mother―in―law
母さんが帰ってきた次の日、我が家は何とも言えない重苦しい沈黙に包まれていた。
「はい、晴ちゃん。あ~ん……」
「……いや……自分で食べれるから……」
「もういいじゃない! せっかく久しぶりの晴ちゃんとのご飯なんだし……」
母さんはショボくれている。そしてそれを唖然と見つめる奴らが三人。月乃、星美、陽子先輩である。千春さんは“やれやれ”と言った顔を浮かべ、ビールをグビリと飲む。黎は俺と母さんの様子を歯ぎしりしながら見ている。
……なぜ誰も文句を言わないのか……それは、我が母の言動が原因であった。
「ちょっと葵! いい加減、晴司から離れ――」
黎は耐えられず叫び出した。その瞬間、母さんからビームのような視線が飛ぶ。そして黎は身を震えさせ、フリーズする。
「……黎、年上を呼び捨てにするなと、何回言えば分かるのかしら?」
……とてつもない迫力だ。黎だけでなく、月乃たちも固まっていた。 この視線だけで、チビッ子は泣いてしまうだろう。
母さんは、昔から“俺には”優しかった。たまに叱られる時もあったが、常に優しく、常に暖かく、俺を包み込んでいた。……しかし、それは俺にだけ見せる姿であることを知ったのは、中学の時だった。
母さんは、仕事場では“氷の女王”と呼ばれていた。常に冷静沈着、気にいらないことは気に入らないと言い、かといってその成績は会社でも群を抜くものだった。まさにスーパーウーマン!
……とても想像できないが。
で、見ての通り、俺に対しては“超”が付く親バカなわけだ。
かと言って、全てが甘いわけではない。小遣いだって決まった額……むしろ世間一般的には少ない方だと思う。
だいたい俺が臨海学校で大ケガした時だって、電話一本で終わらせたくらいだし。……まあ、あれは千春さんを信用してのことだったと思うが。
……それをひっくるめて言うなら、やはりスーパーウーマンと言わざるを得ないだろう。
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夕食が終わり、母さんは皿洗いをしていた。鼻歌混じりに、上機嫌に。
……一方、俺たち若人は、庭が見える吐き出し窓に座り、シャクシャクと一心不乱にスイカを食べていた。
今日の空は快晴。電気を消せば、きっと星々の輝きが空一面に広がるだろう。……だが、誰一人として上を見上げない。どんよりと、正面を見ている。耳には、スイカをかじる音だけが聞こえていた。
「……なんか、暗くね?」
俺はとりあえず、現状を最も分かりやすく、端的に言ってみた。
「……夜だからでしょ」
月乃は正面を見たまま返す。
……いや、そう意味じゃなくて……
「空気の話だよ。何でそんなに落ち込んでるんだ?」
「ああ……」
月乃は相変わらず正面を見たまま、短く返す。
「先輩のお母さんって、なんかスゴいです……」
「スゴいっていうのかね、あれは……」
「晴司くんのお母さんを表すには、最適の言葉だと思うよ……」
「そ、そうっすか……」
「……アタシも、葵……さんは苦手だ……なんと言うか、逆らえないというか……」
「お前は昔っからそんな感じだよな……」
四人とも、すっかり疲れてしまっている感じだった。特に黎の疲れ具合はハンパではない。げっそりしてるし。
「――ちょっと、座っていいか?」
振り返ると、そこにはタバコをくわえた千春さんが立っていた。
千春さんは俺たちの一番端に座った。そして煙を一度吐き出して、話し出した。
「……疲れてるな、お前ら」
千春さんの言葉に黙り混む女子四人。そんな姿を見た千春さんは、フッと笑みを浮かべた。
「……まあ、お前らがそんな状態になるのは分かるし、同情もする。だから、私から一つアドバイスだ。
……あれはな、葵なりの試練みたいなもんだ。
お前らはみんな晴司を狙ってるだろ?
――もちろん、葵もそれが真剣であることはよく分かってるはずだ。だからこそ、敢えてああいう一面を見せてるんだろ。
……どんな状況になっても、相手を信用できる絆。――それがないと、例え添い遂げることが出来ても、うまくいくことはないんだよ……」
千春さんは遠い目をしていた。
……その目が何を意味するのかは、俺にはだいたい見当が付いていた。その証拠に、黎も同じく沈んだ顔をしていた。
「……ま、もし結婚までいくなら、葵が“義母さん”になるわけだし。誰がなるにしても、今のうちに慣れることだな」
そう言い残し、千春さんは家の中へ戻っていった。
俺には、千春さんの言葉の意味が何となく理解できた。紆余曲折あるなかで、本当に強い絆で結ばれていなければ、糸と糸は、いずれほどけてしまう。
……俺は、人知れず千春さんの言葉の重さを実感した。
それは女子四人も同じだろう。
全員、千春さんの発言の深さを実感し、それぞれが更に大人しく…………なるわけがなかった。
「……結婚……」
「……義母さん……」
誰かが、そう呟き始めた。俺は四人の顔を見渡してみた。
……全員、さっきまでの表情が嘘かのように、目がギラギラと光輝いていた。その景色は、全員の頭から結婚式のファンファーレが今にも聞こえてきそうだった。
「ちょ、ちょっと……お前ら――」
“落ち着け”
そう言おうとしたが、時既に遅し。四人が一気に母さんに向かって突進する。
「お母さん! 何か手伝うことは!?」
「葵……さん! 肩揉もうか!?」
「私、洗濯物畳んできますね!!」
「私はお母様の部屋を整えてきます!!」
……母さんが戸惑う姿、始めて見た。
母さんが相手とは言え、この四人がただの女子ではなく、それぞれが超人であることを、改めて実感した。
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四人のお陰で、その日は残りの家事が速攻で終わった。
今までだって四人はそれぞれ家事を分担してしていたのだが……今日はベストタイムだ。金メダルを贈呈したい。
そんなこんなで、全員でテレビをまったり見ていた時、母さんが思い出したかのように切り出した。
「……そういえば、晴ちゃん」
「ん? 何?」
「晴ちゃんさぁ、臨海学校でケガしたから、海、行ってないんだよね?」
「ああ、そうだな……」
確かにそうだが……
「――じゃあさ、行こっか」
母さんは満面の笑みで言ってきた。
……俺は、一応確認してみた。
「……行くって……どこへ?」
「だからぁ、海!!!」




