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リコール  作者: 別当勉
5/33

リコールの決断!

(3):決断


 マーケティング統括部長の芦田は、9時の始業の1時間30分前には出社する。この習慣は30歳になる頃から続けている。芦田の毎日は、取引先との接待や社内打ち合わせ後に飲むことが多く月曜から金曜までは帰宅して食事をすることはほとんどない。日が変る前後に帰宅し風呂に入って寝るという毎日である。出張は国内外ともに多いが、出張先では尚更酒の機会は多くなる・・・というか必ずといことになる。ロンドンやデユッセルドルフに都合8年を駐在したが、その時でも日本からの社内外の出張者のアテンドや市場情報収集のための各方面の関係者との接待が多く自宅で夕食と言うわけにはいかなかった。かれこれ20年以上そんなパターンの生活が続いている。

朝早く出社するようになったきっかけは、社会人として数年経った30歳を前にした時、そんなパターンの生活で生きていてはまずいと思ったからであった。その頃、毎日遅くに酔って帰宅し風呂に入って寝る。朝は、始業の9時に出社できるように家を出る。電車は混んでいて新聞も本も読むことも出来ないばかりか殺伐としている。結局ストレスを抱えて出社することになる。そんな毎日が淡々と過ぎていった。

しかし、30歳を境に6時30分に自宅を出て7時30分に出社というパターンに変えた。前日どんなに遅く帰宅してもそのようにした。その方が「楽」だということに気付いたからであった。これには、尊敬する指揮者の小澤征爾のある話を知ったからである。

小澤征爾は、練習や本番の演奏会で力を使い果たしてしまう。すると、夜はどうしてもお酒を飲んでリラックスしてしまう。そのまま寝て朝ゆっくり起きていたのでは勉強する時間がない。音楽が好きでプロの指揮者になった自分には演奏する楽曲やその解釈のために勉強しなくてはいけないことが山ほどある。勉強しなければ知らないで終わってしまう楽曲が山ほどあることになってしまう。それは好きで音楽を職業に選んだ自分にとって屈辱である。そんな時、シンフォニーばかり振ってオペラを振らない小澤に対して師匠のカラヤンからそのようなことを言われた。オペラを勉強しろと・・・オペラも数多くあり一曲の演奏時間が長い。歌詞の言語、演出、ストーリーの時代背景等々勉強しなくてはいけないことは多い。でも、毎日の最後は気持ちを休ませて深い睡眠を取らないと指揮者として続かない。そこで小澤征爾は、朝早く起きて勉強することにした・・・という話である。

さらに芦田に早起きの習慣を動機付けたのは、始めて行ったシカゴ出張であった。時差のせいで朝5時前に目覚めた芦田はミシガン湖を35階から眺めようとホテルの窓に立った。その時彼が見たのは、眼下に走る湖岸の高速道路を郊外からダウンタウンに向かって流れ込んでくる大量の車であった・・・何だアメリカ人だって働くんだ・・・日本人は蟻のように働くと揶揄され、勤勉なことが悪いかのように言われる風潮があったが、こんなに多くの日本人がこんなに朝早くから働くということはない・・・そんな風に思いながらダウンタウンに目をやるとオフィスビルの部屋の電気がポツリポツリとついて仕事を始める・・・本当に働くんだ・・・。

出張から帰り、芦田は、朝早く目が覚める時差ボケを利用し、最寄り駅6時30分の電車に乗ってみた。すると、これがすごく快適であった。確かに睡眠時間は5時間そこそこと短くなるが、通勤電車は空いている。人が乗る乗り物のレベルである。座ることが出来るのはめったにないが、周囲を気にせず新聞を読むことが出来る。会社に着く前に前日の夕刊と朝刊を読んで更に本を読む時間がある。 

会社に着けば、まだ誰も出社していないオフィスは静かで言わば書斎状態の環境である。自分の席に座れば仕事をしようとする気になる。しかし、そこは自分の為の勉強時間と割り切る。好きな紅茶をいれ、皆が出社するまでのしばらくの時間を本で読んで過ごす。会社や仕事に流されるのではなく自分で時間をコントロールして生きている・・・些細なことであるが、そんなことも何かポジティブな感じがして良い一日のスタートが切れる。芦田は、このリズムが気に入り以降52歳になる今までこれを基本に暮らしてきた・・・もっともひどい二日酔の時は、会議室の椅子にもたれて過ごしている時もあるが・・・。


 芦田はいつもと同じ7時30分に席についたが本を開くことはしなかった。今日は、朝一番に一昨日からの件を部門内の部課長には話すことになっていた。昨夕に松本と相談し、少なくともモバイル・オーデイオ・マーケテイング部門内の部課長には第一報を知らせて情報収集や急な展開に備え、進展によってはオーデイオ事業部内への報告と広げて体制を整えることにしていた。

芦田は、話すべき要点を箇条書きにしてみた。

一.発火した不具合品が販売店から返品された。

二.商品は、アスリートZの充電器。

三.数量は2個

四.発火の状況が2個とも同じで問題。

五.発火の原因は米沢事業所で調査中。

六.多発発火すれば火災事故につながる可能性が大きい。

七.従って、その2個固有の問題だと明確にならない限りリコールをして商品の回収を

実施しなくてはならないと考えている。

八.火災や怪我の規模は関係ない。企業の責任として事故は避けなくてはならない。

九.リコールの経験は、当社にはない。

十.リコールによる事業や会社へのダメージは大きく業務的には大変な負担を予想す   

る。しかし、事故が発生する可能性があるのなら最善の予防をするのが事業者の使命である。そうすることが今後も社会に存在し事業の継続を許される唯一の道である。即ち、経営の観点からもリコールはしなくてはいけない・・・会社の存在価値において社会やお客様の安全が最優先であり、この考えが「ぶれる」ことがあってはいけない。

