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リコール  作者: 別当勉
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リコールの準備!経済産業省への届け出、流通への告知、コールセンターの設置、社内とグループ各社への周知徹底、広報準備・・・

4:リコールの準備


 MAM統括部各部では、昼食後すぐに部内説明が行われた。しかし、多くの部員にとって最初の課題は、リコールがどういうことなのか各自で理解することであった。販売した商品を回収しなくてはいけないことはわかるが、それを進めるために自分の部門ではどのようなことをしなくてはいけないのか?そして自分の担当業務の中ではどのようなことが起こりどのように対応することになるのかについて思いをめぐらすために、先ずは、リコールについて一般知識を得ることから始めた。 

 各部長は、夕方に再度集まる部長会でまとめる「リコール業務担当表」を打合わせるための準備をした。部長という立場でもリコール業務を即座にまとめるのは難しく、どの部長も、部下の課長をあつめ想定される業務を洗い出すところからはじめた。そして各部課題にまとめ部長会に持ち込もうと作業を進めた。

 リコール対応本部の事務局では、芦田、事業管理部長の青木、海外販売部長の森重、それに広告代理店PRS社危機管理室広田室長とX社を担当している第5営業局の小中原シニアマネージャー、そして書記役として芦田の秘書で事業管理部に所属している服部美紀の6人が集合した。部長会で検討する「リコール推進案」を作るためである。


「それじゃ、どのようにリコールを進めるか、その推進案についてまとめてみたいと思う。PRSさんには、危機管理室にリコール業務の全般についてコンサルタントを受けながら広報に関わる部分でのご協力をお願いしようと思う。危機管理室からは、企業の危機管理のコンサルタント業務を行っておられ他社のリコール事例も沢山ご存知の広田室長に事務局に入ってもらって示唆を頂くことにした、日頃から当社を担当して頂いている小中原さんには、プレス発表、社告のためのメデイア手配や印刷物の手配等広報面で動いてもらうことになる。我々があせって進めてまずい対応にならないように、この最初の段階から入ってもらった。印刷物を含めて広報関係はPSRさん1社にお願いすることになるが、これは、リコールの推進方針の徹底と情報管理の一元化のためで、販売促進部の伊東あゆみ部長にも伝えてある・・・これからまとめるのはあくまで『案』で、この後各部長、そしてさらに各担当の現場の状況を加味して『実行計画』となる。その計画の質を高めるためにもこの打ち合わせで出来るだけのことを出して置くべきだと思う。どんな些細なことでもためらわず出して置きたいと思う。それが後のプロセスの成果や質を高めることになる。皆もリコールは初めての課題で素人だけどバリュー・チェーン課題を念頭に課題を提案して欲しい・・・PSRのお二人も遠慮せずにご指摘や示唆をお願いします・・・」

「はい。遠慮はしません。それが御社のためになります。クライアントの皆様のためになることにはためらうことはありません・・・」

「ありがとう御座います。では、簡単に両部長を紹介しておきます・・・青木は、業務部長として事業部の管理課題を担当しています。また、森重は、今海外販売を担当していますが、以前は、PAMプロ・オーデイオ・マーケテイング統括部で国内販売と商品企画を担当していまして、国内製造及び海外製造から国内外の物流、販売、サービスといったインターナショナルのサプライ・チェーン・マネジメントについて把握しています。宜しくお願いします・・・さてと、どっから始めようか・・・」

「私はリコールの経験はありませんが・・・当社の社員では・・・転職してきたものでも経験しているものはいないと思いますが・・・」

「リコールの経験ってまずないよ・・・」

「ええ・・・対応を考える時、不具合の原因の解明が何時できるかがポイントで、それによって取る対応も変わってくるのかと思います。しかし、まずは標準的なリコール作業のプロセスを確認して、その中から当社の事業の推進状況に照らして個別課題を明確にして対応を検討していくというのでは如何でしょう・・・広田さん?このような進め方でどうですか?」

「ええ、森重さんの仰る通りで良いと思います。今お配りするコピーは『事故対策フローチャート』で、その中におおよその手順を書いています。この内容にそって確認していけば良いと思います・・・小中原さんお配りしてくれる?」

「・・・」

「・・・最初は、原因分析調査ですか?」

「そうです。この調査の結果内容によってリコールの実施方法、規模といったものが決まります」

「いま発火に至ったメカニズムを解明中ですが、今朝の段階では全く不明という状況です」

「芦田さん!調査を始めたのは昨日でまだ1日しか経っていません・・・そのメカニズムが簡単にわかるような不良では既に多発しているますよ!あせるお気持ちはわかりますが楽観的な気分でやれることを粛々と進めましょう・・・結果として的確な対応が出来ます」

