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リコール  作者: 別当勉
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山野の社内に万延していた悪い空気。品質不良が起こって当然の空気感、誰もみてもわかる緊張感のなさは、実はずっと前から始まっていた!


(32):米沢。実は山野社内では知られていた不良発生の真相


2004年3月。米沢。

 米沢の街中にある戸塚の店『牧水』は、民芸居酒屋として地元で人気の店であった。

 戸塚の出身の山野電機の社員、X社米沢工場等の地元のサラリーマンや出張者、戸塚の趣味である木彫りの仲間や地元の自然保護を訴えて市会議員や県会議員を擁立して市民活動をしているNPOの仲間、地元商店主、NPOつながりで知り合った山形大学の先生や学生。その先生つながりの大学病院の先生達。戸塚の幼馴染・・・民芸調の店内は、戸塚の飾らない男気を感じさせる人当たりと明るく気さくな中にも酔っ払いを上手く相手する戸塚の妻真知子のコンビがつくる店の雰囲気が、酒好きには大変心地よく飲める雰囲気と評判でいつも賑わっていた。

 大きめの椅子で5人が座れるカウンター、4人掛けの民芸机が3っつ。そして6人が座われる小上がりの座敷で20人前後の客を、手先の器用な戸塚店を開いてから覚えた割烹料理と真知子と真知子の親友で店を手伝う敦子の家庭料理が酒の肴として評判で、愛嬌のある山形大学生のアルバイト由里子も人気で殆ど毎晩賑わっていた。

「・・・」

「平尾さん!飲んでる?」

「ええ、頂いてます・・・」

「平尾さんが来られたから、主人も早く飲みたくてしょうがないのよ・・・一段落すると思うからもうちょっと待ってね・・・」

「ええ、ゆっくり飲んでます・・・お仕事優先して下さい」

「・・・」

「さあ平尾さん、仕事は一段落したんで、飲みましょう・・・久しぶりだもものね・・・」

「ええ、ご無沙汰しています」

「本当にご無沙汰だねえ。元気してたあ?」

「平尾さんは何時も元気だよ。アメフトで鍛えた体だもの・・・」

「幾つになったあ?」

「48です」

「あっらあ一番いい時じゃあない・・・仕事もそれ以外も楽しいでしょう?」

「ええ、まあそれなりに・・・」

「平尾さん、いい男だけど清潔そうだから・・・」

「その『そう』ってのは何ですか?」

「本当のところはわからないから・・・」

「平尾さんは、宝の持ち腐れって言われているのよ・・・奥さん一筋・・・」

「ふーん・・・また、その感じがいいんだろうけど・・・50になるともっともっと楽しいよね・・・」

「そんな風になるといいんですけど・・・」

「なに・・・平尾さんはXの社長になる人だから・・・」

「いやいやそんなことはないですよ・・・はるか向こうにあって想像もつきません」

「今日は米沢工場?」

「ええ、明日朝から有川のところで打ち合わせです」

「じゃあ着いたところ?」

「ええ、ここで戸塚さんと飲みたいと思って前泊にしました」

「それはそれは・・嬉しいじゃない・・・」

「もう山野には行かないよね」

「そんなことありません・・・新しい商品もやってもらってますから・・・」

「でも、Xの仕事はうんと減ったって、ここに来る連中は言ってたよ」

「ええ、一頃に比べたら減っています」

「やっぱりリコールで信用を失ったかな?」

「う~ん・・・そんなことない・・・ってことはなくって、やはりあれは残念なことで、『山野さん。どうしたんだ』って声は社内には確かにありました」

「そりゃそうだ」

「でも、だからって、取引を見直すって判断はなかったですよ」

「・・・」

「どちらかって言うと、我々自身がそうなんですが、『雨降って地固まる』とか『災い転じて福となす』にしようということで、山野さんとの取引もそんな風にってのが当社の考えでした」

「でも、山野がそれに着いて来なかったんだ」

「着いて来ないって言うか、あんまり反応が良くなかったですよね・・・」

「Xが手を差し伸べているのに手を出さなかったってわけか・・・」

「差し伸べたっていうような僭越なものじゃあないですけど・・・」

「平尾さんは優しいからそのように言うけど、本当のところはそうだろうと思うよ・・・山野の社長はね、いい格好したがるから、Xに行けないんだよ。そうなると、Xだって気持ちは離れるってもんだよね・・・仕方ないね」

