不具合のメカニズムに迫る山形工場のエンジニア達・・・出荷に至った原因が少しづつ見えだした!
(11):不具合の特定
5月13日【金】。松本は、ホテルに迎えに来た有川の車で米沢工場に向かった。
「昨晩はお相手できなくてすみません」
「こんな時にそんなこと気遣わなくていいよ・・・それに、こっちの都合で遅く入ったんだから・・・」
「こんな時だからこそ、遅くからでもお話したかったんですが・・・」
「・・・ナイトキャップやらせてもらって気持よく寝たよ。ごちそう様!」
「どう致しまして・・・まさか新しいのを入れたんじゃないでしょうね?」
「・・・お前たちの酒を飲むわけにはいかない・・・」
「やっぱり・・・平尾と私の気持をわかってないなあ・・・」
「そんなことはないさ。嬉しくてつい返杯したくなっただけだ・・・」
「どうも・・・」
「・・・」
「それがですね、常務!工場に着いたら詳しく説明しますけれど、どうやら不具合のメカニズムがわかりつつあるんですよ!」
「おお!・・・それで?」
「・・・なんて言うか、あまりにレベルが低くってやりきれないというか・・・結論的に言えば、香港とシンセンの山野の製造の問題です。部品と材料を手順を踏まないで変更したんです。今日、裏付けの検査をした上で先方に確認しますが・・・」
「向こうで勝手にやったということ?」
「そのようです。山野の本社もそのことを、設計も品質管理も知らないみたいです。大体山野社内でそんなことがあること自体問題なのですが、ひょっとしてうちに現地から直接報告があって承認していたということがあったかも確認しましたが、その形跡はありません・・・これは言い訳になりますけれど、受け入れ検査は、量産開始後は変動届けがない限り部材の確認はしません。従って気づきようがなかったのです。でも、本当にそんな品質管理の初歩的なミスがあるのかなあと、まだ半信半疑ですが・・・」
「で、山野さんはどんな感じ?平謝り?」
「ところがそうでもないのです。強制テストで火が出たって、一昨日の夕方お知らせしたでしょう。ただ、再現できるロットとそうでないロットがあるので、昨日の朝、うちの奴らが、ちょっとおかしなところがあるって山野の設計に確認したんです。そうしたら午後になって、品質管理の中川部長がやってきて『香港とシンセンの現場が部品の変更をしたようだ』って、淡々と言うんです・・・変でしょ?」
「5M変動の届けは来ていない?」
「ええ・・・当社の了解を得ていないどころか向うの社内の変動手続きも踏んでいないようです」
「・・・山野さん、どうなってんだ・・・」
「それで頭に来るのが、『品質上は問題ないですよ。実績ある部品を使ったから』って・・・火が出たって言っているのに何を言ってるんだって・・・事の認識が出来てない感じで・・・それでうちの奴らが徹底的にメカニズムをつきとめてやるって、昨日から徹夜でやっています!」
「お前も徹夜したの?」
「朝一度帰らせてもらいましたので大丈夫です・・・皆も交代で仮眠したり、シャワーに入ったり、着替えに帰ったりしていますから・・・」
「ご苦労様!」
「かなり確証を掴めていると思います!」
「うん!・・・」
「どうしましょう?少し早いですが、すぐに品管の部屋へ行きますか?」
「ああ・・・でも皆揃ってからの方がいいじゃないか?皆、徹夜明けだろう?急ぎたいけど、揃ってからでもいいだろう。安川の部屋で少し待機だ・・・」
「じゃあ、安川工場長に昨日の様子を報告しますので・・・ご一緒します」
*****
「工場長!常務が着かれました!」
「おはよう御座います!ご苦労様です!」
「いやいや、そちらこそお疲れさん!・・・皆頑張ってくれているので助かるよ!」
「我々の仕事ですから・・・」
「老婆心ながら安川にお願いしたいのは、この件も全力で当たらなければならないが、定常案件に影響の出ることのないように、工場全体というか、エンジニアリング全体を良く見ておいて欲しいんだ」
「了解です。有川の部隊は、この緊急課題と通常課題の二役で大変だけど頑張ってくれています。バックアップ、サポートは考えていますし、HAやPAの部隊からも支援の申し出があるのですが、有川が、現段階は自分達の部隊でやりたい・・・その方がやりやすいって・・・それは当然ですが・・・それで、徹夜続きで大変だけど頑張ってもらっています」
「まだ3日です・・・HAとPAがスタンバイしてくれているってことは心強いですし有難いことです・・・全力投球できます」
「あんまり無理をするなよ。それに我を張ってもいけないぞ。頑張りすぎてMAの通常業務に支障が出れば他の事業部にも迷惑が掛かる。問題が出る前に助けを頼むんだぞ!」
