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リコール  作者: 別当勉
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コーポレートブランド経営・・・「提供する価値」「事業の方向」「提供する価値の品質保証」を会社の名前で約束し、会社名をブランドとして認知され、信頼を得て成長してきた。その真価が問われるリコール対応!

(10):コーポレートブランド経営


 リコールは全社課題である。Xというコーポレートブランドに、起業の志、経営の志を込めて事業を進め事業を育て社会的認知を得てきた。商品ブランドやサービスブランドはその志を更に具体化したものである。つまり、X社の経営スタイルは、コーポレートブランド経営である。

リコールは、当該の商品や商品ブランドに対する「信頼や共感」を失うだけでなく、これまで取引をしてくれていた社会、業者、ユーザーから得ていたコーポレートブランド、即ち会社全体に対する「信頼と共感」も失うリスクがある。それは、コーポレートブランドに対する「信頼と共感」の傘のもと個別の商品ブランドの信頼と共感を得ているからである。当然のことである。X社は両方のブランドに対する「信頼と共感」を得る「価値」を提供することを機軸方針に経営を進めてきた。リコールは、その「信頼と共感」を裏切った事実を明らかにすることなのである。つまり、会社全体に対する「信頼と共感」に疑問を持たれることにつながる。経営リスク上はそのダメージは最小に留めなくてはならない。そのためには、リスクの火種が小さく確実に対処できるうちに確実に対処するというのがリスク管理の基本であろう。

その対処には費用と痛みを伴う損失が生じるが、その損失を防ぐために少ない可能性に掛けたが上手くいかず問題が大きくなり当初目論んだ損失を上回ることになっては元も子もない。その結果、失う信頼と共感、機会損失、掛かる費用の増大し、被るダメージが大きくなる。それでは、リスクマネージメントではない。ありていに言えば、「スケベ根性を出したら碌な事はない」・・・。これは石塚社長の方針であるが、松本は完全に納得していた。

 松本は、全社的に迷惑を掛けることになる問題を発生させた事業部の責任者である自分が言えることではないかも知れないが、これから起こる問題について、その対処によってブランドの価値をあげるように進めていかなくてはならないと思った。即ち、これまでX社が得てきた評価に応えるような・・・「さすがX社・・・」と評価を得るような・・・「

災い転じて福となす・・・雨降って地固まる」・・・「被が被でなくなる」・・・そんな対応をしなくてはならない。しかし、そのような結果を出すには全社の協力を得なくてはならない。松本は、とにかく3人の常務に早く現状を報告し協力を要請しようと思った。


 社に戻った松本は、48階から46階にあるモバイル・オーデイオ・マーケテイング部=MAMの3つのフロアーを回り業務の推進状況を「臭い」で感じ取ってから46階の自分の席に着いた。決済棚の書類の決裁と電子決済を済ませ更にメールを確認し役員室のある8階に降りた。MAMのフロアーでは、部員が通常業務とリコール業務を掛け持ちながらも勢力的に取り組んで、何時以上に熱気が感じられ、さながら戦の準備に取り掛かっている様子に感じられ、少し興奮した。

X社は、汐留地区にシオサイトが出来たとき、それまでいた創業の地の浜松町から引っ越してきた。その時、役員フロアーをなるべく低層階にしたいという石塚社長の希望で8階になった。それは、役員が事業の上に君臨しているとか統治しているような意識が社内で出てきても取引先に思われても良くない。社員や来社する取引先にとって、役員が遠い存在になってはいけない。役員専用フロアーは必要ない・・・各自の事業部に席を設ければ良いとの考えもあったが、役員間の連絡や意思疎通を欠いてもいけないということで、結局は役員専用フロアー作られた。そして、オフィスのレイアウト上実現できなかったが、役員専用フロアーを作るなら、むしろ1階や2階が最適じゃあないかというのが石塚の考えであった。石塚は、現場主義、お客様第一主義、社内コミュニケーション活性化、大企業病排除、部門間垣根の排除・・・といったことを日頃から提唱している。現在のオフィスに移る際、その思いを形で示したいとこだわった。