十一.事実は次の通り。

*一昨日の5月10日、村田商会の村田社長から松本常務に対して不具合品発見の連絡があった。

*商品は、アスリートXの充電クレードル。製造は2005年11月。

*アスリートXは国内販売限定で輸出はしていない。

*発火のメカニズムは現在米沢事業所で調査中。

*従って、他の受電クレードルへの波及は不明。

*村田商会への返品経路は、GMSのサンハウス博多店と守口店からの不良返品。5月9日に村田商会に着荷した。

*サービスの担当者検品中に不審に思い村田社長に報告した。

*松本常務と名古屋にいた平尾部長と合流してその日の夕刻に村田商会を訪問して不良品を確認。

*大阪本社の多田支店長も合流。

*リスク管理規定に基づき、石塚社長に報告。社長は、不具合の対応において「逃げてはいけない」」隠すことがあってはいけない」リコールを行い商品の回収を前提に対応との方針を言明。

*昨日5月11日に、平尾部長が現品を米沢事業所に持ち込み品質確認が行われている。

*今朝の段階では、両商品から同一の発火が確認されているが、発火のメカニズムは解明されていない。多発の可能性の有無も不明。

*従って、リコール対象商品が特定されていない。アスリートZの充電クレードルだけか?その他の充電クレードルは問題ないのか?製造ロットは?・・・リコールをするには対象商品を明確にしなくてはいけない。発火のメカニズムの解明は最前提。

*発火のメカニズムが判明しクロとなれば当然即リコールを実施する。対象商品も明確になっている。しかし、解明される以前でも更なる発火が発生すれば即リコールを実施することになると考えている。この場合の対象はアスリートZの充電クレードル全てか?経営判断が必要。

*松本常務と自分は、昨日PRS社「危機管理室」にリコールの進め方について確認。

*本日午前中に松本常務と自分は、その内容について石塚社長に報告する。

*現時点でこの件を把握しているのは、石塚社長、松本常務、大阪の多田支店長、平尾部長、米沢事業所の有川部隊のメンバー、村田社長、そして自分である。

*現時点では、今後の対応を次の通りにしたいと思うので管理職の皆は対応について精査しておいて欲しい。

*リコールの決断をあさって5月14日金曜日に行ことをう目途に準備を進める。

*その手順は、監督官庁である経済産業省に届けて指導を受ける。

*恐らく、発火事故なので即リコールをするよう指導される・・・それを見越して、リコールをするなら早い対応が良いと思いこうやって説明し準備を進めようとしている。

*リコール実施日を決める。

*準備に掛かる日数から最短の日程となる。が、事故が多発しだすと即日の待ったなしになる。

*記者会見を行い同時に社告、流通告知を行い回収するための体制をつくらなくてはいけない。

*発火メカニズムの解明が間に合わない場合、技術力に対する信頼性を更に失う恐れがある。自分の作ったモノの問題も見つけられないのかと。会社、ブランドに対する信用を失う。

*印刷物・・・店頭でリコールを呼びかける印刷物の作成にどの程度時間が掛かるか?

*対象商品が特定されないと、記者会見の内容も精査できない。印刷の原稿も決まらない。コールセンターの体制、物流体制もどの程度の規模のものを組むべきか検討も出来ない・・・。

*いずれにしても準備の進め方については、本日の午前中に作業課題をリストアップした上でそれらをどのような組織でどのように進めるかをまとめて午後の早い段階で課題毎の責任者を決定する。

*想定される課題は、マーケテイングバリュー・サプライ・チェーンの課題に即しているはず。従って、マーケテイング部の組織の中で割り当てられるはずである。課長、係長に対応してもらうことになる。

*大事なのは、方針と行動を明確にすること。発言については統一されなくてはいけない。担当者によって発言が変わってはいけない。

*一方で、不良の発生について調査をする。確認すべきことは次の通り。

*2個の出火の事実。現場の確認。

*我々の知らないところで発火が既に発生していないか?販社、支店、全国サービスセンター窓口、代理店、販売店の店頭に不良返品されていないか?クレームは届いていないか?

*これらについての確認方法、対応、担当を明確にする。

*その確認の結果多発していれば即回収との判断となる。

*しかし、確認調査の進め方は慎重に行わなければならない。密かに隠れて調べてい  

 るというようなことになってスキャンドル扱いされるとその時点でアウトである。整然としたリコールは覚束なくなる。

*できるとすれば、通常の営業往訪時にサービス部門に寄って一般状況を聞きながら確認する・・・しかし、これも後に回収することがわかっていながらとる行動としては際どいか・・・後からとやかく言われる恐れがある・・・危険か?・・・。

     

芦田は、部員に説明する内容としてはこん

なところかと思った。しかし、随分な量である。わかり易く手順を追って説明出来ているか?見落としが無いか?と想定されるリコールの作業に思いを巡らせながらパソコン上のメモを見直した。時刻は、8時30分になろうとしていた。そろそろ部員が出社し始めていた。


常務の松本がマーケテイング統括部の部屋に入ってきたのが見えた。そして芦田の席にに向かってきた。松本の出社は、いつも始業1時間前の8時ごろである。一度自分の席に寄ってから来たようであった。芦田は立ち上がって、脇に置いてある打ち合わせ用のテーブルに移ろうとしたが、松本はそれを制した。そして、自分がそのテーブルの椅子を芦田の方に向けて座った。常務と取締役の関係ではあるが、松本は部下にそのようなこgとを気遣わせないようにしていた。


