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リコール  作者: 別当勉
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事故品を前に製品リコールの決断を確信する常務松本と平尾!

「まいど!」

平尾は慣れた感じで村田商会のドアを開けた。

村田商会は地下鉄御堂筋線の難波と堺筋線の真ん中辺りにあり日本橋の電気街に近い。創業の地である。そこに6階建ての本社ビルがあり、さらに別に倉庫とサービス部門が入る倉庫ビルを千里に持っている。

本社ビルの1階は、日本橋の電気街を主に大阪市内エリアへの販売を担当する営業1部がいる。営業マンの出入りは頻繁であるし、翌日のデリバリーを待てない販売店が本店在庫の商品を引き取りにきたりするので、この1階の活気が同社営業のバロメーターとなっている。2階が近畿圏を販売テリトリーに持つ営業2課、3階には輸入家電を国内GMSや大手量販店に販売する営業3課、そしてメーカーとの商品仕入れを担当する商品部があり、4階は、市内の販売店が当日商品は必要な時に対応するために千里の物流センターとは別に持つ在庫のための倉庫。5階と6階は経理、財部、システム、人事総務といった管理部門で、会長である村田の母の部屋は6階にある。村田自身の社長としての机もその部屋の中にある。しかし、日常的には、お客様を迎え、或いは社員がお客様のところ向かう文字通り自社の玄関である1階に席を設け、出張等で出掛けない時はそこで仕事をしていた。


「まいど!いらっしゃい」

 一斉に声が掛かった。

夕方は営業部には営業事務の女性数名が残っているだけでセールスの男性は全員営業に出掛けていた。セールスが出掛けたあとの営業、それは来店する販売店や掛かってくる電話での営業であるが、それは「私らにおまかせ!」という感じで留守の間の営業をしっかり守っていた。。 

 

「平尾さんえらい久しぶりやん。元気にしてはった?・・・ビールは東京でばっかり飲んでないでたまには大阪に来て飲まんとあかんよ!・・・部長になって偉なってフットワーク悪なったんとちゃう?」

「フットワークって・・・そんなことないんやけどなあ・・・ほんま大阪でゆっくり飲みたいけど貧乏閑なしでそうもいかのやわぁ」

「よお言うわ・・・うちらたっぷり仕入れさせてもらっているのにまだ足らんのぉ?ちょっと欲張りすぎちゃう。X社の一人勝ちは他社さんに恨まれるよ・・・」

吉田薫は、営業1部の女性人では中堅で、来年30歳になる典型的な難波っ子で、メーカーであろうが販売店であろうが来社する取引先とあいさつ代わりの冗談を言い合う。松本は、平尾の一歩後ろで二人の会話をうなづきながら聞いていた。

「常務さんは、もっとお久しぶりです・・・何時もお世話になっています」

「こちらこそ何時もお世話になっております・・・吉田さんのお顔見ていると村田商会の好調さが伺えます」

「有難う御座います・・・さっき、うちの社長が『お二人はまだかなあ』言うてウロウロしてました・・・お待ちしているみたいですよ・・・6階にお上がり下さい」


「毎度お世話になっています」

平尾は、総務経理部の部屋にドアを開けて再び同じように挨拶した。

「おお!お二人さん揃ってか!えらい早かったやないか!さすがのフットワークやなあ・

・・」

村田と松本は同じ年の56歳である。二人は、社長室の横にある応接室に入る前にさらに奥にある会長室まで行って村田の母に挨拶しようとした。村田の母は、80歳になろうとしていたがまだまだ元気でかくしゃくとしていた。少なくとも週に半分は千里の自宅から地下鉄に乗って出社し、帳簿を見たり社内を歩き社員の相談にのったりして会長としての仕事をこなしていた。代表権は村田が40歳の時に譲り特に経営に細かく関わることはなかったし、村田に何か指示するということもなかったが、何か問題があった時はそれとなく示唆していた。しかし、その示唆は、事の本質をついているので社員からも慕われ尊敬されていた。村田は母のそういった存在が嬉しかった。高校時代に父が亡くなったあとは女手ひとつで育ててくれた母に対する感謝ももちろんあった。健康を維持するためにも会長として毎日ではなくても出社してもらうのが健康にもいいと思った。自分が社長になったあとも、自分の机は総務経理部の一画に置き、社長室を作らず会長室として母に使わせていた。会長室の部屋のドアをいつも開けられていた。


「会長!Xの松本常務と平尾部長がお見えです」

「会長!大変ご無沙汰しております」

松本は深く頭を下げ、平尾がそれに続いた。

「お二人とも何時お会いしても元気そうでなによりです。元気な姿を見せてもらえて私らも安心です」

「はいお陰さま元気に商売させてもらっております・・・が、競争が激しくて商売は厳しい状況が続いています」

「・・・売上が足りまへんか?・・・ほしたらわたしらももっとがんばらなあかんということやなあ・・・なあ社長?」

「会長!当社はけっこう頑張ってまっせ!」

「そやかて松本はんには満足できんて言われているのと違いますか?」

「とんでもございません。村田商会の皆さんには何時も頑張ってもらっています・・・私らがもっと頑張らなくてはならないんです。なあ、平尾」

「はい・・・いい商品作らないといけません」

「・・・」

「・・・ところで今日はなんですか?お二人で来られて大事ですか?なんかええ話をもってきてくれはりましたんか?」

「・・・それが・・・また社長のお力をお借りしなくてはいけないと思ってまいりました

・・・」

「なんや難しい話か何か知らんけど、私らで出来ることでしたら何でもさせて頂きます。しっかり使ってやって下さい」

「ありがとうございます。恐縮です・・・」

松本と平尾は深く頭を下げた。村田の母である会長の優しく穏やかな表情や物言いが、村田商会のX社に対する感謝と信頼をあらわしていた。会社対会社の関係が上手くいくとはこういうことかと二人は改めて思った。深く下げた頭を上げた時目が合い互いにうなづいた。

