表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リコール  作者: 別当勉
31/33

リコールを開始して1年を超え、回収率は80%を超えた。しかし、火災事故は続発・・・その事故例4つ。

(30):リコールから1年4ヶ月引き続発する火災事故(4つのケース) 



*2003年9月1日


この数年の夏でもとりわけ暑い夏が過ぎようとしていた。しかし厳しい残暑が続いていた。リコールしたアスリートZの回収と起きた事故の補償対応に追われるX社にとっては、この夏の暑さはさらに厳しいものに感じられた。

5月に行った最初の社告以来、主要全国紙には毎月社告を出して回収に努めてきた甲斐があって、回収率は80%に達していた。自動車と違って販売履歴を持たない家電商品での回収率としてはかなりの高率である。しかし、80%を超えてからの回収ペースはかなる鈍り、8月の短月の製品回収の進捗は小数点以下の実績であった。

問題は、発火事故が回収を進めながらも続いていることである。幸いにも、依然人身に至るケースは発生していないが、7月8月と事故発生件数が増加し、一月当り30件に至り、消防が出動放水に至るケースがその半分に達しているということである。全焼も10件を超える状況である。従って、停滞し始めている回収作業をどうやって進めるか、さらに事故補償の迅速な対応が大きな課題となっている。

MAMの業務ということでは、効率的な業務への改善を進めながら対応し、部員それぞれも各自の課題に対する対応にも慣れてきたので、業務量としてそれほどの負担とはなっていなかった。しかし、毎月の社告と事故発生時は何をおいても優先してとりくむことから本来の担当業務への取り組みに影響が出てしまいがちで、その挽回の対応で勤務時間が長くなったり、或いはストレスとなっていた。もちろん、事故対応は、青木部長管轄の業務部がリコール推進室として取りまとめて対応していた。

70件の発火事故の補償交渉は、課長クラスが被害者の窓口となり交渉しながらリコール推進室がとりまとめた上で保険会社との連絡や保険金の支払い手続きに関する業務を進めていた。業務管理上は、通常業務に支障が出ないような配慮を想定してはいたが、火災事故が発生し補償対応に入ると発生する業務は想定以上に多く煩雑であった。中には、被害者がX社の補償提案に納得せず代理人=弁護士をたてての交渉となったためにX社側も弁護士をたてて話し合いを進めている案件やさらに裁判に至っている案件もあった。また、

感情的になられて重クレームに発展しリコールによる事故補償とは違った対応となっているケースも発生した。


*ケース1


 3LDKのマンションの一室で出火し家具の一部を焦がした。煤が全室にまわりクリーニングが必要になったとのことで、一時が具を全て部屋から出して数日間クリーニングする間の住居に伴う費用。1ヶ月の賃貸契約に伴う敷金、礼金といった費用、引越し費用、家具を預かる倉庫費用、その一時引っ越す部屋が見つかるまでの家族4人のホテル宿泊費

・・・近いという理由で、高級ホテル・・・その間の諸手続きや引越し対応にともなって休暇をとったことに対する休業補償。さらに事故対応で当初予定していた夏休みの旅行を取りやめたことに対する慰謝料。こういった費用についての立替払いを一方的に請求されたケースがあった。これらの個々にはX社の担当者に相談があり、担当者は、日本東京海上火災の担当者に保険の支払い対象として可否を確認しながら受け答えを行い。支払えるもの支払えないものの範囲を説明してきた。

しかし、被害者は、立替払いを行いあとから請求するのでX社は支払うべきだとの一点張りで訴訟も辞さないと主張。担当者は粘り強く説明したが、一方的に請求書を送りつけてきた。補償交渉はあくまで被害者保護の精神で進めようとその請求のひとつひとつを丁寧に確認していく過程でわかったことであるが、まず、一時転居のマンションの不動産屋が被害者の知人であり、その敷金礼金がその地区の相場からすると高額であること。さらに後に判明するのであるが、一ヶ月の賃貸であったにも関わらず、退去時に現状回復という理由で内装のクリーニングを行い敷金から差し引こうとした。また、一時転居のマンションへ移る前に横浜の高級ホテルへ宿泊した件は、他に適当なビジネスホテルに空きがなく、また、事故により夏休みの旅行がキャンセルになったことからその代わりに認めて欲しいとの主張であった。しかし、一括で請求された非常に高額な料金の領収書の内訳を確認する過程でのホテルの確認で偶然わかったことであるが、予約は事故前に行われていたことが判明。このことで、その被害者はホテル内での利用状況や予約時期といったプライベートなことを本人の確認もなく開示したことを猛烈にクレームした。これは、そこが高級ホテルではあるが、されでも金額が高額であることから宿泊料金を確認する中で、内容がホテル内のプール使用特別デイナーと朝食がセットになったサマープランの事前予約であったこと。また、そのプランに含まれていない昼食やバーでの飲食費用も含まれていたこと。そのことに関しての被害者の言い分は、自炊できない事情故とのことであった。

 この件は、結局補償交渉を進めていくなかで支払い額を法律、判例、保険の支払い実績から決定していくなかで、他の被害者に対する賠償とのバランスを欠くものの慰謝料の額で譲歩して提案したが、かたくなに全額の支払いを要求する被害者の理解を得られず、さらに弁護士を代理人に立てて係争も辞さないとの申し出により結局代理人間での交渉と

なった。

 しかし、被害者側の代理人も争点のない中での裁判を起こしてもメリットがないことが自明の中では直接交渉で少しでも補償額の上積みをとるのが得策ということを説得したが

、それを感情的に受け入れない被害者の態度がいたずらに解決の時間を引き延ばした。結局は、自宅の改修も終えたあとも自宅よりグレードの高い仮住居での生活の費用に対しては結局は持ち出しになるということがわかってきた段階で交渉が再会された。

日本東京海上が例外的としながら落ち着いた保険金で対応する賠償内容は商品の交換、出火により焼損した室内の補修費用、煤けによる室内クリーニングと被害者がどうしても納得しなかった部分の壁紙交換、仮住居が決まるまでのホテル宿泊代。これは、実際は5泊宿泊されたが、仮住居を見つけるために必要と認められた3泊分の2食分のパッケージ料金分を支払った。被害者は、5泊分の支払いを求めたが、夏休みの行事として事故前から2泊分が予約されたことが判明した上、その他の飲食は常識的には係争しても認められないということを渋々理解した。仮住居との往復の引越し費用、仮住居の契約に関わる費用、このうち敷金に関して原状回復のために一部返金を拒んだ大家に対しては直接交渉を行い全額返金させた。2ヶ月に渡り住まわれた仮住居の家賃は、修復工事1週間分の日割り払いが出来ないということを譲歩して1ヶ月分の費用、そして引越し等で取った休暇は有給休暇の取得を拒否されたため、特別休暇の取得をとられたための休業補償。これは市役所職員である被害者の職場の証明書に基づき支払った。慰謝料は、精神的負担に加え夏休みを事故対応に費やした点に配慮して標準的な額より若干上乗せして払った。リコール事故を起こした企業としては言えないことであるが、対応としては甘い対応であった。弁護士費用は、保険金の支払い手続きに関わる内容ということで、日本東京海上火災の顧問弁護士が対応しその費用は同社が支払っている顧問料の範囲で対応されたので、X社の負担はなかった。この担当は、リコール推進室の青木部長の管理の元、販売促進部の課長が本来業務と兼務で担当したが、交渉期間中は7割はその業務に時間を割かれた。担当者としては2倍働いているつもりではあるが、どうしてもこの方へ力が入ってしまう。そのことによる本来業務の質が落ちてしまっていることにこの課題を取り組む体制として問題あることがわかる。しかし、事故も突発的に発生するので固定的な組織が効率的とは思われない。一方で、危機管理に効率を追求することが良いのか・・・MAMでの議論は続いた