「おはよう!芦田!・・・平尾からは何か連絡はあったか?」

「常務!おはようございます・・・常務に報告した夕方の連絡が最後です」

「たぶん夜遅くまでやったと思うのですが、連絡がないところを見ると、特に何もなかったかな・・・」

「ええ・・・」

「不良の原因がはっきりするか、或いは、不謹慎だけどもう少し不良の発生件数が多ければ即リコールなのだろうけど・・・もちろん事故無くでなんだけど・・・」

「不謹慎ですよ。誤解されるとまずいので、その手の冗談も控えて下さい」

「そうだよな・・・すまない・・・でも、もしあの2台だけのことで、慌てて回収して流通は混乱させるは、信用は失うは、社内は混乱するは、費用は掛かるはなんて事になるとなってもいけないしなあ・・・」

「でも、平尾の報告では、米沢の有川も2台だけで終わる確証は無くって、それより他にも発生する可能性の方が高いと言っているそうです・・・」

「そうだよな・・・これは決断しなくてはいけない。しかし、原因もわからなけらば対象商品やロットも明確できない。それでは対外発表も出来ない・・・ジレンマにはまっているのか・・・」

「石塚社長のアポイントは何時ですか?」

「11時だよ・・・社長は朝早いから、さっき部屋に寄って居られるかなと思ってのぞいてみたんだけど、今日は業界の朝食会で10時に出社だそうだ」

「じゃあ、皆に説明した後ですね」

「ああ、でも社長の腹は回収だろう。原因を明らかにして準備が整ったら早急にやれって仰ると思うよ。昨日の夜に話した時はそんな感じだった」

「出火事故だからということですか?お客様の身に被害が出るかもしれない時は回収するべし・・・そういうことですか?」

「そうだ。普通に考えればそうなるよ」

「そうですよね」

「皆には昨日確認した要点に沿って話してくれる」

「ええ、ポイントは先程再確認しました」

「説明の後、最後に私にも一言言わせてくれる?」

「はい、もちろんです」


 二人が話している間に、出社した部員が席に着き始めた。芦田は、国内営業部長の藤井を呼んだ。

「朝からお二人で鳩首会談ですか?」

「ああ、ちょっとまずいことが起こった・・・というか起こりつつある・・・」

「芦田さん!何ですか?まずいって」

「直ぐにお前に話さなかったのは済まない・・・たぶん商品の回収をすることになる」

「リコールですか?商品は何ですか?」

「ああ。朝一番に部長、課長を集めてくれ。俺と常務が説明するから!」

「わかりました。大会議室でいいですか?」

「ああ、頼む」

 

 X社は、オーデイオ事業、ビジュアル事業、パーソナルコンピューター事業、モバイルフォン(携帯電話)事業の4事業を経営の柱として運営している。それぞれの事業毎の事業本部体制で事業展開している。各事業部は、研究開発部、国内外の製造工場、商品企画を起点に商品のバリューサプライチェーンを推進管理するマーケティング部、デザイン部、物流部、国内営業部、海外営業部、国内販社、海外販社、サービス部、事業管理部といった部門を個々に持って事業推進している。総務、経理、財務、法務、人事、業務、広報、CSR推進、コーポレートブランド戦略、関連会社管理といった全社的な管理課題に関しては、4つの事業部がそれぞれ個別に持つということはなく、管理本部が4っつの事業本部を横断的に推進している。

連結ベースでの年間総売上は1兆5000億円で、Xブランドは、洗練されたデザインとユーザーの利便性を追及した機能が革新的な技術により実現されるイノベイテイブなプロダクト・ブランドとして評価を得て成長してきた。加えて、ハイセンスで話題を呼ぶ広告宣伝や、文化及びスポーツイベントといったメセナ活動による社会貢献から時代のトレンドをリードする民度の高い企業として評価を得、コーポレート・ブランドとしても日本を代表する企業として世界的に高い認知を得ていた。

松本が常務取締役として率いるオーデイオ事業は創業の事業で、小型携帯オーデイオから高級オーディオまで「高音質と音によるライフスタイルの創造」事業コンセプトに年間3000億円の規模の事業を展開している。    

オーデイオ事業の組織は3つの商品カテゴリーと全ての技術課題を担う一つの事業所で構成されている。即ち、携帯オーデイオ、コンポーネントオーデイオ、高級オーデイオの3事業があり、そのそれぞれの事業のマーケテイング部と3事業の商品の研究、開発、設計、製造を担う米沢事業所である。

3事業の内、小型携帯オーディオで事業展開をするのがモバイル・オーデイオ・マーケテイング部=略称MAMである。MAMは、携帯型オーデイオの商品企画からサービスに至る国内外のマーケテイング全般のバリュー・サプライ・チェーン課題を推進し、年間売上は約1000億円である。芦田は取締役MAM統括部長である。

MAMには、バリュー・サプライ・チェーンのマーケテイングの7つの課題と事業管理課題を担当する8人の部長=ゼネラルマネージャーがいる。即ち、商品企画部、製造企画部、物流部、国内販売部、海外販売部、販売促進部、サービス部、事業管理部の8つ部がある。

それぞれの部には4つから8つの課(=グループと称している)があり、課長=グループマネージャーは、係長以下5人から10人の担当者を持っている。この総勢300名の組織が51階ある本社ビルの46階から48階までの3つのフロアーに分かれて業務を推進している。取締役統括部長である芦田の席は、商品企画と事業管理の部隊がいる47階のフロア―の一画にある。

モバイルオーデイオ=MA、コンポーネントオーデイオ=CA、プロオーデイオ=PAの3事業を統括するオーデイオ事業は、41階から48階を使っているが、本部長である常務取締役松本は、コンポーネントオーデイオマーケテイング部=CAMの一画に設けた席で日常的に業務にあたっている。

