企画の仕事は、開発や製造、品質部門との連携に加え、物流、販売、販促、サービスといった各部門と連携しなくてはならない。商品を企画する段階においては、現在の商品が抱えている問題があり、その問題は次の新しい商品に反映されて改善されなくてはならない。商品企画部は、そういった問題について日常的に把握できるように各部門と積極的に連携しなくてはならないし、新商品の企画時は、そういった問題が精査された形で企画に反映されなくてはならない。そして、企画が完了し開発に入ると、果たして企画した通りに設計され開発され製造されるように準備されているかを管理し、もし企画を変更しなくてはいけない状況があれば、各部門とその変更について確認調整し設計開発製造に反映させるという作業を行う。そのような「もの作り」のプロセスを管理しながら発売に向けてのプロセスの課題も管理して進めなくてはならない。例えば、物流担当とは、製造が何時から始まってどの程度の量の入荷と出荷がどういうスケジュールで始まるか・・・。国内と海外の両販売担当とは、最終的なコスト、仕様、納期を伝えて発売の準備を進める。旧商品の流通在庫を把握して消化しなくてはならないし、一方で発売に向けての販売推進策については販売促進担当と連携して広告宣伝や発売促進策を企画しなくてはならない・・
・。サービス部門とは、アフターサービスを行うための技術情報、自工具や部品のコス
トやデリバリースケジュールといった課題を伝えてサービス体制の整備を進めなくてはならない。
商品が発売された後は、商品企画時に良かれと思って決めたことが実際の現場ではどのような結果となったかを評価しなくてはならない。新商品は言ってみれば大きな仮設である。このような商品を世に出せば人々の生活は豊かになり、人々は喜び、社会に貢献し、売上はあがる・・・そういった仮説を持たせて商品を世に出すわけである。しかし、果たしてそのような結果となったか?それを検証していかなくてはならない。その検証結果が、その商品の販売促進の課題になるし、次期商品企画の課題になる。そういう意味で新商品は大きな仮説提案なのである。その検証作業を、商品企画担当が中心となって進める。その基本的な行動はPDCAサイクルをまわすことである。つまり、PLAN―DO―Check―Actionのサイクルを回しながら提供する価値を高め事業の生産性を高めていくという作業を中心となって進めるのである。
だから、企画した商品の発売後も、開発、製造、品質、物流、販売、サービスといったバリューチェーンの各担当と一緒に仕事をするということになる。従って、結局は、商品企画担当の仕事は、いつ何時もバリューチェーンの各担当と連携しながらその現場で働くことが必須で、それが実現できて成果が出るのである。
X社の営業部門の社員のキャリアプランは、先ずは販売の現場を担当し、次に商品企画を除くバリューチェーンの担当を経験して商品企画を担当する。そして、商品企画担当としてバリューチェーンの各課題と深く関わりながらマーケティング力をつける。その上でバリューチェーンの担当になり、他のバリューチェーン課題を理解したうえでその担当と連携しながらバリューチェーンの円滑な循環に成果を発揮し、更にポジションを上げながらバリューチェーン課題を担当してマーケティング力を高めていく。バリューチェーン課題の部長を担当する頃には、バリューチェーンの各課題についてのマネージメント力を備えたマーケティングの総合力を発揮できるようになっている。そういったキャリア形成とバリューチェーンを発揮する組織力の向上を連動させた人事組織戦略が伝統的にとられている。現場主義、部門間連携、円滑なコミュニケーション、全員がマーケティングのプロフェッショナル、家族主義・・・といった企業風土、組織文化もそういった制度や戦略の上に作られている。