 ケース2


 人身に至った事故はないという発表はしていたが、消火の際に小さな火傷をされたというのは、実は数件ではあるがあった。

 内縁関係の同居者のアスリートZを充電中に出火。被害者は、コンセントから抜いてキッチンの流しに持って行ったが、その途中で手の甲を焼けどした。その治療のために勤め先のブテイックを休んで病院に行ったが、丁度忙しい時期でもありオーナーからクレームを言われた。それから、オーナーとの関係が気まずくなり鬱状態になった。そんな調子では客商売に差し障りがあるとのことで、オーナーからは病欠扱いにして休んではどうかとの言われますます気が滅入って今度は家から出るのも億劫になり鬱状態が進み精神科クリニックにも通うようになった。有給休暇ではなく病欠扱いにし給与も減額するという勤め先のオーナーとの話し合いも揉めて、このままでは職場復帰も出来ない。そして、内縁関係にあるパートナーとの関係も上手くいかないといったクレームの電話を毎日掛けてきた。

 この担当は、窓口として商品企画部の課長遠藤が担当したが、課長では話にならないということで、本来はリコール推進室の青木が担当するのであるが、電話で苦戦する遠藤を見て平尾が変わってからは、毎日平尾に電話をしてくるようになった。その毎日の電話は30分から1時間に及んだ。会議があるようなときは、終了後に電話するような要求もあり平尾にとっても相当な負担になった。携帯電話の番号は、リコール窓口を通しての対応を依頼したが、「事故のせいでこれだけ苦しんでいるのに誠意を持って対応してくれない

」と泣いて主張されてから仕方なく教えた。それからは、昼夜かまわず電話してきた。平尾も極力話しを聞いて対応した。

 要求は、慰謝料、外科と精神科へのの治療代とその病院への交通費、休業補償、そして、勤め先との関係がこじれているので完治後もとても職場復帰できないのでX社関係各社への就職斡旋。慰謝料は、精神的に支障をきたした被害者を気持ちの上で支える内縁関係のパートナーの負担に関わる分も請求されていた。この内縁関係の男性は、大手新聞社の社員とのことで、適切な対応がない場合は記事になるというような一部脅しみたいなことも受けていた。しかし、広報を通じてその新聞社に身元をしたが、経済部や社会部に該当する名前はなかった。リコールは自社の責任であるから、広告主の立場を利用して交渉するというようなことはできないし、また、新聞社も営業と記者は完全に分離させてあり、記事に営業的配慮がされないことは当然のことである。しかし、その内縁関係のパートナーの交渉はかなり強引で、ほとんど恐喝のような感じであったので、果たしてその大手新聞社の社員がそのようなことをするのかという疑問と、その新聞社にとっても問題となる前に少し知らせてあげて対処した方が良いのではないかという配慮であった。それは、このまま膠着状態が続き代理人を通じての交渉になると、その交渉姿勢が法律問題となり、良好なメデイアとの関係に対して互いに問題を抱えることになることを懸念しての配慮であった。

 果たして、この案件も弁護士による代理人交渉となった。一般に代理人による交渉は、できる限りX社からはもち出さないようにしていた。それは、大手企業が優秀な弁護士を使って優位に交渉を進めようとしているというように見えてしまうことを避けるためであった。しかし、実際には、弁護士間同士の交渉を進めると、それまで営業的に配慮していた部分がなくなり被害者にとっては満足できない結果となる。裁判となると、判決まで行かず調停であったとしても、その内容は被害者の要求からはさらに遠いものとなる。

 交渉がもつれた場合は代理人による交渉にしたいところであるが、こういった状況から企業の方からは持ち出しづらい。それは、企業が法律の専門家、交渉の専門家を使ってそういったことに長けていない一ユーザーに高圧的に自分達の都合のいいように進めているというように取られる恐れがある。従って、交渉がもつれて苦戦しているときに被害者の方から代理人による交渉を提案されると、本音としては交渉を進めやすくなるので助かるということになる。ただ、代理人間の交渉、或いは裁判になると尚更であるが、企業側にその気がなくても、結果は確実に被害者の思惑通りの結果にならないことが目に見えている。そして、その不満が口コミで悪い評判に繋がることを恐れる。

 このケースは、本人が感情的に裁判所に訴えたためにⅩ社も代理人対応となった。その時点で、全ての対応が代理人となるため、平尾に毎日のように直接掛かって来ていた電話も、代理人が一元的に対応となったことを告げて応対を断ることになった。平尾にすれば

、毎日業務に支障をきたすぐらいの電話を受けて困っていたが、彼女の苛立ちも理解できないではなかった。しかし、一方でその内容は、確かに自社の出火事故がきっかけになったかも知れないが、精神科の診断の所見でも判断されているとおり病的には問題なく彼女自身の性格に由来するところであった。平尾もその点を感じていたが、事故が発端でといわれると応対せざるを得なかった。

 しかし、保険会社の担当は、代理人交渉となったその時点で電話応対はする必要ないといった。必要がないというよりも、交渉上問題となるので応対してはいけないと示唆した。

電話が掛かってきても出る必要ないということであった。あまりしつこい場合は、業務上支障をきたしている旨を厳しく伝えて良いということであった。平尾はそこまで割り切れなかったが、そういったことを諭すように説明したあとは、電話は掛かってこなくなった。

それを思うにつけても、あの毎日の執拗な電話は、被害者が不満の捌け口として平尾を使っていたのか、或いは交渉を優位に進めるための圧力であったのか、そして、それに丁寧に対応していた自分はビジネスの範囲を超えて過剰対応していたのかと思った。

 裁判は調停となったが、事故後の通院とその間の休業補償は認めたが、半年に渡る治療費と休業補償は認めず慰謝料の若干の増額が提示された。被害者は納得できなかったが、自身の代理人の、裁判を続けてもそれ以上の補償は得られないとの示唆から調停を受け入れる形で収束した。終わってみてわかったことであるが、確かに事故のショックはあったが、そのショックでの精神的な不安定が、もともと精神的に安定しない性格が災いして上手くいっていなかったパートナーや雇用主との関係を顕在化させたということで、被害者本人もその自覚があった。優しい平尾にはその全てのイライラをぶつけていたのであった。その負い目もあったようで、示談が成立後に再度電話に悩ませられるというのではないかという平尾の懸念は実際には起きなかった。

