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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
想いのベクトル
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その方向は

 帰宅後、家でゆったりしていたら、則之からの電話が鳴り響いた。

 出ることを躊躇した俺は、躊躇したまま切れるのを待っていたが、けたたましい音は一向に鳴りやむことはなく、仕方なく俺は電話に出た。


『よう晴司! 今日はありがとうな!』


 則之は疲れた俺を考えもせず、大声で叫んできた。


「……何がだよ。俺はわりと散々な目に遭ったぞ」


(月乃に振り回されたり、月乃の巻き添えくらったり……全部月乃がらみじゃね?)


『いやいや、お前が気を使ってくれたおかげでな、空音とゆっくり話すことができたんだよ』


(別に気を使った覚えはないが……)


「そうか。それはよかったよ。何を話したんだよ」


 そういうと、則之は急に声のトーンを落としてきた。


『……あいつさあ、最近様子が変なときが多くなかったか?』


「……そういえばそうだなあ。昼飯食いにも来なくなったし……」


『だろだろ!? で、今日聞いてみたんだよ。何があったんだって』


「へえ……で? どうだったんだ?」


『それが、さっぱり意味が分からなかった』


「はあ? 聞いたんだろ?」


『そうなんだけどよお。なんでも、最近頑張っっちゃいけないって思うことがあったらしいんだけど………

 だけど、今日で決めたんだって。頑張るって。だから、もう心配しなくていいってさ』


「……なるほどな。さっぱり意味がわからん……」


『そうだろ!? ああ! なんなんだよおお!!』


 則之が電話口で大声で悶絶していた。


(耳がキーンってなったぞ……)


「……別に、無理に聞き出すことはないんじゃねえか?

 空音にだって、俺らに話したくないことくらいあるだろうし。もし必要なら、空音から言ってくるだろ」


『そんなもんかあ?』


「たぶんな。……っていうか、なんでそんなに気になるんだよ」


『そりゃ決まってるだろ?好きな女が困っているなら、助けたいって思うもんだろ。普通……』


(…………ん? はて? 何か聞こえた気がするが……)


「……ワリイ。ちょっと幻聴が聞こえた。で、何だって?」


『だから! 好きな女が落ち込んでいたら、普通なんとかしようって思うだろ?』


「好きな女? 誰が? もっと簡潔に言ってくれ……」


『俺、空音、好き。助ける。普通』


(それは簡潔じゃなくて、ただの片言……………って)


「えええええええええ!!??」


『なんだよ』


「お前、空音が好きなのか!?」


『知らなかったのか?』


「んなもん知るかああああ!! いつからなんだ!?」


『小学校の時からだよ。中学は別だったからな。高校では、絶対同じになりたかったんだよな』


「……ってことは、お前がハラコーに入ったのって……」


『そんなの、空音が行くからに決まってるだろ? でもびっくりしたぞ。入学したらお前がいるし』


(そうだったのか。知らなかった。俺は副産物的な位置だったわけね)


『それでな晴司、お前を見込んで頼みがあるんだ』


 と、則之が急に神妙な様子で話してきた。


「激しく嫌な予感がするが、一応聞いておいてやる。なんだよ」


『俺の……キューピットになってくれ!!』


「……電話切るぞ。じゃあな」


『待て待て待て~い! キューピットって言っても簡単なことだ。空音が、俺のことどう思っているか確認してほしいんだよ』


「そんなもん、どうやってだよ」


『ふふふ。それについては俺に秘策がある。明日を待て! では、さらばだ!』


 そう言って、則之は勢いよく電話を切った。


(また変なこと考えてやがる……しかし、アイツが空音をねえ……)


 ベッドに寝転がり、則之の言葉を思い出していた。

 アイツの話し方は軽く感じるが、実際はマジなことが多い。特にさっきの話では、それを強く感じた。


「……小学校からずっと、ね。アイツ、意外と一途なんだな……」


 そう呟いた瞬間、再びケータイが鳴り響いた。

 則之がまた何か言い忘れたのだろうと思い、ケータイを手に取った。

 ……電話は月乃からだった。






==========





「……もしもし。何か用か?」


『彼女が彼氏に電話するのに、要件なんて必要なの?』


「よく言うぜ。で? なんだよ。何かあるんだろ?」


『あ、いや……どうするか考えたんだけど……』


 月乃はゴニョゴニョ言って語尾を小さくした。


「なんだよ。もったいぶるなよ。気になるだろ」


『だから! ……一応、今日のことお礼を言っておくこうかと思って、ね……』


(今日のこと? ……ああ、バカたちの時のことか)


「別に礼はいらねえよ。あれは俺が勝手にしたことだし」


『あっそ。じゃあもう言わないわ』


(諦めるの早いなオイ! もっと粘れよ! もっと礼を尽くせよ!

