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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
心で聴く、“声なき声”
54/64

人生全域的な危機

 その後、アランさんは帰って行った。


 “ありがとう千春、黎。キミたちとの生活は、楽しかったんだよ。……これは、本当だ”


 最後にそう言って去っていく黎は、その後ろ姿に何かを言いたげな顔をしていた。でも結局、黙って見送った。


 アランさんは、実際には千晴さんたちのことをどう思っていたのだろうか……

 もしかしたら、本当に迎えに来たつもりなのかもしれない。

 ――そうだとしたら、やっぱり俺は、大バカ野郎だ……

 俺もまた、自分勝手な考えを押し付けて、もう一度繋がりかけた家族の絆を断ち切っただけなのかもしれない。


 これで良かったとは到底思えないことが、俺自身、それを自覚している証拠なのだろう。


 でも、千春さんは何か吹っ切れた顔をしていた。黎もまた、何かを改めて決意するかのようにアランさんを見送っていた。

 そんな二人の顔を見ると、何だか心が軽くなった気がした。救われた気がした。


 ……しかし、その二人の顔が何を意味するのか、俺は後になって知ることになる……





==========





「「「かんぱーい!!」」」


 俺たち三人は、家で焼き肉パーティーをしていた。

 明日からは月乃、星美、陽子先輩がまた泊りにくるらしい。その前にいっちょパアーッとやるか! 的なノリで開催されたわけだ。

 ……俺としては、そのまま家で大人しくして欲しかったが。

 そもそも、これは何の乾杯なんだ? あれか? 過去との決別を祝ってのことか? 祝えることなのか?


(……いや、どう考えてもシリアスになることだろうに……)


 俺はそんな疑問を持ちつつ、千春さんが特別用意した、黒毛和牛を口に入れた。

 ……美味し!!!


「いやぁ、一時はどうなるかと思ったけど、何とかなったなあ」


 千春さんは上機嫌にビールをグビグビと喉に流し込んでいる。乾杯早々既に三本。過去最高ペースだ。


(いやいや、飲みすぎだろ……)


「………」


 このパーティーで最もおかしい現象が、俺の隣で起きていた。

 ……黎が静かすぎる。大好物の焼き肉なのに。


「黎? どうかしたのか?」


「い、いや! なんでも、ない……」


 俺が話しかけても、こんな感じでしどろもどろになるだけだった。ずっと下向いてるし。


 そんな黎の姿を見た千春さんは、久々に“あの顔”をした。

 ニタッと笑う千春さん。何かが起きそうな気がする……


「あれぇ? 黎、どうしたのかなぁ?」


「何でもないって言ってるだろ!!」


 怒り出す黎。机をバンと叩いて何かを否定する。

 ……その衝撃で焼き肉のタレが俺のズボンにかかったことは、二人は気付きもしないだろう……


「もしかして、“自分の旦那”が、恥ずかしくて見れない、とか?」


「いやいや千春さん、それはない―――」 


 そう言いながら黎の顔を見てみた。そこには、耳まで赤くして俺から必死に視線を逸らす黎がいた。


(……をいをい)


「そんなので大丈夫か? 晴司と結婚するってことは、毎日晴司と顔を合わせることになるんだぞ?」


「け、けけ、けっ、結婚………!!!」


 ……更に赤くなる黎。頭からは煙が見える気がする……

 そんな黎の様子を見た千春さんは、再びニタッと笑った。しかしその視線は、なぜか俺に向いていた。


「……黎がそんな状態だったら、私が晴司をもらっちゃおうかなぁ……」


「――――ッ!!!!」


「千晴さん、笑えん冗談はヤメレ……黎をおちょくるにしても、俺が笑え―――」




「――私が、冗談言ってるように見えるか?」


「……へ?」


 千春さんはいつの間にか、さっきまでのふざけたニタリ顔じゃなくなっていた。真剣な顔をして、真剣な目で俺を見ていた。


「ち、千春さん?」


「だ、ダメだああああ!!!!!!」


 その瞬間、黎は凄まじい勢いで立ち上がり、俺と千春さんの間に立ちはだかった。


「晴司はアタシの旦那だ!! 千春でも、絶対に渡さない!!!」


 顔を真っ赤にしたまま、黎は若干涙を浮かべて叫んだ。そんな顔を見た千春さんは、フッと笑みを(こぼ)した。


「ハッハッハッ……冗談だよ、冗談。そんなに顔を真っ赤にして……黎、相当惚れ直したな?」


「~~~~ッ!!!!」


 黎はこれ以上ないくらい顔を真っ赤にして、頬を膨らませていた。おちょくられたのが相当悔しいらしい。

 しかし笑う千春さんの顔から、どこか残念そうな視線を感じる気がする。


(そりゃそうだよな。冗談だよな。千晴さんも相変わらず人が悪い……

 ……冗談だよね? 本当に冗談だよね?)



