事故品を返品してくれたお客様も訪問・・・謝罪、現場確認、信頼回復・・・
(8):事故顧客訪問
平尾は、再び大阪にやってきた。
米沢事業所の杉江と京阪守口駅の改札で待ち合わせた。杉江は、MA(Mobaile Audio)技術部設計グループのグループ長=部長である。商品企画部は、商品コンセプトが機能・性能を通じて実現するかを管理するコンセプトの責任者であるのに対して、技術部は、設計が機能・性能・コンセプトを実現するかを管理する設計の責任者である。設計は、使用部品を決め部材の購買、製造、品質、といった商品化の直接的な技術課題全般を管理する。従って、新商品の企画開発という「もの作り」において、市場サイドの責任者が平尾で技術サイドの責任者が杉江ということになる。
「杉江さん!お疲れ様!・・・モノレール、わかった?」
「ええ。伊丹空港からモノレールで門真市まで来て、そこで京阪に乗り換えて結構早く着きました。で、ゆっくり昼食も食べました・・・しかし、この辺は本当に松下電器の城下町ですねえ!」
「杉江さんは今まで松下さんとの付き合いはなかった?」
「ええ、業界の会議でお会いするぐらいで、こちらまで来て仕事したことはなかったです。
・・・ところで本部はいかがでした?」
「いや、本部の方は、チーフバイヤーが今日は来なくていいということで、守口と博多の両方に行ってから報告をして欲しいということになったよ・・・最初は、まずは出頭せよっていう感じだったけど、お店とお客様に伺うってことで少し理解が得られたみたい・・・」
「そうですか・・・」
「では、まず、お店に行きましょう・・・村田商会の大浦取締役と営業担当者が売り場で待っているはずだから!」
二人は、駅前にあるサンハウス守口店に入った。エスカレーターでオーデイオ・ビジュアル売り場に向かった。
「大浦部長!ご苦労様です」
「おお平尾ちゃん!ご苦労さん。今週は大変やなあ!」
「いいえ、こちらこそお手数お掛けします・・・紹介させて下さい。うちの米沢事業所で設計を担当しています杉江です・・・こちら、村田商会の大浦取締役。私が駆け出しのころからものすごい世話になっている営業の師匠やで!」
「こらまた大層に紹介頂いてえ・・・大浦です。宜しく・・・」
「杉江で御座います。宜しくお願いします」
「担当の中村は別のアポがある言うんでそっち行かせたで。ワシがきちんと対応するから大丈夫や。心配せんでもええで平尾ちゃん!」
「何にも心配してません・・・」
「・・・山下マネージャーがあそこにおられる。ほな行こか・・・」
「まいど!マネージャー!いつも本当にお世話になっています!」
「おっ!まいど大浦さん!久しぶり!元気してたあ?最近中村さんにまかせっきりでちっとも顔見せへんもんなあ・・・」
「すんませんご無沙汰して・・・」
「中村さん、よおやってくれはるから助かってるわあ。この間の改装の時も他のメーカーさん仕切って夜遅うまで頑張ってくれてたでえ!」
「ほんまですか?それならええんですけど・・・それで、今日はまたお手数お掛けいたします」
「かめへんでえ・・・クレーム対応も売った我々の仕事や!・・・しょっちゅうではかなわんけどな!」
「恐れ入ります・・・マネージャー。ちょっと紹介させて下さい。Z社の商品企画の平尾部長と設計の杉江部長です・・・」
「・・・ご苦労さまです。サンハウスの山下です。宜しくお願いします」
「この度はご迷惑お掛けしています・・・」
「いやあ、実は、あの返品・・・売り場の担当の子が新品交換で対応してすぐに村田さんに不良返品したから私は現品を見ていないんですよ・・・お客さんも、特に怒っておられるわけでもなく、『なんか、使い方間違えたんかなあ』ていう具合だったらしいです・・・ちょっと年配でパソコンには詳しくなくて、『AC電源とUSB電源と間違えたんかなあ』とも言うてられたらしいですわ・・・そんなん間違えようないんでやけど、その辺のところが全然わかってられなくて、こちらが新品に交換したんでかえって恐縮しておられたらしいんです・・・何で火なんか出たんですか?」
「実は詳しい原因については、今調査中でして・・・」
「すいませんが、店長とサービスの担当者も話が聞きたいって言うてますので、店長の部屋までお願いできますか・・・」
4人は、売り場の裏にある事務所に向かった。店長は、40半ばで平尾や杉江と同世代の感じであった。その小川という店長は、ロの字型に並べられた会議テーブルに3人を案内し、山下にはサービス担当を呼ばせた。
サンハウスの店舗のサービス担当は、食品、衣料から家電製品に至る自店で扱う全ての商品に対してお客様相談窓口に持ち込まれる不良返品、修理についての応対をしている。クレームもある。クレームは店の応対のまずさから発生したような営業上のものもあるが、中にはお店にとっては口に出しては言えないが「言いがかり」と言いたくなる理不尽とも思えるようなクレームもある。そんなことも含めてアフターサービスの全般についてサービス担当が扱う。後ろ向きな気持ちで取り組むと、この仕事ほど気がめいりストレスの掛かる仕事はない。しかし、前向きに対応するとすぐに営業品質や製品品質の改善といった業務改善につながる仕事で手応えを感じることの出来る仕事である。
仕事の進め方としては、お客さまの不満や起きている問題の根を根気よく追求していくことである。そうすると起こっている問題から業務上の改善の端緒が見えてくる。その端緒を手掛かりに問題を解きほぐしていくと必ず問題の解決に向かうし解決した結果は即ち店全体の業務の改善課題につながる。そこに仕事の手応えを感じることができる。
そういった目標を見据えながら仕事をすると、重クレームに対してもストレスなく対応できるようになる。ただ、クレーマーと呼ばれる輩や暴力団関係者の応対となるとそれは厳しいものではある。
