晴れ渡る夜空と微笑む月
俺と詩乃さんは並んで椅子に座っていた。
山が近いせいか、風がとても涼しかった。今いる特別来賓席は、普通の人は来ない場所にあるため、辺りには人はいない。そこから見える祭りの風景は、まるで巨大なテレビで見ているような錯覚を覚える。
俺は会話に困り、そんな祭りの喧騒を、ただひたすらに黙って見ていた。
「ここから見える花火は、とっても綺麗なのよ」
話しかけられてようやく、詩乃さんが俺を見ていることに気付いた。
「そうでしょうね。ここは会場よりも高い位置にありますし、花火が上がる空が大きく見えますね。
花火も、きっと綺麗でしょ」
「私ね、毎年楽しみにしてるのよ。ここからの花火をね。
花火って、ほんの一瞬の間しかないけど、その一瞬で真っ暗な空に、大きくて眩い花を咲かせるじゃない?
それを見た人は、そんな光景を一生心に焼き付ける。
それって、すごく素敵なことだと思うの。
……だから、花火は大好きなの」
その言葉は、詩乃さん自身に向けているように思えた。詩乃さんは、全てを受け入れている。そう思った。
「……ねえ晴司くん。月乃って、どんな子だと思う?」
「え?」
「正直に言ってほしいの。……お願い」
詩乃さんは、優しく微笑んでいた。その笑顔を見た俺は、嘘は絶対に言ってはならないと瞬間的に決めた。
だから、俺は月乃のことについての全てを話すことにした。
「……最初、月乃と出会った時は、とんでもない奴だと思いましたよ。高飛車でワガママで自意識過剰、すんごい美人なのに、性格が大いに問題ありでしたね。アイツに絡まれると、俺の平和な毎日がどっかに飛んでいってしまうんですよ。
それくらい、バタバタした奴でした。
でも人前だと猫被って、わざとらしいくらい誠実で謙虚な淑女になってました。
……全く、大した奴ですよ」
「そうなんだ……」
「ええ。……でも、いつ頃からかな、アイツが本当は全く違う人間だと分かったのは……
本当のアイツは、人一倍泣き虫で怖がりで弱虫。自分の心に正直で、だけど妙な気ばっかり使って……
何て言うかな、ほっとけないんですよ。
俺は自分が何でも出来るなんて思ってません。むしろ、ただの凡人で、俺なんかより月乃の方が何倍もしっかりしてます。
……それでも、アイツの為に何か出来るなら、俺はアイツを助けたいって思います。
あの意地っ張りな泣き虫さんを、ね」
そう言い終わると、詩乃さんはしばらく俺の顔を見つめ続けていた。俺もまた、そんな詩乃さんから目線を逸らさず、詩乃さんの大きくて優しい瞳を見つめ返していた。
「……やっぱり、月乃が言った通りの子ね」
詩乃さんは俺から視線を外した。そして、空に浮かぶ月を見つめ続けた。
「あの子ね、本当は女子高に転校するつもりだったのよ。それが、こっちに来て急に共学の高校に行きたいって言い始めて……
今までそんなことなかったわ。私たちにまで気を使って、自分のしたいことなんて後回しにしていたあの子が、初めて自分の意思を、やりたいことを主張したの。
それが何を意味するか……私は薄々気付いてたけどね。
そして、学校に通うようになって、それは確信に変わったわ。
あの子ね、毎日のようにあなたの話をしていたのよ?」
「月乃が?」
「ええ。学校でこんなことがあった。遊びに行ってこんなことがあった。あなたにこんなことを言われた。あなたからこんなことをされた……
毎日毎日そればっかり。学校の友達のことなんて、あんまり話したこともないあの子が、喜怒哀楽の顔を全面に出して、本当に嬉しそうに、本当に楽しそうに、ずっと話してたわ。
本当に、あなたのことが好きなんだって実感した。
……もちろん、主人も同じように思ったはずよ。いつも顔を引きつらせて聞いていたもの」
(……をいをい)
「でも、そんな月乃なんて初めて見たし、あの人も何も言わなかったわ。きっと、嬉しかったんだと思う。月乃が、充実した毎日を送っていたことが。
もちろん私もよ。あの子は、今まで楽しめていなかった分を、この数ヶ月で経験したのよ」
詩乃さんは、改めて俺の方を向いた。そして、目に涙を浮かべながら俺の目を見た。
「……晴司くん。月乃と出会ってくれて、本当にありがとう。
これまでの一生分の数ヶ月を、月乃に与えてくれて、本当にありがとう」
「詩乃さん……」
「あの子から聞いてると思うけど、私はもうすぐあの子の元を離れるわ。そうなったら、あの子、たぶんかなり落ち込むと思うの。
――晴司くん。その時は、あの子を支えてあげてね。あなたがいつもあの子の隣にいれば、それだけであの子は救われる気がするの。
……だから、お願い」
「……分かりました」
その返事には、色々な思いがあった。月乃のこと、詩乃さんのこと、みんなのこと……全部引っくるめて、俺は力強く答えた。
「お母さん! 晴司!」
遠くから月乃の声が聞こえてきた。
そんな月乃の声を聞いて、詩乃さんはプッと吹き出した。
「ほらね。あの子、私がかき氷頼んだのに、晴司くんの名前まで呼んでる。
よっぽどあなたのことが好きなのね」
何だか照れ臭くなった。俺はとりあえず作り笑いを浮かべ、頬を数回指でかいた。
「……じゃあ晴司くん。月乃をよろしくね。
あなたがどんなことをするにしても、私はあなたを――月乃が愛するあなたを信じるわ」
そう言って、詩乃さんは立ち上がり、月乃を出迎えた。
「お帰り、月乃。せっかく買ってきて悪いけど、私はもう帰るわね」
「え? でも、まだ花火が……」
「いいからいいから。月乃、ファイト!」
詩乃さんは月乃の背中を軽く叩き、かき氷を手に、スタスタと歩いていった。
「お母さん! ……もう」
月乃は顔を少し赤くして、顔を膨らませていた。
そして俺は、今度は月乃と二人きりになった。
でも、俺の心には、一つの決意があった。
それは同情からじゃない、詩乃さんに言われたからじゃない。
詩乃さんと話したことで気付いた、俺自身の、本当の想いだと思う。
……俺は、それがようやく分かった気がした。
うまく伝えられないかもしれない。うまく話せないかもしれない。
だけど、俺はどうしても、今日、それを話したくなった。
(だから、俺は…………)
祭りは間もなく花火が打ち上げられる時間だった。祭りの賑わいも最頂を迎えている。
俺と月乃は、詩乃さんが立ち去った場所で、二人で花火が上がる空を眺めていた。
夜空は晴れ渡り、澄みきっている。月は優しく微笑むように光る。
俺は、手を力強く握り締め、月乃の隣に立っていた。
激しく脈動する心臓を感じながら……