「山野さん・・・アメリカ向けのOEMが結構調子よくって、メーカーの協力にまで手が回らないようです」

「そんな仕事ばっかりやってたって会社のためになんないよ・・・そりゃあ売上は大きいよ・・・でも、毎年必ずあるわけではないし、あったって、次の年はうんと値切られるし、クーリングオフの再生だって向こうに都合のいい条件を受けさせられているみたいだよ。OEMなんてものは、大手メーカーの下請けの仕事で経営の基盤を固めた上で余裕があったらやったらいいんだよ・・・」

「当社もそうかも知れませんが、メーカーの要求もかなり無理が多いですから・・・」

「そんなの昔からそうだよ。それをやりきって力をつけてきたんだから・・・俺がやっていたときだって研究開発なんて微々たるものだったけれど、製造技術だけは、メーカーの要求に応えようって、少しだけど使って力をつけてきたんだ・・・それを、スーパーマーケットの素人の商品企画を受けて直接やるなんて無茶な話だよ。さらに自社ブランドでやりだしたでしょ・・・世間しらずもいいとこよ・・・」

「でも、社長はまだまだやるらしいですよ」

「あの、広川って常務が焚き付けてるんだろうけど、中はメチャメチャって、ここに来る連中がいつもぼやいているよ・・・」

「うちの連中からも、結構混乱しているとは聞いていますけど・・・」

「そんなんじゃあ、もう仕事は頼めないよね・・・X社の仕事って携帯ラジオぐらいでしょう?」

「ええ、まあ・・・モバイルオーデイオも多機能で高容量な企画になって集積度があがってきましたから・・・本当は、うちが山野さんを引っ張っていかなくてはいけないってこともあるのですが・・・」

「平尾さんは、そういってくれるけど、牛に水を飲ますにも、牛が水を飲みたいって思わなくてはどうしようもない・・・それと同じよ・・・」

「山野さん・・・どうしちゃたのでしょうね」

「病気だよ・・・病気・・・あれじゃあ、社員が可愛そうだよ・・・辞めた人間が世話になった会社の悪口言うのはみっともないし、寂しいからあまり言いたくないけど・・・ここで聞いていると目にあまるね!」

「社長どうしちゃたのでしょうねえ?」

「世間をね、知らないだよ・・・先代もね、頼りの長男が急に亡くなったものだから、そのショックであとのことを考えて今の社長の教育というか・・・躾・・・急いで躾をする気力もなくなって、家族親戚の中で他にいないから一郎が社長をやれっていうことになったのだけれど・・・器じゃないしね・・・長男は一太っていったのだけれど、結構しっかりうしてたから、先代も安心して一郎のことも長男の一太にまかせてしまったんだよ・・・

そこがリスク管理としてはまずかったのかなあ・・・今となっては・・・」

「経営の世襲って難しいですよねえ・・・大きくなって株を公開してしまえば、したくても世襲も反対に難しくなってしまうのでしょうが、中小のオーナー企業ではどうしても世襲になるのでしょうけれどその経営品質を維持するのが難しい・・・」

「まあねえ・・・会社が小さければ、普通の感覚からすれば気を抜けないのだけれどねえ

・・・器の問題ですぐにいい気になるのかなあ・・・X社に育ててもらって、大手の下請けをさせてもらって・・・『下請け』なのに『協力工場』って言って・・・その信用でアメリカのOEMも拡大できたのだけど舞い上がってしまったんだよね」

「そうなんですかねえ」

「いい気になって慢心したんだよねえ・・・X社にも迷惑掛けてしまって・・・」

「戸塚さん・・・香港に行ったときに気づいたのですが・・・あれ・・・アスリートZのトランスとポッテイング材の変更・・・山野社長がデービッドに指示したんだそうですね

・・・」

「デービッド・ローから聞いたの?」

「いえ、特に誰かが話してくれたわけではないのですが・・・香港で現場を歩きながら話を聞いていてふと思って・・・鎌を掛けたわけじゃあないのですが、デービッドや香港スタッフの話を聞いて、そいて山形の人達の話を聞いて・・・ああ、そうだったんだ・・・って思ったのです・・・戸塚さんにも、さやふやな聞き方してすみません・・・」

