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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
心で聴く、“声なき声”
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引導を渡す言葉

 家に帰った俺は、何より先に、爆睡した。

 それもそうだろう。何しろ、昨夜俺は徹夜したわけだし。高校生という睡眠時間がいくらあっても足りないくらいの人種が、一睡もせず朝日を見るなど、耐えられるものではない。俺は、襲い来る睡魔に抗うことなく、その身を夢の中に落としていった。


 どれくらい経った頃だろうか……

 ふと玄関から聞こえる声に、俺は現実世界に帰還した。

 黎が、何かを話している。……いや、叫んでいるのか?


「……だから! 何しに来たんだよ!! 千春はいないし、アタシだってお前なんかと話すことはないんだよ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、俺は寝ていたソファーから飛び起きた。そして、駆け足で玄関に向かう。

 そこにいたのは、やはりアランさんと黎だった。


「あ……晴司…………」


「……やあ」


 黎とアランさんは俺を見た。その二人の顔は、まるで正反対だった。

 黎は今にも泣きそうな顔をして、俺に助けを求めるような視線を送る。

 一方、アランさんは、優しい笑顔を俺に向け、片手を上げて挨拶していた。

 二人の間に流れる空気には、かなりの温度差があるように見える。それは、鈍い俺でも手に取るように分かるくらいだった。


「アランさん、何か御用ですか?」


「決まってるよ。千春と黎を迎えに来たんだよ」


(またそれか……)


 俺の中では、既にこの“アラン・シーカー”という男の人物像が出来ていた。そしてそれは、決して前向きなものではなかった。

 今は千春さんは出かけているようでいない。だけど、このまま帰せば、きっとアランさんはまた来るだろう。いつまでも、黎の心を揺らし続けるだろう。

 ……俺には、それが我慢できなかった。

 だから俺は、決着をつけることにした。この曲がってしまっている家族の全てに。

 宙吊りのまま、不安定な状態のこの親子に、俺が引導をくれてやるつもりだった。


「……とりあえず、立ち話も何ですから、上がって下さい」


「ちょ、ちょっと……晴司!!」


「黎、いいから……どうぞ、アランさん」


「……お邪魔するよ」





 ==========





 居間に移動した俺たちは、テーブルに座っていた。俺の隣には黎が座り、アランさんは対面に座っている。

 俺としては、黎は部屋に戻ってほしかった。でも、黎は頑なにそれを拒絶し、こうして同じテーブルに座っている。

 アランさんは、顔こそ俺に向けていたが、その瞳は、ずっと黎に向けられていた。


「アランさん、日本に来た目的は、何ですか?」


 その質問を受けたアランさんは、ようやく、視線も俺の方に向けた。


「昨日も今日も話した通りだよ。千春と黎を、迎えに来たんだ」


 アランさんは、相変わらず笑顔で答えた。しかし、そんな顔を続けるアランさんを見て、無性に腹が立ってきた。

 黎に一度目をやった。黎は目を伏せ、唇を噛み締めていた。


(……黎、悪い)


 心の中で、黎に一度詫びを入れた。これから俺がアランさんにぶつけることは、おそらく黎にとって、辛いものになることが分かっていた。


「……一つ聞きたいんですが、あなたは一度千春さんと黎を“捨てた”んですよね? それなのに、なぜ今更迎えに?」


「………」


 アランさんは、今まで笑顔だった顔を、ピクリとだけ動かした。


「……確かに、“そう見える”かもしれないね。でもね、勘違いをしないで欲しい。僕は、ずっと心を痛めてたんだ。毎日健気に僕の元に通う黎を見て、もう一度、千春と黎と過ごすことを考えてたんだ。

 でも、彼女がそれを許さなかった。あの女は、千春を目の敵にしていた。最初っから、僕なんて見ていなかったんだよ。

 ……情けない話だけど、ようやくそれがわかったんだ。千春と黎は、僕にとって大切な人だったんだ。少しだけ遠回りになったけど、それはきっと、最初っから分かっていたことなんだよ。

 だから、今度こそ僕は二人を離さない。何があろうと、ずっと共にあり続ける」


(……なるほどな。確かに、もっともらしい言葉だ)


 アランさんの言葉は、かなり“それなり”に聞こえた。その証拠に、黎の顔からは、先ほどまで見せていた苦痛に耐えるかのような顔はどこかへ行っていた。その言葉を待ちわびていたかのように、涙をうっすら浮かべ、感動の表情を全面に見せていた。


 ……だからこそ、俺の胸には痛みが走った。


(黎、それじゃダメなんだよ。この人には、まだ付けるべき“ケジメ”があるんだよ)