X社東京本社ビルには8階に役員フロア―があり常務以上の役員は部屋を与えられている。しかし、松本はその部屋を主に接客室として使い、日常はCAM部のフロア―のその席を使っていた。これは、松本の現場主義へのこだわりであった。事業の現場の空気を感じながら仕事をし自分の感性を磨かないと自分のビジネスに対するセンスも成長しないという考えもあったが、役員室にいたら担当者の動きも見えないし担当者も報告にも来づらくなりレスポンスが悪くなってもまずいという考えからであった。仕事は、何でもシンプルにイージーに進めようというのが松本のモットーである。そして、何より現場に居れば、来訪する取引先と簡単に会える。会って挨拶しビジネスの現場の話が聞ける。この情報がマネージメントに重用であり現場をバックアップできる。自分の大事な役割のひとつはこういったことであると自負し形を示し実行していた。

こういった松本の仕事の取り組み姿勢や取引先に対する腰の低さ、しして部下に対する目線の低さからくる人間性は、部下にとってはそのような役員が自社にいてその下で働いていることが誇らしくもありまた嬉しくもあった。当然、取引先にも人気があり尊敬と信頼を得ていたので、取引交渉を進めるうえでのバックアップにもなった。

取引先からは「常務にあんまり頻繁に出て来られるとちょっとなあ・・・いやだって言えないなあ」と半分冗談半分本気で言われることも多々あり、松本もその辺は承知しており「出しゃばる」ということがないように気をつけていた。しかし、国内海外と営業畑でずっと来たキャリアから人と会うのが好きという体質が染み付いていてひとつのところにじっとしていられないというのが実情であった。

そんな松本が社内でも自分の席にじっとしていることはなかった。各フロア―を巡回し部下と話をしながら事業の進展を確認していた。「報告は必要最小限度でいいよ!聞きたいことがあったら俺が出向くから・・・」と言うのが常であったから、常務の松本が脇に座り芦田が自分の席から報告し二人で話し込むという光景は日常のものであった。

ただ、今朝の二人の様子は誰もがすこし変だと思った。商売をしていれば「いいこと」なんか少なく「問題や課題」の方が多い。普段からそういった類の良くない報告をして対策を話し合うということがほとんどであり、その雰囲気は特別なことではなかった。だから、松本が芦田の席に出向き話し込んでいる時、深刻な感じがしても部員はあまり心配はしなかった。反対にその問題の解決に関わらせてくれというように思う、そんな雰囲気がMAMにはあった。

しかし、今日の二人の様子は何時も違った。何時もはどんな課題であっても、程度の差こそあれ、何処から、或いは、何から手をつけようかと言う意思が雰囲気から感じられた。その手が正解かどうかを別にしても、二人のには解決への道が見えて行動への意思が伝わってきた。その雰囲気が伝わってこない。二人の部下達は、何時もと違うなと思った。

芦田は、国内販売部長の藤井に社内電話をして、出社している部課長の招集を頼んだ。


9時15分。MAM(モバイルオーデイオ・マーケテイング部)の部課長51名が大会議室に集まった。これまでも緊急に集められることはあったが、部屋に入った瞬間、「今日は何時もと違う」ということがわかる松本と芦田の様子であった。二人は既にホワイトボードを背に着席していた。

部下達は、「問題が発生したのか・・・」「仕事上のハッパを掛けられるのか?」何れにしても「大仕事が待っている」・・・MAMの組織力の見せる大仕事が待っていると、幾分気持ちを高揚させながら二人の発言を待った。


 出張等で不在のものを除き、出社した部課長が集まった。松本は席に座ったまま話し始めた。

「皆おはよう」

「おはよう御座います」

「皆いつも頑張ってくれてありがとう。本当にご苦労さん・・・感謝している・・・頑張ってくれて忙しいところ申し訳ないが、さらに皆の手を借りたいことが起こりそうなんだ。悪いが更に協力をお願いしたい。それがどれくらいの負担になるかわからないが、危機管理課題として細心の注意と最大のエネルギーで対応して欲しい。発生した問題の本質が小さければ、対応を誤らなければ短期間で最小のダメージで終わることが出来る。しかし、対応を誤れば長期化しダメージは大きくなる。もし、事業推進の上で抱えている本質的に大きな問題である場合、細心の注意を持って最大のエネルギーを発揮して長期に対応することになる。非常に扱いの難しい問題が発生しようとしている。諸君には大変な労力を強いることになる。ある種の覚悟を持って当たって欲しい」

「・・・」

「実は、リコールをするかも知れない・・・私としては状況からして免れないと思っている。免れないというよりも「すべき」と思っている。詳細を説明する前に、まどろっこしいと思うが、その判断をした私の思いを話をしたい。君たちといつも話していることだからわかってくれていると思うが、非常に高度な対応を求められる課題だから改めて話をしたうえで各論に入りたいと思う・・・つまり、自分達がこれまでやってきたことは何か、これからもやっていかなくてはいけないことは何か、ということである・・・当社が創業以来やってきたことは何か、我々の事業がやってきたことは何かということである・・・先輩から引継いで今我々が当社の看板を背負ってやっていることは何か。このことを考えながら話しを進めたいし皆にも聞いてもらいたい。先に具体的なことを何も説明しなくて判りづらいかも知れないが、さっき言ったように、これから説明する内容は危機管理課題なんだ。従って、経営の基本のところを確認しておきたい。場合によっては、事業のこれからに大きく影響することもあるかも知れないし、最悪は事業をたたまなくてはならないこともあるかも知れない。当然のことながら、影響は他の事業や社全体に及び大きなダメージを与えることになるかも知れない。それを防ぐための対応は逃れられない。確かに負の出来事に対する対応になるが、皆で一生懸命頑張って『雨降って地固まる』ような結果を目指して頑張りたいと思う。従って、及び腰の対応や逃げたり隠したりする対応をしてはいけない。そんなことで危機から逃げられるはずがない。危機は甘くない。そもそもリコールに到ったということは、自分達がこれまで良かれと思ってやってきたことが間違っていたと認めなくてはいけない。しかし、我々のポリシーまで否定しなくてはいけないだろうか。我々はお客様の生活を考えて真剣に価値を創造してきたはずだ。モノやサービスを通してお客様に「高い価値」を提供して市場を創造し事業を進めてきたはずだ。そのことに間違いはない。だったら、ポリシーの本質を考えれば、起こした問題は素直に認めた上で更なる問題の発生を全力で防ぐことで「価値」を提供できるのではないかと私は思う・・・つまり、間違いや問題を起こして事業や会社やブランドに対する信頼を失ったとしても、今後も社会に残ることが許されるためには、社会を裏切らないということだと思うんだ。社会を裏切らないためには、これまで信頼や信用を得てきた我々のポリシー・・