「そうですか・・・でも、あせるよなあ。確かな原因もわからずリコールをしようというのは拙速という感じもするけれど、現場で担当している我々が直感的に『まずい』と思うんだから、やっぱりやらなければならないんだって思ってしまうんだけど・・・」

「そうですよ!決して拙速なんかではありません。多発を待って対応していたんでは間に合いませんし、そもそもその間に起きるかも知れない事故に対して、X社として事業責任を考えれば待つことはできません。事故の軽重は考えるべきではありませんが、仮に次の1個の不良が重大事故を起こしたら事業、企業として重大な危機を招きます」

「そうですよね。わかります」

「仮に、不良のメカニズムがわからないとしても、発火の危険性があるというだけで十分に回収する理由となります。ただ、この場合、そんな重大な危険性があるにも関わらず原因がつかめていないということで、技術上の信頼性に対する批判を受けることになります。X社としては、まずお客様の安全を優先したという企業姿勢をアナウンスすることになります。この姿勢を見せることは、企業の社会的信頼性を得るというほどのことにはつながりませんし、失うであろう信頼性を挽回するほどのことにもなりません。しかし、失う評価を少なくすることにはなります」

「なるほどねえ・・・次々に起こるであろう問題をできるだけ早く積極的に対処することでダメージを少なくする・・・危機管理か・・・」

「しかし、原因がわからないだけに、その『次々起こる』が想像つかなくて気持ちばかりあせるよな!」

「こういう考え方は如何でしょうか?・・・やはりお客様のことを優先して考えるという企業姿勢を貫くという基本方針を徹底することで必ず危機は乗り越えられると考えることで落ち着いて対応できるんじゃないでしょうか」

「そうだよな、基本のキだよな」

「正義は必ず勝つ!危機管理に王道なし!・・・お客様のために愚直にやり抜くということかなあ?・・・」

「その通りです・・・もし、仮にテクニカルなことがわかって、今米沢で確認している2台固有の問題だとわかってリコールの必要なしとなっても、リコールに向けた準備は無駄にはならないと思います。こうやってリコールの手順を確認できることになるわけですし、それに開発や製造サイドも自分達に落ち度があったかも知れないということで冷っとしているでしょうから、今後の品質に対する注意度についても改善につながります。そうやって全社的な危機管理体制を見直すことになれば大変な成果です・・・我々の危機管理セミナーを聞いて頂くことの100倍の成果があります」

「・・・なるほどねえ・・・日頃のお客様第1主義の精神でことに当たるということか・・・」

「そうですよ!・・・発火のメカニズムは有川さんの部隊が必ず見つけてくれます。我々は、その判明するタイミングをはかりながらきっちりリコールが出来るように準備を万端にしておくということじゃないでしょうか!」

「芦田さん!少なくとも我々は、あせることなく確実にことを進めていきましょう!」

「そうだよな!変なことを言ってすまなかった・・・」

「次のステップに行きましょうか!」

「原因分析調査と並行して組織体制を考えましょう」

「リコール課題それぞれを対応する担当の組織化ですね?」

「そうです。では、お配りしたコピーをご覧下さい」

「・・・結構ありますね!」

「もの作りをするために回しているバリューサプライチェーンの課題それぞれで対応しなくてはいけないということです・・・ざっと課題をリストアップして、それを担当する係という形で組織図にしてみました・・・まず、原因を分析調査する係、次に回収した商品を点検・修理・交換をする係ですが、アスリートZの場合は、対応は交換になるでしょうから、交換品の製造手配する係となります・・・行政機関や関連団体への報告する係、自社関連会社への連絡する係、プレス発表や社告を手配し更に取材にも対応する広報係、流通内の代理店、問屋、販売店への連絡や回収作業の対応をする係、お客様からの問い合わせを受けるコールセンターの設置や運営をする係、交換品の発送手配をする係、万一事故が発生した時には、その被害者の対応をする係、これはPL保険での対応となりますから保険会社との連携が必要です。回収した不良品を管理する係、あと一連の作業の記録、これはお問い合わせ頂いたお客様、該当機種をお持ちで回収し交換対応をしたお客様のリスト、問い合わせ件数や回収実績の管理、費用の管理・・・そういった管理をするための記録係・・・係としてはこんなところでしょうか」