ヒステリックな電話を毎日受けていた平尾には、それでも気がかりで、後日こっそりと被害者の自宅の近くから様子を伺った。その時見た被害者は、近所の人とも明るく快活に話していた。平尾は、人々の幸せを願ってマーケティングしているが、今更ながらに「人の気持ちは難しいなあ・・・わからんもんだなあ」とその被害者の元気な姿を見て思った。


 ケース3


 東京都での全焼事故のケースは、地区30年の家に80代の母と40代の独身の一人息子の家であったが、その息子は大阪に単身赴任していた。事故はその息子が帰宅してたこにアスリートⅩの充電をしている時に出火して家は全焼した。出火は、二人が外出中にあったため人身に至ることはなかった。問題は、築30年の家屋を損害賠償額では全焼した家と同規模の家を建て直す額に満たないという結果になった。即ち、¥800万に対して¥300万の補償額になった。従って、¥500万を負担しなければ同規模の家には住めないということである。これは、損害賠償責任法上仕方のないことである。その不足分を企業が負担するという対応も考えられるが、もしそういう対応をするのであれば、全被害者に対して同じ基準で対応すべきである。ある被害者は自己負担可能であるから対応しないとか、或いは被害者が加入している火災保険を使えるから対応しない。或いは、被害者が高齢であるから対応するといった対応では被害者への対応で不平等が発生する。また、他の企業のリコール対応実績でもそういった配慮はしていないということであり、X社としても損害賠償責任法を基準に対応し、あとは、被害状況に応じて慰謝料で対応していた。しかし、その慰謝料でも対応の基準があって、このケースのような建て直しの費用をまかなう額を出すことはできなかった。

 この被害者は、サラリーマンの息子がいたが、火災保険にも入っておらず、同程度の規模の家の建て替えでなくてもその費用を出す余裕はないとのことで交渉は難航した。そして、その間の不自由な生活を見た老人会の友人達が、X社の対応が不誠実だと交渉に加わってきたので交渉は複雑になった。X社は年老いた被害者が困っているのに助けようしないという主張を続け新築の要求を続けた。担当者は、対応について粘り強く説明したが、公民館、といってもその地区の中にある無人の一軒家であった。そこは、地区集会が平帰れる憩いの場のようなところで、日常的には老人会の溜まり場のようになっていた。そこで一時避難的に生活をされていたが、プライバシーもなく生活は不自由で気の毒であった。

そして一方、話し合いもその溜まり場にいる老人会の面々が加わるのでまとまりがつかなかった。

 最終的には、一人息子の赴任先の大阪に出張して話し合いを進めた結果、新築するに不足する費用については、都が低利で融資する救済貸付制度を使って立て直すことになり、その工事期間の仮住まいは、近所にアパートを借り、その費用をX社が負担することになった。焼損した家財については、損害額を算定し慰謝料と仮住まいに掛かる一時金を加えて支払うことで決着した。4ヶ月の話し合いであった。


ケース4


 これは、リコール事故を起こした企業としては言いにくいことであるが、事故処理の中でもクレーム案件として扱った。

 事故は、財閥系大手機械メーカーの名古屋支社勤務の40歳前半の被害者の転勤社宅で起こった。

 被害者は、日課としているジョギング時にアスリートZを使用するために玄関脇に据付けてある下駄箱の上の棚に充電器を置いて使用していた。そこで充電中に発火しその下駄箱の棚を焼損したのである。

 被害者が直接リコールセンターに電話してきた時は既に激高してヒステリーな感じで、オペレーターでは話にならないので社員を出せということで国内販売部の木村課長が担当した。

 木村は連絡をもらった翌日に名古屋の被害者宅を訪ね被害状況を確認して謝罪した。被害は、電話での説明の通り飾り棚がついた作り付けの下駄箱のその飾り棚の台と壁を焦がしていた。しかし、木村は電話で強く言われたほどの被害ではないと感じた。木村は、損傷した商品の代替を渡し、下駄箱の修復と壁紙の張替えを申し出た。それで納得してもらえるものと思った。

しかし、被害者は納得しなかった。被害者の主張は、一歩間違え大きな火事となって社宅に住んでいる同僚に被害が及んだ可能性があった。そうなれば、社内の人間関係においてまずい立場に立たされることになる。定年まで火事を出したという悪い評判がついて回ることになる。また、そのような火災事故が社名をともなって報道されると、会社の社会的評価を下げることになりコーポレートブランドの価値を下げることになる。そして、そうなるとますます会社における自分の立場はまずくなる可能性があった。

そのような他企業や個人を危険にさらしたことへの社会的責任に対してX社がどのように考えているのかということについての見解を求めた。そして、損傷した下駄箱の修復も、工事業者を入れて社宅に手を入れる場合には総務部門の了解を取らなくてはいけないのでその時に社宅を火災の危険にさらしたことを報告しなくてはならないので工事業者を入れての修復も問題があるということであった。

では、ご自分で修復するのであればその費用を負担すると申し入れたところ、次の転勤時に社宅を引き渡すときに総務の確認があるので会社にはわかってしまうということである。

 では、どうすれば良いというのであるか。木村にはわからなかった。補償金を上げるために交渉されているというふうでもなかった。

最初の訪問では一応修理費用を見積もることを要求されたので、次の訪問時にリフォーム業者を連れて行こうとしたが、地元の業者では近所でウワサになって事故が露見するから東京の業者にして欲しいとい要求であった。

東京の業者では修理の作業も大変なので、名古屋でも被害者の自宅から遠い市内でも反対の方角の業者ではどうかという提案をしたところ、自分が説明した内容を理解していないとクレームされ、X社の見解を文章で欲しい

ということであった。そして文章の内容について理解を貰えたかの確認をしたところ、業務で忙しい中一方的に連絡してくるのは非常識だと再度クレームされ、被害者の方から連絡するからと言われて6ヶ月経っていた。話し合いが長引いているものについては、リコール担当室の青木が管理し、不誠実な応対をしているとの不評が出ないように管理していた。

「木村!名古屋の件どうなった?」

「ええ、その後コンタクトとれていないです」

「ほったらかしか?」

「何とかしたいのですが、電話してしかられましたから・・・こちらから連絡するって言われてそれっきりです」

「結構ヒステリック?」

「ええ、厳しいです」

「住三機械の社員だろ?」

「ええ、身なりというか、見た感じはきちんとした感じです」

「特に補償費用や慰謝料を要求するってこともないんだろう?」

「ええ・・・でも、しきりに当社の姿勢についてきますので、放っておくとあとで大事にされる可能性があるような怖さがあります。クレーマーという言葉は使いたくないのですが、そんなひつこさがあります」