「今日はお泊りですやろ。ゆっくりしていってください・・・社長、たのんましたで」

「はい。了解しております・・・ほな、応接にいきましょか・・・」

二人はもう一度深く頭を下げ会長室から出た。


「会長はお変わりなくお元気で何よりです」

「常務!ありがとう・・・でもねえ、かなわんでえ、元気すぎるのも・・・俺なんか56になるのにまだガキ扱いや!」

「そりゃあ、我が子だから仕方がないのじゃないですか?」

「そうやねんけどなあ・・・」

言葉とは反対に村田は嬉しそうに話した。


 会議室のテーブルには、問題に出火して樹脂製のケースが溶けて変形している充電器が2個置いてあった。松本は、ソファーに座るとゆっくりと手にとった。

「これですか・・・」

「そうや・・・二つとも同じところに穴が空いてるやろ・・・そこから火が出た跡があるやろ?ケースが溶けてるもんなあ・・・」

「・・・」

「まだ中は開けてへんでえ。あんまり触らんほうがええと思ってなあ」

松本が両手でそれぞれの商品を同じ向きに持って見比べた。平尾が横から少し身を乗り出し覗いた。まず、出火によって穴が空いている上面、そして側面と底面・・・松本は平尾の方に目をやった。目を凝らして商品を見ていた平尾も松本のほうに顔を向けた。松本は軽く頷いた。松本の目は、2つの商品が同じ箇所から同じ状態で出火している事実を確認し「回収」をしなくてはいけないと自分は「決めた」と告げていた。

 ひょっとしたら・・・という可能性を探したいという思いが自分の中にあるのもわかっていた。もちろん技術的な検証の上で決めなくてはいけないことであるが、「ひょっとしたら問題ない・・・回収に至らなくて済む」という思いを持って対応する事実ではないことは明らかであった。自分がその方向にならないためにも誰かに宣言して自分を追い込む必要があった。松本の目は平尾に宣言し平尾はそれを理解した。


「でも不思議ですねえ・・・錐であけたようにきれいに穴が空いていますよね。ちょっと穴の周囲が熱で溶けていますけど・・・こんなことって起きますかねえ・・・相当の火力と勢いがないとこんなこと起きないはずです・・・」

「ケースは変形してないしなあ・・・」

「ケースが破裂もせずにこんなにすぱっときれいに穴が空くというのは、燃えたというより火が噴出した感じですよねえ」

「そういうことだろうなあ。でもそんな事が起こるのかなあ・・・」

「これ返品してきたのは何処のお店ですか?」

「サンハウスの守口店と博多店やで・・・」

サンハウスは、大手GMSである。日用雑貨品の豊富な品揃えと安い価格で提供するで生活用品の店」昭和30年の中ごろに創業し、その後食品、衣料、家電、家具、玩具、レコード、スポーツ用品と領域を広げ、それぞれの領域での価格破壊を行い日用品雑貨のスーパーマーケットからGMSに成長した。

その価格破壊を行いながら成長していった過程では、ブランド政策や系列店販売による流通政策を進める各製品メーカー、これはアパレル、日雑、家電問わず、価格をめぐっては調整がつかず、多くのメーカーとは正規の直取引ができなかった。サンハウスは、在庫を抱える問屋の横流しといった闇ルートからの商品調達といった手で商品を手当てしたが、家電製品のアフターサービスや在庫の処分販売でメーカーとの攻防は続いた。

しかし、GMSの販売力を無視できなくなった主要メーカーがブランドの扱いやアフターサービスの整備による消費者サービス向上を理由に正規取引ルートで販売するようになった。結果としてメーカーはGMSの軍門に下ったのである。多くのメーカーは、売上、ブランドの取り扱い、価格、販促、サービスといったことを直接コントロールするための自社販売会社を通じて直接販売した。

しかしながら、X社は、サンハウスへの販売は当初から一環して村田商会を通して行った。サンハウスは、X社の商品に関しては案手的に扱うことができたのであった。価格破壊を歌うサンハウスとしても安定的な商品供給を約束するX社の商品に関しては、無茶な値引きはしなかった。村田商会のフットワークの良い調整は、X社とサンハウスの両者から尊重された。

後に、GMSが家電量販店の台頭により家電商品の販売が縮小されX社から村田商会への販売も落ち込んだが、X社は同社のそれまでの貢献と同社の忠誠心、そしてX社販社がカバーできないような店をこつこつと訪ねて売上をつくる・・・村田商会が生き残る術でもあったのれあるが・・・そんなフットワークの良さを認めて代理店=問屋としては唯一取引が継続していた。


「社長・・・お客様にはお怪我はなかったのですよね?」

「松本さん・・・そう聞いているでえ・・・わしもなあ、最初それが心配でうちの営業の担当の子に聞いてみたんやけどなあ、特に騒ぎにはなってないって言いよんねん・・・まあそうやろうなあ・・・もしそんなことが起こっていたらもうすでに大事になっているでぇ・・・しかし、店の担当者も商品を交換したらええぐらいにしか考えとらんのやろう。返品しただけで何にも言ってけえへん・・・」

「店の責任者、チーフバイヤーには一報を入れておいたほうが良いのではないでしょうか

?後に原因がはっきりして、それが大きな問題でなかったとしても、サンハウスには最初の段階での対応をきっちりしておかないと後から不味いことになるのではないかと思います。売り場、店の責任者、チーフバイヤーそれぞれにきっちり説明しておいた方がよろしいでしょう。とにかく我々の報告より先にチーフバイヤーの耳に入ったらメーカーの姿勢を問われて問題になります。今後の取引に影響が出ても困りますから・・・」

「それは大事やなあ・・・平尾ちゃんそれ一緒にやってくれるか?ひょっとしたらってこともあるし、変に騒がれてもこまるから、担当者にやらせるわけにはいかんやろう。手伝ってな!」

「それはもちろんです」

「常務!この2つはどうしましょう?」

「まずは、米沢工場の品質管理に送って・・・いや、有川に電話して事情を説明しよう。そして明日お前が米沢に持ち込んでくれないか?」

「わかりました」

「大阪支店の多田の耳にも入れておこう」

「今から支店に行きますか?」

「いや、大阪に居るようであれば、多田にはこちらにきてもらおう。いきなり二人で視点に行って、なんだってことになってもまずいからな・・・」

「わかりました。支店長の携帯に電話を入れてみます。大阪に居られるといいんです・・・」

「先に多田さんに連絡せずにあんたに電話したんはまずかったなあ・・・」

「そんなのはかまわないですよ。多田はそんなこと気にしませんから・・・」

「それで、実際のところ松本さんはどう思うこれ?」

「同じ位置に穴が開いて、そこから出火していますが、こんなに綺麗な穴が開くのか不思議です。錐で開けたようでしょう?」

「どんな風に出火したんやろうなあ?」

「銘版は焼けていないので製造月がわかりますが、2ヶ月違います。そうだよなあ?」

「そうです」

松本と平尾は、銘版の製造月とロット番号を既に確認していた。以前は製造履歴に関しては略記号で記載され製造者しか判らないようになっていたが、2004年に消費者団体のアピールもあり関連法が改正になり一般消費者が一目でわかるように表示されている。


「ロット生産しているもので2個同じ不具合が出るというのがそもそも問題で、たまたま不良が出たというのは製造品質管理上あり得ないのです・・・なあ?」

「量産を開始して1年以上経つので、設計の問題ではないとは思いますが・・・経年変化の問題を見落としたか、生産の問題であれば、ロット不良となります。ロットは1ヶ月・・