「なるほどねえ。もし、突発的に多発してパニックになった時、これだけ多くの課題を想定したうえで実務としてどんなことが発生するかも想定しながら組織化して回収作業を進めるっていうのは至難の技だなあ」

「マネージメントできるかって言われたら、悔しいけど厳しいなあ・・・」

「ほんとうですねえ・・・」

「この係を関係課題でまとめて指揮命令系統ができる組織にまとめたいのですが・・・例えば、品質管理、製造、広報、営業、物流、サービス、業務といったように・・・」

「じゃあ、課題それぞれを担当できる部門に割り振って組織図化してみよう。責任者はその部門の部長ね!」

「ええ、一度そのようにして組織図を作って眺めてみて再度内容を精査しましょう。見えるようにすれば、作業を進める上での問題が見えてきます。芦田さんお願いできますか?」

「では、まず、原因分析の技術調査をする係は米沢工場第3技術部で責任者は有川、交換品の製造手配は製造部で責任者は安川、行政機関や関連団体への報告は商品企画部で平尾、自社関連会社への連絡はサービス部で石本、プレス発表や社告記者取材などの広報は販売促進部の伊東、流通対応は国内販売部藤井、コールセンターはサービス部石本、該当品の回収と交換品の配送手配は物流部富田、事故対応は、・・・何処だろう・・・サービスか、事業管理?それとも商品企画?保険会社との共同作業もあるんだろう。PL保険の手続きの管理をしているのは事業管理部?」

「そうです」

「じゃあ、事業管理部で青木が担当・・・ところで、回収品の管理は物流部っ言ったけど、戻ってきたものを、別枠在庫で管理するとして、受け入れの際に品質内容はチェックするのか?」

「どうでしょう。確認すべきとは思いますが、一日当たりの回収の数量にもよります。大量に回収されたり返品された場合に実際に出来るでしょうか?」

「でも、確認もしないで廃棄に回すのか?」

「品質管理上、現物確認をするので、米沢の品質管理やサービスが対応することになりますが、その工程まではある程度時間が経つので、回収されたものはやはりある程度、ある程度って言うのは目視って言う意味だけど検品は必要だろう。異常の発見のためもあるけど、良品や対象外の良品も戻される恐れがある。後々の回収品在庫の管理のためにも、受け入れ時に検品をして管理しておいたほうが良いのではないかと思うのだけど・・・」

「・・・そうですよね。もし回収対象数が10万台ってことになって、輸送梱包されていない商品が個別に回収され万単位の在庫になったら収拾がつかないですよね。やはり、受け入れ時にはある程度の管理は必要だと思います」

「じゃあ、該当品の回収と交換品の発送手配の項目の物流部のあとの付記にその内容を書いておいてくれる?」

「作業の記録、費用の管理といった回収作業全体の工程や情報管理は事業管理部の青木さんでいいですか?」

「青木にお願いしよう。青木?問題ないよね?」

「ええ、我々のところで行います。リコール推進事務局のような名前をつけて進めます」

「・・・我々海外販売部の担当がないのですが、何かやることないですか?」

「国内限定モデルのアスリートZのリコール対象を前提に考えているけれど、万一インターナショナルモデルにも波及する不良原因が見つかれば、作業は数倍に膨れ上がる。そうならないことを祈るばかりだけど、アスリートZだって国内で買って海外へ持ち出されて使用されているケースも結構あるだろう?平行輸出って場合もあるし・・・森繁!その辺はどうよ!」

「ええ。AC電源は、100Vから115V対応になっていますので、アメリカ、カナダ、台湾で使えます。ただ、平行輸出も価格が合わないので無いと言ってよい状況です。個人使用の範囲だと思います。メーカー責任はないでしょうが、実際に事故が発生して騒ぎになったら対応は必要でしょうし、ブランドの信頼にも影響を受けて営業上の問題にも発展します。広報はしておくべきでしょうし、そのようにしようと思っています。当社ホームページでの各国語掲載、全世界の現地法人や代理店とサービス窓口に一斉連絡した上で、先程の3カ国では、流通への情報提供と平行輸入の状況確認は必要かと思っています」

「では、海外関係は海外販売部で森重が担当!」

「まだキャパありますけど・・・」

「うん、海外部には遊軍をお願いしたいと思う!」

「ああ、それは大事なポイントです。リコールの作業は何が突発的に起こるかわかりません。組織のキャパに対して目一杯の対応で進めていると、いざという時に対応できません。柔軟に対応できるようしておくことは重要です・・・えっと、大変失礼ですが、海外のご担当の方は、国内業務のご経験はありますでしょうか?」