・「志」と言っても良いと思うのだけど、それを愚直に行動することだと思うんだ。それを絶対に貫くという覚悟でしか危機というものは対応できないと私は思う。これから説明することは、この覚悟を持って対応することを前提に聞いて欲しい。石塚社長からは「絶対に逃げるな」と言われた。私は、絶対逃げないので皆も協力して欲しい・・・実は、一昨日・・・」

「常務!私が説明しましょうか?」

「いや、初期対応と判断は私がしたのでその理由や思いも皆に話したいんだ。その後の経過と今後の対応については、君が説明してくれ!」

「はい、わかりました」

「・・・結論を先に言うと、リコールをしようと思う」

「・・・・・・」

「一昨日、大阪の村田商会の社長から私のところに電話があった。不良返品の中におかしな商品があるという。アスリートXの携帯クレードルで出火の形跡がある返品が2個あるとのことだった。それで、その2個は、サンハウスの守口店と博多店の売り場でお客様から直接返品されたとのことだ。幸いお買い上げになったお客様には怪我も事故なく、また出火したことにクレームもされていないらしい。良品交換で納得頂いたとのことだ。サンハウスの売り場担当が、たまたま両店ともにアルバイトの担当者で、商品部に報告することもなく通常の不良返品で処理したそうだ。しかし、返品を受けた村田商会のサービスの担当者が、2個が全く同じところから出火しているのはまずいんじゃないかと気づいて、村田社長に報告したということだ・・・で、すぐに村田商会にお伺いし現物を確認させてもらおうと思った・・・不具合の内容が出火ということであれば怪我も火事もある。火事になれば、お客様の大事な資産を損失させることにもなる。万が一にも死傷に至ることがあってはいけない。多発するようなことは絶対に防がなくてはならない。とにかく、まずは現品を確認しようと、平尾にも合流してもらって村田社長のところお伺いした。現品を確認したところ、同月生産でロットの違う商品の同じ箇所から同じように出火した痕跡があった。村田社長が電話で報告してくれたとおりで、実は、私はその電話で、ほとんどリコールの覚悟をしていたのだけれど、私はどうしても現品を確認したかった。正直に言えば、それが間違いであって欲しい。村田社長の報告が少し大げさであったということであって欲しい。そして、現品を見れば、ひょっとして多発の可能性がないのではないかと言う期待をもっていたことは皆には伝えておきたい。そして、現品を見て危機の状況を目の当たりにしないとリコールの腹は決められないと思ったことも正直に言っておく・・・でも、現品を見て、直感だけど『ああこれはだめだな』と思った。そして同時にリコールの腹決めも出来た。腹決めって、そんなかっこいいものではなく、事実を前に腹を決めさせられたっていうのが、これも正直なところだ。腹さえ決まれば、後は事実の確認を急いで混乱無く速やかに商品を回収することだと思った。それで、昨日、平尾にその2個の現品を米沢事業所に持ち込んでもらった。有川が設計、製造、品質管理を指揮して確認を進めてくれているが、まだ今のところ出火に至るメカニズムは解明できないでいる・・・有川とは、日常の業務で付き合いがない者もいるかもしれないが、米沢工場の第3技術部統括部長だ。発火に至る不良のメカニズムを見つけた上でリコールの最終判断が出来る報告をしてくれるはずだ。その報告で、どの商品をどういう理由で回収するのかが明確になる・・

・それで、実際のリコールの進め方なんだけど、これは大変だぞ・・・覚悟して掛からなくてはならない。今回当社では初めてのリコールとなる。経験が無いということは社内にノウハウはない。そして、私自身反省しているのだが、これまでリコールについて知っていることと言えば、報道を通して見る他社のリコール位で断片的なことしか知らない・・

・誰かセミナーを受けたことがあるか?」

「・・・家電工業会の勉強会で聴いたことはありますが、では説明しろと言われると正直

出来ませんとお答えするような程度です」

「残念ながらサービス企画の部長でもこの程度だ・・・これは、岸の不勉強が悪いわけではなく、重要課題として取り上げて来なかった会社が悪いんだ。マネージメントの責任だから岸はこれまでのことは気にしなくて良い。しかし、サービス企画の責任者と直ぐにキャッチアップして欲しい・・・実際、役員研修会で危機管理について研修を受ける機会はあったが、リコールを取り上げたことがなかった。経営陣の一人として、この事業部の責任者として危機管理課題への対応が欠けていたことは否めない事実として反省している・

