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雪の記憶  作者: 今井りか
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6  婚約

 アルフレッドはリサが流行病に倒れたと聞いて、広間に入ろうとした時を思い出す。


 ジョンソン牧師に優しく諭されたのだ。


「貴方様が今なさる事は、リサさんの看病では無いでしょう。

 荷馬車隊の通行を許可したり、亡くなった領民の家族を見舞ったり、余所の地区の流行病の発生に目を配らなければいけません。

 私がリサさんの看病をしますよ」


 年寄りは感染すると危険だと止めたのに、水色の瞳を細めて何度か同じような流行病にかかっていますからと広間に入って行ったのだ。


 リサは助かったが、ジョンソン牧師は亡くなってしまった。


 アルフレッドは何も出来なかったと、自分の不甲斐なさに腹を立てていた。


 それと、この流行病が国中で被害を増やしていると知って心を痛める。


「ノースウルヘンみたいな田舎では、患者の隔離もできますが、大きな街では難しいですね」


 ヘミングはノースウルヘンの一番近い街のウィンターヒルの被害は甚大だろうと眉をしかめた。


「荷馬車隊もウィンターヒルの冬至祭の市に参加していたからな。

 ウィンターヒル伯爵から応援の要請が有るかもしれない。

 薬剤や看護人の派遣の準備をしておいてくれ。

 だが、その前に今晩はゆっくりと休むのだぞ」


 いつもは陽気なヘミングが、流行病で疲れてきっているのをアルフレッドはねぎらった。


 ノースウルヘンでも数名の死亡者を出したが、大きな街のウィンターヒルでは犠牲者も多いだろうと溜め息をつく。


『リサ……貴女にもしものことがあったら

……』


 流行病の看病を進んで志願してくれたリサに感謝してもしきれないが、それと同時に自分の身の安全を考えてくれと怒りも込み上げる。


「二度と愛する人に置いていかれるのは御免だ!」


 自分はリサに対して何も要求出来ない立場なのだと、アルフレッドは今回の件で突きつけられてゾッとしていた。


「キャサリン、リサの手を取っても良いだろうか?」


 護り切れなかったキャサリンに許しをこうと、少し寂しそうに微笑んで「幸せになってね」と頷いたように感じた。


 アルフレッドは自分勝手な幻想に呆れたが、リサへの想いを止めることも出来なかった。




 一方のリサはジョンソン牧師の日記を読むと、自分の生きていた時代に帰れないのだと泣き崩れた。


「ジョンソン牧師様もあの時代に帰ろうと、色々と試してみられたのね。

 でも、最後には諦めて、この時代で何か役に立ちたいと牧師の道を進まれたのだわ」


 ジョンソン牧師はノースウルヘン城から離れた山岳部で、登山の途中に落下したのだ。


 記憶喪失にならなかったジョンソン牧師は、すぐに時代が違うと驚いて、必死に帰る方法を試しだした。


 同じ崖から落ちて骨を折ったりと、失敗の連続が日記には書き記されていた。


『あの落下事故で、あの時代の私は死んだのかもしれない。

 諦めて、この時代で生きていく目的を探そう』


 元の世界では精神科医だったジョンソン牧師は、こちらの世界で人々の心の支えになる牧師になろうと修行を始める。


 リサは修行の日々の苦労を日記で読み、自分はノースウルヘン城に保護されて幸せだったと心から感謝する。

 