「放っておくわけにはいかないしなあ・・・何かきっかけはないかなあ」

「青木さん!それ、私が木村と一緒に対応しましょうか?」

「平尾大丈夫?来期の商品企画で忙しいだろう?」

「ええ、まあ・・・でも、このところトヨタ向けの企画の打ち合わせで名古屋へ行っていますので大丈夫ですよ」

「部長と一緒にお伺いしお会いしたいと言えば、少しは違うかも知れません」

「で、どうやってアポイント入れるの?電話はダメって言われているんだろ?」

「ええ。日本東京海上に聞いたら、こういう時は配達証明付で郵送して返信用の封書とアポイントの希望を簡単に指示できるようなコピーを添えて一週間以内に送り返すように要求するそうです。そして、それが返信されないときは電話でのコンタクトを希望されているという理解で電話を入れさせて貰うという趣旨のことを申し入れてアポイントを確定させるのだそうです。もちろん先方からの電話は何時でもお受けすることも改めて書いておくのだそうですが・・・そして、電話も変身の郵便も来なければこちらから電話をしてアポイントをとるということになります」

「大変な手続きだねえ」

「被害者の申し出だとしても6ヶ月も対応しないのは企業で不誠実だと騒がれたら弱い立場になるので定期的に配達証明付で書類を送るのだそうです」

「その人は・・・お名前は何だっけ?」

「吉岡さんです」

「で、あちらからコンタクトしてくるのかねえ・・・」

「どうでしょうねえ」

「家族は?」

「奥さんと幼稚園のお嬢さんがいます。最初にお伺いした時にお茶を出して下さったのですが、大人しそうな感じのいい方でしたけど」

「家族の前でも結構ひつこいの?」

「いえ、奥様はお茶を出されて奥の部屋へいかれましたが、お宅での話は、内容はそこまで気にしなくてもという内容ですが感情的な応対ではなく1時間ほどですみました。しかし、その後何回かの電話での話し合いは一方的に当社の姿勢が不誠実だと主張し、こういっては問題かも知れませんが、クレーマーの応対をしている感じです」

「でも、何かをしてくれって要求するわけでもないのだろう?」

「ええ。お金のことなど一切言われません。こちらから切り出すのを待っているのかも知れませんが、申し出ているのは修復です。慰謝料も考えたのですが、あの程度の事故ですし、特に払う理由が見あたらないし、逆に理屈に合わないことを申し出て揚げ足をとられるのもいやなので・・・どうしようもないって感じです」

「交渉を延ばしているという目的が見えないなあ・・・」

「クレーマー気質で、企業との交渉を楽しんでいるって感じでしょうか・・・」

「だったら何時までも付き合えないしなあ」

「2万でも3万でも要求してくれれば話しは早いのだろうけど」

「日本東京は何て?」

「さっきいった内容の手紙を何回か送った上で返事がなければ、申し出があったときに対応することと、今後はそういった手紙を送ることも差し控えることの内容を告げて交渉を打ち切るのが良いということです。会おうとする対応はかなり誠実ですし、会うことが出来れば会って直接説明するのはさらに誠実なので、その後は申し出をまつということでこの案件のケリをつけるということで全く問題ないということです」

「じゃあそうしよう・・・木村!さっき言った手順でアポイントとってくれる?俺は、先方の都合に合わせるから・・・」

「平尾!お手数だけど頼むね」

「了解!自らまいた悪い種だから・・・」

「まだ言ってるの!もういいんじゃないの!」

「・・・」

「平尾さん・・・先方から何かありましたら連絡入れます」

「頼む」


「平尾部長!名古屋の住三機械の方から連絡ありました」

「電話?手紙?」

「電話です。配達証明を送って・・・一週間以内に返事がないときは電話をさせてもらうっていう内容ですが、電話が来ました。有無を言わさぬ態度は横暴だって言われましたが

・・・『わかったから電話するな』って言う返事でもよかったんですけどねえ・・・」

「で、どうして欲しいって?」

「会ってくださるそうです」

「いいじゃない。何時」

「来週の水曜か木曜の午後が良いそうです。支店でお会いしようとしたのですが、名古屋プレジデントホテルが良いそうです。そこが行きやすくって便利なんだそうです」

「あそこのロビーなら静かだからゆっくり話が出来るだろう」

「そうなんですが、実は、あそこのロビーは結構その筋の人達がいるんですよ」

「組関係?」

「ええ。幹部の人達でしょうけど、きちんとした身なりで見るからにそうだって感じではないのですが、この間もお茶を飲んでいたら、横でしゃべっているのが耳に入って来たのですが本物でした。決して声は大きくないし乱暴な感じではなく一見企業の役員のような感じなのですが、話を聞いていると本物のすごみがありました」

「それはいやだねえ・・・」

「ええ。当社の名前をヒステリックに連呼されて騒がれたらしたら困りますねえ・・・」

「ウルサイで済んだらいいけど、どうしたってことになったりするとややこしいなあ」

「ですよねえ・・・」

「それに、何か自身ありげな感じなんですよ・・・助っ人でもいるのですかねえ」

「でも、社宅だから住三の社員ってわかってるからそう極端なことはされないと思うけどなあ・・・」

「助っ人連れてきて、ホテルの部屋で話をしようと連れ込まれて監禁状態になったらいやですよねえ・・・無いとは思いますが・・・」

「お客様相談室の誰かに、こういった時の対応に仕方を聞いておいてくれる?」

「ええ、さっき千葉課長に聞きました」

「おお、早いね・・・で、何だって?」

「名古屋の客相の担当者についていってもらって、少し離れたところで見てもらっていたらどうかっておしゃっていました」

「なるほどね」

「もし部屋で話をすることになって、かなりの時間がたっても出てこなければ、携帯電話に業務連絡を装って掛けてもらって、こちらが部屋の番号を言って所在を伝えれば相手も通常はそんなにしつこくしないだろうということです」

「なるほどねえ・・・じゃ、その準備でいくか」

「それで、交渉のポイントはどうします?」

「あちらが交渉に応じないわけだけど、対応が遅くなっていることをお詫びした上で、社宅であることから懸念されていることを配慮して対応するためにはどのようにすればよいかをたずねることから話を始めるのじゃないかなあ・・・吉岡さんの態度でこちらも落ち着いて柔軟に対応していけばいいのだろうけど・・・最終的には、原状回復をさせて頂くということだろうし、もしあちらの会社の総務だかなんだか知らないけど担当に説明して欲しいということであれば、それは対応してあげたらいいと思う」

「もし慰謝料とか、何がしかの補償を要求してきたらどうします?」

「そんなこと要求している感じじゃないんだろうけど、そこは基準を崩したらいけないと思うよ・・・反対にこちらから先に持ち出したらどうなるかなあ・・・そんなこと言っているのじゃないって切れるかなあ・・・」