「ああ、その点は問題ないです。国内販売の経験は全員持っています。商品企画、製造手配、物流、販売促進、サービス、業務といった各部間でローテーションしていますから問題ないと思います。海外販売しか出来ないというのはうちにはいませんので問題ないと思います」

「なるほど、さすがですね」

「・・・」

「次はスケジュールの検討をしましょうか?・・・」

「社長の方針は全て最短でやれ・・・というものですが・・・」

「ただ、不良のメカニズムがわからないと対象商品を特定出来ない。全数が対象ということになります」

「全数でもやれということでしょう」

「そのようなリコールの届出っていうのは、経済産業省は受けてくれますかね?」

「発火のメカニズムは確定できないけど多発する危険があるので同仕様のものを全部回収するって言うことでしょう?」

「自分で作ったものの原因究明をメーカーとして出来ないというのは、技術に対する信頼性を疑われますよね・・・」

「でも事故が発生してお客様を危険に会わせるよりは良いという判断だ」

「まあそうなるでしょうねえ」

「しかし、充電器は御社でも多くの機種がありますよね。アスリートZの充電クレードルは特別だと説明できますか?説明できないと全ての充電器が対象なんてことになりかねません。如何ですか?」

「ええ、その点で言えば、実は特殊でして、AC電源とUSB電源から急速充電ができ、しかも防水仕様になっています」

「なるほど・・・」

「僕はね、うちの技術陣なら一両日中に必ず原因を究明できると思っているんだよ・・・まだ一晩しか経っていない・・・だから最短の日程を組んでおいて、原因がわかりしだい作業を具体化させていくように段取りを進めておけばいいと思うんだけど・・・社長も、そう思っているんじゃあないかな?」

「原因は技術陣がすぐに見つけ出すと・・・だから先に準備を進めておけと・・・原因が解明されてから準備に着手していたんではリコールの開始が遅れるということですね」

「そういうことだろう」

「切った貼ったの対応が必要になってくるよね・・・」

「緊急だから・・・」

「現実的にはどんな手順になるのかなあ・・・」

「経済産業省に届け出て、プレス発表の手配をして、一方で販売流通各社への案内のために印刷物を用意し説明する時間、そして、リコールをすればユーザーからの問い合わせが来る。そのコールセンターを準備する時間は最低限必要ですよね・・・」

「でも、どれも対象商品が決まって回収の規模が見えないと対応できないですよねえ」

「・・・とにかく手順を確認しようよ・・・米沢は、きっと直ぐに見つけてくれるよ・・・論理的でないけど・・・今出来ることを確実にこなそうよ!」

「広田室長。現実的な日程見積もりはどんなものでしょう?」

「事故だけは未然に防ぎたいたいという石塚社長の方針は当然ですが、準備に1週間は欲しいところです。広報の方針と内容を決めて印刷物は2日で刷れても、それを持って書く方面に説明する時間は必要でしょう。プレス発表と新聞のスペースの確保は当社が何とかしますので問題ありませんが、店頭で混乱したり応対で混乱させたりするのは問題です。これも危機管理です。事故からお客様の危険を回避することが最優先ですが、確実に情報を伝えて、対象商品を確実に回収して事故の危険を確実に回避して安全を守るということが大事です。事業の継続を考えれば当然で、消費者も取引先もその対応を見ていますから・・・第一そういった対応をすれば結果としてきちんとした回収が出来ます・・・万一リコール前に多発となった時のことを懸念しながらも、一応このようにしませんか?・・・1週間後にプレス発表して翌日社告を出しましょう。その間の準備は、最悪、アスリートzを全数回収することを前提で準備しましょう。その他の充電クレードルまでといった場合は、これはさらなる危機管理の体制を組まなくてはなりません。現段階では、技術的にアスリート以外への波及の可能性があるのかどの程度わかりますでしょうか?」

「米沢のエンジニアに確認しますが、私が把握してる限り充電器の設計は基本的に同じです。しかし、あの商品が他と違うのは、防滴ではなく防水設計されていることと、製造メーカーがあの商品だけ違うということです。但し、品質管理は当社基準で作っていますから、メーカーが違ってもプロセスは同じです」

「仮にアスリートzの全てをリコール対象とするとして、製造累計数はどのくらいですか

?」

「2003年の10月に発売して今月で17ヶ月目です。モデルは3っつあって、充電クレードルは共通で月平均20000台ですので34万台というところでしょうか」

「やはり結構多いですね」

「じゃあ、この34万台のリコールを来週5月18日に発表して回収をスタートするために準備しなくてはいけない内容を明らかにすれば、何時までに原因が究明されなくてはいけないかが見えてくるということですね?」