・細かく言えば10日単位で管理していますが、継続生産しているもので2ヶ月にわたる生産の中から同じ不良が出るというのは品質管理上あってはならないもので、問題は深刻です・・・たまたまであって欲しいけれど、きちんと製造管理していればいるほど、2ヶ月にわたるロットの中から同じ不具合が出たというのは、言ってみれば少なくともその間のロットは全て不良になりますし、その前後のロットも範囲は別にして対象になるということなのです・・・」l

「そうやろうなあ・・・でも大事やなあ・・」


「まずは、その原因と発生のメカニズムを明らかにして問題は何か、どの商品が対象なのかをはっきりさせないといけません・・・それも急いで進めなければいけません・・・そんな感じか?平尾?」

「ええ、その通りだと思います」

平尾は声だけは自身を持って答えた。しかし、松本に念を押されて、松本自身も今確信持って言えることは、今から起こるかも知れない大事に当るに際しての個別課題が想定できているわけではないと思った。もちろんそうであろう。X社にはリコールの経験はない。だからこれがリコールを行うに相当する状況なのか、理屈の上では「たぶんそうであろう

」が・・・。

リコールを行うのであれば、大きな流れとしてはそのように対処するのであろうが、個別の対応が想定できているわけではなかった。しかし、そうだからと言って、松本の念押しに対して不安げに答えるわけにはいかなかった。それは、松本をボスにこの大事に当る幹部社員としてもそうであるし、何より、この商品を企画し開発、設計、品質管理からサービスまでを見ている商品企画の責任者として、コトに当ろうとするスタンスを自分自身に示すためにも不安げに答えるわけにはいかなかった。


「・・・こんなこと言うてなんやけど、ひょっとしてこうしている間にも火が出て事故が起きてんのんとちゃうか?・・・気悪せんといてや・・・」

「いえいえ、全くその通りです」

「そういうことやったら、回収を急がなあかんということやろうけど、同じ種類のものを全部やるわけにはいかんやろう?」

「・・・私も製品の回収・・・リコールなんてやったことはないですが、商品を特定して行わないと大混乱になります。該当品を明確にしないと、どの商品が何が原因で回収をしているかということが消費者の皆さんに伝わらなくて、たぶん回収は進まないと思います。当局への届出の問題もありますが、消費者の皆さんが混乱して問い合わせだけが多くて、それも充電器だけでなく、当社のあらゆる商品について安全か?というような問い合わせや、他社の携帯オーデイオの充電器についても危ないということで、当社だけでなく売り場でも問い合わせが増えて混乱することが懸念されます」

「そやけど大きな事故が起きたら事業的にも終わりやろ?」

「・・・該当品を特定して対応を決める・・・これを早くやらなくてはいけないのです。今は2個ですが、国規模で回収を進めるとなると簡単な作業ではありません・・・」

「平尾!この充電器は輸出している?」

「・・・いいえ・・・幸いなことに本体はユニバーサル仕様ですが、この充電器だけは規格の問題で海外には出していません。国内専用なのです」

「そうか・・・それは助かった。国内に的を絞って進められる」

「まずは全国の流通を確認して多発していないか状況を確認することでしょう。そして、多発していれば・・・どこから手をつけていいのでしょう・・・まずは、事故の状況、被害の状況を確認してお客様への対応を優先することでしょう。それと同時に事故の拡大を防ぐ手立てを構築しなくてはいけないでしょう・・・」

「・・・平尾ちゃん・・・手立てって言うても実際にはどうすんのや?」

「ええ、当社も経験がないので正解はわからないのですが・・・他社事例のリポートを読んだり、セミナーで勉強した範囲で考えたりしているのですが、まずは商品を特定することですが、これをどうやってするのか・・・まずは事故の原因を解明することでしょうが、すぐに解明できるものかどうか・・・単純な原因ですと良いのですが・・・」

「メカニズムがわかったとして、該当の範囲も特定しなくてはいけない。出荷した商品全てなのか、特定ロットなのか?・・・何れにしても目指すは、被害が広がらないうちに特定して回収することを目指さなくてはいけない・・・」

「しかし、多発って、何個発生したら多発になるんやろうなあ・・・」

「工業製品で同じ重欠点不良が2個だけ発生するということは理屈上ありえません」

「そういうことやろうなあ・・・2個出ているということは既に多発ということか・・・」

「ただ・・・最初の2個では事故には至っていません。時間的に幾ら猶予があるのかわかりませんが、今のうちに対応を整えなくてはなりません」

「重大事故やったら即発表して回収せなあかんってことか・・・大変やなあそれ・・・これからすぐにでも発生する危険もあるっちゅうことやなあ・・・」

「ええ、・・・」

「でも、不謹慎かもしれんけどな、モノの焼損はまだ補償できるやろうけど人身はあかんやろうなあ・・・それが一番怖いやろうなあ

・・・」

「場合によっては事業の存亡に関わることにもなりかねません・・・他社の事例でもあります」

「火災事故だからな・・・」

「そうか・・・それは厳しいなあ・・・」

「・・・平尾!ちょっと整理してみよう」

「ええ」

「わしは席はずそかあ?」

「いえ、社長ぜひ横でお聞きなっていてください。我々の考えにおかしなところがないかアドバイス下さい」

「よっしゃ、わかったで・・・」

「この戻ってきた2つを見ている限りは、不具合の状況は同じように思える・・・ということは他にも同じ条件で製造された商品があるということが想定される・・・ということは多発の可能性のある商品が市場に存在するといことだ・・・ただ、一方で出火の条件が他にあるかも知れないので全て出火に至るというわけではないが・・・今は俺が言ったことで変なところあったか?」

「いえ、なかったと思います」

「この2つは製造月が2ヶ月違うということだけど、部品のロットを考えると前後少なくともどの位の製造期間の商品が対象になる?・・・ロットは月3万個だっけ?」

「はい通常3万個ですが、秋は、国内の年末商戦を見込んで倍の月産6万個だったと思います」

「すると少なくとも3ヶ月で18万個が対象となるわけか?・・・前後も考えるとどうなる」

「製造条件を確認する必要があります。原因が組み立て作業にあるのか、部品にあるのかということです。部品に関して言えば、部品それぞれの発注ロットによります・・・即ち

購買ロットは製造ロットに合わせていますが部品メーカーでの製造ロットはこちらではわからないので、もし部品不良が原因だった場合、その部品のロットが幾らで我々はそのどのロットからその部品が使われていたかってことを確認してロットを特定しなくてはいけません」