「その傾向はあるかも知れません。結構神経が細やかな感じですから」

「じゃあ、万一先方から配慮を求めてきたら

基準を崩すのは不本意だけど、時間も掛かってその間の当社の不手際を理由に・・・不手際はなかったと思うけど、時間を理由に何がしかのものを払おうか?」

「ええ、それで終結するのであれば、それが良いかも知れませんねえ」

「で、幾ら払うの?」

「幾らでしょう?・・・」

「5万円?・・・」

「そんなところでしょうかねえ・・・」

「不満げな顔をされたらどうしよう・・・十万円かあ・・・十万円は多いよなあ・・・」

「十万円なら補修工事は無しですよ・・・」

「そういう判断あるよね。社宅に工事に入られるのを嫌がっていたから、工事費も含めて10万円って言うのはどう?」

「補修工事は5万円~7万円でしょうから、先方がそれでよいというのであればそうしましょう」

「保険対応なるかなあ?大日本にも確認してくれる?」

「別の案件でもそういう対応で保険金の支払いを認めてもらいましたから大丈夫かと思います」

「じゃあ、それを基本線とするが、部屋へ連込まれひつこくされてもこの基準でいくと

・・・ロビーで吉岡さんが騒いでヤクザが『

ナンダナンダ』ってなった時は、『お騒がせして済みません』ってことで場所を変えさせて頂く」

「吉岡さんが、動くことを了承しなければ?」

「強引に、『ここではゆっくりお話できませんので・・・』ということで引っ張っていく

しかないのじゃないの?」

「なるほど・・・手土産は持っていく?」

「いや、必要ないと思うよ・・・」

「はい、了解しました」

「じゃあ、日と時間が決まったら教えてくれる。木村とはその30分前に名古屋プレジデントのロビーで待ち合わせよう」

「はい、了解しました」


「ご苦労様です」

「ご苦労さん」

「大阪から入られました?」

「うん。昨日遅くに入って、今朝はちょっと

その社宅を見てきた・・・」

「社宅に行かれたのですか・・・」

「うん・・・確かに住三機械の社宅で、タクシーの運転手もそれで通じたし、門に表札はないけど建物の・・・銘版みたいなものには『住三機械名古屋住宅』って書いてあったよ

・・・豪華な感じじゃないけど、財閥系の企業の社宅らしくゆったりした感じだよね」

「そうでしょ。場所も閑静ないいところでしょ」

「部屋が棟の玄関まで行ったら階段を掃除している奥様がいて、あとから掲示板をみたら、今日の当番が吉岡って書いてあったから、あの方が奥さんなにかなあ・・・」

「ねえ、ちょっとびっくりでしょ?」

「いや、俺は吉岡さんご本人を知らないから・・・」

「そうかあ・・・清楚な感じのいい人ですよねえ。地味にされているけれど、きちんとされると結構な感じになるのに・・・なんていうのかなあ・・・耐えている感じで・・・」

「こら!何言ってるんだ・・・」

「でも、あのヒステリックな感じのご主人なら結構苦労してるんじゃあないかと・・・お嬢さんだって、私らに電話で怒鳴っているのを聞かされているのかと思うと何かかわいそうで・・・」

「夫婦や、家族っていうのは他人からわからないものだよ・・・」

「そうでしょうけどねえ・・・」

「でも、確かに奥さまは疲れた感じだったかなあ・・・」

「でしょう?気の毒ですよねえ・・・」

「それは言いすぎだろう。奥さんや子供には大事な大好きなパパなんだよ・・・」

「・・・吉岡さん現れますかねえ」

「来ると思うよ」

「名古屋お客様相談室の藤岡さんは、2階のロビーから見てくれています」

「うん。さっき挨拶した・・・上手く片付けて、今晩は藤岡さんと飲もう」

「・・・平尾部長は強気ですねえ」

「そうじゃないけど、こういうのはリズムを大切にやりきってしまうという気持ちで望むのがいいんだ。一発で決めよう・・・あせらずにね」

「あっ、来られました・・・社用封筒を持ってられるのがそうです」

「・・・スリーピースで決めて、中々スマートな感じじゃないか・・・」


「木村で御座います。お時間が空きご無沙汰しまして申し訳御座いません・・・今日は、

お忙しい中お時間頂戴き有難う御座います。

・・・弊社モバイルオーデイオマーケティング事業部で商品企画部を担当しております平尾で御座います」

「平尾で御座います。お忙しいところお時間頂戴し有難う御座います」

「商品企画部長さん?」

「当社の小型携帯オーデイオの商品企画を担当しております。この度は私どもの商品の不具合により大変ご迷惑をお掛けしております。申し訳御座いません」

「吉岡様。あちらのティーラウンジでお話が出来ればと思うのですが・・・よろしいでしょうか?」

「ええ・・・」


「このところ連絡が滞りまして申し訳御座いません」

「いやっ!それは、こちらから連絡すると言ったのは私ですからかまいませんよ。でも、こちらも忙しくしていると忘れるってこともありますから、あまり長い間何にもないって状態が続いたら連絡してくれても問題はなかったけど・・・」

「すみません・・・言い訳になってしまいますが、お忙しいところお手を煩わせてはいけないかと思いまして・・・少し時間が経ちすぎたかと思います。申し訳御座いません」

「下駄箱が焦げた位の事故で細かいこという客なんか相手にされないのかと思ってたよ」

「いえ決してそのようなこと・・・お時間のあるときに対応させて頂こうと、準備させて頂いておりました。それでそろそろ如何かと思い連絡を取らせて頂きました・・・時間が経ってしまって申し訳御座いません」

「下駄箱はずっと焦げたままだし・・・生活していて感じ悪いよね!・・・敷物の隠してその上に写真立てやちょっとしたものを置いて見えないにしているけど・・・来てもらったときに言わなかったけど、玄関の廊下一杯に煤けて、それは家内が一生懸命拭いてとったのだけど」

「奥様にもお手数お掛けし大変申し訳ございません」

「で、X社としては今回の事故をどのように思っているの?誠意を持って対応しているの

?」

「はい、お客様の信頼を裏切って大変申し訳ないと思って・・・」

「信頼して買ってもらっているなんてメーカーの思い過ごし、うぬぼれじゃないの?」

「・・・私どもとしては、お客様に高い満足を持って頂く商品を提供することを努めながらお客様の元で事故を起こすなんてことは、全くあってはならないことで断腸の思いで深く反省しております」

「それはあなた達の思いでしょう?そうじゃあないと思うよ!火事になった我々はどうすればいいのよ。被害者のことを考えずにまず自分のことを考えようとする・・・結局は企業の論理優先だよ・・・そんなんじゃまた事故起こすよ・・・」

「決してお客様の事故より先に、というようなことは考えておりませんが、もしそのように伝わりましたら申し訳御座いません」

「迷惑を掛けた客のことに先ず気がいくのが普通じゃあないの・・・」

「はい、その通りかと思います。申し訳御座いません・・・」

「あんた商品企画の責任者として、本当にユーザーの利便性って考えている?利便性って

言うのは使い勝手がいいだけじゃだめなんだよ。安全性についても配慮されていて、そして尚且つコストも手頃でないといけないだよ

。それでいて初めて商品って言えるのじゃあないの?何か客のことあんまり考えていなくって、自分達の満足を優先する作品を作っているんじゃないの?・・・おたくの商品は、デザインを売りにして、小型でスリムで格好いいけど、性能に無理があるんじゃないの?

