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雪の記憶  作者: 今井りか
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5  流行病

 荷馬車隊を出て行かせば、流行病を周辺に撒き散らすことになる。


 アルフレッドは領主として、荷馬車隊を流行病が治るまで留まるように命じた。


 治療師のヘミングは、既に流行病にかかっている者は城内の広間に運び込ませた。


「私達は流行病にかかってません。

 先の町に行かせて下さい」


 何人かの商人はアルフレッドに嘆願したが、ヘミングは顔を横に振った。


「感染力の強い病だから、既にうつっているかもしれません。

 次の町で発病したら、大流行になってしまいます」


 兵に出て行かないように見張らせて、広間に運んだ病人の手当てを始めさせる。


「アルフレッド様は広間に近づかないで下さい」


 ヘミングに強固に言われて書斎に帰ったが、倒れた小僧の近くにリサが居たのが心配だった。


「リサ、リサ! 私はなんて愚かだったのだ! 失いそうになって、愛しているのを認めるだなんて」


 リサの無事を確認したいとアルフレッドは台所へと急いだ。


「マーサ! リサは? リサは何処なのだ!」


 いつも座っている椅子にリサの姿はない。


「リサは……患者の看病に志願したのです。

 私は止めたのですが、ヘミングさんだけでは無理だと……」


 リサは助けてくれたノースウルヘン城の為に何かしたいと感じていたのだ。


 アルフレッドは広間へと急いだが、城代のマーカスに厳しい口調で止められた。


「市にいた領民にも流行病がうつったかもしれません。

 領主の貴方は流行病にかかる訳にはいかないのです。

 これから出る病人を収容したり、これ以上広めないように道を封鎖したりしなくてはいけません」



 愛していると悟ったリサが、広間で病人を看護しているのにとアルフレッドは去りがたかったが、領主として領民を助けなくてはいけなかった。


 各家を回らせて、流行病の兆候を知らせたり、城で看病すると伝えさせる。




 リサは広間に並べられた台に寝かされた病人達に布団をかけてやったり、熱を冷ます煎じ薬を飲ませたりしていた。


「ヘミングさん、あの暖炉に鍋をかけて蒸気で広間を暖めたらどうでしょう?」


 ヘミングは流行病を怖れずに看病を手伝ってくれるリサに感謝する。


 その上、リサはてきぱきと病人の額や首などを雪の入った水で濡らした布で冷やしていく。


 吐きそうな患者にはバケツを持って行ったりとしているが、感染が怖く無いのだろうかと不思議に思う。


「感染は怖いですから、口を布で覆ってますし、手を何度も洗ってます」


 髪の毛も布で覆っているし、服の上からエプロンを着ていた。


「台所のマーサにうつったら大変だから、本当は此処で調理をした方が良いのだけれど……」


 広間の外の台に食べ物を置いて貰い、マーサが遠くに離れてから広間に持ち込んでいた。


 広間にはヘミングと、前に似た流行病にかかった召使いが数人いたが、日にちが過ぎるにつけて荷馬車隊のほぼ半数が病に倒れた。


 そして、市に来ていた領民達が運び込まれてくる頃には、看病しているヘミングやリサは疲労困憊していた。


 明るいニュースは初めに吐いた小僧の熱が下がったことだ。


 ヘミングは広間の横を回復室にした。


「あと数日は外に出てはいけない」


 小僧は寝てて食事を貰えるのなら、文句は言わないことにした。


「荷馬車隊は元々元気な商人や若い小僧が多いから大丈夫だろうが……」


 ヘミングの心配した通り、領民達の中でも幼い子供や年寄りは回復しないで亡くなる者もでてしまった。


 亡くなった子供を抱きかかえて泣く母親にリサは心を痛めたが、その母親も流行病に倒れた。


「しっかりしなければ駄目よ!

