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恋迷路

作者: 天帆出

某SNSサイト内、小説サークルにて投稿

テーマ『寄り道』

 いつだって現実はうまくいかない。

 薫は溜息を吐きながらパソコンの電源を入れた。

 軽い起動音を聞く三秒ほどの間に、先ほどまで持っていた憂鬱が少し和らいでくる。

「そうよ、私には『ここ』があるもの」

 気持ちを切り替えるようにカーソルを運ぶ。

 ショートカットから入る、いつものゲーム。

「いやだ満室?」

 ゲームログイントップに表示される『現在入室中』の数を見て、また溜息を吐いた。

「しょうがないわ」

 呟きながら、誰かがOUTするまでの時間潰しにとコンテンツ内のチャット入り口を開く。


 とても簡単なゲームだ。インして自分のヒットポイントと、決められた持ち時間の許す限りで他のユーザーに《闘う》コマンドを選択する。

 勝敗はランダムで、時に相手のアイテムを奪ったり、自分のアイテムが壊れもする。

 専門の会社ではなく、個人が運営しているゲームなので、サーバー負荷対応で同時にインできる人数は五人まで、それを承知で六人目として入ると管理側からステイタス没収などの処罰を受ける。一人の持ち時間は一回十分間で、アウトしたらその後三十分間インしてはいけないルールだ。その時間を待つ間の為に用意されているチャットは五種類。

 薫は誰もいない《剣闘士の間》を選んで入った。

 自分のハンドルネーム《ルル》が現在入室欄に表示されると、待っていたかのようにもう一人が現れた。


 γ  : こんにちわ、ルルちゃん

 ルル : γさんこんにちわ

 γ  : 大学、もう終わったの?

 ルル : うん

 γ  : 今日は早かったね

 ルル : 午後の授業さぼっちゃったww

 γ  : ダメじゃん( ̄w ̄)


 薫が二か月前このゲームに登録した時、γはすでに古参ユーザーだった。

 自らを二十代の会社員だと自己紹介した彼は、初心者で右も左もわからない薫にとても親切にゲームの事を教えた。

 そして軽い世間話から始まって、ちょっとした打ち明け話。そんな毎日を重ねて二か月も経つ今となっては、他のユーザーが居る時こそゲームの話で盛り上がるが二人きりの時には殆どプライベートな会話でページが埋まる。


 ルル : だってお昼にボンゴレスパ食べたら、急に思い出しちゃって

 γ  : 何? あの彼?

 ルル : うん。一緒にあの店で食べたなぁって

 γ  : もう忘れたって言ってなかったっけ?(≧m≦)ププ!

 ルル : だって~

 γ  : だから言ってるじゃん。失恋の特効薬は新しい恋だよって

 ルル : えーだってぇ

 γ  : オフで俺と会ってみようぜ。軽いノリで言ってるんじゃないよ

 ルル : だって顔も知らないのに


 少しずつ増えてくる、危ない橋を渡るような会話。


 γ  : 顔は知らなくても、ルルの話を聞いていればどんな女の子かくらい分るよ

 ルル : えぇー

 γ  : ルルが今まで付き合ってきたヤツは、俺に出会うための寄り道だったんだよ

 γ  : 実際、ルルがこのゲームに参加するようになったきっかけだって、その彼が原因じゃないか


 γにそう言われると薫は否定できない。

 高校生の頃友達だった彼と、卒業して久しぶりに会ったらすっかり幼さが抜けた社会人になっている姿に、恋をした。

 アルバイトの相談や、ちょっとした昔話をしようと何度も会い、やっとの思いで告白をしたら瞬殺でその恋は終わったのだ。

 その悲しみを拭う為になれないインターネットで恋愛関係の掲示板を渡り歩くすがらで、このゲームに出会った。

 今まで彼を想う為に費やしてきた時間を紛わせる事ができるだろうかと期待して登録し、γと出会った。

 聞き上手なγのチャットにつらつらと失恋の告白など繰り返されるうちに、γの気持ちも親切なゲーマーから《ルル》を一人の女性として意識するようになったのか、チャットで二人きりになれば薫の気持ちをくすぐるような発言をしはじめてきた。

 けれど……


 ルル : γさん今日はちょっと強引みたい。どうしたの?

 γ  : そうかな? そうかもね……実は……

 ルル : なぁに?

 γ  : 今週末名古屋に出張なんだ。だから……


 お互いのプライベートが会話に出始めた頃、自然の成り行きでγは京都に、ルルは名古屋に住んでいる事を教え合った。

 気楽に会うには難しいけれど、新幹線で一時間とかからない距離は、もやもやと湧いてくる気持ちを実現可能にさせる。その距離感は決して伝わらないはずの温度を、打ち込まれる文字に込められているかのように淡い期待を溢れされる。

 薫が、本来ならあり得ない温度をディスプレイから感じて頬を染めるには、充分すぎた。

 そしてγが囁いたきっかけは薫の震える背中を押した。

 ―― 会いたい ……

 そして、あなたの本当の体温に触れたい……

 指先でγの並べる文字を追うように触れながら、薫は小さく呟いた。





「それで? どうだったの?」

 学食の隅で赤い目をこする薫に、幼稚園の頃からの幼馴染の雪が訊ねる。薫はそれに鼻をスンと鳴らして答えた。

「ナナちゃん人形の下でγさんの背中を見つけた時は、すっごくときめいたわ。

 後ろ姿だったけど、教えてもらった通りの水色のストライプのシャツ、ポールスミスの緑ラインのバッグ。一人しか居なかったからすぐに解ったわ」

 薫がうっとりと思い出しながら語るのを、

「平日の午前十時にそんな所で待ち合わせするヤツも居ないでしょうね」

 雪はさらりと流し聞く。けれど薫はそんな事は気にせず続けた。

「後ろから、声をかけたの。『γさん?』って。そしたら『はい』って答えて微笑みながら振り向いてくれたのよ」

「ふぅん、それで?」

 雪はチャーハンを口に運ぶ片手間に合いの手を入れる。

「そしたらγさん……」

 突然に薫の言葉が震え始めた。

「私を見た瞬間、さぁーっと笑顔が引いたわ。

 私『γさんですよね? ルルです』って勇気を出して言ったわ。そしたら、『人違いですよ』って言って、ささーっと走って去ってしまったの!」

 最後は本当に涙混じりの鼻声になった薫の言葉を

「まぁ、そうでしょうね」

 さっくりと聞き流して雪はチャーハンを食べ終えた。そして

「それよりさぁ、薫、もう午後の講義始まるよ。そろそろ行こうか」

「え? もうそんな時間?

 酷いわ、私がこんなに傷ついていても時間は無情に過ぎていくのね」

 セルフサービスのトレイを薫の分も持って立ち上がる雪に、「ありがとう」と言いながら薫は

「でも講義の前に化粧直しに行かなきゃ。

 次は新谷教授の講義だもの。こんな泣き腫らして崩れた顔で出るわけにはいかないわ」

「はいはい。私は先に行くから、遅刻しないように来なさいね」

 笑う雪に、もう一度「ありがとう」と言って薫は立ち上がる。

 嬉しそうに背中を見せて走り去る薫に、雪は口端を歪めた笑みを浮かべて見送った。

 子供の頃からの付き合いだ。

「あんたを理解するには普通の男じゃダメよ」

 薫が間違う事なく男子トイレに入って行くのを確認して

「あ、トイレはちゃんと男子用に入るのね。そりゃそうか、体はちゃんと男の子だもんね」

 感心をしながら食器トレイ返却口に向けて踵を返した。





 ~ 了 ~

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