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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
自分の居場所、貴方の居場所
43/64

mother―in―law

 母さんが帰ってきた次の日、我が家は何とも言えない重苦しい沈黙に包まれていた。


「はい、晴ちゃん。あ~ん……」


「……いや……自分で食べれるから……」


「もういいじゃない! せっかく久しぶりの晴ちゃんとのご飯なんだし……」


 母さんはショボくれている。そしてそれを唖然と見つめる奴らが三人。月乃、星美、陽子先輩である。千春さんは“やれやれ”と言った顔を浮かべ、ビールをグビリと飲む。黎は俺と母さんの様子を歯ぎしりしながら見ている。

 ……なぜ誰も文句を言わないのか……それは、我が母の言動が原因であった。


「ちょっと葵! いい加減、晴司から離れ――」


 黎は耐えられず叫び出した。その瞬間、母さんからビームのような視線が飛ぶ。そして黎は身を震えさせ、フリーズする。


「……黎、年上を呼び捨てにするなと、何回言えば分かるのかしら?」


 ……とてつもない迫力だ。黎だけでなく、月乃たちも固まっていた。 この視線だけで、チビッ子は泣いてしまうだろう。


 母さんは、昔から“俺には”優しかった。たまに叱られる時もあったが、常に優しく、常に暖かく、俺を包み込んでいた。……しかし、それは俺にだけ見せる姿であることを知ったのは、中学の時だった。

 母さんは、仕事場では“氷の女王”と呼ばれていた。常に冷静沈着、気にいらないことは気に入らないと言い、かといってその成績は会社でも群を抜くものだった。まさにスーパーウーマン!

 ……とても想像できないが。

 で、見ての通り、俺に対しては“超”が付く親バカなわけだ。

 かと言って、全てが甘いわけではない。小遣いだって決まった額……むしろ世間一般的には少ない方だと思う。

 だいたい俺が臨海学校で大ケガした時だって、電話一本で終わらせたくらいだし。……まあ、あれは千春さんを信用してのことだったと思うが。

 ……それをひっくるめて言うなら、やはりスーパーウーマンと言わざるを得ないだろう。





 ==========





 夕食が終わり、母さんは皿洗いをしていた。鼻歌混じりに、上機嫌に。

 ……一方、俺たち若人は、庭が見える吐き出し窓に座り、シャクシャクと一心不乱にスイカを食べていた。

 今日の空は快晴。電気を消せば、きっと星々の輝きが空一面に広がるだろう。……だが、誰一人として上を見上げない。どんよりと、正面を見ている。耳には、スイカをかじる音だけが聞こえていた。


「……なんか、暗くね?」


 俺はとりあえず、現状を最も分かりやすく、端的に言ってみた。


「……夜だからでしょ」


 月乃は正面を見たまま返す。


 ……いや、そう意味じゃなくて……


「空気の話だよ。何でそんなに落ち込んでるんだ?」


「ああ……」


 月乃は相変わらず正面を見たまま、短く返す。


「先輩のお母さんって、なんかスゴいです……」


「スゴいっていうのかね、あれは……」


「晴司くんのお母さんを表すには、最適の言葉だと思うよ……」


「そ、そうっすか……」


「……アタシも、葵……さんは苦手だ……なんと言うか、逆らえないというか……」


「お前は昔っからそんな感じだよな……」


 四人とも、すっかり疲れてしまっている感じだった。特に黎の疲れ具合はハンパではない。げっそりしてるし。


「――ちょっと、座っていいか?」


 振り返ると、そこにはタバコをくわえた千春さんが立っていた。

 千春さんは俺たちの一番端に座った。そして煙を一度吐き出して、話し出した。


「……疲れてるな、お前ら」


 千春さんの言葉に黙り混む女子四人。そんな姿を見た千春さんは、フッと笑みを浮かべた。


「……まあ、お前らがそんな状態になるのは分かるし、同情もする。だから、私から一つアドバイスだ。

 ……あれはな、葵なりの試練みたいなもんだ。

 お前らはみんな晴司を狙ってるだろ?

 ――もちろん、葵もそれが真剣であることはよく分かってるはずだ。だからこそ、敢えてああいう一面を見せてるんだろ。

 ……どんな状況になっても、相手を信用できる絆。――それがないと、例え添い遂げることが出来ても、うまくいくことはないんだよ……」


 千春さんは遠い目をしていた。

 ……その目が何を意味するのかは、俺にはだいたい見当が付いていた。その証拠に、黎も同じく沈んだ顔をしていた。


「……ま、もし結婚までいくなら、葵が“義母(お母)さん”になるわけだし。誰がなるにしても、今のうちに慣れることだな」


 そう言い残し、千春さんは家の中へ戻っていった。

 俺には、千春さんの言葉の意味が何となく理解できた。紆余曲折あるなかで、本当に強い絆で結ばれていなければ、糸と糸は、いずれほどけてしまう。

 ……俺は、人知れず千春さんの言葉の重さを実感した。


 それは女子四人も同じだろう。

 全員、千春さんの発言の深さを実感し、それぞれが更に大人しく…………なるわけがなかった。


「……結婚……」


「……義母さん……」


 誰かが、そう呟き始めた。俺は四人の顔を見渡してみた。

 ……全員、さっきまでの表情が嘘かのように、目がギラギラと光輝いていた。その景色は、全員の頭から結婚式のファンファーレが今にも聞こえてきそうだった。


「ちょ、ちょっと……お前ら――」


 “落ち着け”

 そう言おうとしたが、時既に遅し。四人が一気に母さんに向かって突進する。


「お母さん! 何か手伝うことは!?」


「葵……さん! 肩揉もうか!?」


「私、洗濯物畳んできますね!!」


「私はお母様の部屋を整えてきます!!」


 ……母さんが戸惑う姿、始めて見た。

 母さんが相手とは言え、この四人がただの女子ではなく、それぞれが超人であることを、改めて実感した。





 ==========





 四人のお陰で、その日は残りの家事が速攻で終わった。

 今までだって四人はそれぞれ家事を分担してしていたのだが……今日はベストタイムだ。金メダルを贈呈したい。


 そんなこんなで、全員でテレビをまったり見ていた時、母さんが思い出したかのように切り出した。


「……そういえば、晴ちゃん」


「ん? 何?」


「晴ちゃんさぁ、臨海学校でケガしたから、海、行ってないんだよね?」


「ああ、そうだな……」


 確かにそうだが……


「――じゃあさ、行こっか」


 母さんは満面の笑みで言ってきた。

 ……俺は、一応確認してみた。


「……行くって……どこへ?」


「だからぁ、海!!!」


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