「心得ています。今は自分達で対応するのが問題解決には合理的だと思ったからです。リコールの有無に関わらず、対応に道筋が見えた時、或いは、反対に手に負えない時、そのどちらの時も自分達で解決しようと、変に粘らないで直ぐに支援を貰う体制に変えます」
「そうしてくれ。マーケテイングの方でも、平尾が、これは自分達企画の責任だって抱え込もうとするから、全部門で役割を分けて対応することにした」
「平尾にはあんまり力むなっていったんですよ・・・」
「有川に諭されたって聞いたよ」
「昨日、芦田さんが組織体制と業務分担の一覧表を送ってくれました。もちろんMAMと管理本部が中心ですが、他の3事業部も入っていますね・・・まさに全社課題ですね」
「MAMの中だけでなく、他の3事業部にも理解と協力をもらわなくてはならない。リコールは危機管理として全社対応しないといけないし、また多岐にわたる大量の業務がある。高い業務品質を出すには全社対応が絶対必要なんだ。有川が平尾に言ってくれた通りだよ」
「・・・そうですよね。お客様の見る目は会社全体に対してだから・・・あいつにはかっこ良く冷静に言えるのですが、自分の担当のこととなるとちょっと冷静になれないって言うか・・・昨晩も、本当はPAMとHAMの応援を貰えばよかったのかもって思っています・・・」
「わかっている者だけで集中したほうが速いってこともあるし、他の目を入れたほうが見方が変わって多岐にわたって分析できるってこともある。手が多いと作業も効率的に進めることが出来る・・・そんなことは皆わかっているんだろうけど当事者意識が強すぎて冷静になれない・・・その辺のところは、安川が良く見てやってね!」
「了解しました」
「高い意識や意欲を持ち、経験と技術を持っている仲間を頼ること!総合力で対応すること・・・これが大事だ!・・・じゃあ、有川!昨日の状況を教えてくれる!」
「はい!・・・当社で保管しているロットサンプルを検証しました。事故品のロットの前後の月、量産開始時の承認サンプル、直近の製造サンプルについて品質管理項目に従って検証を加えました。部品の確認から回路や組み立ての規格をひとつひとつ確認していきました。確認した上で耐久試験を強制条件で行いました。特に、安全対策が効かなかったのでヒューズ抵抗周りと損傷が激しいトランス周りを入念に調べました・・・その結果、事故品のロット以降のトランスとポッテイング材が採用承認部品と違ってました。トランスはメーカー名や規格マークの表記が変なもので明らかに違っていました。ポッテイング材は色が違っていて、最初は単なる色違いだろうと思ったのですが、厳密には承認部品と違うし変動手続きも取られていないので事実と違うことに忠実に行こうというわけで、この2点について山野電気に問い合わせたのです・・・」
「山野さんはこっちに来なかったの?立ち合わせなかったの?」
「そういうわけではないのですが、現れないのです・・・」
「何だそれは!・・・当事者意識はあるのかね?」
「・・・大体、おとといの作業に合流することになっていたのですが、午前中に誰も現れない・・・それで、私が電話で『トランスが承認部品と明らかに違うようだけど・・・それにポッテイング材の色が違うのは何?』って、中川部長に聞いたのです」
「で、要領を得ない?」
「ええ、いきなり中川さんに問い合わせたのではなく、第1報を山野に入れてから3日経っているのですが、中川さんは何のことかわからないようで・・・山野レベルの技術部長ならその程度のことまで把握しているものなんですけどね・・・大企業でもあるましい・・・
変動手続きについても担当者に確認するということで、それで、こっちの作業にも加われないってことにもなったんです。この件について関与していなかったようなんです・・・無茶苦茶でしょ?」
「むこうでも平行して確認作業は進めていなかったの?」
「そのようです。図面だけで検証していたようです」
「現場主義って感覚ないのかねえ?現物、現地に当たるってことしないのかねえ。山野も昔はその辺は徹底していたはずだけどねえ・・・」
「・・・甘かったのかも知れませんが、出来ているものと思っていたのですが・・・それで、強制試験ですが、昨日の昼から、トランスの巻き線が短絡して大電流が流れ続けるという仮説で強制試験を続けたんです。すると、やはり事故品のロット以降のサンプルで発火が確認されたのです。それで一報として芦田さんに連絡したのが昨日の夕方です」
「火の勢いは結構強いの?」
「ええ、充電クレードルの上方に60センチから80センチの高さまでガスを放出しながら火柱が出ます。時間にして20秒前後です。結構危ないです」
「他のサンプルと仕様で違うのは、トランスとポッテイング材で、そこが怪しいということ?」