一般に、サービス業務に前向きに取り組む会社はどんな会社であれ事業に対する強い「意欲」や「志」を感じる。サンハウスもそんなGMSである。納入業者にとっては大変取引のしやすい有難い取引先である。サービス課題について話が進めやすい。しかし、そうでない場合・・・売った後のユーザーフォローにあまり重きを置かない「売りっ放し」の会社との間に起こったサービス課題はやっかいである。エンドユーザーに対する対応以前に納入先のクレームに対応することに手間と時間を費やしてしまう。ユーザーへの対応に協力を得られるということの期待は薄い。顧客第一主義といいながら、自分達も被害者でメーカーに対応を全て任せる店も少なからずある。平尾は、守口店の店長とサービス責任者がサンハウスの経営ポリシーに忠実な担当であって欲しいと願った。
「店長!ご迷惑をお掛けしております・・・村田商会の大浦で御座います。宜しくお願いします・・・こちらは、X社の平尾さんと杉江さんです」
「商品企画を担当しております平尾で御座います・・・この度は大変ご迷惑をお掛けしております・・・」
「米沢事業所の杉江で御座います・・・大変ご迷惑をお掛けしております」
「ご苦労さんです・・・平尾さん!・・・昔どっかでお会いしましたよねえ?」
「・・・御社を担当させて頂いたのは入社して間もない駆け出しのころですから、20数年前です・・・大浦部長と一緒に関西の各お店を回らせて頂きました」
「そうやなあ・・・あの頃は平尾さんと一緒に営業したなあ!」
「どこやろなあ。絶対会ってると思いますけど・・・」
「小川店長は、中部北陸のお店にも居られたこと御座いますか?中部北陸も担当させてもらったことがあります・・・あとは、私が御社をお邪魔するのは商品部ですが、ここ数年のことです・・・」
「私は、商品部は担当したことないから関西の店か北陸の店やろなあ・・・金沢と高岡の店にいたこともあるんです。若い頃は髪の毛もしっかりあったし、もうちょっと精悍な感じやったんです・・・思い出したら言いますわ・・・サービスのマネージャーを紹介します!」
「村上です。宜しくお願いします・・・店長は平尾さんのことご存じないんですか?」
「えっ?いや、昔どっかでお会いしたことがあると思うんやけど思い出されへんねん!・・・
お前はお会いしたことあるの?」
「いえ、そうじやないですよ・・・平尾さんは、甲子園ボールで優勝してミルズ杯を取られたQBですよ!有名人ですよ!ちょっと私とは世代が違いますけど、店長と同世代やと思いますけど・・・」
「そうでんねん。平尾さんが新人の頃は、私の営業に同行してもらって、私がそれを売りにセールスさせてもらってたんですわ!」
「へえぇ!あの平尾さんとは知らんかったなあ・・・でも、そういう有名人やから見覚えがあるゆうのと違うけどなあ・・・仕事でお会いしているような気がするんですわ!」
「私もちょっといろいろ思い返して見ます」
「では、本題に入らして貰ってよろしいか店長?」
「お願いします」
「じゃぁ、平尾さんお願いします!」
「・・・この度は弊社の商品でご迷惑お掛けしていること重ねてお詫び申し上げます。原因については、今技術部門が全力で調べています」
「やっぱり、メーカーとしてはかなりやばいっていうご認識ですか?」
「ええ、そりゃもう・・・とにかく火が出たわけですから・・・お客様が怪我をされたりお家が火事になったりしなかったのが不幸中の幸いです」
「多発はしていないんですか?」
「ええ、今のところは2台です」
「うちからサンハウスさんに出した2台だけなんやそうです。もう一台は、博多店ですわ
」
「何か傾向があるんですか?杉江さんの部署でお調べになっている?・・・」
「はい、米沢事業所で技術調査をしております。2台は同ロットの商品でした。同時期に出荷した商品だったようです。しかし、同ロットの他の商品は今のところ問題がないんです。ですから、使われていた環境とか使われ方が影響したってこともあります・・・本来そういうことで品質が左右されてはいけないのですが、発火する条件が複合的に揃って発火したということもあるかも知れません・・・それで今日と明日、出来れば事故のお客様をお訪ねして、謝罪した上でご使用されていた状況をお聞きしたいというわけです」
「店長!うちの店も、サービス窓口で商品交換しただけでお店としてお詫びをしていないんです・・・状況がわからないままただ謝ればええていうもんでもないんで、今日お二人が来られることになりましたんでお待ちしていたんです」
「それで、その不具合は2台しか出ていないんですか?何度も聞いて悪いですけど・・・」
「ええ、そうです。村田商会のサービス窓口以外のサービス窓口でも確認していますが、他に報告がないのです。サンハウスの他のお店からもないのです」
「で、その2台について調べているわけですか?」
「はい、返品頂きました2台はもちろんですが、前後のロットと量産以降途中で設計仕様を変更したロットのサンプルを全て確認しています」
「本部の倉田チーフバイヤーには村田商会さんから報告してくれてはる?」
「ええ、Xから連絡を受けまして、すぐに私らのほうから報告させて頂いています。倉田チーフバイヤーからは3つ宿題を頂いてまして・・・1つは、原因を早く見つけることをメーカーに強く要求すること・・・2つ目は、私らの方に戻ってくるサンハウス各店からの返品については全品確認して新たな不良品の発見があったら即報告すること。ロット不良の傾向が見られたら、その不良がサンハウスの在庫だけなのか、他の法人へ出荷したものも同じかを確認して報告すること。サンハウスの在庫だけが対象なら、即刻全在庫を良品に交換すること。他店のものも不良であれば、即販売中止してリコールすること・・・3つ目は、今回発火した2件のお客さんにはメーカーの担当者が直接謝罪すること。もし被害がある場合は、メーカーが補償すること。そして本部にはメーカーが来社して報告に来ること・・・書面での報告書も提出して欲しいとのことです・・・リコールの対応がはっきりするまでは、不確定な情報で各店が混乱してもまずいし、問題のない商品の販売を止める必要もないし、X社もそんな不確定な情報が外に漏れたら困るだろうというお気遣いも頂いて、各店には、アスリートZの修理返品の問い合わせで気に掛かるものがあったら本部のサービス部ではなく商品部まで連絡するようにと・・・但し、更に1個発火したら直ちに販売中止との回覧をまわしてくれはるみたいです・・・ということで、販売は継続頂けるとのことです。えらい気を使ってもらって助かってます・・・なあ平尾ちゃん?」