 そして、決まったレイアウトは、一棟借りしている51階建てのビルの1階がショールーム。2階と3階が、来客用の応接と会議室。4階から7階に「国内販社」、「サービス会社」、「物流会社」他、連結決算対象の「関連会社」の本社が入っている。8階以上がX社の本社であるが、その最下層の8階を役員フロアーにした。持ち株会社制によるグループ経営をしていないが、役員は本社と関連会社を連結する役割を担っているんだという自覚を持つためにもそこにいることが適切と考えた。論理的でない根性論であるが、石塚はこだわったし他の役員も気持は同じで異論はなかった。

 9階と10階には「管理本部」が入った。これも各事業部の上層階にいたのでは、「縁の下の力持ち」としてのサービス部門の意識が薄れ官僚的な管理部門になるやも知れない。そのことを避ける意味もあり下層階に入った。

 11階に全社物流とサービスを扱う「物流企画部」と「サービス企画部」があり、12階から20階が「モバイル事業部」、21階から31階が「PC事業部」、32階から40階が「ビジュアル事業部」、41階から48階が「オーデイオ事業部」、49階と50階が「デザイン部」、51階が「社員クラブ」となっていた。

この汐留の本社を核に国内外にネットワークを広げ事業を推進している。商品開発に関しては、商品企画は東京本社で行っているが、要素研究開発、設計、品質、製造に関しては、各事業部が持つ工場で行っている。物流は、全社企画を本社で行い、関連会社の倉庫会社が国内各地に倉庫を独自に持って物流を担っている。消費者サービスは、サービス企画部が、お客様相談窓口、コールセンター、修理センター、廃棄センターといった出先を国内外の各地に持っている。現地法人は、販売子会社を35カ国に持ち、海外工場を10カ国に20工場を持っている。

41階から48階を使っているオーデイオ事業部は、PAMが41階と42階、HAMが43階から45階、MAMが46階から48階に配置されている。松本は、オーデイオ事業部の3部門にそれぞれにデスクを持っている。常務取締役として役員室で執務しなくてはならない業務や来客の応対以外はそれぞれの事業部にあるこの自分のデスクで仕事をする。決済も役員室のデスク上に事業部毎に分けられた決済箱に一度集められたものを、自ら各事業部のデスクに持ち込んだ上で決済する。それは、決済に対して聞きたいことがある時は、役員室に呼んで聞くのではなくその現場で聞いたほうが早いし内容のある説明を聞けるという考えからだった。呼ばれた担当者だけではなく関係者を集めて話しを聞くことも出来るなど、自分が動くことのほうが理にかなったことが多いので当然のことと考えそのようにしていた。従って、松本が8階の役員フロアーにいることは少なかった。

 しかし、その日は先ず8階の役員会議室に向った。そこには、他の3事業の本部長を務める3人の常務が待っていた。モバイル事業部の三宅常務、PC事業部の竹川常務、ビジュアル事業部の森川常務の3人である。4人は同期であった。


「皆忙しいところ申し訳ないなあ・・・でも、さらに迷惑を掛けることになると思う。重ねて申し訳ない・・・大変な迷惑を掛けるのに身勝手だけど、皆には助けて欲しいんだ」

「・・・我々に頭を下げることはないだろう。それに『助けろ』なんて水臭いことは言うんじゃない・・・我々の当然の仕事だろう。コーポレートブランド経営ってのはそういうことだろうって、今も3人で話をしていたところだ!」

「そうだよ・・・おやっさんには今週会ってないから直接話を聞いてないんだけど、松下専務からリコールのアウトラインと管理本部の対応とを聞いたとき、おやっさんの腹はわかったよ!」

「現場を預かる我々がきちんと対応したら、ネガテイブな機会をポジテイブな機会にすることができる・・・リコールをいい機会と言うのは不謹慎だけど・・・」

「そういう方針で対応すれば、お客様や流通関係者への迷惑を最小限で済ませることができる・・・俺はそういう風に思えるけどなあ・・・」

「皆にそういってもらって助かる・・・」

「だから・・・助けているのではなく、我々の当然の仕事だって言っているじゃないか!」

「それぞれの事業部で対応しなくてはいけない課題については、そちらから情報をもらって指示してもらい、一方自分達の事業に関わることは自分達で考えて対応するとして、大事なことは、社員に方針を徹底しておくというということだろう!」