性能にウソついて売っていない?性能っていうのは音質がいいとか、急速充電ができるっていうことだけじゃなくて、安全性や耐久性っていうことが重要で、これらが出来て初めて他の性能のことを言えるのじゃあないの?

そういう意味じゃXの商品の仕様に対する信頼性ってのは一般に低いのじゃない」

「お客様の評価を得られるように努力してはいるつもりですが・・・」

「だって、3年で壊れるって良く言われるじゃない・・・」

「決してそんなことは・・・」

「でも実際3年持たないこと多いよ・・・火が吹いたやつも3年で2個目だもの・・・」

「信頼性を先ず第一に企画を立てるのですが今回のような事故を起こしまして・・・」

「だから考えるだけが商品企画の仕事だと思っていない?」

「そのようなことはないようにしているつもりなのですが・・・」

「商品企画の責任者ってさあ、ものづくりの現場まで出向いて、研究開発、設計、購買、製造、品質、物流、販売、販促、サービス全般に渡って関与して、企画した商品の、コンセプトっていうか、平たく言えば企画に込めた思いを実現する、そういう役目じゃないの

?」

「全くその通りかと思います」

「だったら、企画した商品が火を噴いて、消費者や広く社会に迷惑を掛けているなんてことが発生しているということは、商品企画者としての仕事が出来ていないというだけではなくて、商品企画者の責任ではないの?」

「おっしゃる通りかと思います。大きな責任を感じております」

「ユーザーを裏切り、迷惑を掛け、社会も危険にさらし、ブランドを傷つけ、自社の信用を落とし、その事業だけでなく今後の全社の業績に悪影響を及ぼす大変な責任だよね。平尾さん!あなた大変だあ!」

「本当にその通りかと思います」

「吉岡さま・・・手前どもとしましては、平尾は、今回回収させて頂いております商品の企画責任者ではありますが、弊社として弊社の看板のもとで進めさせて頂いている事業で御座いますので、今回の問題は全社責任と考えて対応させて頂いております」

「木村さん?でしたっけ?それ本当?」

「はい。弊社社長石塚も記者会見でそのように説明させて頂いております」

「だったら、御社としては現実にはどのように対応されているの?被害者、社会、株主といったステークホルダーが納得いくような対応をしているの?」

「これも、石塚が申し上げたことですが、被害者の皆様には被害の回復に全力を挙げて勤める一方さらなる被害の拡大を防止するためにもリコールの広報を積極的に進め回収に努めさせて頂きたいと思います。そして発生しました問題に対してのこういった対応と今後製造販売させていただく商品がお客様の生活の質の向上に継続して寄与させて頂くことで社会貢献を実現させて頂く・・・株主の皆様にはこのゴーイングコンサーンの経営の実現をご理解頂き信頼の回復に努める・・・そんなことで、今回ご迷惑をお掛けしていることの償いとさせていただきたい・・・そんな風に思っています」

「でもさあ、木村さん」

「はい」

「御社の社長がそのように立派なことを仰っているのかも知れませんが、実際現場でそれが実現できているの?」

「はい、全社員あげてそのように行動しておりますが・・・」

「だったら、何で私のうちの下駄箱が焦げたままなの?玄関の煤けも、カミサンが大汗かいて拭いたけど、やっぱり取れないものはとれないよ。そんな中で半年も生活しているんだよ!とても上質な生活と言えないじゃないのかなあ」

「私としては、吉岡さんからご連絡をすると強くご要望されたものですから連絡をお待ち申し上げていたのですが・・・」

「確かにそう言ったけどさあ、だからと言って半年もそのままなの?それで誠心誠意被害の回復に努めているって言えるの?さっきの社長さんの言葉のニュアンスと大分違いんじゃあないの?」

「申し訳御座いません。木村も吉岡様のことは何時も気にしていましたけれどお忙しいそうだということも気にしていまして、そんな中で半年もたってしまったようです。報告を受けていました我々管理職も、せめて毎月お手紙などで状況をお聞きするなどといったことをするように指示できなかったことも事実で御座います。吉岡様ご指摘の通り、石塚が世間様に申し上げましたことはまだまだ実現できていないというのはその通りで御座います。私どもも完璧に出来ているとは決して思っていません。吉岡様のように忌憚なくご意見を言っていただける皆様のご指摘を真摯に受け止めて日々改善しながら対応に努めているというのが実情で御座います。その点は、吉岡様の仰るとおりです」

「平尾さん。いいんだけどさあ。他の被害者にはどのようにされているの?私への対応を見ていると、とても先ほどから言われるように美しくできているとは思えないけどなあ。本当のところはどうなの?」

「個々の案件については被害者の皆様の個人的なことも御座いますので言えませんが、被害者の皆様の事情に配慮しながら、法律の定めるところを基準に当社の判断を加えさせて頂き進めております」

「一体何件の火災事故があったの?今まで?」

「およそ300件です」

「大きいのも小さいのも?」

「はい」

「うちもその中に入っているの?」

「はい。入っております」

「全焼ってあるの」

「御座います」

「何件」

「10件で御座います」

「人身に至るってあったの?」

「消火の際に手を少し火傷されたかたが数名おられますが、幸いそれ以上に人身に至る事故は発生しておりません。それだけに回収を急ぎ人身事故だけは絶対に避けたいと思います」

「なるほどね・・・で、不良の原因はつかめたの?」

「はい。製造管理の問題で御座います」

「設計には問題ないの?一番弱い立場の工員に責任押付けているのじゃないの?」

「いえ、決してそのようなことは・・・」

「どこで作っているの?」

「中国です」

「中国って広いじゃない・・・」

「シンセンです・・・香港から船で2時間位行ったところです」

「知っていますよ。それ位・・・珠海デルタ工業地域でしょ?」

「はい、その通りです」

「お宅の商品って日本製と海外製があるけどどうやって分けているの?」

「大まかに言えば付加価値によりますが、開発と設計は日本で行います。そして、基幹部品のICやLSIは日本全て日本で作り持込ます」

「それは、特許技術の流出を防ぐため?」

「そういうこともありますが・・・」

「それは、中国に対する偏見があるのじゃないの?」

「いえそんなことではなく、中国生産以外にも他のアジアの国や東欧でも生産しておりますが、全て同じですし、国内でも自社工場以外での生産は同じようにしています・・・これは、技術流出を防ぐということもありますが、品質管理の目的が強いです」