「そうです。それまでに明確にならない状況で、事故の危険性を回避しようとすると、製造年月日や機種で特定することなくアスリートzの充電クレードル全数を対象として回収することになります。ただ、同じ商品ラインの他のモバイル・オーデイオの充電器を対象に含めないのは技術的根拠がないのでかなり際どいです。しかし、今の段階ではまずこのスケジュールで作業を明確にしてみましょう。米沢事業所の皆さんには、とにかく原因究明に頑張ってもらいましょう」

「それにしてもリコールは難しい作業ですねえ・・・」

「問題が発生してしまっている場合は、やらなければならないことは明確ですが素早い対応が求められます。一方、問題がまだ発生していない場合は、何時その問題が発生するかという危険を抱えながら不確定な課題を様々なケースを想定しながらコントロールしていかなくてはいけません。時間の制限を気にしながら多くの課題を管理していかなくてはいけません。高度な管理能力、判断力、行動力が求められます」

「で、これでいくと米沢に与えられる時間は幾らですが?」

「今回のケースに当てはめなくてはいけませんが、このマニュアルの手順で進めると今日を含めて4日。待って5日というところでしょうか」

「4日か・・・強制テストをする時間はあるかなあ・・・」

「どんな環境条件を設定してテストをするかによります」

「上手く・・・って言って良いのかわからないけど、発火が再現できれば、不良原因も突き止めやすくなるのだろうけど・・・」

「この4日以内に不良原因を確認できれば、対象商品、ロット、数量が確定し、経産省に明確な内容で届出ができ、社内外への連絡の内容が明確になり社告の原稿が決まり記者会見の想定問答もかなりきちんとしたものが作れるってことか・・・」

「ユーザー対応も、交換なのか、修理なのか・・・その部品や交換品は在庫を使えるのか新たに手配しなくてはいけないのか、その手配の段取りや日程・・・そしてユーザーへのアナウンスの内容も決まってくる」

「物流も決められる・・・」

「全数リコールだって決めてしまえば、同じように決めることは出来る。しかし、根拠があるのとないのとでは違う。原因がわからないで全数リコールする場合は、『何で?』って聞かれた場合に答えられなくて信頼を失うことになる。それが怖くておっかなびっくりな対応になる。それがまた対応をしくじって2次災害的な問題を発生させる・・・」

「それにコストの問題もありますよね?危機回避だからっていって何でも費用を精査しないで対応していたんでは、不必要な費用も処理してあっという間に膨らんでしまう」

「危機管理、リコールって言ったってコスト管理は大事ですよね?」

「当然です」

「当然だよ。大事な経営判断だ」

「だから、確信自信を持ってリコールすることが必要です・・・リコールに至ったことの問題を反省した上で、ユーザーの危険と取引先や事業や経営の危機は回避できる・・・そして信頼回復は可能だという自信を持って対応できると必ず上手くいきます」

「なるほどね・・・わかります」

「・・・」

「ユーザー対応は?」

「ユーザー対応も今明確に決めることは出来ないけど、少しシュミレーションしておこう」「一般的には商品の交換ですよね?」

「交換するならその商品を用意する時間も必要だよね」

「そうですよね・・・在庫品で対応できれば良いですが、対象商品が明確にならない限り在庫品で交換して良いかを決めることができません」

「じゃあ、返金対応になるのかな?」

「それも問題ありです。リコール対象がクレードルのみ・・・技術検証結果で確証を祈るばかりですが、それを前提とすると、本体もは本体も含めての返金する必要はなく、クレードルだけの返金で対応すべきです・・・」