「はい、本当に助かります」
「・・・でも、ほんまに大丈夫なんですか?」
「チーフバイヤーには改めて説明させて頂かなければなりませんが・・・疑わしい場合・・・危険の可能性が少しでもある場合は回収するつもりです。ただ、公表もしないで隠れて回収することは出来ませんし、そんなことが露見すればかえって信頼を失います。ユーザーさんや流通の皆さんを混乱させないように発表して回収しなくてはいけません。今、技術検証を進めていますが、どこかで発火の事実がないか、弊社のお客様相談室、修理の内容、代理店、直販店、販社、物流倉庫への返品の内容を調べています。原因をつきとめて来週頭には方針をはっきりさせたいと思います。それまではご販売の継続をお願いします・・・ただ、万一多発でもすれば即リコールの対応をしなくてはいけないと思っています」
「この2,3日が勝負っちゅうことやな!」
「ええそうです」
「でも、うちの判断で店頭から引き上げても良いわけですよね!」
「ええ、そうご判断されたら致し方ないです」
「売れ筋の商品だし、倉田チーフもその2個固有の不良と判断したんだろうなあ・・・御社の品質に対して信頼しているってことか・・・」
「恐れ入ります」
「その期待に応えて下さいね!」
「はい、それはもう・・・」
「しかし、不良を起こすっちゅうのは大変なことやねえ。この前のアサヒ電気の洗濯機のリコールでは、うちも大変な目にあったもんなあ!」
「ええ、あそこも隠そうという気はなくて、どっちかと言うたら誠実に対応しようとされたんですが、なんせ準備と手際が悪かったから私ら店のサービス窓口も大混乱で2次クレームも多発で大変でしたわ!」
「・・・それで、被害者のお客様のところへはお伺いして宜しいでしょうか?」
「ええ、それはもう・・・ぜひご一緒頂きたいと思います。昨日電話してお願いしてあります。お客様は恐縮してお詫びに来なくていいとおっしゃっていましたが・・・うちも、アフターサービスまで徹底して地域のお客様の信頼を得て商売させてもらわなくてはならないので、こんな時は必ずお訪ねして謝らんといかんし、それにメーカーさんと一緒やったらやりやすいので助かります・・・自営のお宅みたいで、今日はご主人も居られるらしいです・・・4時頃ということになっていますんでちょっとお待ち頂けますか、3時半にここを出たら大丈夫です・・・ここでお待ち頂いても、店の喫茶にいて頂いて結構です。その時分に戻って来て頂いたら結構です」
「お手数お掛けします・・・それでは、ちょっと手土産をお店で買わしてもらって、それからお茶でも飲んでいます・・・では、後ほど宜しくお願いします」
平尾と杉江は、守口店の食品売り場でお客様への手土産を買った。東京から持参しようかと思ったが、サンハウスの社員と同行するのに他社の包みのものを持っていくのもどうかと思ったので地元手配とした。店を出る3時30分まで幾分時間があったので、二人は店内のコーヒーショップでお茶を飲んで待つことにした。大浦は、次の商談に向かった。
「GMSの対応ってどこでもあんな感じですか?結構丁寧な対応だと思ったのですが・・・」
「うん。地元での信頼を高めて持ち味を出そうというのが彼らの方針っていうか戦略なんだ。そんなことは基本の基なんだけど、競合よりも地元の人達とのコミュニケーションを深めてリレーションを強化して、お客さんの囲い込みと深掘りを進めていこうとしているんだ。その点で気を抜くと生き残れないないっっていうのが本音だと思うよ」
「そうですよねえ。特に家電なんか品揃えで圧倒的な家電量販店がデイスカウントするから、消費者はそっちの方へ行ってしまいますよねえ」
「そうなんや。スーパーマーケットって、今は、ゼネラル・マーチャンダイズ・ストアーって言うけど、最初は、ダイエーの創業者の中内さんが、この近くの千林っていうところで「主婦の店」って言うコンセプトで日用雑貨の店を始めて、その後食品、アパレル、家具、家電、玩具、スポーツ用品、書籍と扱いを広げて、「価格破壊」を前面に押し出して、値引きするデパート見たいな感じで伸びてきた・・・知ってると思うけど・・・その時代は値段が差別化やったんや。ところが、バブルがあって、それが崩壊して、景気が低迷して人々の消費行動が変わっていく中で、カメラ量販や家電量販みたいな業態が伸びてきた。さらにアパレルの量販も出てきた。そして、そういった店よりもさらに値段に特化した現金問屋の体裁を良くしたようなデイスカウンターといったような業態・・・これが結構何でも扱うやろ!。それにコンビニの影響はすごく大きい。さらに100円ショップみたいなものも出てきて、GMSのポジションって言うのが以前みたいにはいかなくなってきた。かろうじて食品が残ってきているけど、食品もデイスカウンターと高級食材を扱う店に2極文化している。紀伊国屋、三浦屋、ピーコック、関西にはイカリってのもあるし、デパ地下もあるやろ・・・そんな中でGMSはポジションを明確にしないと消費者に目を向けてもらえなくなる。ダイエーやマイカルが上手く行かなかったのもその辺のところの戦略まずかったのが根本なんだよ。新しい店の出店資金に回収が追いつかないってのはその出店計画にも問題があるけど営業政策に問題があったのが、経営の問題の本質だって僕なんか思っているんだ」