「地道な作業をせなあかんっちゅうことやなあ」

「ええ・・・」

「・・・設計の問題ってことはないのか?」

「・・・設計の問題であれば、もっと早い段階で不具合が発生していると思うのですが・

・・これは発売して半年たったロットです・・・もし設計が原因の場合全数が対象になります」

「全数って?聞いてええのか知らんけど、そうなるとどれ位の商品が対象になるんや?」

「2月から量産して8月まで月産3万個、あと3ヶ月で18万個、12月からですから計39万個、1月からの3ヶ月が月産9万個です。今月分は除くと・・・」

「48万個になるで・・・結構な数やなあ」

「・・・」

「とにかく出火が起こるメカニズムを確認しよう。それがわからずああだこうだと言っても始まらない。何も決定できない。事実を揃えよう!」

「はい」

「そらそや!」

「平尾はそれを持って明日米沢工場へ行ってくれ。とにかく事実の確認が大事だ。勇み足もまずいが、手遅れは致命傷となる。米沢のの有川にはこれから私が一報を入れる。品質管理・・・いや設計も入れて、出火のメカニズムを解明し不良のロットを特定してくれ!」

「了解しました」

「リコールの実行はメカニズムが解明されてからしたいそれが当然だと思うが、一方で時間の制約はある。多発したり、大きな事故が起こって報道されたら全て後手にまわる。人身事故に至ったら対応云々より何のために事業を進めてきたのか・・・とにかく多発する前の比較的コントロールがきく状態のときに対応したい。しかし何時多発するかわからん

時間的猶予は計算できないということだ」

「はい」

「回収の手順については、今芦田が調べてくれている。もし回収をする場合、リコール対策室のようなものを作ることになるが、その統括は、マーケテイング統括部長の彼にやってもらおうと思う。平尾は現場のオペレーションを彼の手足となってやってくれるか?統括補佐という形で・・・この組織は、危機管理委員会の直轄にすべきと思う。委員長は、社長で副委員長は私だから組織の構成としては問題ないだろう」

「了解しました。商品企画責任は私ですから現場のことは芦田さんをサポートして私がしきります」

「・・・社長が前面にでまんのか?」

「ええ、そうです。他社では私らクラスで対応する会社もありますが、うちの社長は、こういった時は前面に立つと何時も言っています。危機管理委員会も社長直轄にして委員長は自らなっています」

「そらあ対応に間違いがあったら絶対あかんなあ・・・社長が前面に出るんやったら、いち事業の問題ではなく会社全体で見られるからなあ・・・」

「うちの石塚は、経営はこういった時こそ前面に出るべきだといつも言っております」

「石塚さんはほんまえらいなあ・・・」

「社長への報告はどうしましょう?危機管理の手順では重大事故の発生は即報告することになっていますが・・・」

「重大事故の定義はどうなってんのん?」

「ええ、人身や家屋施設等財産に危害が及ぶ事故で火災・・・というような定義です」

「なるほどなあ・・・そうすると該当するのとちゃうかあ・・・」

「そうです。第1報を入れることになります」

「しかし、まだ正確な説明が出来ませんが」

「・・・耳にだけは入れておかないといけないと思う・・・石塚さんの性格からして、こういったことは早く知りたいだろうから・・・それに、万一の場合に社長がゴルフをしていたってことになってもまずいし・・・例えそれが業務の接待ゴルフであってもだ・・・」

「なるほどなあ・・・リコールとなったら世間は色んなこと言うやろうなあ」

「社長と芦田には私が電話する。米沢の有川と大阪の多田さんには連絡を頼む」

「はい了解」

「多田さんにはそれとなく伝えて、すぐにこちらへ来てもらってくれ」

「他の支店長やうちの連中には如何しますか?」

「明日一番で帰って芦田が今調べてくれているリコールの手順を聞いて、それに、すぐにはメカニズムは判らないだろうけど、有川の感触も聞いたうえでその後対応を決めようと思う。不確定なことで判断して混乱させては2次災害につながるかともある」

「急がなあかんけど、確実に、慎重にいかなあかんということやなあ・・・急いてはkとを仕損じるってことか・・・」

「そういうことだと思うんです、社長・・・大阪の多田支店長には社長のところでこんなことしていることは話しておかないと、後で水臭いってどやされます・・・」

「そりゃそやな・・・何も言わんと東京に帰ったら、多田さん怒るわあ・・・」

「ところで今何時だ」

「もうじき8時です」

「じゃあ、俺は社長と芦田に連絡するから、お前は、有川と多田にはお前から連絡を知れてくれ」

「はい」

「ほな平尾ちゃん。その間に明日の米沢までの予約入れといたるわ。朝一番の山形空港行きでええんやろ?」

「すみません社長」

「あれ、わし米沢の工場にお邪魔する時にいつも乗るんや」


二人に時間の感覚はなかった。村田商会に着いたのが6時頃で営業部隊はまだ戻っていなかったし、村田会長がまだ会社に居たのでそれからまだ幾らも経っていない営業時間内だという感覚であった。しかし、実際には8時を過ぎていた。村田商会について早2時間経っていた。


平尾は米沢工場の有川に電話を入れた。有川は、まだその時間に工場にいた。有川は、米沢工場で携帯オーデイオの開発、設計、製造企画、品質管理を担当する第3技術部の統括部長である。平尾より4つ歳上の50歳で、平尾のチームが提案した斬新な商品企画案を技術革新によってイノベイテイブとして現実化した実績を持つX社の名物エンジニアの一人である。

有川は、固定観念を嫌い柔軟な発想による技術の革新、徹底した現場主義、品質に対するこだわりをエンジニアとして自身のモットーとしていた。MAM事業の技術を統括するキーマンであった。

電話の向こうの有川は、特に質問するわけでもなく平尾の話を聞いていた。


「・・・わかった・・・平尾!とにかくそれを出来るだけ早く持って来い!」

「はい。明日朝一番のフライトでこちらから直接向かいます」

「・・・まず現物を確認しよう・・・それからだ・・・待っているよ・・・」

「では、明日宜しくお願いします!」


次に大阪支店の支店長多田の携帯に電話を入れた。夜の8時を回っていたので支店にいることはないと思った。

「多田さん?平尾です」

「おっ!どないしたんや?大阪に来てんのか?・・・来てるんやったら飯でも食うか?・・・」

「・・・支店長は、まだオフィスに居られるのですか?」

「ああ、そうやねん・・・今日は、バタバタしていたからまだ会社でグズグズしてんねん

・・・でももう出ようかとおもてたとこや。・・・まだみんな忙しいに仕事しとるけどな・・・」

「今、常務と村田さんのところにお邪魔しているんです。それで、支店長のご都合は如何かなかと思って電話しました」

「そうかあ・・・なんやあ松本さんも来てるんかいな・・・急用か?」

 何かおかしいと、多田は思った。

大阪支店は近畿エリアへの販売を担当している。殆どの家電量販店へは直販であるが、村田商会が古くからパイプを持っている日本橋の電気店から大きくなった家電量販店の一部と一般にパパママショップと言われる町電気店は村田商会を中間問屋として使って販売している。また、加えて、商品納入のベンダーが限られているサンハウスのようなGMSへも村田商会を通じて販売していた。

