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monologues

三人目 all or nothing at all

作者: 子父澤 緊

―これは、泉を訪れた三番目の木こりの独白である。

わたくし、木こりでございましてですね。

まあその、木を切って、

そして売ると。

そうしたことを生業としてるわけでございます。


かく言う今日も、木を切ってきたところでございます。

もちろん、昨日も切りましたし、一昨日も切っておりました。

それが一ヶ月遡さかのぼろうと、一年遡ろうと、

日記などはつけておりませんけれども、

そのとき何をしていたかと問われれば、

間違いなく言えるのは、木を切っていたであろうということでございます。


あらよっと!


あ、申し訳ございませんね。

今のはちょっと…。


気にしないでください。

話を戻します。


このまま行くと、まず間違いなく明日も木を切っておりますでしょうし、

一年後も木を切っていると。

そのようにして、一生を終えるであろうと。

そう、思っていたわけでございます。


昨日の夕方までは。


ところがです。

昨日も一仕事終えて、

と言いましても、つまるところ木を切っていたわけでございますが、

家路に着く途中で、

木の切り株にガックリとうな垂れている男を見かけたのでございます。


もう少し正確にそのときの状況を申し上げれば、

昨日も木を切り終えて、家路につく途中で、

木の切り株にガックリとうな垂れている、木こりを見かけたわけでございます。


つまりその、

ありていに申し上げますと、

こんな山の中にいるのは木こりかマタギくらいのものなので、

弓とか、得物えものの類を持っていないから、これはマタギではないなと。

であれば、木こりではないかなと。

まあ、このように消去法で類推したわけでございます。


しかし妙なことに、その男は木こりなら当然持っているはずのものを持っていなかったのでございます。

もったいぶるほどのこともないので、申し上げますと、斧を持っていない。


でもまあ、この辺をウロウロしているのは、八割がた木こりでございますので、まあ、そうであろうと。

で、どうかなさいましたかと。

一応、その木こりに声をかけてみたわけでございます。


これはもう、親切心というよりも、

こういうちょっとした珍しい出来事を逃すと、一週間、ただ木を切っていただけで終わる、ということになり兼ねませんので。

私どもの生活と申しますのは。


そうすると、その木こりは、

まあ結局、木こりだったわけでございますが、

大切な商売道具の斧を失ったと申すのでございます。


当然、どうして、と、私が問いかけますと、

その木こりは、自分の身の上に起きたことを語り始めたのでございます。


数日前のこと、

その木こりは、ある友人から、面白い、というより耳寄りな情報を仕入れたのだそうです。

と、いいますのも、その友人というのが、これもまた木こりで…

どうもこの話には木こりしか出てこないので紛らわしいのですが、

その木こりが、泉のそばで木を切っていたところ、

つい、手を滑らせて、持っていたオノを泉に落としてしまったのだそうです。

彼が途方にくれておりますと、なぜか突然、泉の中から神さまが出てまいりまして、

…大変唐突な話ではありますが、

「あなたが落としたのは、この斧ですか?」

とお訊ねになられたそうです。

しかも、見れば、神様の手には純金の斧が握られている。


我々木こりの平板な日常を思えば、

これはもう、大変なトピックです。


ところが、そのバカ正直な木こりは、愚かにも、

「いえいえ、わたしが落としたのは、そんなに高価な斧ではありません」

とバカ正直に答えたのだそうです。


……え~…この話、端折はしょっちゃってよろしいでしょうか。

つまり、結論から言いますと、このバカ正直な木こりは、自分の斧を取り戻しただけでなく、

その神様から金の斧と銀の斧をまんまとせしめたわけでございます。


一方、それを聞いたこの憐れな男は、

二匹目のドジョウを狙って、欲を出したあまり、金の斧と銀の斧を手に入れられなかったばかりでなく、自分の斧まで失ってしまったと。


昨日の夕方、

私はそういう教訓めいた話を聞かされたわけでございます。


で、私、今日は少し早めに仕事を切り上げまして、

今、立っているのが、くだんの泉の前というわけなのでございます。

お察しのとおり、さきほど私は、自分の斧をですね、その泉に放り込んだ次第でございます。


さーてさて…

ああヤベ。もみ手してる。


あ!