・・昨日、私と芦田でPRS(広告代理店、パブリック・リレーション・ストラテジー社

)当社担当の第5営業局三富局長に紹介して頂き、危機管理室の広田室長にお会いした。そして、リコールの進め方について説明を受けた・・・はっきりいって大変な作業だ。しかし、やる限りは絶対に乗り越えなくてはならない。我々の商品が起こした問題は我々の問題だ。だからその問題は我々の手で解決しなくてはいけない。この作業を進めていく中で、何故こういう問題が起きたかということが明らかになっていく。明らかになった問題は我々の失敗として厳しく捉えなければならない。しかし、ぜひ前向きに考えて欲しい。客観的かつ冷静に問題の本質を分析し、間違ったことをくよくよしないで、即対応することはする。改善していかなくてはならないことはそく始める。そんな態度で取り組んで欲しい。批判することに力をつかったり、悲観的に考えたりして取り組み姿勢や行動が鈍ることがないようにして欲しい。このことは、リコールの社内発表後、部下に説明をする時にぜひ伝えて欲しい。そして君達部課長には率先し行動して欲しい。もう一度言うが、これから我々が最優先で行わなくてはならないのは、お客様を危険な目に会わせてはいけないということだ。次に、お取引様にはリコールの協力をお願いするわけだが、ご商売への影響を極力抑えるように作業を進める。そして、早急な対策により正常な状況に戻すことだ。そして、信頼を回復することである・・・更に、『流石がX社』と言われるような新たな信頼を得ることを目標にしたい。『雨降って地固まる』ような結果となることを目標としたい。石塚社長に報告した時の私への下命は『逃げるな』という一言であった。作業を進めていくと様々な困難があるだろうが、どうか『逃げない』で頑張って欲しい。私は今ここで『逃げない』ことを皆に約束する。どうかいつもと変らぬチームワークでの対応をお願いしたい。このチームなら必ず良い対応ができる・・・私からは以上だ。これからどのような手順で進めるかについて、芦田から説明してもらう」


松本の話は5W2Hを外さない。WHY、WHAT,WHERE、WHEN、WHO、HOW、HOW MUCH。つまり、「なぜ、何を、何処を(で)、何時、、どのように、どの位」といったことを、話の中に入れて説明するので、わかり易い。気持ちが高ぶってくると、話が長くなることもあるが、その言葉のひとつひとつから、松本の仕事と事業に対する熱い気持ちとそれらに関わる人に対する優しさが感じられ、松本の真っ直ぐな志が伝わってくる。こういうボスのもとで一緒に仕事が出来ていることの喜びとともに目標に向かう勇気を感じることができる。そして何よりも自分の成長が期待できるような前向きな気分になれるという理由で松本の話を聞くのが好きだという社員は多い。加えて社員だけでなく取引先の多くからも人気であった。松本の話は、取引先として下手な駆け引き無く聞くことかでき、X社の事業に高い意欲を持って望むことが出来る。そしてX社の事業に貢献しているという達成感と共に自分たちも成長しているという手応えを感じるることができる。だから、次の仕事は更に一肌も二肌も脱いで頑張ろうという気持ちになれる。通常の取引関係ではなかなか味わうことができないことである。松本の話しを聞くとその関係を確かめることが出来る。松本の話は、社員からも取引先からも人気があった。


 MAMの幹部社員は、今起きようとしている課題の本質的な問題と取り組み姿勢を理解した。そして、自分が果たさなくてはいけない役目は何か?それを見つけるために芦田の言葉を待った。


「・・・皆頼むよ・・・唐突だけど、君らのことだから大丈夫だと思っていたけれど、こうやって皆の顔を見ていると、これからの困難に対応できるという勇気が湧いてきたよ。

・・・それで、具体的な進め方は、次のようにしたい。プロジェクターのスクリーンを見て欲しい。詳細はコピーにまとめてメールするので、今は要点をつかんで欲しい・・・まず、リコール対応本部をつくる。組織は、本部長が石塚社長、副本部長は松本常務。事務局は、私と事業管理部の青木とでやろうと思う。青木、頼むよ!」

「はい了解しました」

「この本部のための専用の部屋を用意しようと思う。個別の課題と進めるべき手順については、まだ整理できていない。それぞれ個別に責任担当を決めて想定される作業について精査したうえで配布するが、おおよそこんな感じではないかと思う。スクリーンを見てくれ・・・先ず不具合を特定し経済産業省へ届け出る。次に回収の準備をしてプレス発表と社告を行って回収を開始する。社告により火災事故が発覚した場合には事故対応をする。この一連の作業の管理をしなくてはいけない。大きな流れで行くとこういった感じではないかと思っている・・・ほぼ経産省発行のマニュアル本とPRSの資料のままだ・・・個々の課題についてもう少し詳細に見ていくと、まず不具合の特定については、どの商品のどのロットにどういう不良があってどういう条件で発火しその規模はどの程度かということを明確にすることかと思う。この内容がこの先の対応を決めることになる。言い換えれば、これが明確にならない限りリコールは実施出来ないということである・・・闇雲にアスリートXは危ないから使用しないで欲しいと表明するわけにはいかない。ただ、発火が多発することになれば、直ちに関連商品全てということになる・・・しかしそんなことになったら大混乱することになる・・・商品の特定については米沢の有川チームが必死になってやってくれているが、万一不良の原因を見つけ商品を特定する前にそういった発火が多発するような状況になった時の対応も危機管理として考えておかないといけない。この場合は大変苦しい対応になるが・・・仮に、発火のメカニズムが判明し不良の商品が特定できたとして話を進める・・・次に回収方針を決めなくてはいけない。つまり、商品の交換なのか修理なのか、また返品返金なのか・・・エンドユーザーへの対応と流通への対応それぞれ考えないといけない。そしてそのための商品や物流の手当て・・・リコール対象商品の量によって準備に関わる時間は変わってくるだろうけど・・・そういったもろもろの準備に必要な時間を見積もって発表する日にちを決める。しかし、その日にちでよいかだ。