「それ、わかります。米沢なんかでも中途半端になってきています。私が米沢に赴任した80年台の中ごろは、米沢にデパートなんかありませんからスーパーは結構賑わっていました。でも、家電は新しい量販店が出てきて家電を買うときはそっちの方へいくようになりました・・・食品なんかは一度に揃うんで変わらず利用をしていましたけど、地方は地元の質の高いものが安く手に入るんで既に中途半端な感じがしていました。肉や野菜は地元のお肉やさんや八百屋さんへ行っていたなあ・・・今でもそうですけど・・・」
「そうやろ?イトーヨーカー堂、イオン、それからサンハウスは業績も良くて比較的上手くやっているように見えるけど、実は結構厳しいよねえ。戦略の維持に一時も気を抜けないって感じだと思うよ。特に家電なんか、コンビニ家電っていうコンセプトで、小規模の店は家電小物や消耗品に絞ったりしている。白物家電やAVの売り場は大型店に絞っている。パソコンやオーデイオを扱っているサンハウスは良くやっているよ!」
「ええ、さっき売り場を見た時にそのように思いました」
「ここの営業コンセプトは、地域の衣食住に関わるものは全てお任せ下さいっていうもので、それを必死で実行しているって感じかな。ものを売るというより、サービスや気持を売るって感じなあ・・・価値を売る!マーケティングとしては正解なんだけど、ギリギリって感じかなあ!」
「なんとなくわかります」
「このフロアーの横に文化センターがあるやろ。あそこで、ダンス教室、コンピューター教室、習字、合氣道、ヨガとかやっているのもそうだし、お客様相談窓口なんかもそうなんだ・・・例えば、子育ても終わった60歳前後の人ってお金持っているでしょう。そういう人達の第2の人生や生活を支援するっていうか・・・例えば、パソコンで孫や昔の仲間とメールを交換したいからパソコン教室に行こうと思う。特に女性がそうなんだけど・・・男性は、パソコンに関しては会社で使ってきたので出来る・・・で、町のパソコン教室は専門的な感じがして敷居が高い。区役所や市役所の教室は安いけど抽選だしその倍率が高いし教室は公民館や地域センターなんかに場所が限られていて不便。そんな時、買い物に出掛ける場所に教室があって、ポイントカードで講習費も支払えて・・・ポイントカードってあるやん。買い物した金額でポイント貯めて値引きしてもらうやつ・・・近所のお友達と連れ立って行って、ひょっとしたらそこでまた新しい友達も出来るかも知れないっていううきうき感もある。それで、教室に参加してその斡旋でパソコンを店の売り場で買う。値段は、家電量販店よりちょっと高いけどポイントがたまる。それより、アフターサービスへの期待が大きい。ここで、店のお客様相談室のサービスがきめ細かいことが知られているのが効く・・・故障した時も安心だし、教室は何時もやっているから、わからないことがあっても安心・・・そんな動機からイトーヨーカ堂でもなくイオンでもなくダイエーでもなくサンハウスにくる。で、売り場には客がいて店全体も活性される。家電の売り場が量販店に伍して持っているのもそういった事情からなんだ。かっこよく言えば戦略なんだけど・・・だから、今日のことなんか非常に丁寧にやってくれる。店にとっては顧客の信頼を高めるいいチャンスでもあるんだよ。そういう姿勢だから我々は助かる。そんな風に考えない店の場合は、お客さんはその店の対応に根強い不満を持っているから機嫌を取り直してもらうまでには結構苦労するのよ・・・」
「なるほどねえ。ということは、サンハウスは頑張っていますねえ!」
「うん。必死みたいやけどね・・・顧客の『セグメンテーション』と『囲い込み』と『深堀』。これを、GMSはやらなくてはいけないけどやり抜くのは結構経営の強い意志がいる。どうしても全方位外交みたいな営業方針でやりたくなってくるから中途半端になってしまう。そうなると、客側としても沢山のお店の選択肢がある中からそのGMSへ行く動機が見当たらないってことになってしまう」
「やっぱりCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネージメント)っていうか、サービスは大事ですよね!」
「そうなんだ。『サービス』って言うとすぐ『クレーム』のことを思って皆嫌がるけど、本当はマーケテイングでは非常に重要な要素なんだよね」
「・・・そろそろ3時半ですね。店長のところに行きますか」
「お客様にご都合を再度確認しましたら、今日はご主人もお帰りになっているそうです。税理士をされているそうです・・・村上がご一緒します。『そこまで丁寧にしなくっていいよ』って仰っていましたし、受け答えから穏やかな感じだったのでクレームになることはないと思います」
「はい。ゆっくりお話させて頂きます」
平尾と杉江、そしてサービス窓口担当の村上の3人は、サンハウスの営業車で被害社宅に向かった。
「こんにちは、サンハウスでございます!」
「・・・いやあ!本当に来はったんやねえ・・・電話では、もうええのにって言うてたのに・・・ちょっとまってね!主人を呼びますから!」
「おやおや仰山で来られて・・・ご苦労さんやなあ。玄関ではあれやから上へあがり!」
「お忙しいところ押し掛けましてすみません・・・今日は私どものためにご帰宅頂いたのでしょうか・・・」
「いやいや今日はもうええねん。ワシの事務所は北浜にあんねんけど、今日は出先でおしまいにして帰ってきて楽さしてもろてるから気にせんといて・・・」
「こちらは、メーカーのX社の平尾さんと杉江さんです。企画と設計の担当をされてます」
「平尾でございます」
「杉江でございます」
「・・・おお、ご苦労さんやなあ。東京と米沢からこられたんですか・・・」
