経産省にリコールを届け出る。
(23)リコールの届出(経済産業省商務情報政策局製品安全課)
5月20日(金)
午前10時、松本と芦田は、経済産業省商務情報政策局製品安全課の部屋に入り製品回収を届け出た。こういった場合、通常は担当官が応対することになるが、稲本課長と課長補佐の石毛担当官が別室で応対した。これは、X社は、社長石塚が電子工業会の会長を務め、日頃から代々の大臣や事務次官と懇意にしていたこと、さらに今回の届出に関しては、あらかじめ石塚が大臣、事務次官に説明し社会的な問題の発生に対して釈明したこと。さらに、松本も、経済産業省の各種委員会に参加した経験から庁内の局長や課長に面識があり、回収問題を起こしたことの釈明と対応の指導を得るために事前に行った根回しによる対応であった。製品安全課には、大臣と事務次官から対応について善処するように直接指示があった。
「松本常務。準備の方は如何ですか?」
「ええ、何しろ弊社としましても始めてのことですのでわからないことばかりですが、先日こちらでご指導頂きました、『消費者の安全第一』を回収方針に、PSR社の危機管理室のサポートのもと回収実績ある他社にも教えを請いました準備を致しました」
「X社は、経営がしっかりされているから、応対を間違えて大きな不祥事に発展することはないと思いますが、くれぐれも慎重にお願いします」
「はい、再度皆様にご指導頂くような自体になってご迷惑をお掛けすることがないよう細心の注意を払って全社上げて対応致します」
「特に、記者会見は注意して下さいね。石塚社長は、腹の据わったお方だから、記者の追及には動じられないと思いますが、記者の中には、自分が社会正義だと自負して必要以上に厳しく追求してくる者や、中には経営者をはめて不祥事に恣意的に持っていこうとする功名心に走る性格の悪いのもいて、神経を逆なでするような質問をするものも居ますから気をつけて下さい」
「はい充分気をつけたいと思います。ご指導有難う御座います」
「報道関係には石毛の方からもフォローさせます・・・石毛!記者会見にはNHKのテレビクルーは入るの?」
「X社のリコールですから、NHKはもとより民放各社の撮影も当然入ると思います」
「民放はいいけど、NHKは確認して念を押しておいたほうがいいよ。全国のニュースで報道されると回収の促進につながるからね」
「わかりました。NHKの報道局の神倉に確認してニュースに出すように言います」
「あとは、石塚社長に記者会見をばっちり決めて頂いて事故の発生を食い止める回収につなげて頂けたら当課の指導も効いたってことになる。他の企業への啓蒙にもつながります
・・・最近、リコールの届出が遅かったり、事故が拡大してから来るような企業があったりで企業のモラルの低下が激しい。製造物責任について甘い企業が多くてけしからん状況なのですよ・・・危機管理の問題なのだから
結局は自社に跳ね返ってくるのだから、自ら率先して対応するのが本筋なのに・・・全くね・・・」
「ええ、そのようになるように頑張ります」
「最近、企業の不祥事続きだけど、起こした問題はこうやって『自分のけつを拭くんだ』という雛形を世間に見せてやって下さい。X社の経営ならできるでしょう。期待していますよ」
「はい、ご期待に応えたいと思います」
「ところで、事故の予測はどうですか?大きな火災が二件あったとか・・・」
「ええ、現在9件発生しておりまして、そのうち火災事故に至っているのは3件で、アパート一棟の全焼、家屋一軒全焼、マンションの洗面室半焼に至っています。残りは、テーブルやドレッサーを焦がしております」
「人身は?」
「御座いません」
「人身事故が発生する前に回収を進めるのがひとつの目安ですね」
「お客様の生命と財産両方に危害を及ぶことを防ぎたいと思います。しかし、人身事故は何が何でも防ぎたいと思います」
「回収の詳細手順については如何ですか?」
「資料にまとめて持参しております」
「では、石毛に説明しておいて下さい」
「はい」
「御社の件は、大臣も次官も気にしておりますので、手抜かりなくやってください。それと何かの時には我々の間では連携を欠くことのないようして下さい。ホットラインとしては、私と常務。石毛と芦田取締役ということにしましょう」
「宜しくお願いします」
「では、私はこれで失礼しますが、石毛に詳細説明を宜しくお願いします」
「常務!・・・石毛担当官は、結構細かく気にされましたね」
「当社に対する自分の指導に問題があるってことになったらまずいから気にされているのだろう。半焼事故の件を聞いてから態度がちょっと変わったな・・・」
「ええ・・・しかし、『NHKのカミクラ』って呼び捨てにされてましたけど、報道局長の神倉さんのことでしょう?」
「ああ、そうだろう」
「稲本課長も『ケツを拭く』っておしゃってましたし、キャリア官僚も結構乱暴ですね・
・・この間も思いましたけど・・・」
「ああ、全てがそうじゃないのだろうけど、あそこに行くと大体あんな感じだよ。もっと勘違いしている人もいる。業界の集まりなんかで会うとまた違うのだけどね・・・稲本課長なんかまだ穏やかほうじゃないか・・・」
「へえ、そんなものなのですか・・・えっと、次の課題は、プレスリリースですね。青木部長と伊東部長に連絡いれましょうか?」
「うん。お願いできる?」
「記者クラブに行ってきました。報道各社の当社担当には、今、うちの担当と広報にも協力を得まして個別に手分けして回っています
」
「どう?反応は?」
「全社いなかったので、リリース資料を投げ込んで、その場にいた記者さん達には説明しましたが、何となくのらりくらりで、『大きいの?・・・』とか『量は多いの?・・・』とか『事故は起こったの?・・・』とかって感じで『誰が出るの?・・・』って聞いた記者もいて『社長が対応します』って答えましたら『じゃあ行かなくちゃ・・・』って言った記者さんもいました。どう思います?芦田さん」
「うん。記者さんってそんな感じだろう?いつも」
「ええ」
「のらりくらりとしながらも、本当は反応していて取り上げてくれるってことが良くあるからなあ」
「独特ですよねえ・・・」
「いずれにしてもNHKは、製品安全課の石毛さんの口利きでテレビクルーを入れてくれるだろうし、PRSの想定でも、企業の不祥事続きの中ではニュース性が高いということだから、本番記者会見では鋭い突っ込みも覚悟しなくてはいけないと思っている」
「心して掛かりましょう」