「そんなことはいいけど、平尾さんは鋭いからなあ・・・鋭い人が現場を歩くのだから、山野も隠せるわけない・・・でも、普通そんなことが隠せると思うのがアサハカだね」

「戸塚さんはご存知でした・・・」

「山野連中にとっては、あんな無茶苦茶なことは耐え難いから、みんなここに来て俺に『

聞いてくれ』ってしゃべっていくよ・・・もちろん、部課長の一部・・・一部が知っているということは、皆が知っているってことだろうけど、さすがにこのことは、話すのも情けないし聞いても情けなくなってくるので、やっぱり対応に関わった一部の担当者しか知らないのじゃないのかなあ・・・未だに・・・」

「山野さん・・・本当にどうしたのでしょう・・・ものづくりの基本はご存知でしょうに・・・」

「いやあ、現場のことは何も知らないさ」

「それにしてもねえ」

「そうさ、『それにしても』ってレベルよ・・・もとの上司の悪口言ってみっともなくて情けないけど・・・仮にも上司だったからねえ・・・天に唾するようなものだけど」

「すみません・・・変な話を振って・・・」

「そんなことないさ・・・」

「しかし、社長の指示だったにしたって、デービッドがあっさり受けてやってしまったってのが、ちょっと信じられなくて・・・彼ももともとはエンジニアではないけれど、山野の香港と中国の製造オペレーションを取りまとめて来たのでしょうし、山形での開発レビューにもずっと参加してきたのでしょうから品質のことを理解していると思っていたのですが・・・『他社商品で、しかも仕様性能の違う8時間充電で実績あったので問題ないと思いました』って悪びれずに言うから『本気でそんなこと言っているのかなあ』って思ったし、結構信頼してたのに、『その程度か』って、残念な気もしました」

「デービッドはね、気が良くていいヤツなのだけど、ガイジンとして山野のような田舎の日系のオーナー会社で働いて上手くやっていくための悲哀としたたかさと両方あるし、やり手の香港人としてのスマートなところといい加減なところの両面があり彼自身も複雑だし彼を使うのも難しいところがあるし、これまでもあったのよ」

「香港中国オペレーションは、ほとんど彼が仕切ってますものねえ・・・」

「それでも、社長には逆らえないし社長と上手くやれば甘い汁もね・・・ちょっとずるいというか調子いいところもあるのよね」

「それにしてもねえ、彼だって限度があるでしょう。これは品質上まずいって思わなかったのでしょうか・・・或いは、社長のオーダーが強かったのでしょうか?」

「ここに来る連中の話を聞いているとね、香港人って言いたくないけど、品質に対する認識が、長年日本の企業にいて日本人の気質とかものづくりの哲学に接して来てもやっぱり心の底では過剰品質と思っているのかねえ・・・」

「山野社長は何をしたかったのでしょう。自分のアイデアで利益を上げたって実績が欲しかったのでしょうか・・・自分が直接見ている香港中国製造アメリカ販売ビジネスの成果を見せるために香港山野の数字を良くしたかったのでしょうか?・・・デービッドは、リコールの泥を被る代わりに一度はベンツを買ってもらったみたいですが、盗難にあったって言い訳して・・・保険に入っていたから損はしなかったって言い訳して、直ぐに手放したみたいですが・・・」

「ああ、あのベンツは違うさ・・・そういうことじゃあないんだ。社長が香港でいい格好したかったんだよ」

「ええっ?いい格好?」

「香港に出張に行った時にいい格好したかったみたいよ!・・・空港やホテルやレストランにベンツで迎えに来てもらって、シンセンや広州への出張もベンツで行きたかったみたいよ・・・デービッドには、普段は自由につかっていいなんて褒美みたいに言ったそうだけど、そこもセコイよね」

「そうなんですか?」

「広州の駅やフェリーターミナルなんかで見ていると、欧米系のビジネスマンがベンツやボルボで迎えに来てもらっているじゃない・・・羨ましかったのじゃあないの?」

「ベンツやボルボだけじゃあないですけどねえ・・・」

「アメリカのバイヤーにいい格好したいし、結局は、遊びたいのよ・・・自分が・・・何とかっていいホテルに泊まるでしょう?・・・何だっけ?・・・」

「ああ、ペニンシュラですか?」

「そうそう・・・遊んでるんだよ・・・」

「で、そのためにベンツ買ったにしても・・・その費用捻出するためにコストダウンのオーダーを出したのですかあ?」

「そうみたいだよ!・・・」

「山野さんならベンツ一台買うことなんて何でもないでしょう?リースでカンパニーカーにするってこともあるし・・・オーナーなんだから、本来あまり誉められたことではないけど、それぐらいやったって、少しやりすぎかなって言われる範囲でしょう?」