 お前が電話した理由はそれじゃなかったのかよ!!)


 すると月乃は、何か言葉を選びながら聞いてきた。


『……あのさ……さっき通話中だったけど……誰と話してたの?』


「別に、お前には関係ねえよ。なんでいちいち俺がお前に電話の相手を教えないといけないんだよ」


『……言わないと社会的に殺す』


 圧倒的な殺意を感じた。


(そこまで怒ることですか!?)


「……則之と話してたんだよ」


『ふーん、そ』


(聞いといて反応が薄すぎるぞ。言った俺が空しくなる……身の危険を感じた俺の冷や汗を返せ!!

 ……そういえば、月乃はあの二人のこと、どう思うんだろうな……)


「なあ、ちょっと聞いていいか?」


『何よ』


「いやさ、お前、今日則之と空音と遊んだだろ? 率直に、二人のことどう思った?」


『……田島くんと久木さん?』


「そうそう」


『そうねえ……』


 月乃は考え始めた。あの二人をどうにかするにしても、第三者的な意見を聞きたかった。


(俺だと先入観が大きすぎるしな)


『田島くんは、バカね。話も面白くないし、うるさいだけ。テンションあげれば盛り上がると勘違いしてる感じね』


(……容赦ねえな。今度則之にジュースでも奢るか……)


『だいたい、田島くんを見てたらこっちまで恥ずかしくなるわ……

 まったく、好きな女の子の前だからってハシャぎ過ぎなのよ』


「………おい。ちょっと待て。なぜそれをお前が知ってるんだ!?」


『はあ? そんなの、見たらすぐわかるじゃない』


(ぐ……そうなのか……全然わからなかった俺って……)


 俺は、自分が鈍感ではないかと疑い始めた。


(ええい!! 挫けてたまるか!!)


「じゃ、じゃあ、空音はどうだよ」


『久木さんは……そうね、可愛らしいと思うわ。素直だし、話しやすいし。私は気に入ったかな』


「そ、そうか……」


(喜べ空音。月乃お嬢様がお前を褒めておられるぞ)


『………でもね、あの子、自分を抑えてしまう傾向にあるみたい。どっか無理してる感じがある』


「そうなのか?」


『そうよ。だって………』


 そう言った月乃は、急に言葉を濁した。


「だって、なんだよ」


『……何でもないわよ!!』


(なぜ俺にキレる?)


『まあ、今のところはそんくらいね。

 ……でも、一つだけ確かなことはある。あの二人、そのうちどちらかが傷付くことになるわ』


「……どういうことだ?」


『簡単なことよ。あの二人の想いのベクトルは、まったくの別の方向を向いてるのよ』


「想いのベクトル?」


『そうよ。それこそ、今日見た映画のように、ね……』


(今日の映画? あの映画か……)


 俺は、今日見た映画を思い出してみた。それから導き出された答え……それは、則之にとって、笑えない内容だった。


「……それはつまり、空音のベクトルは則之じゃない別の男の方向を向いているってことか?」


『そうよ。……ま、アンタが気付いていないことは分かってたけどね』


(……何てこった。則之……)


 月乃は厳しい口調のまま、さらに続けた。


『どちらが先に相手に想いを伝えるかはわからない。けど、交わらない想いのベクトルは、いずれどちらかが必ず折れてしまうものなのよ』


「……でも、それは――」


『――分からない、とでも言うの?』


「う……」


 俺の意見は読まれていたようで、意見を述べ終わる前に月乃に静止されてしまった。

 そんな俺に、月乃はため息を吐き、少し優しい口調に戻した。


『………アンタが、田島くんをフォローしたくなる気持ちは分かってるつもりよ。皆がそれぞれの想いを遂げられたら、それに勝るものはないとは思うわ。

 ――でもね、現実はそうはいかないの。

 一つのリンゴをみんなが欲しがれば、そのリンゴを切ればいい。

 だけど、それが人なら、それは出来ないのよ。その人は、一人しかいないのよ。その時は、誰かが欲しい気持ちを諦めるしかない。

 ……もっとも、それが誰かは、相手によるところが多いけどね』


「…………」


 俺は黙り込んでしまった。本当は何か言い返したかった。“きっと、あの二人が、二人とも幸せになる方法があるはずだ!”……そう、言いたかった。

 でも、月乃の話はあまりにも正論で、あまりにも現実的で……その残酷すぎるほどの真実に俺は、ただ、言葉を飲み込むことしか出来なかった。


(もし則之か空音のどちらかが傷付いたとしたら、俺は、どう二人に接すればいいのだろうか。どう声をかければいいのだろうか……)