大阪支店の村田商会に対する売上は、大阪を本部に全国展開している大手家電量販店の『四天デンキ』に次ぐ2番目の規模であった。

従って、本社のマーケテイング部の担当者が出張で村田商会を往訪する時は、支店の担当者と同行するか、そうでない場合は訪問の目的とスケジュールは必ず支店に連絡があるのが常であった。その内容は、支店内で必ず多田に連絡がされていた。つまり、支店の担当部門に、何の連絡もなく来るということはなかった。まして常務の松本が事前に連絡することなく大阪入りするということもなかった。


「・・・何か合ったんか?」

「連絡もいれずに来てすみません。ちょっとあわてまして」

「連絡なんか入れんでもええ。そんなん気にせんとどんどん来てや・・・けど、ちょっとあわてたって、何をあわてたんや・・・何かあったんか?」

「ええ・・・ちょっと不具合品が続けて出ていまして・・・続けてと言っても2台なんですけね・・・それが、ちょっと気持ち悪い不具合なもんで確認しておいて方がいいかと思って来てます・・・」

「どんな不具合か知らんけど、何かヤバイと思ったときは現物を確認せんとあかんでえ。それは間違いない。きちんとしておかんといかん」

「・・・多田さん、ちょっと今からよろしいですか?」

「ああかまへんでえ・・・待っているで」

「・・・支店ではなくて村田商会の方へ着ていただけませんでしょうか?」

「・・・それはかまへんけど・・・松本常務もそっちか?」

「ええそうです」

「よっしゃ、わかった。今からすぐ行く!」


心斎橋にある大阪支店から難波にある村田商会へは一駅である。

松本は、社長の石塚に現状を報告し今後の対応を相談した。

 石塚の指示は、7つあった。即ち、まず、「事実を正確に把握すること」。2つ目に、「困難から逃げないで対応すること」。3つ目は、「本来公表すべきと思うことを隠してはいけない」。4つ目は、「事故の多発の回避を一番に考えること」。5つ目は、「リコールをするなら徹底してやること」。6つ目は、「記者会見をする場合は自分が出る」。最後に、「取引先にはどうしても迷惑が掛かることになる。伏して協力を願うこと」であった。そして最後に重ねて「絶対に逃げるな」と松本に念を押した。

松本は、事実を確認して製品の回収、即ちリコールの実施を決めたら「対策委員会」を立ち上げ、委員長には自分がなるつもりでいるが、不具合の内容及び対象商品の数等リコールの規模によっては社長に就いてもらうことになるかも知れないことを告げ、石塚も了解し電話を終えた。

 松本は、続けて芦田に電話を入れた。


「常務!返品の充電器の状況はいかがですか?」

「うん・・・2個とも不具合の状態は同じだ。平尾が明日一番で米沢に持ち込んで有川に見てもらうようにした・・・しかし、おそらくダメだと思う・・・リコールは覚悟したほうがいい」

「・・・充電器は相当ひどいことになっていますか?」

「外観はそうでもないが、明らかに内部で出火してケースをきれいに貫通しているんだ」

「貫通しているのですか?」

「ああ。錐で開けたような穴なんだ。相当高圧で出火したんじゃないかと思う」

「高圧って?・・・ガスが発生したのですか?そんなことがあるのですかねえ」

「ああ、出火のメカニズムは全く想像がつかん・・・製造月に関しては、両方とも製品銘版はきれいに残っていて、2ヶ月離れている」

「ええ?そうすると対象は少なくとも3ヶ月間の製品になりますか・・・結構大きな数量になりますねえ」

「ああ。・・・それでどうだ。リコールの手順について何か様子をつかめたか?」

「ええ。まだまだですが、リコールは大変な作業です。詳細はまだわからないことが多く誰かに聞きたいことだらけですが、確かなことがわかる前に話しが広がって混乱させてもまずいと思って社内でも誰にも相談していません」

「ああ、それでいい。まだ社内では話にしない方がいい。不確かなことで混乱するといけないから・・・。ただ、社長の耳には入れておいたほうが良いと思ってさっき報告しておいた」

「石塚社長は何かおっしゃっていましたか?」

「うん・・・『逃げようと思ってはいけない』といっていた」

「・・・」

「それで、さっきのリコールの手順はどうやって調べた」

「山善ブックセンターへ行ってリコールに関する本を立ち読みして幾つか買ってきました」

「参考になるものはあったか?」

「どのような手順で進めれば良いかというようなことがまとまった手引書の類は見つかりませんでした。他社の危機管理事例での失敗モノが多かったです。その失敗の対応事例から手順を整理し当社の事例に向くように攻勢し直すのかなぁと思っています」

「失敗例は参考になる」

「しかし、先程も言いましたがリコールの作業は膨大なものです」

「だろうな・・・」

「対応方針の決定、経済産業省への届け出、記者会見、その記者会見も、コールセンターの設置から社内グループ関係各社への連絡、流通への説明、流通対応の準備、業界団体への連絡、事故による被害者への対応方針の決定といったようなことを終えた上で望まなくてはいけません。その上で記者会見場の手配、マスコミへの連絡、新聞社告手配、回収と良品交換のための物流手配、返品された不良品の管理、費用の見積もり、予算化、費用管理、そしてこれらの課題を進めるための組織の件

・・・その他にも今検討もついていないようなことが沢山あると思います」

「・・・やっぱり大変だなあ・・・」

「ええ・・・」

「どうやって進める?」

「課題別に担当を割り当て組織表にまとめた上でタイムスケジュール化してみようと思います。それでリコールを俯瞰してみようかと思います」

「なるほど・・・いいんじゃないか」

「常務・・・広告代理店に相談して良いですか?PRS(Public Relation Strategy社)が良いかと思いますが?あそこには危機管理対応室という専門チームがいます。リコールをするとなると、いずれ記者会見や新聞社告の手配をお願いすることになります・・・まだリコールを決定したわけではありませんがこの段階から相談しておいたほうが良いかと思います・・・コンサルを受けて情報をもらいながら進めることができますし、PRSも新聞社告や記者会見など後々の対応がやり易いかと思います」