「そこがまた情けないところでねえ・・・香港の会社の業績を良くして・・・利益を出して格好つけたうえで、だからいいだろうって形に持っていこうとしたみたいなんだよね・

・・その利益の作り方が本来のやり方ではなく、勝手に部材を変更してお客さんを騙すやり方で挙句に品質で大問題を起こしてお客さんに大迷惑を掛けて自分も火達磨になっている・・・それが社員にしたら本当に情けないってんだよね・・・何かこっけいでね・・・程度を言う以前の問題に見えるだ・・・」

「皆このことを知っているのですか?」

「いやあ、どうかなあ・・・知っていても情けなくて考えたくないのじゃないかなあ」

「デービッドもさすがに不味いと思ってベンツを処分したってことですか?」

「和多田顧問が流石に見かねてデービッドに言ったということらしいよ・・・デービッドも他の幹部社員との手前まずいと思っていたけど社長には何も言えないしね・・・」

「可愛がってもらってましたものね」

「顧問に言われて、待ってましたとばかりに即処分したみたいよ・・・」

「盗難ではなかったのですか・・・」

「どうしたのか知らないけど、社長が少し出して処分したんじゃあないの・・・顧問は社長にもかなり厳しく言ったらしいから」

「・・・クラウンが戻ってきたのが何か変だって思っていたんですけどね・・・」

「デービッドも流石に高級ベンツを乗り回すことははばかられたのだろうなあ・・・クラウンは手放さずに自家用に持っていたということなんだ」

「なるほどねえ・・・そうですか」

「そうですかって?・・・そこまで知らなかった?」

「ええ、山野社長のオーダーでデービッドが独断で実行したんだろうとは思いましたが、それ以上のことは聞いてもいませんし、調べてもいません・・・本当は調べなくてはいけないのかも知れませんが・・・」

「あほらしくって調べる気にもなんないよね・・・Xにしてみれば、山野の扱いをどうするかって決めるだけの問題だものね!」

「でも、保険の問題もありますし・・・」

「この事実が保険会社の知るところとなれば保険は支払われなかったかね?」

「いやあ。私は詳しいことはわからないですが、自動車なんか設計ミスでも支払われていますから、部材の変更での事故でも・・・その変更プロセスを問われるのかどうかわかりませんが、問題ないのではないですか?」

「問題あれば、全社的な保険金詐欺になっちまうよ・・・」

「社長のオーダーだってことは、早い段階でわかったのですか?」

「自分で言ったんだよ・・・一部の幹部に・・・そりゃあ、最初は何で変更したんだって

デービッドに聞いて、『デービッドもコストを下げようと思って』とか、『アメリカ向けで問題なかったから』とか言ってたらしいけど、そんな変な話、何時までも通用しないよ

ぉ・・・部長達がいろいろ聞いていたら、社長が自分から言ったらしいよ」

「・・・」

「で、そりゃあ大変だって必死で対応したらしいよ」

「でも・・・結局当社には最後まで言えなかった?・・・言えないとは思いますけど・・・」

「言えないよそりゃあ・・・」

「そうでしょうねえ」

「取引に影響とかっていうより、格好悪いし恥ずかしいし、それに情けないし・・・」

「でしょうねえ・・・どうしようもないでしょうねえ」

「一応は指示が出たんでしょうかねえ」

「広川常務が、何とか自分達で対応しようってようなことを部長達に言ったらしいよ・・

・山野を利用しようって入ってきた広川さんに常識示されるようじゃあだめだよ」

「広川さんにも、その辺の常識はあったわけですね」

「それも格好悪い話でね。普段は、会社や社長を利用して好きなことやってるって非難しておきながら、そんな時に常識示されてね・・・」

「広川さんには結構常識的に対応頂けましたよ」

「まあ、歪んだ向上心は強いけど非常識でそんなに悪い人ではないからね・・・」

「・・・」

「平尾さんは会社にはどのように報告したの?」

「・・・いええ、まだこのことは報告・・・というか誰にも話してはいません。取締役の芦田にも常務の松本にも話していません。裏づけをとったわけではないですし、第一記録として残すものかどうか・・・」 

「ちょっと恥ずかしくって、報告もしにくいよねえ・・・」

「近いうちに芦田と松本には話さなくてはいけないと思っています・・・協力会社のそんな内情を気づかなかったのは、商品企画を担当していた私の責任でずので・・・」

「責任・・・っていうほどのこともないさ・・・平尾さん!さあ、飲みまっしょう!」


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