平尾も、入社して以来、国内販売、国内サービス、国内販促、海外販売、米国販売子会社、国内販売部の課長、海外販売部の課長、事業管理の課長といったキャリアを積んで2年前の45歳の時に商品企画部長になった。その時に、商品企画の責任者としての責任を果たすために決めたことは、自分がそれまでの現場経験で感じたことがあった商品企画との距離を今後はバリューチェーン内の他の担当者に絶対に感じさせないということであった。風通しが良く、コミュニケーションが円滑な組織風土の中でもそのような距離はあった。その距離間を縮めるには、商品企画を担当する自分の部隊が、バリューチェーン内の現場の担当者の間を精力的に動きながら情報を循環させて仕事を進めることだと考え部隊を運営しようと決めた。もし、バリューチェーンの中で商品に関わる問題が発生した時は、その動きや発信する情報の循環のさせ方が悪いからで商品企画の責任と考えようと決めた。
昨日、米沢で有川から、今回のような不良の根底にある責任は特定の部署にあるわけではなく組織全体の問題の中にある・・・と言われたが、市場を創造するために提供する価値の媒体である商品を企画する商品企画は、バリューチェーンの全ての担当の協力を得て仕事をし商品を作っている。それぞれの課題は関わり合っているので商品企画だけが横断的な機能や役割りを担っているわけでもない。しかし、継続的に発展的に収益をあげる商品を世に出すために、商品に関わる情報は商品企画が一元的に管理している。そのことを思えばこそ商品企画の責任は重い・・・もっと現場的に考えれば・・・「良いもの」を作るために、各部門から情報をもらい、時間をもらい、汗をかいてもらい、費用も掛けさせている。そのことを思うと、少なくとも商品企画は汗は一番にかかなくてはいけない。問題が起きるのは、その汗のかき方が足りないからではないか・・・しかし、今回問題が起きた。そして、その問題はとてつもなく大きな問題になろうとしている。
この3日間の出張で溜まった書類の決済や部下達が机の上に残してくれた伝言のメモを急いで確認しながら、自分の汗のかき方が足りなかったのかと思った。
「3人、少し時間ある?」
平尾は、部下の課長3人を呼んだ。
「ええ。我々は何時でもOKですよ。スタンバイしていました」
「ちょっと打ち合わせをしたいんだ」
「了解です。どこでしますか?」
「ここでやろう」
平尾は、自分のデスクの横に置いてあるテーブルを指した。6人掛けのテーブルで、部内の簡単な打ち合わせはいつもここでやる。会議室にこもって4人で話し合うより、部員の見ている前で相談の内容が聞こえるその場所でやった方が良いと思った。この問題を商品企画としてどう対応するのか部員それぞれが心配している。また、対応について提案したい者も自分達の話が耳に入り意見を言ってくるかも知れない。平尾もそれを聞きたかった。何より、部課長が話し合う内容について部員達がわかっていながら別室で話し合う内容ではなかった。
「お疲れ様でした」
「遠藤!昨日?いや、おとついは悪かったなあ・・・梶井バイヤーの接待は大変だったろう?」
「いえいえ問題なかったですよ」
「ご機嫌だった?」
「ええ、ご機嫌でしたよ。販売の木村課長にも報告しておきましたが、年末向けの新製品のデザインも『まあええやろう』とのことです。父の日と夏のボーナス商戦もがんばりますとのことでした」
「ごくろうさんやったなあ。一軒では終わらなかっただろう?梶井さん・・・好きだから・・・」
「いえ、大丈夫でしたよ。池谷と二人でしたし・・・それに2軒で終わりました」
「ほんとうに?」
「私らに気を使ってくたのかなと思います。部長とは久しぶりにじっくり話したかったとはおしゃってました」
「そうかぁ。必ず時間作るわ!」
「あそこは、企画と販売と販社できちんと対応しておくといろいろな情報を頂けますし販売も約束通りの数字は作ってくれます。手は掛かりますがそれだけのことをしてくれます」
「ところで、いかがでした?米沢の方は?」
「簡単じゃあない・・・というか、難しそうだなあ・・・手順を追って発火の原因を探って行こうとしているけど時間が掛かりそうだ。今日は様々な条件下での強制試験をやっているよ・・・」
「山野の方からは何か連絡がありましたか?」
「今日、香港とシンセン工場に確認してくれてはいるが、基本的にはわかっていないようだ・・・反応が鈍くて問題だよ・・・あの会社、いつからそんな風になったのかなあ・・・」
「こまりましたねぇ」
「ああ・・・」
「我々がやっておくことはないですか?」