「ほんまに?・・・あれって、そんな大事やのん?ちょっと煙が出ただけやろ?・・・だいたい、あんたの使い方が悪かったんちゃうの?いっつもええかげんに扱ってるやん・・・」
「いや・・・そうやないんやで!メーカーさんにとったら大事なんやで・・・どんなことがあっても商品から火を吹いたらオオゴトや・・・」
「本当にご迷惑をお掛けしました・・・申し訳御座いません」
「うちは大したことなかったけど、一歩間違えば火事になってたかも知れんしなあ・・・こりゃあ危ないから知らせなあかんと思って・・・交換して欲しいというのもあったんやけど、サンハウスさんへ持っていったら、若い担当の子が、『わかりました。メーカーに報告します』っていうことで、特に気にするでもなく新品と交換してくれはったんで、メーカーさんに伝わるかなあって思ってたんや!」
「すみません・・・対応が悪くて・・・」
「いや、応対は丁寧やったで・・・でも、他で同じようなことが起こったら大変やのに、発火した状況とか聞きはれへんかったんで、いろんなことチェックせんでええのかなあって思ったんですわ・・・それにひょっとして、この家も結構古いから、電気の配線の問題が原因やったらあかんから、いっぺん電気屋さんに見てもらわなあかんなぁと思てたところですのや・・・でもさすがやなあ、こうして、お揃いで気はったからなあ!」
「恐縮します・・・」
「お店へ持って行ったんは土曜日やったからなあ・・・今日は木曜日やろ?対応としたらかなり早い方とちゃう?サンハウスさんもX社さんも優秀な企業や!」
「本当に恐縮します・・・」
「私らのお客さん・・・私、税理士してまんねんけどな・・・だいたいが中小企業で・・・中小言うても売上が100億を超えているような会社もあるんやけど・・・食品扱ったり電子部品あつかったりしてるんやけど、製造者の責任って言うことが中々わからんみたいやなあ。こういった点は、私の専門と違うけど、経営している連中と話しててものんびりしたもんやで!その点、やっぱり大きな看板持ってるとこはちゃうなあ!こうやってきちんと訪ねて来られる!」
「本当にこの度はお手数お掛け致しました・・・それで、お怪我とかされなかったでっしょうか?」
「いやな・・・何時もはパソコンの、USBっちゅうんか?あそこに差して充電しているんやけど、朝起きて東京に出張に出掛けるんで急速充電をしようと思てコンセントに差し込んだんや・・・私、クラシックが好きで、通勤途中や出張の時、それにウオーキング・・・
まあ散歩みたいなもんやけどな・・・それで防水機能が付いていて振動に強いってサンハウスの売り場で聞いたんであの商品にしたんやけどな・・・ちょっとデザインが若向きやけど・・・重宝しとってんで・・・」
「有難うございます!」
「それで、朝ごはん食べる前にコンセントにプラグを挿して本体を充電器に置いてどれくらいしたんかなあ・・・5分かなあ?・・・10分かなあ?・・・急に『シュー』っていう音がしたんで見に行ったら・・・火柱が・・・そうやなあ50センチぐらいかなあ?結構な勢いで火柱になって吹きあがってたで!」
「その発火していた時間はどれくらいだったでしょうか?」
「・・・15秒位かなあ?・・・いや、危ない!って思って、目の前にあったバスタオルでかぶせて押さえ込んだんや・・・水かけよかと思ったけど、電源が入ったままやったから危ないと思ってそれはやめたんや・・・タオルの中はどうなってたかわからんけど、タオルごと引っ張ってコンセントから抜いたんや・・・でも、タオルの中を見たわけやないけど、まだ火が出ている感じがしたけどなあ・・・30秒くらいたってたんかなあ?。そのまま洗面所まで持って行ってタオルごと水をかけたんや!」
「家具の損傷やご家族の皆様にお怪我はなかったでしょうか?」
「いや大丈夫やったで・・・心配いらんで・・・ちょっと煤けたけどカミさんが掃除しよった・・・」
「奥さま!お手数お掛けしました」
「掃除はなあ、ちょっと拭いただけで大丈夫やったよ・・・でも、私は現場見てないけど、主人の話聞いて、黒こげなった充電器見てちょっとこわかったわあ・・・」
「本当に申し訳ございません」
「こいつは何でも大袈裟にいいよんねん・・・」
「あの・・・申し訳ないんですけど、お使いになっていたところを拝見できますでしょうか?」
「ああええよ!ちゃんと見ていってくれる!」
「電源の状況なんかも確認させてもらって宜しいでしょうか?・・・電源のせいというのではなく、不具合は当社商品の問題と思っておりますが、どういう条件で不具合が発生したのかどんな情報でも参考にしたいと思っておりまして・・・」
「ええよええよ、気にせんと調べてくれる!この家も古くなって電気の配線なんか心配やから、技術の専門の方に見てもらえると助かるわ!」
「私の仕事部屋の机の上で充電しとったんやけどな・・・こっちですわ・・・遠慮なく来てください・・・」
「失礼します」
「・・・いつもはパソコンのUSBで充電するから机の上に充電器を置くんやけど、あの時はコンセントから充電したからそのワゴンの上に置いたんや」
「こちらですか?」
「特に焦げたってことはなかったのですか?」
「うん。陶器のプレートみたいなもんの上に置いてあったから、それが焦げただけでワゴンは大丈夫やった」
「そのプレートは、まだ御座いますでしょうか?」
「いや、もうほかしたでぇ」
「工芸品のようなものですか?」
「中国のお土産やと思うのやけど誰からもらったのか思い出さんのや・・・」
「高価なものなんじゃないですか?」
「いや、そんなことはないやろ・・・急須を載せるようなやつやったやけど・・・」
「何かお写真でもありませんか?同等品の金額で補償させて頂きます・・・」
「いやいやあんなもん気にせんでええで・・・」
「・・・」
「それで、火が出た瞬間はご覧になっていないのですね」