「・・・海外生産、他社製造委託と広げて品質管理は問題ないの?」

「ええ、当社の開発、製造、品質、といった管理規定のプロセスに従ってものづくりを進めていますので問題ないと思っています」

「でも、問題が発生した?」

「はい、その通りです」

「管理上の問題があったわけだ・・・規定も絵に描いた餅だったわけだ・・・」

「・・・」

「X社も中国進出盛んだけど、今回は自社工場で起こったの?それとも下請け?」

「協力工場です。山野電機のシンセン工場です。山野電機は戦後創業のメーカーで当社とは長い付き合いがあり国内生産でも協力関係にあります・・・」

「協力って、下請けでしょう?」

「まあ、そうですが・・・ここも、当社の中国進出にともなって中国工場を立て投射の中国生産の協力をしてくれています」

「そりゃ、発注元が出て行けば付いていくしかないよね・・・そうやって日本の空洞化が進むんだよ・・・」

「山野電機は米沢でも頑張っていますが・・・」

「・・・」

「中国では山野のような日系メーカー以外にも中国系のメーカーも使っていますが、やはりメイドインジャパンの製造や当社の製造品質について長年の付き合いがあるメーカーの製造協力の方がやりやすいところがあって・・・吉岡さんもご存知かも知れませんが・・

・ただ、中国製造も20年近くなり現地化も急速に進めていますが、それも外形的なものが先行して進んだ中で今回のような問題が発生したかと反省しています」

「ええっ?どういうこと?」

「ワーカーは別として、監督者や管理者を香港人や中国人にシフトしてきたのですが、その過程で品質や信頼性に対する方針というか

思想を植えつけるのが遅れてきたと反省しています」

「実際はどういう問題が今回の原因なの?」

「簡単に言えば、現地の購買責任者が部材の変更を通常のプロセスを経ずにやった・・・つまり勝ってにやったということです」

「5S変動手続きをとらずにやったということですか?」

「ええ、ご存知ですか?5S変動を」

「エンジニアではないので詳しくは知らないけど・・・それじゃ、品質も信頼性もあったもんじゃないね」

「はい。担当者も他社の同種の充電アダプターで使っている安いコストのものを共通に使えば製造コスト全体を下げられると思ってやったのが原因です」

「その他社の充電アダプターの性能仕様は同じなの?」

「いえ、長時間充電タイプでして当社の急速充電とは基本的に設計が違います」

「そんなの全く論外じゃないの?」

「ええ・・・」

「山野電機?実績あるって言われたけどっ全然だめじゃないの・・・そんなメーカーを使う御社の問題じゃないの?」

「ええ・・・」

「実際に問題を起こしたのは現場だろうけど

全体を管理監督する役目は組織上どこが持っているの?・・・商品企画じゃないの?」

「はい、その通りです」

「じゃあ、平尾さん、あんたの責任は重大なわけだ」

「はい、そのように認識しております」

「でも、依然商品企画の担当を続けているわけだ・・・」

「・・・」

「当社としましては、社長の石塚も申しましたが、全社の問題と考えて全社で対応するということで進めています」

「わかっているよ、そんなこと・・・さっきいった原因は公表していることなの?今日、私がひつこく聞いたから明らかにしたのじゃないの?」

「いえ、この内容は、当初の記者会見で案内した内容で御座います。その後プレスの取材を受けた際にもお話している内容で記事にもなりました」

「それ以外にも何か隠しているのじゃないの?」

「いえ、現在判明していることで世間に公表しなくてはいけないことは全て公表しております。責任という意味ではまず実施することかと思っております」

「ふーん。聞いていると立派なことを仰るけど、実際は、事故が300件を超えて発生時続けているし、私の家はほったらかしだし・・・いったいどうしてくれるの?」

「はい、吉岡様のご都合の宜しい時に修復させて頂きたいと思います。ご都合を仰って下さい」

「木村さんにもお話して、あなたにも報告されていると思うけれど、社宅なので大事にはしたくないですよ」

「地元の業者ではない業者を使い、極力目立たないように静かにさせて頂きますが如何でしょうか」

「社宅でウワサになって総務に知れたらどうするの?お宅だってサラリーマンだからその辺の微妙なところわかるでしょう?・・・」

「ええ、しかし、今回は吉岡様の落ち度で失火したわけでもなく、私どもの商品の不良が原因ですので御会社の方もご理解頂けるのではないかと思いますが・・・」

「通常の修理で業者が入ることもあるでしょうから、社宅内でもご不審には思われないかと・・・」

「木村さんは社宅に住んだことある?」

「いえ・・・」

「もし宜しければ、私どもから総務のご担当に、今回の件は全く当社の責任でご迷惑をお掛けしていることご説明しお詫び申し上げた上で作業させて頂くことをお願いするというようなことでは問題あるでしょうか?」

「だから大事にはしたくないのよ・・・第一事故から半年も経って今頃報告がされたら、その間何してたんだってことになるよ」

「それは、当社の対応の不手際で時間が経ってしまったことお詫び申し上げますが、如何でしょう」

「対応がどうあれ、何かあったら即報告しなくてはいけないのが社宅のきまりで、そういう管理の仕方で社員を見るんだから・・・」

「住三機械様はそのような社風というか文化に見えないですが・・・」

「木村さん、企業っていうのは中に入ってみないとわからないものだよ」

「はい」

「それに、当社の社員であるということを名乗りながら・・・社宅だからしようがなかったのだけど、こうやって交渉していることが見ようによっては、御社を困らせているように社内的に見られても困るのよ」

「我々決してそのようには思っていません」

「見る人によっては何かクレームしているように見えるものなのよ・・・それに住三グループとしても大口取引先である御社にクレームしていると見て問題になる場合だってあるからね・・・」

「手前どもは、決してそのようには取らないことご安心下さい」

「違うって・・・こちらの内部の問題だって言ってるんだよ・・・」

「・・・」

「どのように対応させて頂いたら宜しいのでしょう・・・私がこれまで提案させて頂いた内容ではだめでしょうか?」

「こちらに何か言わせようということ・・・」

「いえ、そういうことではなくて、何かご希望があればそれにお答えできるかと思いまして・・・」

「では、吉岡様このような案は如何でしょうか?」

「ここに来てまた大変なお手数をお掛けすることになりますが、吉岡様に下駄箱の修復と玄関廊下の煤けのクリーニングをお願いできないでしょうか?」

「自分でやれっていうこと?」

「はい、お手数お掛け致しますが・・・」

「もう面倒みないってこと?」

「いえいえ、そういうことではなくて・・・やはり、リフォーム業者などが入りますと少し大掛かりになりますし、あまり目立ちたくないという吉岡さんのお気持ちを考えますと

手前どもが材料費と手数の負担を考えさせて頂いてお願いするというようにさせて頂けませんでしょうか?」

「それでも構わないけど、素人がやるのだから簡単じゃあないよね・・・」

「ええ、お手数お掛けします」

「で、見積ることは出来るの?」

「こういう内容では如何でしょう?・・・下駄箱の修復作業に5万円。廊下のクリーニングに3万円・・・それに、材料やクリーナーの実費を負担させて頂くというので如何でしょう?」