「そうだ、それをばっちし固めておかなくてはいけない。他の事業部のことだと思わない当事者意識が重要だ。それに社内批判をしないことだ。そんな社員はいないと思いたいけど、『オーデイオは、何をやってんだ』というような態度が出ないようにすることが重要だ」

「品質は万全だって言っても、自分達だって何時そのような事態になるかわからないってことの危機管理の認識は重要だろう!」

「何時も言っていることだけど、最後は、ブランドに対する社員の思いだろう・・・忠誠心なんて全時代のことを言っているんではなくて、コーポレートブランドに込めた会社の志が何かを社員一人一人が思い返しながらリコールの業務に当たることだろう・・・マネージメントの役目としては、『リコールの方向性を示し社員にその取り組みを動機付ける』ことだろう。そのためには、我々が率先して動くことだと思うんだ」

「全く同感だな。我々の一挙手一投足が大事だよ!」

「当然できるつもりではいるが、特に気を使う必要があるよな!」

「そうだよ!大事だよ!率先垂範が!」

「・・・組織的にはどういう体制が良いだろう?各事業部に連絡担当を設ける必要がないか?松本のところからの情報や指示を受けて各事業部での推進を管理する担当は必要だろう?」

「『オーデイオ事業部リコール対応室』ってのはどう?」

「ちょっと大袈裟すぎないか?」

「リコールの規模にもよるだろうけど・・・最初は、各事業管理部に『アスリートXリコール担当』を設置するぐらいでいいんじゃないか?」

「・・・自分たちの事業への影響を防ぐってこともあるけど、全社でオーデイオ事業のリコールを支援するとともに当社の心意気を示してコーポレートブランドに対する評価をぐっと上げるってのもあるだろう・・・災い転じて福となすって感じで・・・そうすると、その全社方針を社員に徹底するには明確な形が必要だと思う。『オーデイオ事業部リコール対応室』位の名前をつけて形を作って対応する方が事業部内での徹底と意識付けができる・・・僕はそう思うよ!」

「じゃあ、三宅の意見を入れてそうしょう・・・ただ、室にするか担当にするかは、リコールの規模を確認してからにしよう」

「了解!」

「で、松本のところの現場担当は誰?」

「統括は芦田で、現場は事業管理部長の青木がまとめる」

「じゃ、先ずは、それぞれの事業部もマーケの統括部長と事業管理部長を担当としてアポイントしよう・・・で、状況を見て、組織は考えよう」

「それがいい・・・」

「とにかく、『雨降って地固まる』『災い転じて福となす』にしなくてはいけない」

「X社の底力を皆で再確認できるぐらい頑張ろうよ!」

「皆有難う。かたじけない・・・」

「松本!なんだそれ・・・そういうこと言うのはやめろ!」

「皆、今晩の予定はどうなってる?ちょっと飯食いに行こう!もう少し話をしよう・・・リコールはしても飯は食うだろう。飯を食えば酒は飲むだろう。どんちゃん騒ぎは不謹慎だがそんなことしようってんじゃない!」