「そのように対応したいよね!」

「本体セット価格で返金すると幾ら?」

「34万台全数返金すると・・・」

「オープン価格なので購買価格の特定も大変ですが、実勢で平均2万5千円として85億円です」

「現金でか?」

「クレードルだと?」

「アフターサービス用に設定されている価格が2,000円です」

「全数だと6億8000万円です」

「全数返品ってまずないだろう?」

「考え方ですが・・・危機管理的には全数回収が目標です。しかし、販売履歴のない商品の回収は、広報の仕方にもよりますが、30%から上手くいって70%です」

「そんなものなのか・・・」

「回収のペースってものもありませんか?該当品をお持ちの方の反応が良くて交換品が追いつかないってことになったら2次クレームになりませんか?」

「待たせる期間にもよるけど、ユーザーは待ってくれますかね?」

「本体が使えなくて不自由するわけだから怒るユーザーも結構いるのではないですか?」

「信頼の回復もおぼつかないなあ・・・」

「不便の補償を払う?」

「幾ら?」

「仮に交換商品の対応が遅れたことによる不便に対する補償かあ・・・幾らが適当なのかなあ?」

「問題の質は全く違いますが、個人情報の漏洩では¥500だったと思います」

「じゃ、一〇〇〇円払ったら3億4千万円か・・・」

「回収対象者全員ってことはないでしょう!」

「当社の商品券をで払ったらどうだ?一〇〇〇円で買える商品はありませんが値引きに使えます」

「事故の対策費用を渋っていると思われませんか?それに当社の商品で買いたい商品はないって文句を言われませんか?」

「じゃあ、音楽商品券ではどうですか?CDを買えますよ。携帯オーデイオユーザーへの対応としては適切だと思います」

「いいじゃあないの!」

「リスク案件と言えども、費用については無尽蔵っていうわけにはいかないし、費用対効果も考えなくてはいけない。しかし、一方でお客様の不便にまで配慮してきめ細かく対応しているってことも発信しないと、雨降って地固まるとはならない」

「ただ、ユーザー側からすれば不便に対応するメーカーの責任は当たりまえで、それがなければ信頼を下げるだけでしょう・・・」

「そうか・・・そうだろうなあ・・・」

「・・・」

「・・・じゃあ、次に時間軸を確認してみようか・・・」

「スケジュールの大枠を仮に決めてみましょう・・・5月18日にプレス発表、19日に社告を実施するとすれば、原因調査の猶予は16日の朝までとなります。その時点での状況でリコールの方針を決定することになります。それまでは、各課題についての準備を5月18日をターゲットに進めながら16日の方針により柔軟に対応できるように進める・

・・といったことでしょうか?」

「そうですね。その『柔軟にっ』ていうのは難しいことで方針決定後に無駄になってしまう作業が出ますが、担当者がケースを色々想定した事実は、その後の作業の質を高めます。従って無駄ではないのです」

「なるほど・・・それは皆にあらかじめ伝えておくべきだなあ」

「経済産業省へは、第一報として不具合の発生の事実とこの日程を前提にリコールをする準備を進めていることの報告をしておいた方が良いでしょう。正式な届出は、原因を明確にして16日に行いたい旨を伝えておけば良いと思います。経産省のガイドラインは事故の発生の確認後10日以内となっています。村田商会からの連絡は5月10日ですから問題ないでしょう。お役所手続きの問題ですが・・・担当官の心象を良くしておくことは重用です。関係がぎくしゃくしてしまうと指導が変に厳しくなったりして色々とやりにくいことになります。良い関係を保てると、関係機関やら報道への対応に協力を貰えます。大事なのは、何か『隠している』という印象をもたれないようにすることです。ただ、説明は慎重にやって下さい。厳しい担当官ですと、国民、消費者の生活の安全が危険となれば企業の思惑とは別に無条件に回収を即実施という判断を下しかねないので気をつけなければなりません・・・この件を企業として重大に捉えていること。全社あげて徹底的に対応する方針を社長自ら掲げていることを前提に、現状を説明した上で実施計画について、今後の状況により対応に変更があるにしろ、具体的に報告すれば問題ないはずです。御社の石塚社長は、工業会の会長を歴任され経済産業省の歴代の次官とも懇意にされているようですし、評判も良いと伺っていますので問題ないと思います。ただ、お役人にも独特なところがありますのでそこのところは注意が必要です」

「関係行政機関への連絡は、届出が経済産業省の商務情報政策局製品安全課で、その他経済産業局関係各課、自治体、独立行政法人製品評価技術基盤機構とマニュアルに書いてありますが、これを個別に廻って説明していくわけですか?」

「そうです。製品安全課が他関係機関に連絡してくれるわけではありません。経産省内でも同じです。横の連絡をしてくれるということは期待できません。この辺りの対応を怠ると、後に事故の内容が重大になった時に厳しい指導が行われます。なるべく行政の手を煩わせないように進めることも、こちら主導で進める際の大事なポイントです。ですから応対も丁寧にしておいたほうがよいでしょう」

「なるほどねえ」

「それから、出火の可能性がある時は、消防庁、これは自治省ですが、ここの予防課にも報告しておくべきです。民間メデイアを使った社告とともに公的機関の広報の協力を得ることも効果があります。消防庁はこういったことに協力的で対応も良いです」