「うん。リコールの準備作業は、今、芦田さんらが原案を作ってくれていて、今晩詳細を検討して部長会で決めるということだ。で、我々としては、その準備の担当課題と平行してあの商品の企画と開発のプロセスを再確認しなくてはいけないと思うんだ」
「ええ、それなのですが・・・名古屋で部長から第一報を聞いていましたので、帰社後、池谷と二人で企画と開発時の資料をざっと見てみたのですが不審に思えるところがないのです。企画レビュー、2段階の設計レビュー、量産試作レビューの品質データーも確認しましたが、それぞれ課題を残して先に進んだようなことはないのです。それに、我々商品企画と米沢事業所と山野の連携に関しても、何か問題があったというようなことも特に思い当たらないのです・・・」
「3社が全く気づいていない落ち度があったんじゃないかと思うんだ。慣れっていうのかなあ・・・慣れてしまって見落としていることがあるのではないかと思って・・・」
「充電器なんてそんなに難しいものではない・・・って思っているわけではないのですが・・・どこかにそんな思いがあって見落としていたことがあるのですかねえ・・・」
「わからない・・・でも、現実には、発火というあってはならない不良が発生している」
「そうですよね・・・」
「で、米沢では分解してみたんですよね?何か変なところはなかったんですか?」
「うん。トランスが短絡していて過電流が流れてヒューズ抵抗が切れていた」
「ヒューズが切れていたのに発火したのですか?」
「ああ・・・それと・・・仮に発火しても難燃性のポッテイング材で基盤を覆っているので延焼はしないはずが、その難燃材を突き破って発火している。相当な火力で発火している」
「何か変ですねえ!」
「不思議だろう?」
「回収した2個ともそうなのですか?」
「2個とも同じ症状なんだよ・・・だから問題で、リコールって判断になっているんだ」
「トランスが簡単に短絡するのもおかしいけれど、仮に短絡して過電流が流れてもヒューズ抵抗が切れて電流を止める・・・それで終わりでしょう?」
「トランスが短絡した条件は同じではないですよね?2個とも同じ電源環境っていうか、違う場所で使われていたのでしょ?」
「大阪と博多だよ!」
「変ですよねえ・・・」
「他に変ったところはなかったんですか?」
「・・・些細なことだけど、ポッテイング材の色が変更されていたことかなあ・・・材料メーカーが変更したということだろうけど・・・」
「ええ?例え性能が変わらなくても色の変更があれば材料の変更になるでしょう。山野から5M変動の報告は受けていないですよ!」
「ああ。米沢でも変動報告を受けていなくて、山野電気の中川部長に確認したのだけど、中川さんも知らなくてって言うより、らちが明かなくて、それも含めて香港とシンセンに確認している」
「何か緩い感じですねえ。直感的にはやっぱりその辺に原因があるのではないですか?」
「有川さんもそう言っていたよ・・・しかし、それだけではあの激しい発火のメカニズムの解明につながらない」
「・・・」
「急がなくてはいけないけど、ひとつひとつ事実を確認していこうと思う。まずは、使われていた状況を確認してみようと思うんだ。おそらく使用条件が原因で発火したとは思われないけど、使用環境が悪かったのではないという裏をとる必要があると思うんだ。それに、ひょっとすると発火したときの状況がわかるかもしれない」
「ユーザーさんのお家にお伺いしますか?」
「ああそうしようと思う」
「お店も?」
「ああ」
「クレームになっています?」
「いや、なっていなんだ」
「ケースに穴があくほどの発火をしたのに変ですねえ」
「たまたま重大な品質問題だと認識されていないだけだと思うのだけど・・・これからリコールをしたあとに、そのお客さんとお店・・・サンハウスの大阪と福岡だけど、そんな重要なことを説明にも謝りにも来なかったってクレームになっても困る。先に会って説明して謝っておくべきだと思うんだ。そしてその上で発火の状況が聞ければと思う」
「私らが対応しましょうか?」
「いや、米沢から誰が同行してもらって私が行くよ!」
「私らじゃあだめですか?信用ないんですか?」
「違うよ!君らは、そうでなくても忙しいのに・・・今進めている新商品の企画と開発のスケジュールが遅れるようなことは困る。それにサンハウスのチーフバイヤーが騒ぎ出したら面倒だろう。君らがこれから動きにくくなるようなことになったらまずいと思って・・・