準備に手間取っている間に事故が拡大するというようなことがあったら全て後手に回ってしまう。早く発表するのであるば、準備をどうやってすすめるのかを再考しなくてはいけなくなる・・・影響する条件、配慮しなくてはいけない条件が多いので、簡単にすぱっと決まるものでもないと思う。そういった性格の課題であるということを理解して大方針を決めなくてはいけない・・・それで、決めた上で経済産業省にリコールの届出をすることになる。状況を説明しリコールをすべきか否かの判断を仰ぐという手順もあるが、発火となれば判断はクロであろうから届け出るということになる。対象商品、数量、不具合の症状、危険性、ユーザーへの告知、ユーザーからの問い合わせ窓口対応、不良の対策、事故対応について担当官に説明の上リコールを届け出ることになる。ただ、経産省には、大方針を決めて正式届出をする前に第一報を報告して準備して何時を目途にリコールの届出と告知をする予定かを知らせておいたほうがよいと思っている・・・」

「その方がいいなあ」

「わかりました。そうします」

「業界の集まりで局長とは面識があるから、相談してみるよ」

「お願いします」

「更に・・・というか、同時並行して進めなければならないのは、プレス発表、社告、流通への告知、業界団体への告知、ユーザー窓口の設置等これらについてそれぞれ準備しなくてはいけない。加えて、社内及び関連会社への説明もしなくてはいけない・・・発表前にこの準備をしている間に事故が多発した場合にどうするかについても決めておかないと慌てて混乱することにもなる・・・作業課題と進め方はざっとこんなところだろうか。皆には、これらの仕事を今の仕事に加えて進めなくてはならない。大変だけど宜しく頼む。今ざっと説明した内容を進めるための個別課題、組織、担当それぞれについての案を今日の夕方までにメールで配信する。全部長に個別課題を担当してもらう。今晩その案を叩いて精査した上で実行計画としてまとめたい。部長は今晩集合して欲しい・・・それと・・

・これから言うことについて皆の意見を欲しい・・・不具合は今現在本当に2個だけなのか。流通調査をする必要があるのではないかと思う。実際は既に多発していないかということを確認すべきだと思う。もしそうであるのなら準備をさらに早く進めなくてはならないのではないかということである。先ほども言ったように、もし多発が始まったり、万一事故が発生していたことがわかったら即リコールを実施しなくてはならない。そういう面もあるし、一方でサービス物流を調べて不良サンプルがあれば不具合のメカニズムを検証するための情報を多く得られることにもなる。しかし、行動は慎重を要する。つまりやり方を間違うと、隠れて回収しているのじゃないかと誤解から隠蔽の意図があるのではないかとなって問題が変な方向に発展して回収がやりにくくなってはまずい。当社のサービス窓口での確認は問題ないと思うが一般流通を調査するのはどうだろう?営業上、或いはサービス政策上問題ないだろうか?・・・サービスの石本はどう思う」

「やり方の問題だと思います。サービス流通の中で、担当者にこそっと調べようとすると怪しまれてあらぬ方向に一人歩きしますし、そうかと言って準備が整わない段階で全てオープンにして大事だと騒がれると混乱します。全ての在庫を返品するから調べろというような要求する量販店も出てきます。アスリートXは国内向け商品なので不幸中の幸いです。不謹慎な言い方かも知れませんが・・・まずはデータで確認出来ますから、アスリートXの充電クレードルに何か特徴的な返品や修理の実績があればそこからトレースしていくのが良いでしょう。返品や修理が多い当社のサービス窓口に『最近返品や修理が増えているけど、お宅はどう?』なんて聴き方で現場を確認するやり方なら問題ないと思います・・

・ただ、販社の窓口も含む社内のサービス体制の中であれば、発火した商品の修理や返品があれば即リポートは来ているはずです」

「そうだろうな!」

「支店、販社、サービス会社のサービス窓口に対して『異常返品の確認』のメールを流して調べることは全く問題ないと思います。しかし、そこから先、代理店、販売店のサービス部門や窓口の確認となると慎重にやったほうが良いと思います。内部の確認で疑わしいものが見つかった場合は、それを返品や修理にまわしてきたお客様に出向いて確認するといった手順で行うのが良いと思います」

「なるほど・・・じゃ、流通での状況はどうかなあ・・・販売ルート上で確認するにはどうしたらよいのかなあ?藤井はどう思う?」

「うーん。難しいですねえ。正面きって確認すれば、関連商品は即回収って言われるし、黙っていて後でリコールを発表すれば隠していたと言われる。状況を確認しようと慎重に行動していても、メーカーのそういったコ行動には鼻が効くから『何かあったの』って聞かれて、いいかげん答えてその場をやり過ごし後でリコールした時にはさらに不信感をもたれてしまう・・・この場合そのように取られても仕方がないですが、そんな対応するつもりはなくてもそうなってしまう。そう取られてしまうこともありえます。難しい対応になります・・・リコールは、もちろん私も経験ありませんが、お店や代理店から信頼を得て協力して貰わなければ対応もおぼつかないと思います。更に、日頃の営業にも支障をきたすことになります・・・今出来ることは、通常の営業往訪時にサービス窓口の状況を確認する位でしょうか。それとて末端のセールスの応対まで徹底できるかわかりません。そこで対応をしくじって後で問題を大きくすることになっても問題かと思います」

「松本さん!どうします」

「・・・やめよう・・・流通で問題が発生していないかということは確認したいが、コソコソ探るようなことはやめよう。我々に隠す気が無くても疑いの目で見られる恐れがあるならやめよう・・・但し、多発しだした時の対応は準備しておこう・・・芦田!準備はどんな風に進めようか?」