「ああいいじゃないか。丸投げ・・・というか、『お任せ』はまずいが、リコールの作業の主体はあくまで自分達であると理解した上で、専門家に協力を願うのはいい。今後組織対応するときにPRSに頼りきる雰囲気が部内に出ないように気をつけよう」

「了解です」

「・・・PRSの三富局長に連絡入れて相談してみてくれる?状況上手く説明してな・・・そんなことわかっているか・・・すまんな芦田」

「・・いいえ。以上の件、了解しました。こちらで進めておきます。で、松本さんは明日はどうされますか?」

「一番ののぞみで帰るよ」

「では、報告できるようにしておきます」


松本が芦田に電話している最中に多田は村田商会に到着していた。

「多田・・・すまんな遅くに」

「いいえ・・・話は少しわかりましたが、もしそうだとしたら大変なことになりますね」

「まだ決まったわけじゃないが、大きな事故になる前に確認できたことは良しとしなくてはいけない・・・いきなり事故の連絡からスターすることになったら、慌てて冷静な対応は出来ない・・・」

「社長が機転を利かせて知らせてくれて助かりましたねえ」

「ああ、本当だよ・・・」

「誰も気づかずにいて不良品廃棄に回って、後に事故の連絡が入って対応するなんてことになったら、完全に後手を踏むところでしたねえ・・・社長!良く気付かれましたねえ」

「うん、わしやなくて、うちのサービスの担当の子が変や言うてもってきよったんや」

「社長が日頃から品質やサービスの重要性を唱えておられるからですよ・・・」

「うちはどんなことでもメーカーさんに貢献できたらええんよ・・・」

「有難う御座います」


「常務!ホテル、何時ものところ取りました」

「空いていたか?」

「ええ、この時間になるとキャンセルも結構出るみたいです」

「じゃあ寝場所は確保できたな・・・何だ、もう9時近いじゃないか。飯に行こう!」

「え!飯ですか?」

「飯は食うだろう?・・・今日やらなければならないこと、できることは全てやったんじゃないか?・・・多田にはもう少し詳しく説明しなくてはいけないが、それは飯を食べながらさせてくれ・・・いいよなっ多田?」

「ええ・・・」

「また明日の朝から働けばいい・・・平尾はフライトは取れたの?」

「ええ、予約出来ました。7時半です」

「わしが米沢工場に行くときにいつも利用するやつや」

「・・・じゃあ他にすることはないじゃないか・・・社長もつきあってください」

「そんなん、何言うてんねん。大阪ではわしがおごるがなあ」

「そんなわけにはいきません」

「平尾!法善寺の『牧河』に電話しろ!」

「飲むのですか常務?」

「そりゃ飲むだろう。晩飯に酒はつきものだ。男四人が饅頭食べながら話しこむわけにはいかんだろう・・・カラオケで騒ごうっていうわけじゃあない。電話しろ平尾!」

「はい。じゃあ一応個室にしておきます」


会議室から出ると、営業担当がセールスから帰ってきて報告やら販促企画やら翌日からの営業準備でまだ忙しくしていた。

「みんないつも遅くまでごくろうさん・・・ちょっと悪いけど先に帰らしてもらうで・・・ほどほどにして皆でお好みでも食べて帰り!足らんやろけど、これわしのカンパ」

「社長!飲み代位わたしら持ってます・・・と言いたいところですが、有難く頂いておきます。ごちそうになります」

「ああ、そうしとき」

「・・・それでは、当社からもささやかですが・・・」

「常務!そんなん、気つこうてもらったらかなんなあ」

「いいじゃあないですか。ささやか過ぎてお恥ずかしいですが、カンパさせて下さい・・・平尾!封筒かなんか持っているか?」

「え、封筒ですか?」

「急に言われても持っていないよな・・・では、裸のままで失礼ですけど、ささやかなカンパということで・・・」

松本は目の前のディスクで仕事をしている営業事務担当の中野薫の手元に1万円札を置いた。中野は、顔を上げて村田の方を見た。

「薫ちゃん・・・有難く頂いたとき」

「・・・それでは皆でご馳走になります」

中野は、立ち上がり松本に正対し、手を前に深くお辞儀をした。そして、平尾にも軽く頭を下げて少し微笑んだ。

「薫ちゃん。飲みすぎると明日がつらいで!」

「平尾ちゃん!あんた知ってるやんか。うちは、お酒に関しても女性陣の方が強いんや。わしらのカンパで足らん時は、セールスに奢ってもらい。セールスは女性陣のお世話になりっぱなしやからなあ!」

「皆さん!いつもお世話になっています。また一度皆さんと暑気払いでもやらしてください。私も営業の生の声をぜひ聞かせて頂きたいと思いますので・・・」

 松本は、部屋に通る声であいさつし深く頭を下げた。多田と平尾も続いて頭を下げた。

「ほな、みんなあと頼むで!ごくろさんやけど!」


「常務!あんなことされたらかなんなあ・・・そんなに気を使ってもらうことおまへんのに・・・でも、おおきに!ありがとうございます・・・」

「なに言ってるんですか。あの程度でお恥ずかしい」

「皆喜んでましたわ!」

「・・・しかし、いい雰囲気ですね。私もいろいろ会社を拝見させてもらっていますが、中々あんな風にいかないもんですよ!」

「そうでっか?・・・有難う御座います。社員の皆も『ええ』と思ってくれていたらええんやけどなあ・・・会社も、小さいなら小さいなりにそれなりに悩みもあるもんですわ・・・」

「・・・一般に、『人、モノ、カネ』って言いますけど、最近、4つ目の経営資源としてで一番注目されているのが『社風』だそうです。社長のところは、明るく家族的な雰囲気の中で積極的に社業に取り組む雰囲気・・・そんなことを感じます」

「松本さん!おおきに!そんな風に言ってもらえたら、わしも元気が出てくるっちゅうもんですわ」

「常務!それは村田家の家風だそうです」

「そうなんか?多田?」

「ええ、そのようです」

「・・・明るく、家族的、前向きって言うのは、うちの父がやかましく言っていたらしいんです・・・私は会長からずっと言われ続けてます・・・」


4人は、大阪南の法善寺にある民芸居酒屋「牧河」までやって来た。

「牧河=マキカワ」は、X社OBで元取締役吉川が駆け出しの25歳頃から贔屓にし、後輩社員に引き継がれ大阪支店の社員や出張者の溜り場となっている店である。吉川は古希を迎え70歳になるので、同社の社員は45年近く贔屓にし、溜り場としている。

