夏の海は疲れを呼ぶ~前編~
誰かが言っていた。
なぜ海に行くのか……それは、そこに海があるからだ!
素晴らしい答えだと思う。他人事なら、な。
「あと少しだな……」
ハンドルを握る千春さんが呟く。立派なドデカい入道雲とギンギンに照り付ける太陽が描写された青空を眺めながら、俺は今の自分の状況を客観的に考察することにした。
俺✕奴ら=疲れる
俺✕海=疲れる
奴ら✕海=危険
よって、俺✕奴ら✕海=俺死亡
……どうあっても、俺の身体的、精神的疲労は生命活動を維持出来るか怪しくなるわけだ……
奴らとは誰か……言うまでもないだろう。
「アタシ、海久々だなあ……」
「私もだなぁ。最後に行ったのは、確か二年前の高一の時だったかな」
「……月乃先輩、買った水着が無駄にならなくて良かったですね」
「ちょ、ちょっと星美! ……もう」
「本当に賑やかね、晴ちゃんの“お友達”は……」
「葵、今のアイツらには何を言っても耳に入らないぞ」
俺たちは今、海を目指していた。わざわざレンタカーまで借りて。
母さんはどうも俺と二人で行こうと言ったつもりだったらしいが、全員が付いてきた。
今、母さんは笑顔だが、その裏はかなり不機嫌だ。それを理解しているのは、息子の俺と長年の付き合いの千春さんだけだ。現に母さんは、たった今奴らに皮肉を言ったつもりだったが、誰も聞いちゃいない。
“知らぬは仏”とは、よく言ったものだ……
世の中には知らないほうが幸せなことが多い。……そのことを、身をもって学ぶことが出来た。
俺たちが泊まるのは、母さんの知り合いのペンション……つまり別荘だそうだ。そこを、三日間借りている。
……つまり、俺は三日間このメンバーと海で過ごすわけだ。非常に危ない気がする。俺の危険度数は、きっと山で野生のクマと遭遇した場合、もしくは、サファリパークのライオンエリアで途中下車した場合並に跳ね上がっているだろう。
なだらかな坂を上りきると、目の前には海が見えた。太陽の光と白い雲を水面に映すそれは、“大海原”と呼ぶに相応しいものだった。
みんなは“うわ~”と、感激の声を上げているが……あの青く巨大な塩水の塊が、途方もなく広い三途の川に見えるのはなぜだろうか……
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ペンションは木造の平屋であり、それは山にあるキャンプ場の宿泊施設のような、丸太を並べられて作られたような感じだった。
それでも中は意外としっかりしていた。寝室、リビング、浴室……普通の家と変わらないような内装になっている。もちろん寝室も多数存在する。
こんな立派なペンションを持つ人っていったい……いや、そんな人と知り合いの上に、ポンと昨日今日で借りることが出来る母さんの方を驚くべきなのかもしれない。
着くと同時にペンションの掃除を始めた。事前にみんなで決めていたことだ。ここで三日間過ごすのだから当然のことだろう。始まりの準備は人生全域的に見ても、かなり重要なファクターなのだ。
母さんの話では定期的には清掃をしているらしいが、やはり人がいない以上埃が溜まっているのがわかる。俺はせっせと掃除をする。埃を落として、床を掃き、雑巾掛けを……
やはりいつも家でやっていた賜物だろう。俺一人でも意外とあっさり終わった。俺は一人で綺麗になったペンションを満足気に見渡す。
そう、俺一人で………………って、
「他の奴はどこだあああああああ!!!!!」
……俺が叫んでも、ペンションからは何も聞こえなかった。波の音だけが俺に同情するかのように、優しく響き渡っている。
よく耳をすませば、ペンションのすぐ近くにある海岸からキャピキャピはしゃぐ声が聞こえる。その声は六つ……彼奴らだ……
俺は珍しく憤怒の念をその目に宿す!! それは俺の疲労が関係していることは言うまでもない!! たった一人、クソデカいペンションをせっせと掃除していた俺の疲労は、既にかなりのものだったのだ!!!
……ていうか俺よ。掃除中俺しかいないことに気付こうよ。そこは。
「奴ら……許さん!!!!」
何も気付かなかったマヌケな自分は棚に置いて、俺は浜辺に直行した。
(奴らにはビシッと言わねば!!!)
俺の足音は、きっと効果音としては“ズンズン……”という音が最適だろう。そう! 俺はズンズン浜辺に進んでいた。
そして浜辺に到着する。俺の瞳が真っ赤に燃える。
「くぉらアアアア!!! テメエらアアアア!!!
ちょっとそこに座―――――!!!」
……そこには、六つの美女がいた。
月乃は白色のビキニに花柄のパレオ。スラッとしたモデル体型が純白によりさらに強調され、長い艶のある黒髪が奴の魅力を何倍にも引き立てる。そしてさりげなく腰に巻く花柄のパレオがその純粋さを引き立てる。
黎はオレンジ色のビキニに、ピンク色のチャック式のシャツ。ボーイッシュに仕上げようとしてシャツを着ているようだが、水で肌が透けてしまい、逆にお椀型の残念な胸でも色っぽく見える。黎のくせに色っぽい……なんか悔しい。
星美は水色のフリフリワンピース。ただでさえ身長が小さいのにそんなものを着てしまうと、お兄ちゃんは色々心配になります!!
陽子先輩は黒色のビキニ。大人と少女の間を彷徨うかのような先輩は、黒という色彩をプラスすることで一足早く大人の仲間入りを果たす。うん! 大人!!
千春さんは紫のスウィムウェア。引き締まった肉体はそれを着ることで更にワンランク上に登る。そして意外と大胆に開いた背中は、さりげなく大人の色気をアピールするかのように光り輝く!!
……あ、タバコの吸い殻は持ち帰って下さいね。
そして母さんは赤色のビキニ。っておい!! 紐かよ!! 少しは歳を考えろ!!!!
俺は文句を言うことも忘れ、熱い白い砂の上で立ち尽くす。
「あれ? 晴司、今までどこに行ってたんだ?」
「いないと思ったら……何してたの?」
黎と月乃が俺の目の前に来た。たじろいでしまう自分がいた。俺は中学のピュアさを取り戻してしまったのか!? こんな時に!!??
「ち……ち……ちくしょおおおおお!!!!」
俺は逃走した。その場から走り去った。後ろからは俺を呼ぶ声がする。だが今の俺は振り返れない。
文句を言おうと思ったのに、理不尽さを責めようと思ったのに、俺の脳は、そんな“どうでもいいこと”よりも、全員の水着を目に焼き付けることを選んでしまったのだ!!!
実に不甲斐ない!! 実に情けない!!! だけど、俺も男なんだよおおお!!!
……それから俺は、夜までふて寝した。