「自治体というのはどのレベルまでですか?」

「市町村区までですが、リコール発表と同時にということは現実に難しいです」

「区民新聞、市民新聞といったものが広報の媒体となるのですか?」

「そうです。あと町内会の回覧というのもあります。それに役所でのポスター掲示があります。実際には、各役所に協力の陳情に行くという作業になりますので、少し落ち着いてからの対応となります」

「なるほどねえ・・・で、経産省での説明のための資料は、プレス発表の文案で問題ないでしょうか?」

「リコールプランを出すことになります。事故の概要を含めて担当官が管理しやすいものにしておいた方が無難でしょう。届出はフォーマットがあります。社告文案と社告の実施内容についての説明も必要かと思います。そのコピーも作って下さい。担当官がメモを取らないで良いようにしてください。担当官によっては、不具合のメカニズムと品質管理などの体制について聞いてくる方もいます。特にメカニズムについては簡単な絵か図面があったほうが説明しやすいと思います」

「経産省への報告は、私が行こうと思いますが、常務を伴ったほうが良いでしょうか?」

「事故が多発する可能性という切迫した危険性があるかにもよりますが、常務がコネクションをお持ちということであれば、製品安全課の課長にコンタクトをとった上で、芦田さんには失礼ですが、事業責任者である常務がご一緒のほうが心象は良いでしょう。製品安全課の発言や文章では『最高経営責任者」が対応しているかということを見ています。御社の場合、石塚社長が出て行くことはないでしょうが、オーディオ事業部長の常務が対応されるのが適切かと思います。それに、経産省の課長は結構な権限を持っていますから心象を良くしておく事は重用です」

「わかりました」

「それで、ここにある商務情報局製品安全課以外の関係各局各課についてわかりますか?私は、賀詞交換会で局長や課長の何人かにご挨拶した位で特にお付き合いがある方はいません。常務は、審議会の委員を幾つかやったことがあるし、業界の会合で付き合いはあるだろうし、社長は電子工業会の会長だった時に次官や局長と懇意にしていたんだろうけど、その線から確認するわけにもいかないだろう。やはり電子工業会で確認するんでしょうね

?」

「平尾が電気工業会と電子工業会の委員で出ていますから商品企画部で確認できると思います」

「経産省に関しては、各局各課に報告を済ませた後で、常務と社長から局長や次官に連絡を入れてもらって一言あいさつしてもらっておくというのが良いのではないでしょうか?

「それ位丁寧にしておけば担当官の心証も良く後々協力を得られると思います」


 MAM部の部員への説明は、各部の部長が行った。部員の多くは、正直なところ具体的な危機のイメージを持てなかった。自分達の扱っているオーデイオ商品が原因で事故が起きる可能性があるといっても、大きな火災になったり、ユーザーが火災で怪我をしたり、ひょっとして死亡に至るというのがイメージできなかった。また、そもそもリコール業務がどんなものか具体的に想像することはできなかった。リコールの発表を行い、ユーザーかた問い合わせがあれば回収する。流通にある対商品は返品対応する。自分の担当業務の領域でそれらしきトラブルが感じられた時に見逃さないこと。そして、その対応に細心の留意を払うこと。そういった外形標準的なことは漠然とイメージ出来たが、具体的な作業にまで落とし込めて理解をするにはいたらなかった。

 そして全社員に緘口令が引かれた。この意図は、隠すためではなくきちんと公表するためであった。断片的に不良品発生の事実が露見して情報が間違って流れ、その後のリコールの作業が混乱するのを防ぐためと、そういった混乱からX社が意図的に隠していることがあるのではないかという疑念を持たれるような状況を作っては、リコールの作業が混乱するし、信用の失墜を大きくすることを懸念したからであった。従って、部員への説明で念を押されたのは、この後迫り来るであろう危機には絶対に逃げず、お客様の安全をまず第一に、取引先様の混乱を避けながら対象商品の回収に注力するという石塚社長の方針であった。

 早い段階で部員まで状況を説明することに対しては、風通しの良い社風を自認するX社であっても、日頃会社の対応に対して快く思っていない社員がいて情報を漏らすようなことがないかということが懸念されるが、これは、会社が大きくなっても創業以来の会社と社員の厚い信頼関係を自他共に誇るべき社風をこんなとこで疑っては全く意味がないし、こういった時にこそこの社風が発揮されるものであるし、仮に不幸にも悪意ある社員がいて情報を漏らすようなことがあったとしても、そのことによって起こる問題もこの社風で対応できる。そんなことを懸念するより、早い段階で部員にまで情報を下ろし、迫ってくる危機の状況を部員で共有し対応に備えることの方が重用だという方針から知らされているのだということもMAM部の部員は感じていた。