「うん。何か『シュー』って音がするから、なんやろと思って見に来たら火が吹いてたからびっくりしたんや!ちょっと慌てたけど、さっきゆうたように、バスタオルで覆いかぶせたんや。最初、コンセントを抜こかって思たんやけど、火が吹き続けてたから近づくと危ない感じがしたのもあるんやけど、上に向かって火が吹いているだけで燃え移るという感じでもなかったのに、変にこかして他のもん燃やしたら危ないし、こっちに火が向っても危ないと思ってバスタオルで一気に覆うのがええと思ったんや!」
「冷静なご判断有難う御座います」
「ほんまや。我ながら冷静やったで・・・」
「でも、煤は結構出ましたでしょう?」
「その時は気づけへんかったけど、嫁さんが掃除している時に本棚とか壁とかが煤けてたいうて拭いたらしいで・・・なあ?」
「けっこう一生懸命拭いたんですけど・・・ほら、あの天井のところは手が届かんのでモップみたいなんで拭いたんやけどちゃんと取れへんかったわ!煤っちゅうのは結構ひつこいもんやねえ?」
「申し訳御座いません。どのように補償させてもらって良いのか今はっきり言えませんけど、保険会社をよこしますのでご相談させてください」
「そんなんええて・・・そんなこと言うてないで!・・・丸焼けやったら何とかしてもらわんといかんけど、これ位はかまへんで!どうせ、しばらくしたらリフォームしようと思ってるから・・・」
「でも・・・一応、保険会社を越させますので・・・」
「まあ・・・企業としても責任を果たさなあかんちゅうことやろうけど・・・まぁ、おまかせするわ!」
「すいません。お手数お掛けします・・・じゃあ、杉江さん!コンセントを見させてもらいましょう・・・よろしいですか?」
「ああかまへんよ!よう見てみて・・・うちの配線の問題やったんやら危ないままやからなあ」
杉江がテスターの端子をコンセントに入れ調べた。
「問題はないようです。特に電圧が高いということもないようです」
「ほんまに!そりゃよかったわ。この家も古いからなあ・・・いろいろ心配や!」
「お使いになったのは、朝ですよねえ?」
「うん。朝の出張に出掛ける前や」
「では、日が当たるということもなさそうですし・・・時々、西日で結構加熱するということもあるのです・・・それでも熱を持つぐらいで火が出るってとこまではいきませんが
・・・」
「お茶を入れましたのでどうぞお飲みになってください」
「奥様!本当にお構いなく!」
「お茶ぐらいお出しします。こちらのほうでどうぞ・・・」
「・・・杉江さん。お部屋の方の確認はもういい?」
「ええ、問題ないと思います」
***
「皆さんも大変ですねぇ」
「もう本当にお構いなく・・・」
「奥様には大変お手数お掛けしました・・・」
「これ嫌味で言うんとちゃうよ・・・でも、煤いうのは狭いとこにも入るもんやねえ・・・本棚の裏のほうにも入り込んで結構掃除が大変やったよ!」
「うるさいがたのお客は気をつけたほうがええで!とことん掃除せえって言う奴はおると思うで!・・・そういう場合はどう対応するの?いや、うちがそうしてくれって言うてんのと違うで!参考にと思って・・・」
「はい。当社もこういう問題は始めてのことなので正解はわからないのです。しかし、ハウスクリーニングの業者での清掃対応か、場合によっては壁紙の交換って言うことになるんじゃないでしょうか・・・はっきりしましたら井上さまにもご報告し対応させてもらいます」
「うちはええって!」
「とりあえず店から壁紙用の洗剤をお持ちします」
「サンハウスも気を使うなあ・・・けど、洗剤ぐらいはもろうとこか!暇な時でええから持ってきといて!・・・買い物のついでにピックアップしてもええで!」
「はい、有難う御座います。でも、後ほど直ぐにお持ちします」
「おおきに!・・・でも、こんなん何件も起こってるわけやないんやろ?起こってたら大事やろなあ・・・」
「・・・ええ、実はもう一件起こっています」
「何万個も販売して2個か・・・」
「そんなん、たまたま言うことやんか・・・うちらは運が悪かったんやなあ・・・」
「いや、そうやないんやで・・・メーカーとしたらそういうわけにはいかんのや・・・なあ?そうやろ?」
「ええ、おっしゃる通りです。こんなことが2個あることは既に品質上の大問題です。今原因を早急に解明するように努力しています・・・万一、多発の可能性があるときは回収ということになります。井上様にはどんな場合でも原因については必ず報告させて頂きます」
「それは絶対頼むわ!補償なんかええけど、それは是非聞かしてもらわんと気持悪いもんなあ!」
「はい必ずそう致します」
「でも、回収ってリコールのことやろ?リコールは難しい仕事やろ?それは大変やなあ。
・・・最近、企業の不祥事が多いけど、対応を見てても、結構しょうもないことで問題を大きくしてるもんなあ・・・うそついたり、隠したり、記者会見でひつこう聞かれて感情的になったりして問題を大きくしてる・・・企業ぐるみの偽装なんてのは論外やけど・・・Xってリコールの経験はあるの?」
「いえ創業以来やったことがないので、どうやって良いのかわからないと言うのが正直なところです。今事業部あげて調べているところです」
「えっ!リコールされるんですか?」
「いえいえ、まだ決めたわけではありません。もし、やるとなったら、販売店の皆さんには極力ご迷惑をお掛けしないようにやりますので・・・」
「私らテレビや新聞で見てるだけやけど、素人目にも企業が何か小手先で上手くやろうと思うほど失敗してるように見える。あんなん、事実がわかったら、もう正攻法で対応するしかないのんとちゃうかなあ・・・」
「いや、当社でも色々調べておりますけど、もうおっしゃるとおりだと感じています」
「平尾さんは、名刺には商品企画部長って書いてあるけど、こういうことも担当するの?」
「商品企画は何でも屋です。企画して商品化した商品で起きることは全部やります」
「でも、リコールまで対応するのは大変やろ?どんな大きな部なのか知らんけど・・・」