」
「あっ、部長はやっぱり我々を信用してない!」
「違うってば・・・今晩の会議でリコールの業務も増えることになるし・・・リコールの担当業務については、我々商品企画はなるべくしんどい仕事を引き受けようと思うんだ・・・
どの業務も重くてしんどい課題ばかりだろうけど・・・リコールの責任は商品企画にあるからそうしようって言ってんじゃないよ」
「わかっています。自分達にミスがなくても、こういうことは我々の仕事だと思っています」
「我々は下命を待って待機していますから何でも言って下さい!」
「ありがとう・・・」
平尾は、村田商会に電話した。
「おう平尾ちゃん!なんかわかったか?」
「社長おとついはお世話になりました。昨日から検査していますが、まだこれやというもんは見つかってないんです。火が出た部分は特定できたんですが、何でケースに穴があくほどの火がでたのかということがわかりません。考えられる条件で順番に試験して調べているところです。しかし、結構難しいです」
「・・・そうやろうなあ。逆に、簡単にわかるような不良やったら困るでえ。それで、リコールはどうそんの?やっぱりやるんかあ?」
「ええ。やらなくてはいけないとの判断です。来週には社告を打とうと思っています。でも、まだ確定ではないので、そこのところ宜しくお願いします」
「わかってる!わかってるって・・・でも、リコールって難しいやろう?」
「まだ、段取りの詳細を聞いていないのですが、準備の作業だけでも大変です・・・しかし、とにかく原因が確定しないことにはその準備も何ともならないです」
「全数回収するわけにはいかんわなあ・・・」
「そうなんです。でも、一方で多発でもしだしたら全数回収もやむなしと思っています」「そりゃそうなったらしょうがないやろう・・・しかし、自分の作った商品の不具合も発見できないっちゅうことになったら、品質に対する信頼もゆらぐからなあ・・・はよ原因がわからんと困るなあ・・・」
「そうなんです。それだけにあせります。急がなくてはいけないんですが、一方で検査には一定の時間がどうしても必要ですから・・・」
「でも・・・あれ、山野に作らせてるんやろ?こんなこと根拠もなく言うてなんやけど、そんなもん山野のチョンボちゃうのかなあ・・・いや、根拠ないわけやないんやで!最近、あの会社、かなりええかげんやって評判やからなあ・・・平尾ちゃんなんかようわかってると思うけど!」
「社長とこのオリジナル商品、山野で何かつくってましたっけ?」
「いや、わしとこのんとちゃうねんけどな。あそこ、サンハウスのオリジナルブランドのCDプレーヤーを作ってるやろ。あれが結構不良が多いらしいや。あんなもんで不良出してるくらいやからだいぶんたるんでるで!あんたとこの米沢工場にはレベルが低すぎて気付かんぐらいのチョンボかも知れんでえ!」
「そうだとしても我々の落ち度になります・・・ところで社長!おとついお渡し頂いた2個のお客さん。サンハウスとユーザーさんですが、リコールをする前に、それぞれに先に謝罪しておこうと思いまして・・・」
「そら先にしておいたほうがええなあ。リコールすることを発表した時、その発端があれやということになったら、そんな重大な事故やったのに一言もあいさつがない言うて、企業姿勢はどないなってるって話が大きくなる恐れががあるもんなあ」
「そういった懸念への対応もありますが、速やかに返品を申し出て頂いたことで助かっていますし、・・・それに、できれば、どんな環境で使って居られたのかも知りたいんですわ。不具合がわかった状態・・・ひょっとして火が出た状況というのを見ておられたらちょっとお話をお聞きしたいということもあります。それに、もし怪我でもされていたら早く対応しなくてはいけませんし・・・」
「そうやなあ。それは丁寧に対応しておいた方がええなあ・・・最近の企業の不祥事は、起こった問題よりあとの対応でしくじって火達磨になっていることが多いもんなあ!」
「社長!怖いこと言わんといて下さい・・・で、まずサンハウスの守口と博多の売り場のご担当と出来れば店長にお会いしたいんです。それで事情を説明してユーザーさんにご確認頂いた上でそれぞれお訪ねできればと思います」