 千春さんは、再びビールをグビグビと飲み干した。


(だから、ペース早いって……)


「まあ何にせよ、めでたく晴司と黎の結婚が決まったわけだ。

 もう一度乾杯でも―――」


「―――おい、今、何て言った?」


(何か、とんでもない発言があった気がしたが……)


 俺の不安な気持ちをからかうかのように、千春さんは、さも当然のような顔で、更に続けた。


「いやだから、もう一度乾杯を……」


「その前だよ。その前に、何かとんでもない言葉が聞こえたんだが……」


「その前? だから、黎が相当惚れ直したって……」


「行きすぎだよ!! その直後!! ビールグビグビ飲んだ直後!!!」


「はあ? 晴司と黎の結婚が決まったって―――」


「それだあああああ!!!!」


「急に大声出すな晴司。ビックリするぞ」


「ビックリしてるのはこっちだよ!! 何だよそれ!!!」


「何だよじゃないだろ。ただの結婚の話だろ」


「いやそうだけど!! そうじゃないから!! 論点違うから!!!」


「違うか? じゃあ日取りの話か?」


「もう分けわかんねえよ!! 何の話だよ!!!」


「だから、結婚の話だろ」


「それはもういらねえええええ!!!」



 千春さんは俺の当然の疑問を全て流していた。


(なんでいきなり!? 急に!? 突然!?)



「……晴司、まさか、忘れたとは言わないよな」


「へ?」


 千晴さんは急に声色を変えた。そして、いつもの殺意に満ちた視線を俺に放射し始めた。


「さっき、アランと話した時、お前は結婚を了承したはずだが?」


「さっきって………」


「私は、晴司にこう尋ねたよな?


 “晴司なら、ずっと私と黎を守ってくれる。

 ……そうだろ? 晴司”


 ……ってな」


 俺は、千春さんの言わんとすることを瞬時に理解した。汗が滝の様に流れ始めた。脚がガクガク震えはじめた。顔から血の気が引くのが分かる。


「……私の記憶だと、そのあと晴司はこう答えたはずだが……


 “ああ。当たり前だ”」


「―――!!!!」


 千春さんは、ニタリと笑う。


「――つまり、お前は遠回しに、結婚を承諾したんだよ」


 俺はその場で打ち伏せられた。

 それと同時に、俺は全てのことがパズルのように組み合わさっていく。


 あの時、千春さんがその言葉を聞いて笑みを浮かべたこと。

 アランさんを見送ったときの二人の目の意味。

 今日の黎の異常なまでの態度。


 ……全ての辻褄(つじつま)が合ったとき、俺は、ある事実に気付いてしまった。



(は、(はか)られた――――!!!!!)


 全ては、千春さんの策略だった。俺はそれにまんまと騙されたわけだ。


(あの状態でそんな罠あり!? ないでしょ!? 反則でしょ!?)


 そんな俺を知ってか知らずか、千春さんはさっさと話を進めていた。


「結婚式は、やっぱり洋式がいいと思うんだが、黎はどうだ?」


「あ、アタシ、着物が来てみたいかも……」


「なるほどな……黎の和式、そのギャップがいいかもな。なら……」



 二人でキャピキャピ話を進め始めやがった。圧倒的当事者であるはずの俺は置いてきぼりにしたまま……

 ……俺は、魂が天に召されていた。


 真っ白になった俺は、ただただ、だんだん焦げていく鉄板上の肉を見つめていた。


 アランさんの襲来による、楠原・白谷家の危機は去って行った。

 ……俺の人生全域的な危機と引き換えに……


 明日からは月乃達も戻ってくる。つまり……


(俺……死んだ………)



 俺は、一人寂しく、黒焦げになった黒毛和牛を口にする。

 ……死ぬほど苦かった。 

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