「そうです・・・トランスの巻き線が短絡する原因はまだわかりませんが、私は、単なる製造不良・・・巻き方の問題だと思うのです。ポッテイング材の色が違うこと以上のことはわかりません。グレードが違うか全く別物か・・・」
「その後山野電気から返事はなかったの?」
「ええ、それが、夕方になって中川部長からこちらに来るっていう電話がありまして・・・実際に来られたのは7時を周ってからで、営業の石川部長と一緒に来られました。それで、うちの奴らにも集まってもらって一緒に話しを聞きました」
「・・・中川部長の説明では、トランスとポッテイング材は、香港とシンセン工場の判断で部材変更されていて、本社工場には報告されていなかったということです・・・その確認に手間取ったということを釈明されていました・・・」
「山野香港とシンセンは何で部材変更したの?・・・流通在庫が逼迫したとか?部材メーカーの納期遅延?それとも発注ミスがあったの?」
「いえ、単なるコストダウンのために良かれと思ったそうです」
「自分達の粗利を上げるため?」
「そうみたいです」
「・・・香港の責任者・・・社長は、デービット・ローでしょ?私も何回か会ったことあるよ!製造とか品質のわかるしっかりしたマネージャーだと思ったけどなあ・・・」
「ええ、松本さんもお会いになっています。変更にあたって、品質はアメリカのOEM向けに採用して100万個以上使った実績があったので問題ないと思ったそうです」
「問題ないって、うちのと同等仕様なの?」
「そんなはずはないんで突っ込んで聞いたら、急速充電タイプの仕様ではないんだそうです」
「なんでそんなこと・・・品質管理の初歩以前の問題じゃない?」
「印象ですが・・・何か説明があやふやで、何か隠しているみたいなんです」
「実際にはどういう変更をしたって言うの?」
「トランスは、日系の日創電子の香港調達から台湾系のタイガー電子の香港調達に変更されています。どちらも中国製ですが・・・そして、ポッテイング材は、東洋化学の香港調達でウレタン材からエポキシ材に変更されています」
「エポキシって?」
「プラスチックの難燃剤の一種です。当社では使用実績がないので、私も詳しい特性はわかりません・・・山野の昨日来た二人は、安全で問題ないとしか説明しませんでした」
「山野も使用実績がない?」
「いえ、結構あるみたいです・・・アメリカ向けのOEMに使っているようです」
「うちは何でポッテイングがおかしいと思ったの?」
「色が違うのです。量産承認したのはウレタン材ですが、こればアンバー色なのです。しかし、昨日の試験サンプルのものは黒なのです。目視で部材比較した時にまず何だってことになりました。ロットを確認すると事故が起こったロット以降と以前で色が違いました。それで怪しいということになって山野に確認したのです」
「なるほどねえ・・・山野本社でもこちらから指摘されるまで気がついていなかったということ?」
「そのようです・・・香港とシンセンが独断でやったと言う事です。山野社内では5M変動の手続きを踏んでいないので当社への報告と承認の手続きもなかったのは当然と言えば当然です・・・しかし、昨日、中川さんには、仕様変更された商品で事故が発生していることについて連絡を受けて不良の可能性や原因についての調べたかと聞いたのですが、変動届けをしなかった手続きのミスについては申し訳ないと・・・しかし、製造サンプルの品質試験では問題がなかったので、今回の不良は事故品固有の問題だと説明されたものですから・・・」
「2個同様に発火して固有の問題?・・・そんな悠長なこと言っていたの?皆怒っただろう?」
「ええ。あきれていました。更に、トランスもエポキシも山野では実績があるから安全だと強く主張するし・・・まだ調査を始めていないというものですから話にならないと・・・こちらでやるからもういいということにして・・・お帰り頂きました」
「それで、さらに徹夜で原因を究明した?」
「そうです。我々の入荷時の受け入れ検査も、量産開始から時間がたって安定化しているので、抜き取りで電気特性は調べていますが耐久試験などの強制試験は検査項目ではなく行っていなかったのです」
「それで、強制試験をやってみた・・・結果不具合が見えてきた?」
「ええ、そうです。お二人に説明できるようにいま纏めています。問題はほぼ解明できたと思っています」
「OK!じゃ、品質管理の方へ行こうか?」
「お願いします」
「常務お疲れ様です」
「皆もご苦労さん!連日徹夜で大変だけどよろしく頼むよ!とにかくお客様の安全が掛かっている。技術サイドと営業サイドが上手く連携して対応したい!何事も上手く正確に連絡しあいながら進めて欲しい。そうすると上手くいくと思う!頼むよ!」
「了解!」
「了解!」