「いえいえ、とても一つの部門で取り仕切れるもんではありません。対応するとなると全社体制で対応することになります」
「そうやろうなあ!」
「でも、我々商品企画は、商品の企画から開発、設計、製造、品質管理のすべてに関わって『ものづくり』をするんで、こういう事が起こった時は一番汗をかかなければならないと思っています」
「さすがスポーツマンやなあ!がんばりや!」
「えっ!井上様は平尾さんのことをご存知やったんですか?」
「そら知ってるがなあ!玄関でお顔見て名刺みたときに気づいたんや!甲子園ボウルのスターやもんなあ・・・私らより10年位若いと思うけど・・・うちの後輩がこてんぱんにやられとったん覚えているわあ!おかげで、あんたが卒業するまで母校は甲子園に出られんかったからなあ・・・敵ながらカッコええなあって思ったもん!」
「井上様は関西学院のご出身ですか?」
「ああそうや!うちは二人ともKGやで!」
「ああ!あの京大のQBの子!思い出したわ!」
「子って失礼な!X社の部長さんやで!」
「もう本当に恐縮します」
「まあ、あせらず逃げず正面から取り組みや!・・・ランプレーで着実に前進や!リコールには一発逆転のタッチダウンパスはないで!」
「井上様はひょっとしてリコールにお詳しいのでは?」
「いや、そんなことはないんやけどな・・・顧問している先の取引先・・・大手メーカーなんやけどな・・・そこがリコールしたっちゅう話を聞いてて、大変な作業やなあって思とったんや・・・何か結果が出たら教えて!さっき言うてはった補償云々は気にせんでええから!」
「そんな風にはできませんので、またそのお話はさせて下さい・・・お気遣い、本当に有難う御座います・・・あのぉ・・・これお納めください」
「そんなん気を使わんかてええけど、平尾選手が持ってきてくれたんやから大事に納めさせてもらお!おおきに!」
「・・・」
「本日はお時間頂戴し有難う御座います。報告は必ずさせて頂きますので今日のところはこれで失礼させていただきます。何かご質問など御座いましたら何時でもお電話下さい」
「はい、了解したで!ご苦労さま!頑張りや!」
「有難う御座います」
***
「村上マネージャー!有難う御座いました」
「こちらこそ助かりました・・・井上さんは、ご理解があって助かりました・・・」
「出火するような不具合を起こしたら、普通はああはいきませんよねえ・・・クレームです」
「ええ、本当そうですよねぇ。それだけにこれからのフォローもきちんとしないと・・・」
「杉江さん!如何でした?何か変わったことありましたか?」
「それが、特にないのですよ。電源も正常でしたし、お部屋の様子から使用環境として困るっていうところは見当たらなかったのです」
「そうですか。じゃ品質調査の結果待ちですね!」
「そうなります。急ぎます」
「お二人は、明日は博多へ行かれるのでしょ?」
「ええ」
「店長と倉田チーフバイヤーには、今日のことは報告しておきます。ただ、さっき言っておられたリコールのことは特に言わないで置きます。正式に決められたわけではないのでしょう?あやふやな報告でバイヤーが過剰に反応すると対応が混乱しがちですから・・・そんなところから、あやふやな話が漏れても御社はお困りだろうし、あとあとうちも困ることになってもいやだし、私も責任とりきれないし・・・ただ、もしリコールをされる時は、売り場の私らの事情もきちんと配慮してくださいね!」
「もちろんです。お客様の安全、取り扱って頂いている皆様のご商売の両方が成り立つように進めます・・・負うべき負担とリスクは当社がとります」
「我々技術サイドも、一刻も早く事実確認して、ご心配なく販売頂けるようにします」
「じゃあ、京阪の駅までお送りしまよう!」
「お手数お掛け致します・・・でも、店長へちょっとご挨拶だけしてから失礼しようかと思います」
「ああ、それは大丈夫だと思いますよ。うちの店長は大丈夫です。私から報告しておきます」
「じゃあ、後ほど店長とチーフバイヤーには電話をいれさせて頂きます」
「それでお願いします・・・」
***
「杉江さん!どうしょう?そろそろ7時前やなあ。最終の博多行きは9時30分頃やからまだ充分間に合うけどなあ・・・大阪に泊まってあす朝の新幹線に乗ろかあ?」
「ええ、私は朝早くても夜遅くでもどっちでも大丈夫ですよ!」
「そうしたら、大阪に泊まろう。店のアポイントは、今日と同じ時間やし・・・」
「どこに泊まりましょう?ホテルは取れますか?」
「梅田近辺でもええけど、千里にしよか・・・阪急ホテルがあるし、新大阪にも伊丹空港にも近いし・・・ホテルの近くに結構食べるところもある・・・それにちょっとモノレールから見たいもんもあるし・・・」
「何ですか?」
「杉江さんにもあとで見せたる・・・そうしたらホテルに電話入れるわあ」
***
「米沢の肉も上等やけど、関西の肉も中々美味いやろ。最近はブタも人気やけど、もともと関西人は『牛』しか食べなかった・・・というのは言いすぎかあな」
「本当ですか?」
「関西で『肉』って言えば『牛肉』のこと指すんやで!」
「へえ!」
「牛肉が安いんや。僕なんか、豚肉の生姜焼きって言う料理は東京に行くまで知らんかったもんなあ。でも、生姜焼きは、『これ美味いな!』って思ったけどね。ブタ肉は、とんかつとお好み焼きぐらいかなあ。ホルモンはあんまり知らんけど・・・こういう出張と違うかったら大阪の色んなとこ案内できるんやけどなあ・・・」
「しかし、平尾さんは、大阪では完全にネイテイブに戻りますね!日頃は殆ど感じないけど・・・」
「言葉?正確には京都弁なんやけどな?ほんま自分でも不思議なんや。意識はしてないんやけど・・・空気を感じると、パブロフの犬みたいにスイッチが入ってしまうんや!」
「へえ・・・私なんかもともと松本の生まれで、大学が東京で、会社に入ってしばらくしてからずっと米沢ですけど、山形弁は難しすぎてちっとも影響されません」