 俺はその時の状況を頭の中でシミュレートしたが、どう接するにしても、どう話しかけるにしても、結局はロクに気が利いたこそすら出来ない自分の姿しか想像できなかった。それが、悔しかった。


『……晴司、アンタもしかして、田島くんから何かお願いされなかった?』


(コイツはエスパーか?)


『いいわ。仮の話をしてあげる。

 仮にもし、あなたが彼から久木さんのことで何かお願いされているのなら、それは、断りなさい。

 あなたは決して、二人を繋ぐ橋にはなれないわ。それは、断言してあげる』


 月乃の言葉は真剣そのものだった。その言葉は、怖いくらいの重みを感じた。その言葉は俺を心配してるようにも、あの二人を心配してるようにも感じ取れた。

 確かに俺では役不足かもしれない。大した恋愛経験なんてあるはずもなく、俺が則之にアドバイスするとしても、誰かが言った言葉の転用だとか付け焼刃的な自分勝手な持論だとかを並べることしか出来ないだろう。

 でも、それでも俺は………


「俺も仮の話をしよう。もし俺があいつから何かお願いされたとしたら、たぶん、それは断らない。

 もちろん俺がいれば何とかなるなんて思ってないさ。さっき月乃が言った言葉だって、きっと俺が頭のどっかで考えてたことだと思うくらい妙に納得しちまったよ。

 ……けどな、則之はバカだしうるさいが、俺の、ダチなんだよ。そいつが俺に助けを求めてくるなら、俺は黙ってそれを助けるだけだ。

 これは現実論なんかじゃないんだよ。俺の、ただの意地だ。ひどく曖昧な精神論でしかない。――だけど、他の誰でもない、俺自身がそうしたいんだよ」


『……その行為が、結果として、相手を傷付けることになっても?』


「どういうことだよ」


『別に。まあ、アンタがそうまで言うなら、私からとやかく言うつもりはないわ。私は二人の知り合いだけど、アンタほど長い付き合いじゃないし。私が、田島くんとアンタのことで口出しする権利なんてないわ。

 ……でもね、一つだけ警告してあげる。

 世の中には、アンタが予想すら出来ない真実があるものよ。その真実は、小さなことから大きなことまであって、喜ばしいことから残酷なことまであるわ。それは人に知識や経験を与えるものであると同時に、その人を追い込むものでもあるのよ。

 そして、その真実は、一つ間違えば全員を傷付ける原因にもなり得ることがあるのよ。

 ……それは、知っておきなさい』


「……覚えておくよ」


『そう。じゃあ私寝るから。………じゃあね』


 そう言って、月乃は電話を切った。


 話の内容もさることながら、珍しく月乃が真面目な話をしてきたことに、俺は正直驚いていた。

 月乃には、何か見えているものがあるようだった。それが何かはわからないが、普段の月乃とは何かが違う、迫力と説得力のようなものを感じた。それだけ、それは深刻な何かなのだろう。

 けど、考えても仕方がない。俺には月乃が見えているものが見えていないが、見えないものに恐怖して、何も出来ないのは、嫌だ。

 少なくとも則之のベクトルは空音に向かっている。それは確かなことだ。

 だったら、そこで出来る限りのことをしようと思う。則之のダチとして。そして、俺自身のために。

 ……でも、ふと考えてしまう。

 空音のベクトルは、いったいどこを向いているのだろうか。

 月乃には、ベクトルがあるのだろうか。

 そして、俺はどうなんだろうか………

 そんな考えが頭を過る。一度過った考えは、俺の頭の中を彷徨い続けた。


(……考えてもわかるはずがない)


 俺は自分に言い聞かせ、永遠の思考ループを断ち切らせた。

 そして、静かに部屋の灯りを消した。




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