「わかった。それで、どういうスタンスで事情を説明するんや?」
「お戻し頂いた商品の不具合の症状を確認し、おどろき、今急いで原因を確認しているところであるということ。それから、お店には、そのような商品を出して大事なお店のお客さんにご迷惑を掛けたこと、更に、お客さんとお店には返品の手間を掛けさせたこと、そして、お客様がひょっとして怪我をされたり家財が傷ついたことがないかと確認したいこと。もし、そういったことがなくても火が出て心配を掛けたこと。そういったことを謝罪したい。そういうスタンスです」
「なるほどなあ・・・わかったで。それで、そっちは誰が訪ねていくんや?」
「私と米沢工場のもので行こうと思います。技術担当がいた方が説得力ありますし、それに、もし、ユーザー様のところへお伺いできたら、使用環境を確認したいと思います」
「サンハウスは、平尾ちゃんも知っているように、店はそうでもないんやけど本部のバイヤーはうるさいからなあ。平尾ちゃんがその辺を自ら対応するんやったら間違いないやろう!けど、うちのそれぞれの営業担当にお店のアポイントを取らせるから、一緒にいかせてもらってええか?うちんとこも代理店としてもちゃんとしとかんと格好つかんからなあ。そうせんと、あとでチーフバイヤーからガミガミ言われる。かめへん?」
「ええ、ぜひ一緒にお願いします。こっちもやりやすくって助かります」
「で、アポは何時がええねん」
「明日以降なるべく早い日に」
「・・・ほしたら、明日の午後に守口店に行って、出来たらそのままお客さん・・・でも、上手いこといっても夜になるやろうなあ・・・それで、あさっての朝に福岡に移動して、やっぱり午後にお店へ行って夕方にお客様のところへ行けば土曜日の朝にはそっちに戻れるな!」
「はい。出来たらそれで調整をお願いします!」
「わかったで。ちょっとまっといてや。すぐに二人に確認させて折り返しこっちから電話を入れるわ!」
「社長!お手数掛けさせてすいません!」
「はいはい、わかったで!・・・平尾ちゃん!水臭いで!」
夕方遅くになって村田から連絡があり、サンハウスの大阪守口店と福岡博多店の売り場の責任者とアポイントが取れたということであった。二人とも返品する際に不審に思っていて村田商会とX社からの連絡が遅ければクレームしようとしていたということであった。メーカーが謝罪に来るという事例になるのであれば、売り場の責任者は、あらかじめ本社商品部のチーフバイヤーに報告しなければならない。ということであれば、各お店を訪ねる前に、本部への説明をしたほうが後々ことを進めやすい。ユーザーを訪問する際にもサンハウスの立場に配慮することを説明しておかなくてはならない。そのチーフバイヤーはそういったことに慎重で細かい仕事ぶりだということは、平尾は大阪の営業から聞いていた。村田商会も代理店としての対応を求められる。代理店がメーカーを同行して報告する形をとらなくてはならない。村田の頼みで、まずサンハウス本社の商品本部を訪ねることになった。サンハウスの本社は、新大阪から15分の千里中央駅のそばにある。
明日12日(木)午前10時、サンハウス大阪本社商品部、午後1時、米沢工場担当者と合流して守口店オーデイオ売り場往訪。その後ユーザー宅訪問。大阪泊。(状況により博多へ移動)
13日(金)11時。サンハウス博多店オーデイオ売り場。その後ユーザー宅訪問。帰京。或いは、博多泊。(状況により14日(土)朝帰京)
平尾は、自分のデスクに置いてある日記帳スタイルのスケジュール帳にそのように書き込んだ。部下に自分の行動がわかるようにそのようにしている。当初は別のスケジュールが書いてあったが、それをキャンセルし、或いは部下に代役を頼んでリスケジュールした。
平尾はそのメモを書き終え米沢事業所の有川に電話を入れた。大阪で合流してもらう担当者を決めてもらうためであった。
「そっちの状況はどう?リコールの準備で大変?」
「いえ、まだ具体的な作業は何も始まっていませんが、『何をどのように進めるか』という課題の抽出と推進計画を明確にするのがまず大変なようです・・・芦田さんが、PRS社のアドバイスを受けながら課題とそれを進める作業の内容を確認し担当を検討されています。それを今晩の部長会で提案して詳細決めるみたいです。我々は、今はそれぞれリコールの『予習』をしているという段階です」
