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不器用な彼らの空模様。  作者: 井平カイ
そして彼は平穏な日常を諦める
42/64

現れたカオス

 女子高の美術室には、気まずい雰囲気が流れていた。

 あれから先輩はすぐに俺から離れ、顔を真っ赤にして動かなくなった。俺もまた、先輩の方を見ることが出来ず、無駄に絵を見たり頭をかいたりして、場を繋ぐことに必死になっていた。

 長い沈黙の中、いつまでもここにいるわけにもいかないと思い始めた俺は、おそるおそる先輩に切り出した。


「……あの……先輩?」


「……なに?」


「いや……その……そろそろ、出ましょうか……」


「え、ええ……そうね……」


 ……実に気まずい。しかし、心苦しい気まずさとは違う。おそらくは、あまりの恥ずかしさからの気まずさだと思う。現に、俺の顔はさっきから熱くなってるし、鼓動も早い。それは、きっと先輩も同じだと思う。


 俺たちはゆっくりと立ち上がった。そして、おそるおそる外の様子を見てみた。誰もいない。歩く音や走る音、誰かの話し声もない。俺たちはホッとした表情を浮かべ、美術室を後にした。

 俺たちは学校の門を目指して歩いていた。――が、何か先輩の様子がおかしい。俺から必死に目を背け、何も話さない。かと言って俺から離れることなく、いつもより半歩ほど近い位置を歩いている。そして、さっきから手と手が触れるたびに体をビクつかせていた。

 いつもの明るい先輩は、姿をくらましてしまっているかのようだった。


 結局、門を出るまで男たちと遭遇することはなかった。……その理由は、すぐに明らかになった。

 学校の正門を出たところで、俺はある人物に声をかけられた。


「よう晴司。遅かったな」


「………この声は……」


 俺はゆっくりとソイツの方向に目をやる。そこにいたのは、黎だった。


「……何で“お前ら”がこんなとこにいるんだ?」


 そこにいたのは黎だけじゃなかった。月乃、星美もいやがった。

 月乃は気持ち悪いくらいニコニコしていた。星美も笑っていたが……どう見ても作り笑いだった。冷や汗出てるぞ。

 その顔を見た俺はすぐに気付いた。いや、確信した。


「……さては、付けてきてたな?」

 

「ええ。そうよ」


 月乃はあっさり認めた。さも当然のように。平然と。


(……って認めるのかよ!)


「……先輩、怖い人たちはもういませんから、安心してください」


 星美が少し控えめに話した。しかし、どこか怯えるように話しているが……こんな顔をさせるようなことをするとなると、俺は一人しか思いつかない。


「黎……お前、何したんだ?」


「何にもしてないって」


「嘘つけ!!」


「いや、本当にしてないんだよ。アタシにもよく分かんないだけどな……」


 3人の話ではこうである。

 喫茶店から飛び出したのを見た3人は、男たちの後を追った。そして、男たちが女子高に入ったのを見て、このまま入れば俺にバレると思った3人は、門の外で作戦を練っていた。そんな中、中からあの男3人が出てきたので詰め寄った。男どもは黎の武人のオーラを感じ取ったのかたじろぎ、黎たちに聞いてきた。


「お前ら、何なんだよ?」


 そこで3人はこう答えたらしい。


「アタシは晴司の嫁だ」


「私は晴司の保護者よ」


「私は先輩の二番目の女です」


 そう言った瞬間、男たちは後退りを始めた。そして、なぜか半泣きになりながら走り出したそうな。最後のセリフが……


「なんでアイツにばっかりぃぃぃぃ!!!!」


 と、いうことらしい。……ちょっと同情する。


「さ、晴司帰るよ」


 そう言って黎は俺の腕を掴んできた。そして、家の方に引っ張り始めた。


「お、おい……陽子先輩は……」


 すると今度が月乃が答える。


「いいのよ。そもそも、晴司を借りたのだって、あの女と見せ合いするためでしょ? それが終わったんなら任務解除よ」


 無理やり歩かされ始める俺。


 ……突然、俺の服は誰かに引っ張られ、止まった。

 その方向を見てみると……それは先輩だった。

 先輩は俺の背中の服を握りしめ、離そうとしなかった。ただ俯き、ただ握り、何も言葉にしない先輩は、どこか突けば崩れそうな雰囲気だった。


「せ、先輩?」


「……ダメ…」


 先輩は小さく何かを呟いた。俺は何を言ったのかよく聞こえなかったので、耳を先輩に近付けてみた。


 すると突然先輩は俺に抱き付き、腕を掴む黎の手を払いのけて、抱き付いたまま俺を隠すかのように、黎たちの前に立ちふさがった。


「やっぱりダメ。――晴司くんは、今日から私の家に住むから!!」


 閑古鳥が鳴いたかのように静まり返る俺たち。俺も現状をよく理解できない。

 しかし、その言葉を理解した月乃、黎、星美は、顔を真っ赤にし、一斉に叫びだした。


「はああああああああ!!!???」






===========





 ところ変わって、ここは俺の家。今日の夕食は夏の定番カレーライス。野菜をドロドロになるまで煮込ませるのがポイントいらしい。

 確かにうまい。ああうまいさ。……だが、今の光景は、そんなカレーの味を忘れさせてしまうのであった。


「……で、やっぱりこうなるわけだ……」


「何がだ?」


 千春さんは、やっぱりビール片手に俺に聞き返す。


「何がだ? じゃないでしょうに……」


 俺は千春さんの言葉に呆れることしかできない。


(いいのかこれで……大人の千春さん? これでいいのでしょうか!?)