「・・・そんなものかなあ・・・材料を買いに行ったりする費用もその作業費に含まれているの?」

「ええ、それでお願いしたいと思います」

「・・・実費の精算は?」

「ご購入頂いた時の領収書でお願いしたいと思います」

「業者の見積もりではどうなっているの?」

「名古屋郊外の業者の見積もりでは、材料、出張作業費込みで8万円ちょっとです」

「じゃあ、これでどう?・・・材料費も定額2万円とすれば?・・・領収書のやりとりの手間も省けると思うけど・・・」

「結構です。そうさせて下さい。ご理解頂き有難う御座います・・・ええっと・・・木村

・・・どのように進めさせていただくといいのかな?」

「吉岡様の口座に振り込まさせて頂くか、書き留で送らせて頂くかどちらでも結構です。

お持ちする方がよければこちらに参ります」

「じゃあ、木村さんの都合のいいときにコンタクトして下さい。お受け取りするだけでしょうから、時間も掛からないでしょうし」

「はい、そのようにさせて頂きます・・・その時、お手数ですが示談書にご署名頂きたいのでお認め印をご用意下さい」

「示談書?」

「ええ、皆様にお願いしております・・・手前どもの都合で申し訳御座いませんが、保険の手続き上必要なものですから・・・」

「なるほどねえ・・・じゃあ、それだけだったら二人の都合を合わせて会う事もないかな

・・・口座の番号を教えるのは新たに個人情報を教えることになって管理も大変だろうから、今ご存知の自宅へ書留で送って下さい。

示談書も同封して頂ければ捺印して返信します。そうすれば互いに手間が省けて簡単でしょう?・・・」

「はい、ではそのようにさせて頂きます」

「・・・あのね、平尾さんも木村さんもご理解頂きたいのは・・・私はね補償をしてもらうためにガミガミ言っているのでもクレームしているのでもないのです・・・」

「ええ、もちろん理解しております」

「やはり企業ってのは社会の構成員として責任を果たすのが当然で、その上で社会貢献して存続が認められるものだと思うのです。しかし、最近そういったことをとは相容れない経営が多く見られ多くの不祥事が見られます。体力のない企業やガバナンスがなくリスク管理の出来ていない企業は即退場となるけど

起こしたことを始末するわけでもなく、また大企業は体裁を整える程度の責任の取り方で

存続する・・・そしてまた不祥事を起こす・・・そんなとき、起こった問題やダメージを負担するのはいつも社会です。社会は形が見えにくく大きいからそのダメージは確実に蝕まれていきます。そのことは、我々社会や国の将来の可能性を蝕むということです。つまり子供達の将来に関わることです。だから私は現在に生きる社会人の大人として意見を言って社会の質を高めることに責任を持ちたいのです・・・私が御社との話し合いにこだわったのは、受けた損害や、社宅での問題ではなく、社会的問題を起こした御社の姿勢なのです・・・今回の御社のリコールに対して御社の責任の取り方というのは、こと被害者の生活だけに関わることではなく、世界に知れ渡っているブランドをつけて御社の商品は日本の代表選手のようなものですから、日本のモノに対する信頼性にもつながりますし、しいては日本企業に対する信頼性にもつながります。そんな中で、御社の対応によっては日本人が『日本の代表ブランドのXでもその程度か・・・』なんて自身をなくすことが起こってはいけないと思ったのです。そんな風に日本人が自信をなくせば、経済活動だけでなくあらゆる社会活動まで活気がなくなると思ったのです。・・・一企業のリコールかも知れないけど社会的な波及を考えればいい加減な対応をされると困るのです。私は一人の被害者として関わったものとしてそのことを確認するべきだと思ったのです。それも社会人としての責任だと思います・・・黙っておけば嫌われなくていいのかも知れないし、私の身分もご存知の中で本来は当たり障りなく対応するのがサラリーマンとしては普通なのかも知れないですが、当社の人間だとご存知だからこそ中途半端には出来ないとも思ったのです・・・どうかクレーマーとは思わないで下さい・・・木村さんには大変お手数お掛けしたけどこれで綺麗に収まったのではないでしょうか・・・」

「吉岡さん。手前どもは決してご懸念のようなことは思っておりません・・・こちらの立場をご理解の上ご示唆頂き有難う御座います。これからも当社商品をご愛用いただけますよう宜しくお願いします」

「ええ、御社のご方針理解致しました。お二人も大変でしょうけれど信頼の回復に頑張って下さい。Xブランドの復権を期待しています」


「お二人ともご苦労様でした・・・相当粘られましたねえ」

「うん。まあ仕方ないかな・・・リコールしている身だもの・・・藤岡さんこそ、立ったままで大変だったでしょう」

「いえ、私はただ見ていただけですから・・・部屋につれこまれたらどうしようかと思いましたが、特にややこしいことはなかったみたいですね・・・」

「・・・2時間ですか・・・」

「とくに気色ばむ様子もなく・・・神経質そうな感じでしたが・・・」

「大変なもんでしたよ・・・私は横で聞いていただけでしたが、部長は、細かい質問・・

・というか、結構意地悪な質問を意地悪な感じで聞いてくるのに冷静に答えられるので勉強になりました・・・さすがに慣れていますねえ・・・」

「慣れてなんかいないよ」

「こちらからは何をお話されているかわkりませんでしたが、話している様子を見ていて

しつこい方の対応に仕方はこういう風にすればいいのかと思いました・・・お客様相談室としましても参考になる感じでした」

「ただ相手の話をねばり強く聞こうとしただけだけどね」

「で、結局どうなったのですか?納得された様子でしたが・・・最後は笑っておられたので・・・」

「修理をご自分でして頂くということで、10万円で示談成立ということになりました」

「結局そういうことだったのですか?」

「どうかなあ・・・」

「私は、そういうことだと感じました。何んだかんだといっても結局はそういうことで、その結果に至る手続きが正当で気持ち的にも納得いく方法で示談に持っていって満足ということではないでしょうか」

「お客様相談室には、それが趣味のような方が結構来られますけど・・・」

「そうでしょう・・・」

「まあ、俺は、内容が他の被害者の補償内容と差がなくて納得頂けるならいいかなあとだけ思っていただけなんだけど・・・」

「でも、結局はあれで納得したのでしょうか

・・・10万をお支払いして示談書を受け取ったら一件落着ですね・・・あっ!ひょっとして示談書送らないつもりかなあ・・・最後の示談書でちょっと変な顔していたからなあ

・・・会って支払って、その時示談書に捺印

という話をしたら、振込みか郵送でいいって話になりましたよね・・・示談書は送りかえさないつもりかなあ・・・」

「そこまで細かい方でしたか・・・」

「まあ、振込み手続きなり書留の受け取り証明が残るからいいんじゃない?保険手続きも問題ないだろう・・・」

「内容証明で送りますか?」

「いいよそこまでしなくても・・・また感情的になられても困るよ・・・」

「そうですよね」

「ビールでも飲みに行こうか・・・」

「そうですね・・・お疲れ様でした」

「二人ともご苦労さん」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