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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
彼女の仮面
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ケータイの夜

 俺たち帰る頃には、辺りは暗くなりつつあった。道を歩く人はいなくて、当然、他の生徒の姿はなくなっていた。

 そんな道を、俺たちは二人だけで歩いていた。空の雲は最後の夕焼けを表面に写し、今日という日が終わることを告げているかのようだった。

 月乃は、駅に着くまで俺の前を歩き続けた。一言も話さず、一度も振り返ることなく。

 その理由は俺には分からなかった。だから、俺も声をかけられなかった。


 駅に着いた時には既に太陽は沈み、周囲は薄暗くなっていた。沈んだ太陽の残り火のような光が、西の空の片隅だけをオレンジ色に染めていた。


「……じゃあ、私家がこっちだから。……じゃあね」


「あ、ああ。じゃあな」


 ようやく振り向いて話した月乃は、それだけを言い残し、家があるという方向に歩いて行った。

 その後ろ姿はどこか寂し気に見え、薄暗い中に消えていく月乃をこのまま見送ることに、俺は罪悪感のような感情を抱いていた。


(アイツ、失神した俺に付き添って遅くなったんだよな……)


 そう考えると、俺の足は自然と月乃の後に続いていた。


 しばらく歩いたところで、月乃は突然立ち止まり、俺の方を振り返った。


「……なんでついてくるのよ。ストーカーなの?」


「えらい言われようだな。家まで送ろうかと思っただけなんだが」


「別に必要ないわ」


 そう冷淡に言い放った月乃は、すぐさま元の方向を向き直した。


(そういうわけにはいかないんだよな……)


「うるせえ。俺がそうしたくて付いて行ってるんだよ。気にすんな」


「………じゃあ、勝手にすればいいわ」


 月乃は、そう言って駅のさらに奥へ歩いて行った。俺は黙って月乃後ろを歩いて行った。


 俺は駅より先はあまり行ったことがないのだが、辺りは住宅街になっていた。モダン的な総二階の建物が立ち並び、中からは家族が話す声やテレビの声が聞こえてきていた。

 そして、辺りでも一際大きな家の前で月乃は止まった。

 その家は、ひたすらにデカかった。西洋風の作りの建物の前には、広大な庭園が広がっていた。道路沿いにある鉄の門から建物までは距離があるように見えた。


(……ていうか、ここどこの国だよ……本当に日本か?)


「私の家、ここだから」


(ここって……もはや城だよオイ)


 月乃は、家の前に着いたにも関わらず門をくぐろうとしなかった。何をしているのかと思っていたら、急に声を小さくして話し出した。


「……その、一応お礼は言っておくわ。……ありがと」


「あ、ああ……」


 月乃はでっかい門を開け、中に入っていく。……その顔はどこか寂しそうにも見えた。


「――おい! 月乃!」


「え? ……何?」


 とっさに呼び止めてしまった。俺は急いで理由を考えた。


「えと……あ、ちょっとケータイ貸せよ」


「なんで?」


「いいから!」


 滅茶苦茶怪しそうな目をしながら、ケータイを俺に貸す月乃。俺はそんな目なんかはお構いなしに自分の番号とアドレスを入力した。


「ほらよ。消したかったら勝手に消しとけ」


 ケータイを投げ返した。月乃は目を大きくして戸惑っているように見えた。


「……連絡先教えるのは、嫌だったんじゃないの?」


「付き合ってるはずなのに番号も知らないなんて変だろ。……それに、俺はお前に興味が湧いたからな。あ、勘違いすんなよ。別にホレたわけじゃないからな」


「ふーん………」


 月乃は何か言いたげな顔をしていた。でも、その表情は明るかった。


「じゃ、また明日な」


 そんな表情を見た俺は、少し安心する自分を感じ、逃げるように駅に向かった。

 後ろからは、玄関が開く音が聞こえていた。





==========





 自宅に帰った後、俺は、考えにふけっていた。

 月乃に連絡先を教えたのは、単なる気まぐれ……だと思う。ホレたとか、電話したいとかではない。同情から教えた……というのが、一番しっくりくるかもしれない。

 自分を飾り続ける月乃は、今のところ俺には本性を見せている。つい本性を見せてしまって、今更後に引けなくなってるのだろう。だからこそ、俺には本音を語ってくるかもしれない。 

 俺はそんな風に期待のような気分を感じていた。


(……アイツの人形劇はいつ終わるのだろうか。卒業までこのままなのだろうか)


 そんなことを考えていた俺は、ケータイの着信音で我に返った。


「……月乃か?」


 ケータイを手に取って見ると、画面には、“久木空音”という文字が表示されていた。


「もしもし」


『あ、楠原くん? ごめんね、こんな時間に電話して……』


「いや大丈夫。で? どうしたんだ?」


『あの……実はね、柊さんのことについてなんだけど………』


 空音の声は実に言いにくそうだった。ところどころ声が小さくなっていた。


「ああ。どうしたんだ?」


『あのね、さっき則之と話してたんだけど、なんか楠原くんと柊さんって、ホントに付き合ってるのかなって思ったんだ……』


「……なんでそう思ったんだ?」


『いや……特に理由はないんだけどね……なんとなく、かな………』


(……ヤバい)


『則之に聞いてみたら、なんかいろいろ誤魔化してたし。実際はどうなの?』


「……見てのとおりだよ」


『そっか……わかった。もう聞かないようにするね』


(そうしてくれると非常に助かる)


『なんかごめんね。たいした用事もないのに電話して……』


「いや全然いいよ。これからもバンバン電話してきてくれ!」


 俺もまた、誤魔化すかのように、わざとらしく元気なふりをした。


『……うん! じゃあお休み!』


「ああ。お休み」


(……則之。バレかけたぞ)


 俺はすぐに則之に電話した。


 則之を電話越しに怒鳴り散らしたら、則之は平謝りを繰り返してきた。


『マジで悪かった。いきなり聞かれたもんだからテンパっちまって………』


「……ったく、気を付けろよ? 俺が社会的に殺されるんだぞ?」


『ああ、約束するぜ。もう同じヘマはしねえ!』


(……ほんまかいな。いまいち信用しかねるな……)


『……でさ、晴司。突然だが、今度の日曜日空いているか?』


(ホント突然だな……)


「ああ。特に予定はねえよ。なんで?」


『いやな、実は知り合いに映画のチケットを4枚もらったんだよな。だからさ、お詫びってことで、お前と柊、俺と空音で行こうぜ!』


「………は?」


『だから! ダブルデートだよ!!』



(……いや、お前空音と付き合ってねえじゃん)



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