「晴司くん、食べないの?」


 ……先輩が、俺の顔を覗きこんでいた。それを見つめる月乃、黎、星美は機嫌悪そうにカレーを頬張る。


 結局、先輩もこの家でしばらくお世話になることになった。あれから先輩と月乃らは激しい火花を散らし、言葉の弾丸をそれぞれが撃ち合った。

 乱れ飛ぶ言葉の応酬! 激しくぶつかる想いと想い! ……そして、巻き添えで殴られる俺……

 で、俺の家で今後について交渉という名の延長戦が繰り広げられていた最中、千春さんは帰宅し、一言、たった一言で、長きに渡る争いを終結させた。


「え? 陽子も家に住めばいいじゃん」


 もちろん月乃たちは大いに反対したが、千春さんが、お前らも同じ立場だろ? 的なことを凄んだところ、あっという間に意気消沈したわけで……

 ……やはりサファリパークの頂点に立つ者は、揺るぎない実力を持っていたようだ……

 で、今まさに更なる延長戦が眼前で繰り広げられているわけだが……


 ……俺の平穏は、更に遠退いて――――――


「――――ただいまー」


 突然誰かが帰宅した声が聞こえた。月乃、星美、陽子は困惑していた。自分たち以外に誰もいないはずだと、そんな表情をしている。

 ……黎は、その声を聴いた瞬間固まった。


「……この声は……」


 俺は、その声に聞き覚えがあり、それが誰なのか瞬時に把握する。


「あれ? もしかして……」


 千春さんもまた、俺と同様に全て理解したようだ。


 居間のドアがガチャリと開く。そこには、黒髪の女性が立っていた。その姿凛々しく、小さく細い縁なし眼鏡がキラリと光る。そして見る者全てを虜にさせるほどの美人! ……らしい。

 “らしい”というのは、あくまでも周囲の話であって、俺自身、それがどうなのか分からない。


「やっぱり……葵、帰ったのか」


 千春さんは頬を緩ませ、その人を出迎えた。


「ええ。仕事が一段落したからね。しばらく休みをもらったわ」


 その人は冷静な表情のまま、千春さんに答えた。

 千春さんと同等のオーラを放つそのお方は、ある意味、現時点でこのサファリパークの頂点に一気に上り詰めた。


「……それにしても、やけに客が多いわね……千春、どうしたの、これ?」


「ハハハ。晴司のせいだよ。みんな、アイツ狙いだそうだ」


「……何ですって?」


 そのお方は、月乃たちを見渡す。その表情は凍てつくような真顔で、その目は尋常ならざる何かを宿していた。


「……あなた達は、どういう関係で?」


 さすがの月乃たちも、その異様な雰囲気に呑まれていた。冷や汗を滲ませ、唾を飲み込むしか出来ていない。


「……それに、黎」


「は、はい!!!」


「アナタ、日本に来たなら、まずは私に連絡するのが先決なんじゃないの?」


「いや、だって……」


「言い訳しない!!!」


「ご、ごめんなさい!!!」


 黎は完全に怯えきっていた。普段全く使わない言葉を使ってるし…… 

 その様子を見た月乃たちは、さらに顔を青ざめる。そう、もはや彼女らに牙はなかった。


 ……そして、その人物は、ゆっくりと俺の方を向き、一歩足を踏み出す。

 緊張が部屋を包んでいた。


「………晴ちゃ~ん!! ただいま~!!!」

 

 その人は、俺に勢いよく飛びつき、ハグをしながら頬擦りしてきた。


「ちょ、ちょっと……」


「いいじゃないいいじゃない! 久しぶりの再会だし~!! 会いたかった~!!!」


 その人は、それまでのピリピリとした雰囲気を一変させ、まるで子犬のように甘え始めた。

 ……俺にとっては、いつもの光景ではあるが……さすがに恥ずかしい……


「ちょっと……母さん!!!」


「……母さん?」


 月乃が固まりながら、俺の言葉を復唱する。そんな様子を見た千春さんは、ニヤニヤしながら、その女性を月乃たちに紹介した。


「……そいつの名前は、“楠原葵”。

 ――正真正銘、晴司の母親だ」


「――――!!!」


 驚愕する月乃、星美、陽子。真っ白になる黎。


「だあああ!! 母さん離れろよおおお!!!」


 ……この人が帰った段階で、俺はもう諦めた。


 この夏休み、俺に平穏はなくなった………


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