OBの吉川は、社内では営業の鬼とも神様とも言われた人物である。大阪出身で大阪支店採用であったが40歳の時に東京に転勤し、国内営業担当の取締役を最後に引退し大阪に戻っていた。松本とは14歳が違う。入社したあとすぐに大阪に転勤になったが、その駆け出しの時、大阪支店の営業係長であった吉川から営業のイロハを叩き込まれた。営業だけでなく社会人としての躾、男の生き方など公私にわたり教えを受けた。松本は、吉川のことを、会社の先輩、上司を超えて私淑していた。その吉川からの教授の場所は必ずこの「牧河」であった。松本が大阪転勤を終え本社で国内外のマーケテイング各部署やイギリス現地法人勤務となり、吉川も本社に転勤し国内営業を担当する課長、部長となったが、二人が上司と部下の関係で仕事をすることはなかった。しかし、松本は、仕事や人生のことで悩んだ時、ただ吉川の世間話を聞いているだけでその解決の糸口が見つかることがわかっていたし、また、そういった時でなくとも「何かためになる話」を聞きたくて、吉川の大阪出張の日程に自身の日程も合わせて来阪しこの「牧河」で杯を交わした。

 だから松本にとっても、この店との付き合いは長く30年になる。しかし、その間「牧河」を接待に使ったことは殆どなかった。この店を開拓した吉川がそうであったので、その後店に通うようになった社員達も自然とそのようにしていた。出張の夜一人静かに飲む。学生時代の親友と飲む。支店の人間と話し込む。出張に連れてきた部下と飲む。といった特別な店として、何か気持ちを落ち着けたり骨を休める「巣」として、或いは、作戦を練って事に望む「基地」のような存在の店として大事にしていた。

松本がこれまでに連れていった取引先は村田だけである。平尾も、松本が吉川にされたように連れて来られてから来るようになった。ただ、今では松本よりも常連であり、店に対する思いも同じで大事にしていた。

 店は女性5人で切り盛りしている。吉川よりちょっと年下のオーナーママが45年前のの若い時に店を出したので、そのママもやはりもう少しで古希を迎える。そして、アルバイトの女子学生を除く女性5人も全て平尾よりも年上であり松本とほぼ同じ世代である。決して高級ではないが、食べることにうるさい関西人の舌に合う丁寧な料理を品数多く揃えていて値段もほどほど。決して安くはないが、この味と品数と店構えからすると「仕方がないか」と納得できる価格。もともとは、カウンターと小上がりだけの小さな店で開店したが、隣や裏に増設を重ね、今ではカウンター、テーブル、個室それぞれを田舎屋の中に配置している。最近は、サラリーマンを引退した昔からの常連が夕方の早い時間からチビリチビリ飲んだあと現役組みが来店するといったような回転の営業であった。総じて客の年齢は高く、それが店の落ち着いた雰囲気を作っていた。この空気が松本も平尾も好きで自分の大事な店としていた。


「こんばんは!・・・ご無沙汰!」

「・・・いやぁ~!誰やと思ったら松本さんやないの。ひっさしぶりやない。生きてはったあ?」

「・・・ああなんとかね・・・元気そうでいいじゃない」

「ええ?そう見える?ありがとう。そう見えるんやったらええねんけど、でも、もうすぐ古希やねん。どうしたらええと思う?」

「どうするって・・・そしたら、みんなで盛大に古希のお祝いをしようよ!」

「お祝いって・・・おめでたいことなのかなあ・・・最近、時々吉川さんが夕方にちょっと寄っていきはるわ。あの人、会社辞めはってからも元気やなあ」

「へえ、吉川さん来られますか?一度ゆっくり飲みたいなあ・・・」

「そうやあ、そうしい・・・平尾ちゃん!あんたもえらい久しぶりちゃう?多田さん!あんたはほんのそばにいるのにご無沙汰やなあ。皆どこで浮気してんのん?」

「そんなことしていません。真面目に仕事をしているだけです・・・」

「わしは、ノロノロ仕事やってるから飲む暇もないっちゅうとこかなあ・・・」

「まあ何でもええから、今日はゆっくりしていって!」

 4人は女将とそんな「あいさつ話」をしたあと2階の個室へ向かった。


「社長。今日はありがとうございました。本当に助かりました」

「いやいや、わしは何もしてへんがなあ・・・たまたまサービスの子が何か変やなあと思って気づいてくれたからよかったんや」

「社長の社内教育が浸透しているからです」

「ありがとう。でも、これからやろ?大事になったら大変やろう・・・?」

「ええ大変だと思います」

「でも、そうならん可能性もあるんやろ?」

「ええ、本音はそれを期待したいです・・・でも、まだ何とも言えません。とにかく調べてみないことには何とも言えません」

「そうやなあ」

「しかし、大事になるかどうかは別にして、と言うのも変なのですが、ああいった不良品が発見されて手元にいち早く戻ってくることが大事なのです。『変だ』って気付いてもらって直接連絡をして頂くということが私達にとっては助かるんです」

「サービス窓口や返品ルートでは対応できんもんか?」

「さすがに当社の窓口で見逃すことはありませんが、一般的には難しいものです」

「平尾ちゃん?そんなもんか?」

「残念ながらそうなのです。修理品で戻ってきた場合は、お客様が言っておられる不具合と実際の不具合を丹念に調べます。その技術情報は、商品企画、設計、製造、品質管理に伝えられます。しかし、不良品として扱われたものの管理は大変で、一度店頭で不良として判断された商品は、残念ながら品質不良も店頭展示品の返品もユーザー返品も管理されず戻ってくるのです。あんまり大きな声で言えませんが、お店も代理店さんもその辺は管理せずに戻してくるのです」

「まあそうやろうなあ・・・」

「すいません。社長のところはきちんとしてもらってますが・・・」

「いや、そんなに『出来ている』というほどのこともないのやけど・・・」

「不良品の返品の管理の管理は難しいところがあるのです。お店もいろんな理由で戻してくるでしょう」

「そうやあ。何でも不良って書いて戻してくる店もあるもんなあ」

「・・・本当は、戻された商品の不良の原因を確認して、修理と同じように不良の技術情報を商品企画にフィードバックして設計なり製造なり品質管理に伝えなくてはならないのです。しかし、そうやって戻ってくるのが結構な数量なのです。それで実際にはクレームで戻ってきた商品で不良の内容が明確なもののみ品質管理でチェックした上で商品企画にフィードバックされています」

「平尾ちゃん!それ以外の商品はどうしているの?」

「新品再生するものと廃棄するものに分けます・・・外観検査で問題なければ性能検査を行います。一度でも使用したかどうかは、外観検査でわかります。問題が無い場合は、品質性能検査をした上で、取り扱い説明書、保証書、付属品を付けて新品個装します。そしてB級品としてアウトレットで販売します。部品から組み立てた商品と同じ品詞湯保障をしているので『新品』として問題ないのですが、うちでは敢えて棚ズレ品としてアウトレットで販売しています」