「・・・当社内、販社、サービス会社のサービス窓口は、各地の責任者に石本から説明した上で確認するようにしようか・・・今こうやって説明しているのに社内に秘密というのはまずい。各部門の部門長、販社社長には連絡しよう。一般社員へ下ろすのは準備が整ってリコールをする段階にしよう・・・MAMの部員には、今日の昼一番に各部長から説明して準備を開始して欲しい。自分の部門にどういう準備課題があるか考えた上で説明して欲しい。特に国内販売部とサービス部には、お客様、販売店、代理店、販社からの問い合わせを想定して準備を進めるようにして欲しい。更にサービス部は、サービス窓口の修理受付状況を確認するのに加えて物流部と倉庫に行って不良返品の内容も確認して欲しい。廃棄の仕分け前の返品をそれとなくチェックして欲しい。あまり大げさにしないでさらっと調べるような仕方が良いかな。X物流の相田社長には、リコールをするつもりだと言うことを冨田から説明しておいてくれ。準備の段階から相当手を掛けさせることになる。出来れば、進め方について相談して課題を精査しておいてくれ・・・それと、各地販社の営業とサービスの担当者には今晩の部長会議で精査した内容を明日の朝に販社の社長とサービス所長に連絡して下ろしてもらうようにしよう・・・常務?本社内の他部門への連絡はどうしますか?」

「・・・明日、月例の常務朝会がある。概要を連絡文章にした上で各事業部と管理本部の常務には私が説明する。そして各事業部の部長までは下ろしてもらうように頼む。リコールとなれば、全社の理解と協力を得なければならないし何より大変な負担と迷惑を掛けることになる。きちんと説明して協力をお願いしておく」

「それじゃあ、午後一番に各部で説明してくれ。できれば、部課長で想定される各部課題について検討してくれないか。そして、それを事務局案にぶつけて精査して実施計画をまとめたい・・・何か質問や確認あるか?」

「芦田さん!アスリートXは海外へは出荷していないんので、私が直接見なければいけない課題は少ないと思います。事務局案の作成を手伝わせて下さいますか?」

「OK!じゃ、森重!頼むよ・・・実施計画の精度は高くなければならない。二人よりも三人の方がいろいろと気が廻っていい。立候補有難う」


 松本と芦田は、続けて社長室に行き、米沢での調査の内容、考えているリコール手順、今MAM統括部の部長達に説明したことについて石塚について報告した。石塚は、松本から始めて報告受けた際に、リコールをする場合の方針を下命したが、その方針に沿って進められていることを確認した。


「それで、記者会見は俺がするんだよな!」

「いいえ、私がします」

「えっ、そうなの・・・こういう言い方悪いけど、常務取締役で格好がつくのかなあ?世間は社の姿勢として理解してくれるのか?」

「ええ、問題ないと思います。まだ事故に至っていないリコールで社長が記者会見をする必要はないと思います。一般には記者会見もしない企業が多いです・・・自動車のリコールなんか頻繁にありますので、広報部長がインタビューに答える程度です・・・今回記者会見をするのは、多発の危険性があるのと、自動車と違って販売履歴がなく顧客が特定出来ないので世間に広く呼びかけたいという広報の目的もあります。それに、いずれ報道各社が個別取材に来るでしょうから、取材に応じて会社方針を説明するといった後ろ向きな姿勢を見せたくないからです。消費者や取引先から後ろ向きと見られると、リコールだけでなく日常の営業もやりにくくなります・・・それに万が一、後に発火が多発し事故が発生した時に、告知の不徹底を批判され、逃げ腰の姿勢を追求されることも避けるためにも記者会見をしたいと思います・・・釈迦に説法でしょうが・・・」

「それでも俺が出なくて良いのか?」

「ええ、この内容と目的なので事業責任者の私が行うのが適切だと思います」

「その点につきましては、常務と一緒にPRSの説明を聞きましたが、一般には事業責任者の役員が記者会見を行うようです。それからすると、モバイルオーデイオの担当の私でも問題ないと思います・・・」

「オーデイオ事業部という組織があり、その責任者は私です。世間から見れば私が説明しないのは『なんでだ』ということになりますので私が対応します・・・しかし、記者会見前に万一事故が発生した時は・・・」

「俺がしゃべる。当然だ。事故が起きていなくても起きる可能性がある場合でも本来は俺が世間の皆様に話すべきだろう?松本!」

「粘りますねえ」

「当たりまえだ。ブランドに対する責任は社長にある。ブランドに対する信頼を裏切ったのだからその責任を持つ人間が社会に説明して謝るべきだと思うよ。コーポレートブランドは社長、プロダクトブランドは事業部長っていう理屈はあるかも知れないけど・・・」

「そんなことは言いませんよ・・・そういう理屈で私がやりますって言っているわけではありません」

「口うるさい記者に『事業の責任者は常務かも知れないがブランドの責任者は社長だろう。なんで社長が出てこないのか?』なんて言われたくない。せっかく育ったブランドだ。こんなことで変な傷をつけたくない。変な傷というのはリコールのことを言っているのじゃないよ・・・君らが細心の注意を払ってモノ作りをしてもリコールが起こったのはしょうがない・・・だけどその対応を間違ったがためにブランドの価値が下がるというのはいやなんだ。リコールをするのは、事業にとっては確かにマイナス要因だが『災い転じて福となす』にすればいいじゃないか。リコールのプロセスでしくじって2重に価値を下げることはしたくない・・・俺が会見で記者の矢面に立つことを気遣ってくれる必要はないよ」「気遣ってなんかいません。私は、ただシンプルに事業責任を負う私が謝るべきかと思っています」

「ブランドって企業がお客様に約束する品質保証だろう?」

「そうです・・・」

「・・・他社はどうだか知らないけれど、当社はブランドの責任者である私が世間に謝りたいんだ。謝ることがリコールのこともこれからのことも事業運営の上で重用だと思うんだ・・・どうだ、記者会見には三人で出て、雁首揃えて謝らないか?俺を記者会見に出してくれないか?」

「・・・石塚社長さん。有難う御座います。それでは、そのようにさせて頂きます」


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