気まずい二人
その日の夜、俺は家に帰り、月乃が日本を出ることをみんなに伝えた。それぞれが驚きに顔を歪ませていた。
「……晴司は、それでいいのか?」
千春さんがタバコに火を点けながら聞いてきた。
(……いいわけないだろ。いいわけないけど、どうしようもないだろ……)
俺の中では葛藤がせめぎ合っていた。
“このまま行かせちゃいけない”と叫ぶ俺。
“このまま静かに詩乃さんと過ごさせてあげよう”と諭す俺。
その両方とも、きっと俺の本心だと思う。本心だからこそ、俺の頭は今にもパンクしそうだった。
今の俺には、どうしたいのか、どうすべきなのかなんて分かりもしなかった。
「……月乃は、詩乃さんが本当に好きなんだよ。そんな月乃に、詩乃さんを置いて日本にいろなんて、とても言えないよ」
「……そうか」
千晴さんは何も言わなかった。何も言わずに、天井に向け、白い溜め息をついた。
「でも、信じられません。月乃先輩がいなくなるなんて……」
「……人ってのは、出会った人とはいずれ必ず別れるものなんだ。それが早いか遅いか……それだけなんだよ」
「でも! 急すぎるだろ!! 晴司も何で止めないんだよ!!」
「黎……晴司を責めるな。コイツもな、コイツなりに色々思うことがあるんだよ……」
「晴司くん……」
「……」
俺は、何も言えなかった。みんなは俺に、何かを期待しているのかもしれない。そんな視線を感じる。
(俺にどうしろってんだよ……いくらなんでも人の病気なんてどうしようもないし、何よりこれは月乃自身が決めた、月乃が自分で考えたことなんだよ。
月乃だって俺たちと別れたくないはずなんだ。いつも楽しそうにしていたあの月乃が、俺たちと別れることに何も思ってないわけがない。
……それでも、アイツは詩乃さんと過ごすことを選んだんだ。それは、尊重すべきなんだ)
それは口に出すことはない、みんなへの俺の言葉だった。……いや、それは俺自身への言葉だったんだと思う。
……自分に言い聞かせてたんだ。
「……ねえ、ちょっと提案があるんだけど」
陽子先輩は、目線を伏せたまま、小さく話し始めた。
「みんなで最後に月乃ちゃんの送別会をしない? 私が引っ越すときもしてもらったんだけどさ……すごく、嬉しかったんだよね。
だからさ……私たちも月乃ちゃんを送るの。月乃ちゃん自身が決めたことを、みんなで応援するんだよ」
「……なるほどな……ベタだが、いいと思うよ」
「私も、賛成です」
「アタシも乗った!!」
全員が承諾した。そして、視線は俺に向けられた。
「……俺も、それでいいと思う」
「じゃあ!! さっそく準備を始めよう!!」
陽子先輩は、重苦しかった空気を払拭するかのように、大げさに手を叩き立ち上がった。
それぞれが笑みを浮かべ、それぞれが担当する準備を始める。
その一方で俺は、また嘘をついた自分が、大嫌いになりそうになっていた。
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それから数日後の昼、俺は、月乃の家の前に来ていた。たった一人で。
暑い日差しで滝のような汗が出る。蝉はやかましい。
……だがその汗は、暑さだけが理由ではなかった。
「………ゴク」
なぜか唾を飲み込む俺。緊張する俺。どうしたんだよ俺!?
(ええい、落ち着かんか!! 今までだって、普通にここに来ていたじゃないか!!)
俺は、意を決してインターホンを押した。
「はい……」
誰かがそれに応答する。……いや、誰かではない。それは、アイツだった。
「月乃か?」
「え? 晴司?」
「なあ月乃……ちょっと、外出しないか?」
「え? え? 今から?? なんで???」
月乃はインターホン越しに慌て始めた。
(そんなに慌てなくても……)
「都合悪いなら別に……」
「いや全然!! 大丈夫!!! ちょっと待ってて!!」
インターホンはブチリと勢いよく切られた。
それから少し経つと、玄関が勢いよく開けられた。そして屋敷から小走りで走ってくる、白いワンピースを着た月乃が見えた。
「お、お待たせ……」
「……」
「晴司?」
「……慌てなくてもいいから、靴下くらい色を揃えろよ……」
「え゛!!??」
月乃は、靴下を履き違えていた。
「~~~~ッ!!!!!」
月乃は全速力で家に戻る。
(……何やってんだか)
そして再び玄関が勢いよく開けられた。それこそ、“あ、壊れた”って思うくらい。バンっていうより、メキって音が響いていたし。
月乃は、全力疾走で俺の元に駆けてきた。肩で息して、呼吸が乱れていた。
「……大丈夫か?」
「はあ……はあ……ええ……」
少し時間が経つと、月乃は息を整えた。
「………」
「………」
俺たちは互いを向いて立ち尽くしていた。
(なんだかスンゴイ恥ずかしいのは、どうしてだろうか……)
顔が熱を帯びているのが分かる。おそらく、赤くなっていることだろう。
月乃もまた俺から視線を逸らしていた。顔を赤くし、何もしゃべらない。
「ひ、久々だな……」
「そ、そうね……」
「………」
「………」
(間が持たない。気まずい感じだ……)
「げ、元気にしてたか?」
「え、ええ……」
「………」
「………」
(だから、何だよこの空気……)
「と、とりあえず行こうか……」
「そ、そうね……」
俺たちは、ようやく歩き始めた。月乃には言っていないが、行先は、もちろん俺の家。
しかし空気は、かなり気まずいままだ。さしずめ、中学生の初々しいカップルのような……
そんな俺たちは、付かず離れずを保ちながら歩く。
すごく恥ずかしい気持ちだったが、俺は心が躍っていることを感じていた。