 各部の部長は、部員への全体説明のあと続けて個別課題について担当者と打ち合わせた。

 サービス部の部長石本は、課長を集め、全国の自社サービス窓口とフリーダイヤルへのユーザーの問い合わ状況と修理対応状況から、出火に至った症例など不審な不良の受付の有無を確認する手配について打ち合わせた。

 物流部の部長富田は、国内物流拠点の横浜物流センターに終結している返品の確認に向かおうとしていた。

 いちばん頭を悩ませていたのは、国内販売部の藤井部長とその課長達であった。国内の販売は、自社販社と代理店を通じて小売店に販売している。販社は、7支社ある。札幌の北海道支社、仙台の東北支社、東京の関東支社、名古屋の中部支社、大阪の関西支社、広島の中国四国支社、博多の九州沖縄支社である。支社はグループ会社であるから、Xウエイと言われる企業価値や事業に対するものごとの考え方を社員は共有している。従って、リコール作業をするときの方針の徹底や情報操作には問題ない。不良品の発生の有無など現在の流通状況を情報統制しながら調査することはできる。しかし、代理店流通での状況調査である。店頭に不審な不具合品が戻っていないか、或いはお客様からそのような問い合わせが入っていないかといったことを、正式なリコールにより正確に情報提供する前にそれとなく状況を調べることが出来るかということである。これは、かなりセンシテイブな作業である。へたをして何か問題を隠していると思われたりするとリコールの進め方に影響がでる。販売店に不信感を持たれて協力を得られなければリコールの作業も続けなければいけない販売もおぼつかない。ならば、長年取引を続け強い信頼関係ができている代理店だから早い段階から事情を開示し協力を得るという考え方もあるが、末端までどれだけ徹底して行動できるかというと代理店によって差がある。一部の代理店だけに状況を伝えるということも出来ない。

 情報操作を誤ってスキャンダルになる。そんな事例をこの数年の企業の不祥事対応で多く見てきた。だからコントロールの効く自社販社での流通対応を先行させたい。しかし、後に販社経由の販売店への対応と代理店経由の販売店への対応に差があったということになると、代理店やその先の販売店から不信感を持たれることになると、これからの営業及び流通政策に大きく影響する。不良発生の事実、事故の有無、不良サンプルの収集、代理店との信頼関係、リコールに後に必要とされる代理店の協力、情報統制。それらの中で営業部隊としてとるべき行動は何か?議論は堂々巡りをした。

結局、、村田商会を含む代理店5社に状況を説明しないわけにはいかないだろうということになり、代理店のX社担当役員には、藤井自ら出向いて状況を説明し、その後の販売店への対応は代理店と個別に相談することにした。ただ、自社販社への連絡との許される時間差は2日であろうとの判断から、自社販社への説明後2日のうちに代理店への説明をすることにした。

 その説明する内容については、状況が不確定で複雑なことから地域によって差が出て混乱することがないように要点をまとめたものを藤井が作ることにした。販社の社長への説明は地域担当課長が行い。代理店5社には、藤井と代理店営業の山本課長が往訪して行うことで日程を決めた。

 販社と代理店への往訪に際しては、藤井が前もって電話を入れ概要を説明し理解と協力を得る『仁義』を切ることにした。

「部長たのみますよ。販社は社内と言えども・・・いや身内だからこそ先に情報が欲しいという気持ちはあるでしょうから・・・」

「代理店にしても、基本的には当社に対する忠誠は強いものがありますから・・・冷たいじゃないかって思われると日常の営業もやりにくくなります」

「わかっているよ・・・営業的には『裏切られた』とか『冷たいじゃないか』って思われないようにしないとな・・・『よっしゃ』って感じで『一肌も二肌も脱いだる』っていう気持ちになってもらいたい。それに混乱させないための準備はきちんとしておかなければならない。そのお願いをしなければならない・・・実際、大変な手数を掛けさせることになる。身内にも身外にもよくお願いしておきたい。販社へは今回行けないけどリコールが始まったら俺も全販社を廻るし販売店にも行く。今回は、販社関係は皆にお願いするので頼むよ」

「了解!」

 『身外』というのは、代理店のことで、身内の販売会社に対応した社内用語であった。



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