きた!

泉、光った!

ほんとにきた!


こんにちはー。


どうもどうも。

木こりでございます。


どうもなんかすいません。

ええ、そうそう。

落としちゃいまして。

こいつはウッカリしてたなあ。

あれ、大丈夫でございましたか?

いやいや、オノオノ。

刺さったりとか、しておりませんか?

あ、そう。

あーよかったー。ほんとよかったー。

え?

神様なんでございますか!

マジっスか!!

意外。

こんなとこにいるんだ神様って。

やっぱりアレでございますね。

あの、人智を超えていらっしゃる。

神様だけに。


おお、神よ!


え?ヘルペス?

ヘルペ…ああ、ヘルメスね。お名前。


お?おお!

あ、いやいや。いきなり本題に入ると思ってなかったもので。

ちょっとビックリしちゃいまして。


私の斧の件でございますよね。

いや~、恐縮しちゃうなあ。

神様じきじき。手渡し。

拝見いたします。は。


あ?え?

あ、いや、なんでも。

いきなり普通の鉄のが返って来たものですから…

いやいやいや、こっちの話でございます。

あれ?


あの…ん~…

いや!これ…どうかなあ。

いやいや、基本、斧なんかどれも似たり寄ったりなもんでございましょう?

あの、すいませんね。

もうちょっとじっくり見てよろしいですか…。

いやー、これかなあ、どうかなあ。


あそうだ。

あの、これは提案なんでございますが。

いや!無理強いではないですよ。

そこのところをご理解のうえで、聞いていただきたいのですが、

例えばでございますね、もう一本、

他の、その、比較対象とかあれば、判断がつくかなあとか。

あ!

別にその、なんか変な下心があっての提案ではございませんからね。


あ!

ああ!

全然、全然!

待つのなんかいくらでもお待ちいたしますから!

ええ、ええ。

一回戻って。

また別のをとってくると。

わー、すいません!

なんかわがまま言っちゃって!

ね?

いやべつにコレでも全然いいんでございますけど、

もし違ってて、本当の持ち主がね。いらっしゃったりしたら。

困ってて。ええ。

ねえ?これが親の形見とかで。

そんなの私が持ってっちゃったりしたら。ねえ?


ああ、もうしわけありません。

貴重なお時間を無駄話で。

ええ、お構いなく。

あ、どうぞどうぞ、行ってきて下さい。

底に。

ああ!もう、いくらでもお待ちいたしますから。

ええ。

ええ。

アザーッス!



チッ。

うわ!

おかえんなさい!

はや…早かったですね。

あ、

あー…ね。

浅い?

浅いんだ。

なんか、勝手にこう、深いイメージを自分の中で創り上げてしまってて。

へー…浅いのかあ。

どうでもいい?

どうでもよろしいですね。申し訳ありません。


あ、どーもどーも。手ずから。

あ、え?

これ、またテ…いやいやいや、すいませんなんか。

こんな重いもんをね。

一回潜って、

またね、もって来るとか。

大変ですものね。

浅いとはいえ、ね。

すいませんね、ほんと。


いやでもこれ。

どうかなあ…

この、持つとことか、この減り具合とかね、

この、隅っこのちょっと錆びてるとことか、

なんかほとんど一緒ですもんね。

ね。

あ。ごめんなさい。神様にタメ口で。


いやはや。

どうかなあ。

え?

どっちでもいいから持ってっちゃえ?

ええ?

えええ?!

そりゃまあ、どっちでもいいって言われりゃ、そうなんですけれども。


いいのかなあ。

そういう…えー?

…そうスかあ? 


(めでたし、めでたし)


このお話の教訓:なんか、金のレートとか、そういうのが関係あるのかもしれない。


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