 貴女には二人の子供がいるのだから」


 坊やと同じ所に行きたいと、煎じ薬を拒否する母親を、リサは叱りつけて引き起こして飲ます。


「母親が亡くなったら、子供達はどうなるの?」


 母親は涙を拭って、死ぬわけにはいかないと、残りの苦い煎じ薬を自ら飲み干した。


 広間に残った病人が残り少なくなった時、リサはついに流行病に捕まってしまった。


『インフルエンザだと思うけど……疲れていたからうつってしまったのね』


 リサは記憶喪失の自分を保護してくれたアルフレッド様に少しはお返しが出来ただろうかと、熱に浮かされながら考えていた。


「リサさん、大丈夫ですか?」


 年寄りだからと看病に志願したのにヘミングに拒否されたジョンソン牧師が、リサの額に冷たい布を置いてくれた。


「牧師様は……」熱で張り付いたような喉に苦しむリサに、お湯で解いた蜂蜜を飲ませてくれる。


「私はインフルエンザには何度もかかりましたよ」


 白髪頭のジョンソン牧師は、優しそうな水色の目を悪戯っぽくウィンクさせて微笑んだ。


「牧師様! 私は誰だか解らないし、此処とは違う所で生きていたような気がするのです」


 勢い込んで質問したら、咳が激しくなり、ジョンソン牧師に病気がよくなってから話しましょうと、眠り薬の入った煎じ薬を飲まされた。


 うとうとしながら、ジョンソン牧師

にリサは「ここは何処ですか?」と何度も何度も譫言で尋ねていた。


 牧師はリサに「此処はノースウルヘンですよ。貴女の時代にもあったでしょう」と優しく答えてやった。





 リサは夢の中で、大学の卒業旅行でノースウルヘン城の跡地を訪れていた。


 水色のロングワンピースを着てサンダルを履き、レンタカーから降りる。


「ああ~! 良い空気だわ~」


 思いっきり深呼吸して、城の跡地へと登っていく。


 サンダルでは歩き難いと愚痴りながら、岩や石の間の草を踏みながら登る。


「あら? これは城の一部が残って居るのね……崩れ落ちないかしら?」


 夢を見ているリサは、駄目よ! と叫んだが、崩れかけた階段を上へ上へと登っていく。


 そして、てっぺんに着いた時、ケイトリンはサンダルが岩に挟まってバランスを崩して落下したのだ。


『私はケイトリン・ハモンド!

 大学を卒業して、気儘な卒業旅行をしていたのだわ!』


 夢で城の残骸から落下したリサは名前を思い出した。


 台の上から起きあがると、ふらっとしたが熱は下がっていた。


 ふと見回すと、治療師のヘミングと、牧師のジョンソンが台の上で眠っていた。


「ヘミングさん、疲れてしまったのね」


 ヘミングが流行病がうつって倒れたのでは? と心配したが、疲れて眠っていると解ってホッとする。


 隣のジョンソン牧師もお疲れかしら? と近づいて、リサは驚いた。


「ジョンソン牧師様! しっかりなさって!」


 熱で朦朧とした水色の瞳を開いて、ジョンソン牧師は微笑んだ。


「そろそろお迎えが来たようです……

 リサ、私の部屋に日記があります。

 何かの……」


 激しく咳き込むと、ジョンソン牧師は目を閉じて、二度と水色の優しそうな目を開けることはなかった。


 リサはジョンソン牧師も自分が生きていた時代から、この過去の時代に落ちたのだと悟った。


『場所はノースウルヘン城!

 私の名前はケイトリン・ハモンド!

 記憶は戻ったけれど……この時代からは帰れないのね』


 目の前に眠る自分と同じ時からの落ち人を見つめて、リサは新たな絶望感を覚えた。


 ジョンソン牧師の台の下に泣き崩れるリサを、ヘミングは回復室へと送った。


 リサは熱の後の気だるさと、ジョンソン牧師の死のショックから、なかなか立ち直れなかった。


 流行病は峠を越えて、広間には患者が誰もいなくなった頃、やっとリサは回復室を出る許可を貰えた。




 ジョンソン牧師の墓は、雪をかき分けて掘られた土がまだ見えていた。


「もっと早くに話せていたら……」


 冬なので花は見つからなかったが、せめて緑だけでもと針葉樹を一枝供える。


 ジョンソン牧師の部屋は教会の横にあり、キチンと片付けてあった。


「これは……あの時代の日記帳だわ!

 それに万年筆!」


 そっと取り上げて、中をペラペラと捲ると、細かい字でびっしりと書き込んであった。


「ジョンソン牧師様の人生が詰まっているのだわ」


 大切に読もうと、胸に抱いて部屋に帰った。


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