「ああ、そうかあ。アウトレットで販売してるんやったなあ・・・でも、外観ではねられたやつは皆廃棄なんか?」

「ええ、分解して組みなおして品質保証できる商品にするにはコスト高になってしまいます」

「そんなもんなんか・・・もったいないなあ」

「品質保証を守るためには仕方がないのです。実際は、その再生ラインの最初に検品の段階で殆どの返品が技術上の不良はありません」

「そうやろなあ。あんたとこの製品品質から言うと99%とそうやろう・・・タチの悪い店は展示品やら、自分とこが棚ずれさせといて箱がへこんでるとか、こうてから気に食わん言うて返しに来た客をよう断れんかったやつとか、みんな不良にして戻してきよるからなあ」

「返品伝票の記載も『動かない。不良』といった簡単なコメントが殆どで、ここに具体的に書かれてあればそれはそれで詳細に調べます。しかし、動作確認すると問題のないもの場合が殆どで、品質保証で詳細な検査に回るものは稀です」

「返品ってけっこうな数なんやろ?」 

「モデル数も多く、沢山売らして貰っていると戻るのも多いです・・・そんな感じで取り扱っていますから、重欠点不良でも見逃してしまうか、検査工程で発見されるまで時間が掛かることもあるのです・・・今回のモノなんかはさすがに検査で引っかかると思うのですが・・・、いや引っかからないと問題なのですが、でも別々に返品され別々に検査にまわされロット不良の懸念に気づくのに時間が掛かってしまうことが実際にはあり得るのです。お恥ずかしいことですが・・・」

「そりゃ設計のエース技術者が一個一個検査して確認するわけにはいかんもんなあ。穴が空いていても、『悪いことする客もおるなあ』て思てもしょうがないもんなあ」

「いえいえ、そうならないような検査工程でなくてはいけないのですが・・・多田、すまんなあ。まだきちんと話していなかったなあ」

「こちらに来る途中で平尾からだいたい聞きました。こういうことは、取り越し苦労になっても早く確実に行動しておくべきです。杞憂に終わったらそれはそれでいいことですし、その対応は社員皆が見ていますから、こういう品質がらみの課題を大切にしようという意識付けにもなりますから大切なんです。」


千里ニュータウンに住む村田と多田は、「牧河」を出るとタクシーに乗って帰っていった。松本と平田は、心斎橋のアーケードの中を歩いてホテルまでやって来た。そしてチェックインをした。

「おい。ナイトキャップドリンクやらんか?」

「・・・」

「こんな時に不謹慎か?」

「いえ・・・お願いします。興奮して眠れそうにありません」

二人の会話を聞いたベルキャプテンが二人の荷物を預かり部屋に持って行ってくれた。 

名古屋に宿泊予定であった平尾は出張かばんを持っていたが、松本は、通勤に使っているブリーフケースと村田の会社に行く途中の洋品問屋の店先で買った下着とYシャツが入った紙袋だけであった。二人は、フロントの脇にあるメインバーに入った。


「おい!全く酔わんな・・・」

「ええ、私もです」

「あれは、8割方、いや9分9厘まずいなあ」

「ええ。私もそう思います・・・すみません・・・」

「何でおまえが謝る?」

「・・・企画の責任として、設計から品質、製造と全てに関わって量産承認したのは私です・・・」

「・・・そうかも知れない・・・でも、そういったことを言い出したらお前は自分の配下でどうしてそんなことが起こったかを追及して最終的に個人を追求してしまうことになるぞ。仮にその個人を見つけたとしてどうするんだ。その個人を処分するのか?・・・おまえそんなことしないよな?その個人を処分するなら、その上司、そして更にその上司が責任を取りお前が責任を取る。お前が責任を取るということは、その上司の芦田、そして俺が責任をとることになる・・・責任者は何らかの責任を取らなくてはいけないが、お前が誤ることではないと思うよ」

「・・・しかし・・・」

「・・・何処に問題があったかは見つけなければならない。見つけたら誰がということにもなるが、その時その担当者がではなくて、何故その工程でその問題が起きたかという組織の問題と考えなくてはならない・・・そうだろう?それがマネージメント的な考え方じゃあないか?」

「・・・ええ・・・」

「お前にマネジメントについてここで教えることもないだろうけど・・・リコールに至るような品質不良が起こるのは、『もの作り』の組織に問題あるからだ。その『組織』って言うのは、直接的に関わる『商品企画』や『設計』や『品質管理』や『製造』の組織だけではなく『販売』や『サービス』も含めてその商品に関わっている『全ての組織』の問題だと思うんだ」

「・・・」

「『もの』に関わる組織だけの問題でもない。全社員の問題だよ。そりゃ人事や経理の人間にすりゃ『もの作り』に関わってないのに・・・って言う意見もあると思うよ・・・しかし、品質と言うのは全社で作るものなのだ。もちろん社員一人一人の関わりの程度はあるけどね・・・この会社が持つ価値観や企業風土が品質を作る・・・俺はそう思う。そういう意味では経営の問題で責任は役員にあるのだけど、俺は、敢えて、経営、従業員全員の問題と言いたい。決して責任を逃れたいと思っているんじゃないぞ・・・最終的には経営が責任を取るのだけど、そう思うんだ」 

「・・・」  

「だから平尾が『すいません』何て言う必要は無いのだよ」             「・・・そのように言われても、品質を何時も考えながら『もの作り』をしてきたのに残念です・・・」

「おまえに手抜かりが無かったのは俺が知っているよ。手抜かりが無かったはずなのに問題が起きた。そういった時は組織の問題なんだ」

「・・・いや・・・手抜かりがあったのです・・・どこかに・・・」

「俺はそうは思わんけどな・・・」

「・・・」

「まあいいやあ・・・でも、これからどうなるかわからんけれど、『すみません』は言うなよ。俺はお前の気持ちはわかっているつもりだから・・・いいな・・・」

「すみません・・・」

「また・・・社長はね・・・さっきの電話ではね・・・『絶対に逃げるな』って言ってたよ・・・はそれを聞いて、どんな展開になっても『どーんといこう』って思ったんだ」

「・・・それって、御巣鷹山に墜落した日航の機長が言った言葉ですよね」

「キャプテンの気持ち、わかるなあ」

「でも、それ・・・このホテルではちょっとまずいのじゃないですか?」

「そうだな・・・じゃ、もう1杯飲んで熟睡しよう。明日は長い一日になるぞ」

「はい・・・」


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