 俺は一度深呼吸して上を見上げた。昼間っから点けていた電気が、やけに目に痛いくらい眩しく見えた。


 そして俺は視線をアランさんに戻す。息を吸い込み、仕掛けた。


「アランさん、あなたの考えは分かりました。

 ……どうしようもない、自分勝手な考えだ」


「晴司!?」


「……どういうことかな?」


 黎は俺を凝視していた。まとまりかけていたはずの話を、俺が壊そうとしているからだろう。

 そしてアランさんの顔からは、笑みが完全に消えていた。


「……アランさん、この際、はっきり言いましょう。

 あなたは、千春さんと黎を“捨てた”んですよ。それは、どんな“それらしい言葉”を並べても、どんな言葉で着飾っても、紛れもない事実なんですよ。純然とそこにあり続ける、残酷な真実なんです。グダグダ言い訳をしたところで消えないんです。消えないんですよ。

 もう一度言いましょう。

 ――あなたは、千春さんと黎を“捨てた”んですよ」


「――――!!!」


 黎は大きく眼を見開き、俺の顔を見ていた。そして、その青い瞳から大粒の涙を流し始めた。


(……カッコ悪いよな。今日の朝、涙は似合わないなんて言っておきながら、今は俺が黎を泣かしてしまってる)


 俺は心の奥底から締め付けられる気持ちでいっぱいになっていた。

 黎を見ることすら辛い。何も声をかけてやれない。

 そんな自分が情けなかった。許せなかった。……どうしようもなく、酷い男に見えた。


「……キミは、何がしたいんだ? なぜそんなに邪魔をするんだ?

 せっかくもう一度繋がりかけた絆を、ズタズタにする権利なんて、キミにはないんだよ? キミは、僕たちとは無関係なんだから。

 ――そんなに黎に、父親が戻ることが許せないのか?

 自分に父親がいないことを、黎にまで押し付けないでほしいな」


「アラン!! 晴司はそんなつもりじゃ―――!!!」


「………」


 黎は涙を浮かべたまま、俺を擁護しようとしてくれた。だけど、俺の心には、しっかりと傷を入れられていた。

 アランさんが言ったことは、果たして本当に違うのか? 心のどこかで、黎に父親が戻ることを嫉妬してる自分がいるんじゃないのか?

 ……俺の中には、無数の疑問が生まれていた。その疑問は、遠慮することなく、俺の心を切り裂いていた。


 それでも、俺は止まることは出来ない。このアランという男に、今この場で言わなければならないことがあった。

 俺は、悲鳴を上げる心をもう一度震えさせ、更に続けた。


「確かに、俺には父さんがいません。俺と同じ境遇の黎に、少なからず親近感を覚えていたのも事実です。

 そんな黎に、父親が戻ることに、もしかしたら俺は嫉妬しているのかもしれません」


「晴司……」


「でも、そんな中途半端な感情を持つ俺でも、一つだけ分かることがあります。

 ……アランさん、アンタは何一つ“ケジメ”を付けちゃいない。付けるべき“ケジメ”から、アンタは逃げてるんだよ」


「……ケジメ?」


「それは、全然難しいことなんかじゃない。誰でも知ってる、誰でもやってる、ごく普通のことなんだ。でも、アンタはそんな“普通のこと”を忘れてしまってる。

 ……俺にはそれが、絶対に許せない……!!」


「キミは、何が言いたいんだ?」



「――謝れよ!! 何より先に!!!

 今まで声を無視し続けた黎に!! アンタの気まぐれで傷付いた千晴さんに!!

 アンタは、謝るべきなんだよ!!!」


「……それは忘れていたよ。でもね―――」


「“でも”じゃねえんだよ!! なんでそうやって言葉で誤魔化そうとするんだよ!! “忘れてた”じゃ済まねえんだよ!!!

 アンタは! 今まで自分がしてきたことを、何とも思っていないのかよ!!!

 黎の言葉は! 想いは!! アンタには何も届いてないじゃねえか!!!」


「……黎の言葉なら、聞こえていたさ。でもね、黎は昔っから口下手だったからね。素直に言葉にしてくれれば、もっと早く分かったのに……」


「―――ッ!!!」


 その言葉で、俺は完全にキレた。

 

 俺は無意識に椅子を跳ね除けて立ち上がり、対面に座るアランの胸ぐらを掴んでいた。


「黎を理由に使うんじゃねえ!!! 黎を言い訳に使うんじゃねえ!!!!

 コイツはな、ずっとアンタの言葉を待ってたんだよ!! 自分の言葉に! 想いに!! その全てに答えてくれる、アンタの言葉をずっと待ってたんだよ!!!

 聞こえていた!!?? ふざけんじゃねえ!! “声を聴く”ってのはな、耳の穴に通すだけのことなんかじゃねえんだよ!!!

 “口に出された言葉”は、耳かっぽじってよく“聴く”んだよ!!

 “声なき声”は、心で“聴く”んだよ!!!

 アンタは父親だろ!!?? なんでそれが出来ないんだよ!! なんで黎の“声なき声”を聞いてやれないんだよ!!!

 アンタは……アンタは――――!!!!」




「――もう止めな、晴司」


「―――!!」


 突然の声に、喉まで出かけた言葉が引っ込んだのを感じた。その声は居間の入り口からだった。

 泣きじゃくる黎。眉間に(しわ)を寄せるのアラン。そんなアランの胸ぐらを掴む俺。

 ――全員が、その方向に目をやった。


 ……そこには、千春さんが立っていた。

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