「俺もな、会社に入って東京に行ってもずっと関西弁やってんで。正確には京都弁やけどな。それが、英語をやりだしてからおかしなってしもてな。標準語か東京弁か何かわからん変にまざった言葉を話すようになってん。頭のキャパの問題やろな!」
「英語も上手いじやないですか!」
「関西人は何も考えんと、英語でも何でもとにかくしゃべるから、傍から見てて話せるように見えるだけやで」
「そんなもんですかね・・・」
「そやけど、あれ良かったやろ?」
「太陽の塔ですか?」
「そう!あれものすごく好きやねん」
「モノレールから見てもなかなかいいものですね」
「そうなんや・・・」
「朝、伊丹から門真に行く時に見てびっくりしました。まだ、あったんだって・・・」
「万博あったんは、我々が小学校の高学年の時やろ?1970年や」
「松本から1回だけ行きました。大阪の夏は暑かったです・・・けど、あの時、未来の家電とかテレビ電話とか電気自動車とか見て、その感激でエンジニアになろって思ったんです」
「わかるはその気持!」
「太陽の塔ってのは、岡本太郎さんでしょ?」
「そうや。どうしてもあれが見たかったから千里に泊まろうって思ったんや。モノレールからでも見たかったんや・・・」
「何か圧倒されますよね・・・って言うか、元気になれそうですよね!」
「うん・・・あの顔つきは深いやろ?・・・なんって言うたらええのかなぁ・・・世の中の喜びも悲しみも、過去も未来も・・・あらゆることをぐっと心に受け止めて・・・すべてを自分の懐に受け止めて・・・それで、大地に根を張って・・・というか踏ん張って・・・前に向かって・・・というか、明日に向かって・・・いや、未来かなあ・・・いや、宇宙かなあ・・・世の中の本質やなあ・・・それに向かって突き進むっちゅんか、突き上げるちゅうんか・・・ちょっと口がいがんでいるのは、何もかも合わせて飲み込んで、ちょっと言いたいことあるけど口元しめて・・・目いっぱい、手いっぱい広げてエネルギーを発っしているあの感じ・・・あれをみると、何か悲しいんやけどうれしくて力が沸いてくる複雑な気分やねん・・・負けたらあかん。がんばろうって言う勇気が沸いてくるんや・・・ほんで、何か嬉しくて泣けてくんねん・・・」
「岡本太郎は、『爆発や』って言ってましたものね!」
「そうや『爆発』せなあかんねん。普通にやってたら普通のことしかできんちゅうことや
!」
「でも、なかなか出来ないことです」
「うちのおじいちゃんの遺言は『キチガイになれ』やねん・・・言葉は悪いし、何かようわからんやろ?・・・そんせんといい人生は送れないって言うんや!」
「僕、それ、なんとなくわかります」
「高校ではちょっとは注目されたけど全国大会に行けなくて、浪人して大学に入って、またアメリカン始めた時、大学のレベルって高校と全然違うねん・・・そら怖かったで、死ぬかと思ったわ・・・最初はやけくそや!それでも2年からレギュラーになって、甲子園ボウルにでた時も、むっちゃビビッたんや・・・その時、監督が『男がビビルってことは一番恥ずかしいことなんや!きちがいなってやってみい!』って言うてくれたんや。それで、ヤケクソちゅうか、色々考えてビビッている暇もなくなってプレイに集中できたんや。でも、その時思ったんは、また『きちがい』って言う言葉が出てきたなあって・・・あんまり大きい声で言えん言葉やけどな!」
「アスリートは、いい経験してますねえ!」
「・・・じいちゃんも監督もそらあ厳しいんやけど本当は優しいねん。厳しさと優しさは相反するものではなく同居するもんやって思ったんや。その本質みたいなもんがわかって来たのは、実は最近やけどね!そういうこと考えていると太陽の塔を思いだすんや。唐突やけど・・・あんな感じで生きていかなあかんなって・・・酔っ払ってきたかな・・・」
「いえ、よくわかります。僕も、岡本太郎さんが好きでね・・・昔、タモリ倶楽部っていうテレビ番組に出て、絵の審査員をやったんですよ。芸術の本質を探ろうっていうテーマだったのですが・・・タモリが次々と絵を見せていくんです。しかし、岡本太郎は一向に目を留めないんです。しかし、途中でちょっと目を向けたのがジミー大西の絵だったんです。で、タモリが『画伯!これは良い絵ですか?』って聞いたら、『少し面白い・・・』って答えたのですが、それもイマイチな感じで・・・それで、タモリがこれでどうだって感じで見せたのが、小学生がなぶり描きした絵なんですけど、岡本太郎は、例の目を見開いた顔で『すばらしい』って言うんですよ。それで、さらにもっと幼児が激しくなぶり描きした絵を見せると『ああ、すごい!』って言うのです。で、タモリが『画伯!本当ですか?』って聞くと『魂が違う!』って答えられたのです。『爆発だ!』って答えたかも知れません。お笑いバラエティーなので、私も笑いましたけど・・・でも何か説得力がありました。『魂』が大事なんだそうです」
「魂かぁ!あの太陽の塔の魂はなんやろなあ・・・あの顔は本当に深いで!大地に根を張って、立って、世の中にあるいろんな問題の本質を一人理解しながら世の中には未来に向っていく気概を見せる・・・そのために大空に向かって思いっきり両腕を伸ばしている・・・俺もそんな風に力強くならなあかんなあ・・・あれを見るためにそんな風に思うのよ!」
「平尾さんは充分強いですよ!」
「そんなことないんや・・・やせ我慢の連続みたいなもんや。いっつもくよくよしてんねんで・・・」
「そんな風には見えませんけど・・・」
「・・・そうか・・・有難う・・・ちょっとぐちっぽくなってきたな・・・明日は9時のレールスターに乗ったら間に合うから、8時にチェックアウトしようか・・・予約は、さっき携帯で入れといたから・・・」
「有難う御座います・・・」
「ちょっと酔っ払ってきたけど、ホテルのバーで軽くナイトキャップして寝るか!」
「ええ、そうしましょう!」