 そして、長年の間、民衆の為に尽くしたジョンソン牧師の生き方に感動した。


 でもそれとは別に、思い出した両親や友達と二度と会えないのだと、リサは心が砕かれたのだ。




「リサ、少し話があるのだが……」


 アルフレッドは床に座り込んで泣いているリサを見て、胸が締め付けられた。


「アルフレッド様……私はリサではありません。

 私はケイトリン・ハモンド、この時代の遥か未来から落ちてきた人間なのです」


 アルフレッドはリサの告白に驚いたが、寒い床からベッドへと抱き起こして座らせた。


「こんな事を言っても、信じて貰えないでしょうが……ジョンソン牧師様も時の落とし人だったのです。

 看病して下さった時に、流行病がインフルエンザだと知っていらしたから。

 私達の時代にもインフルエンザはあるのです」


 愛の告白に来たアルフレッドは、リサの言葉に驚愕した。


「リサ、いやケイトリンと呼ばなければいけないのか……」


 リサはジョンソン牧師の日記をアルフレッドに渡す。


 アルフレッドはパラパラと飛ばし読みをした。


 前半の自分とは違う生活から、山で事故に遭いこの時代へ来たジョンソン牧師の戸惑いや、必死で帰る方法を探したのを読んで、リサも帰りたいのだろうと察した。


「ケイトリンは自分の時代に帰りたいのだろうね。

 ジョンソン牧師の日記には私には理解出来ない物が沢山書いてある。

 文明の発達した時代から見たら、この生活は不便で野蛮に感じるだろう……」


 悲しそうな目をしたアルフレッドが、自分を愛しているのに諦めようとしているのだとケイトリンは気づいた。


「私は野蛮だなんて思ってませんわ。

 不便だとは思ったけど、雪の中で倒れていた私を助けて下さったのですもの。

 ただ思い出した両親と二度と会えないのかと泣いていたのです」


 ケイトリンの瞳に自分への想いが溢れていた。


「ケイトリン、いや私に取って貴女はリサなのだ!

 リサ、私と共に生きてくれませんか?」


 跪いてプロポーズするアルフレッドに、リサは抱きついて承諾する。


「何も持たない私で良いの?

 家族も友達も遥かな彼方にいるのよ」


 アルフレッドはリサを抱きしめて、キスをした。


「リサ、絶対に私を置いて行かないでくれ」


 暗い茶色の瞳が愛で輝いていた。


 リサとしてはこのままベッドで愛を確かめたかったが、この時代は結婚式までお預けなのだ。




 アルフレッドはリサと婚約したとマーカス城代に告げた。


「リサを私の妻の遠縁にしましょう。

 妻の姉の何人かは南部へ嫁いでいますから、黒い髪の姪がいても不思議ではありません。

 妻に姉へ手紙を書いて貰います」

 

 マーカス城代は実務の手続きをてきぱきとこなした。


 しかし、ジョンソン牧師の代わりの牧師が到着するまでは、結婚式は行われない。


 それまではリサはマーカス城代夫人の監督下で、花嫁修行をすることになった。 


「リサ、貴女が22歳だなんてねぇ……

 こちらでは行き遅れだと思われる年齢ですよ。

 でも、アルフレッド様は28歳ですから、バランスは取れてるかもね」


 リサは此方の時代では女の子は16歳が適齢期だと聞いて驚いた。


「牧師様はいつ来られるのかしら?」


 結婚式までお預けが辛いリサは溜め息をつく。


「雪も有りますし、それに街では流行病が猛威を振るってますから、移動の禁止令も出ています。

 これは貴女も知っていた方が宜しいですね……イザベル大后様はアルフレッド様が結婚するのを邪魔される筈ですわ」


 リサもアルフレッドから前王の庶子だと聞いていたが、イザベル大后の話は知らなかった。


「キャサリン様が亡くなられたのもイザベル大后のせいなのですよ。

 まだ王様には世継ぎが居ませんからね……」


 リサはそんな事情は知らなかった。


「でも、アルフレッド様は庶子だから、相続権は無いのでしょ」


 マリアン夫人はそれはそうなのですがと、イザベル大后は執念深いからと暗い顔をした。


「法律上はアルフレッド様はノースウルヘン城しか相続できませんが、フレデリック王はルシンダ様を心より愛していらしたから……イザベル大后は許し難く思っておられるのでしょう」


 それと自分の息子に子供が出来ないのに、アルフレッドが子供を得るのを許さないのではと、マリアン夫人は心配していた。


 二人は雪の舞い落ちる庭をそぞろ歩いたりしながら、お互いのことを話し合った。


 城代や城代夫人は寒いのに気がしれないと肩を竦めたが、二人っきりで暖かなマントにくるまって話していると時の経つもの忘れるぐらいだ。



 その夕方も、お茶を飲んでからずっと二人は庭で話し合っていた。


「アルフレッド様、新しい牧師が到着しました」


 城代のマーカスが呼びに来て、アルフレッドとリサは微笑んで抱き合った。


「やっと結婚できるのね!」


 喜ぶリサにキスをしたが、アルフレッドは少し早いなぁと呟いた。


「まぁ、ちっとも早くないわ! アルフレッド様は結婚したくないの?」


 リサが拗ねるのを、慌ててまさか! と宥めている熱々のカップルに城代は呆れて肩を竦める。


「さぁ、新しい牧師に会いに行こう!」


 リサをエスコートしてアルフレッドは城へ戻った。

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