「俺、今晩米沢に入るんだ」

「向こうで誰か待ってるの?それじゃあしょうがないけど・・・」

「いや、最終の『つばさ』で行こうと思う。米沢は不良の原因究明で必死になっている」

「・・・で、気を使わせないように最終で行くのか?・・・お前らしいなあ」

「そうじゃないけど、お前達と落ち着いて話をして対応について考えたかったんだ」

「だったらこの時間は俺達のために使ってもらおう・・・」

「じゃあ、東京駅まで来てくれ・・・俺が奢るよ。8時30分の『つばさ』に乗るから小一時間は飲める。丸の内の寿司屋でどうだ?」

「そうしよう。お前は8時30分に『つばさ』に乗れ!俺らは、残って、ゆっくりとお前のバックアップをどうするか相談する!」

「なあ?・・・同期っていいだろう?」

「まったく助かるよ!・・・有難う」

「・・・」

「じゃ20分後にロビーに集合!タクシーでいいだろう?」

「ああ、デブの森部が前に乗ればいい!」

「じゃ、後ほど!」


 店で折り詰めにしてもらったにぎり寿司を持って、松本は『つばさ』に乗った。7時すぎに店に入って、小部屋で小1時間話をした。リコールに対する石塚社長の腹決めや、経済産業省の様子、リコール業務の仔細、日頃の製造や品質の管理・・・決断したこと、報告したこと・・・松本には、それぞれの仔細や経緯で3人に知っていて欲しいことは山ほどある。また、自分の判断に問題ないかも確認したい。3人にも、松本から聞いた決断や報告の仔細や経緯について聞きたいことが山ほどある。酒に強く健啖家の4人であるが、お酒も、最初のビールに口をつけただけで肴も全く進まず4人で話続けた。そして、松本は折り詰めを持って先に店を出た。

 最終の「つばさ」のグリーン車に乗客は少なかった。松本は、上野から乗った乗客が落ち着いたあたりで折り詰めを開け鮨をつまんだ。4人で話をして少し落ち着いた・・・少し肩の力が抜けて自力を発揮できそうな、そんな感じがした。

非常に良くやってくれる部下達がいる。そんな部下達と一緒にことに立ち向かうことに不安はない。こころ強いばかりである。しかし、万一敗れたって自分一人が泥をかぶるのは怖くない。そのつもりで仕事はしてきた。しかし、部下達にまで一敗地にまみれる可能性を考えると不安であった。そんなブレは、事業のトップマネージメントとしては失格である。3000億円の事業を預かる身として、これまで様々な案件を経験してきた。百億円を超える投資案件では決断に強い意志が必要なこともあった。しかし、今回のような不安な気持になったことはなかった。初めての不安感である。その不安感の源泉は、やはり自分達が一番大事にしてきた『お客様の満足』と全く正反対側にある『安全に対する保証』や『信頼性』を裏切るという『事業の本質』をはずすかも知れないというところにあるのだろうと思った。これまで築いてきた実績以上に自分達の全てが否定される・・・いや、そんなことがあってはいけないから立ち向かうのである。しかし、果たして自分一人で大丈夫か?いや、優秀で気力あふれる部下達がいる。判断にぶれがない腹の据わった上司である社長がいる。同期の常務を始め他の役員がいる。Xの看板にロイヤルテイを持って仕事をする沢山の社員や関連会社の社員がいる。強い味方が沢山いる。こういった時こそいわゆる社風の良さが生きてくる。看板としてのブランドや社会的信用なども味方だと思う。いや、そのように思うことにしよう・・・村田の社長から電話を貰って大阪に向かい、ひょっとしてリコールをしなくてはいけないと思った時から、その堂々巡りは続いていた。しかし、今日同期の4人で会って話しをしたことで、そのブレから解放され自分のスタンスを固めることが出来た。何だかんだ言ったって、結局スタンスを決めきれていなかったのである。それが、同期と話しをしてようやくスタンスを決めることができたのだ。自分とオーデイオ事業部は、リコールに専念すればいい。周りは会社が固めてくれる。専念してリコールを完璧にやりとげることに集中すればいい。そう思えるようになった自分に安心し肩の力が抜け気持は落ちが着いたのであった。

 

米沢の改札を出た時、工場へ行ってみようかと思った。調査チームはまだいるだろうと思った。しかし、激励のつもりが邪魔になってもいけない。それに、少しではあるが酒が入っている。彼らの邪魔にならないように最終で来たのだから初志貫徹にした。

ホテルにチェックインすると有川からのメッセージを渡された。

・・・「ご苦労さまです。明日朝8時30分にお迎えに伺います。ロビーでお待ち下さい。バーに平尾と入れたボトルがあります。ナイトキャップにどうぞお飲み下さい」・・・

 松本は、部屋に上がる前にロビーのバーに寄った。馴染みのバーテンダー青田相手にストレートで1杯だけ飲んだ。ボトルは半分以上残っていたが、有川と平尾の名前で新たに1本入れて部屋に上がった。

部屋から見る米沢の山は、月の明かりに照らされた稜線が美しい。松本は不思議であった。大きな問題を抱えているのに何か満ち足りた気分である。どういうことか?・・・思いつく答えの検討はついていた。しかし、それを明確な言葉にするのは何か野暮なように思えた。。松本はそのまま静かにベッドに入った。




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