「そうか・・・で、大阪と福岡のアポイント取れた?」
「ええ、今さっきメールでスケジュールを送りました」
「ちょっと待って・・・今メールを見るから・・・」
「・・・朝一番のフライトに乗って頂けると助かります。伊丹空港からモノレールでサンハウス本社の千里中央まで10分です。私は、のぞみで新大阪に着きますので千里中央で合流できればと思います」
「オーケー。すぐにフライトの空きを確認して混んでいたら今日の最終で東京駅まで行かせるよ」
「大変ですけど宜しくお願いします」
「いや、技術サイドも出来る限りのことはしなくてはいけない・・・で、杉江を行かせるので宜しく頼む!」
「杉江部長に来て頂けるのですか?・・・助かります」
「発火の状況についてどんな細かなことでもいいから知りたいんだ。それにサンハウスにもユーザーさんにも技術的な説明をしなくてはいけないだろう?で、設計者なら全般的に把握しているし、杉江ならお客さんに会うのも慣れている」
「大変助かります!」
「実はなあ・・・さっき、発火が再現されたんだ!」
「えっ!どういうことですか?」
「まだ原因まではわかっていないんけど、実際に発火はありえるということがわかった」
「どういうことですか?」
「強制試験でトランスの耐久試験を行っていたら、返品と同ロットのサンプルでは導通50回で巻線が2ヶ所短絡することがわかったんだ。それで短絡したあと1次側電源の電流が回路に流れてヒューズ抵抗が溶断することをまず確認したんだ・・・普通はここで電流が遮断されて終わりなんだが、返品のものは、ヒューズ抵抗の端子間の上部から発火している。それで、そのまま電流を流し続けたんだ。そうしたら、突然ケースを突き破って火が吹き上がったんだ。結構な勢いで、1メートル位の高さで10秒位吹き続けたんだよ。びっくりだよ!」
「危ないですか?」
「危ない!近くに居れば怪我の恐れもあるし、火災を起こす火力は充分にある!」
「有川さんも確認されました?」
「うん!一番最初の時はその場にいなくて見ていないんだけど、もう一回同じ条件でやって再現できたので、三回目の試験のときに呼ばれて見に行った時に確認した!」
「詳細な分析はこれからですね?」
「ああ!今ビデオで高速撮影して分析している・・・返品と同ロットに前後のロットを加えたサンプルでこの条件に絞って行ってみようと思う。何か出そうな感じがする・・・」
「山野には伝えました?」
「ああ。向こうの保管サンプルを持って至急くるように言った」
「何かまずいですねえ。それって、まだメカニズムはわからないけど、電源コンセントに50回入れるとそういう危険があるってことでしょう?」
「そうだよ!」
「まずいですねえ。他のロットでどうなるかですね?」
「あのロット以前のロットを遡ってどこまで同じ症状が出るか、一方で最新ロットを検証して同じ症状が出ればあのロットまで遡って試験をして検証していかなくてはいけない」「でも、発火するロットと他のロットの決定的な違い・・・仕様面、製造面でわかればがその手間は省けますよね?」
「ああ、そうだけど、発火のメカニズムがわかっても何れ試験はしなくてはならない・・・それより、ユーザーさんを訪問するときに気をつけたほうがいい。杉江にも言っておいたけど、発火の勢いがすごいので、ひょっとして怪我されているかも知れない。それに結構な量の煤が出る。部屋が煤けているんじゃないかと思う。クレームにならないように補償前提にお話した方がいいよ!」
「わかりました。お客様にはそのように対応します。でも、いよいよ危機を認識してあらゆることに慎重にかつ丁寧に対応していかなくてはなりませんね。つまらないことから企業の不祥事で騒がれるようなことは絶対に防がなくてはいけません」
「うん。そうだよ・・・慎重に丁寧にかつ迅速にだな・・・大阪と福岡の出張の件については杉江からメールを入れさせるので、あとは二人で進めてよ。強制試験で発火が確認されたことは、今から俺がリポートを作って松本さんと芦川さんにメールをしたうえで松本さん電話を入れるようにする。二人にはお前から第一報を入れておいてくれ。メールはお前にもCCで送っておく!」
「了解しました」