お空の神様
俺と黎は夜の街を歩いていた。黎は既に諦めたようで、俺が手を引かなくても自分で歩いている。顔は、まあ当然ではあるが、実に不機嫌そうだった。
(さて……どうしたものか……)
俺はこれからの流れを考えていた。何度も言うが、今の状況は俺に何か考えがあったわけではない。勢いの産物、ノリの境地とも言えるだろう。
とりあえず朝日を見せるとは決めたものの、それによる効果とか、それが何を意味するのかとかを聞かれても、俺には決して答えられない。何しろ、その場の空気だけで俺はこうして歩いているからだ。
それでも、じっとしてはいられないかった。黎の涙は小さい頃以来だった。何を考え、何を思って流したものかは、今の俺には分からない。だけど、涙で濡れる黎の顔を見たら、俺は自然とあんな行動を取ったわけだ。
今考えると、ちょっとやり過ぎたかもしれない。ドア壊したし。明日修理の業者に電話するとしよう。……母さんにバレないように。
すると、今まで黙っていた黎が目線だけを俺に向け、話しかけてきた。
「なあ晴司……今からどうすんだよ」
「……考えてねえ」
「はあ!? お前が夜明けを見るって言って出たんだろ!? あと何時間あると思ってるんだよ!!」
「あと五時間ほどあるな……」
「……その五時間を、どうすんだよ」
「……考えてねえ」
「はあ……」
黎はドデカくため息をついた。
(俺だってため息をつきたいよ……)
「とりあえず、コンビニでも行くか?」
「アタシらみたいな高校生が深夜のコンビニなんて行ったら、下手すりゃ補導されるだろ」
(仰る通りで……)
しかし帰ることは出来ない。それはなぜか……だって、カッコ悪いだろ? あんだけ勢いよく飛び出して、結局すぐ帰るなんて……
俺の中のちっぽけなプライドが、それだけは許さなかった。
「……とりあえず、高台へ行くか。あそこなら風が通って涼しいだろ」
「まあ……しょうがないな」
黎は再びため息をつきながら、俺の提案を渋々受け入れた。
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高台に着いた時、俺たちに更なる不幸が訪れた。
さっきまで晴れていた空は急に不機嫌になり、雨雲の奴がどんどん空を覆い始めた。今にも雨が降ってきそうだった。
「……おい、晴司」
「何だよ」
「雨、降りそうだが? 」
「だな」
「“だな”じゃねえだろ!! どうすんだよ!!」
「ええいやかましい!! 俺だって予想外なんだよ!!」
「予想外!? はなっから何も考えてないくせに!!」
「分かってるじゃねえか!! だったら俺を責めるんじゃねえ!!」
「晴司を責めないで誰を責めるんだよ!!」
「残忍なお空の神様でも罵ってろ!!」
俺がそう叫んだところ、どうやら偉大なお空の神様の逆鱗に触れたらしい。空が瞬間的に輝き、光を追いかけるようにバカデカイ落雷の音が辺り一面に轟いた。
「うおっ!!」
「――――!!!!」
俺はビックリして妙な声を出してしまった。心臓の鼓動が高鳴る中、俺は威嚇するかのようにゴロゴロなり続ける雨雲を見ていた。
「……びっくりしたなぁ。あれ、近かったよな……」
そして俺は黎の方を振り返る。そこには、あり得ない光景が広がっていた。
黎はしゃがみこみ、震えながら両耳を手で必死に塞いでいた。目も目尻に皺が寄るくらい力一杯閉じていて、その目尻には少し涙が溜まっていた。
「うう……うう…………」
(う、嘘だろ……)
信じられなかった。あの黎が、完全に怯えきっていた。口からは恐れからの呻きまで聞こえる。
(まさか……)
「……黎、もしかして、雷が怖いのか?」
黎はハッとした表情をして、素早く立ち上がった。腕を組んで、“何のこと?” と言わんばかりに俺に向かう。
「そ、そんな分けないだろ!? このアタシが雷程度でビビると思うなよ!!」
(……いや、おもいっきり足が震えてるんだが……)
その時、お空の神様はおそらく俺の考えとシンクロしたのだろう。まるで黎の真意を確かめるかのように、再び耳を塞ぎたくなる音をけたたましく響かせる。
「キャアアアアアア!!!」
黎は再びしゃがみこみ、怯え始めた。
(あ、キャアアアって言った。間違いなく言ったな)
おそらくお空の神様は、今頃ニタニタほくそ笑んでるだろう。女の子座りでへたりこむ黎。人間凶器、見る影もなし、か……
ふと、空気が変わったのを感じた。ただ蒸し暑かった空気は、どこかヒンヤリしてきた。そして、鼻には何とも言えない雨の臭いが漂っている。
(こりゃ、いよいよ降るな……)
「黎、雨まで秒読みみたいだ。一旦近くで雨宿りするぞ」
「………」
「おい黎!」
「………」
黎は一向に動かず、何もしゃべらない。でも、手を見る限り、何とか立とうとしているようだ。だが、立たない。
(……まさか、“立てない”のか?)
「……お前、もしかして腰が抜けて……」
「……う、うるさい!!」
黎は顔を赤くして俯いていた。それでも空が音を鳴らす度に体をビクビクさせていた。
そんな黎に更に追い討ちをかけるかのように、ポツリポツリと、雨粒が顔を濡らし始めた。
(降ってきやがった………しゃあねえな)
俺は黎の前に行き、その場で屈んだ。そして、塞ぎこむ黎に話しかけた。
「……ちょっと我慢しろよ」
「え?」
そう話し、俺は黎の体をお姫様抱っこのようにして抱えた。
「な、なな、な――――!!!!」
黎は更に顔を真っ赤にさせ、慌て始めた。
「いいからじっとしてろ。俺だってキツいんだから!」
いかにスリムな女子とは言え、やはり重いものは重い。
黎は体をジタバタさせていた。
「せ、晴司! アタシは太ってないぞ!!」
「だあああ! 暴れんな!!」
俺は何とか黎の体を大きな木の下に運んだ。それを見計らうかのように、雨はどしゃ降りになった。
「……しばらくは、止まないだろうな」
「…………」
黎は相変わらず顔を真っ赤にして塞ぎこんでいる。
俺はそんな黎を見て、一度強めに息を吐いた。そして、そのまま雨が降る景色を眺め続けた。
夜明けまで、あと四時間くらいだろうか。




