仮面彼氏、再誕
夏の昼。それは灼熱地獄とも言えるだろう。特に屋外は照りつける太陽が硬いアスファルトに反射され、暑さを何倍をも増加させる。こんな日にわざわざ外に出るなんてのは、よっぽどの夏好きかバカしかいないわけで…………
俺は、そういう意味では、バカなのだろう。
照りつける太陽の下、頭から脚の爪先まで汗をダラダラとかき、俺が向かうのは、先輩が待つ、いつもの駅だった。
先輩が俺を貸してほしいと言った時は、そりゃまあモメたモメた。 月乃がブチキレたり、黎が掴みかかろうとしたり、俺が縛られて監禁されたり…………
一部、なぜ? ってことがあるが、まあ結果として再び千春さんが登場して場を収めた。
……で、とりあえず理由を聞いてみようという話になったが……
何でも、先輩がフラれたことは先輩の女子高でも話題になったらしく、その中でも、先輩を目の敵にしてる女子がいて、その女子は先輩にこう言ったらしい……
“その男って、どうせつまらない男なんでしょ?”
……その言葉を聞いた先輩は思わず反論し、言い合いに。
で、その女子の男友達と俺の比べ合いって話になったそうだ。
何だそんなことか……と、俺は思っていた。
しかし、それを聞いた月乃、黎、星美は目に灼熱の炎を宿し、
“その女、許すまじ………!!”的なことを言い始めた。
そして、千春さんを除く女性4人は手を取り合い、意気投合してしまったのだ。
……もちろん、その展開に当事者であるはずの俺が、置いてきぼりだったのは言うまでもないだろう………
そして次の日は一日かけて作戦会議を実施。ああでもないこうでもないと話し合った結果…………
晴司に何か期待しても無駄という結論に至り、とりあえず普段通りで行くということに……
……丸一日かけて、結果投げやりってどうなんだろうか……
家を出るときも、
“目にもの見せてやれ!”
……と背中を叩かれたが、いったい何を見せろというのだろう……
とはいえ、やはり先輩の顔に泥を塗るわけにもいかず、本当はバックレようと謀っていた俺の真相心理は封印し、茹だるような暑さの中、俺は歩を進めていた。
「あ……晴司くーん!!」
俺を見つけた先輩は、天真爛漫な笑顔で俺に手を振った。
ちなみに、あの日から先輩は俺のことを
“後輩くん”ではなく、“晴司くん”と呼ぶようになっていた。
理由を聞いてみたが……よく分からん。
どこか儚さが感じとれる瞳で月乃達の方を見た後、俺にはにかんだ表情を見せただけで、結局は何も言ってくれなかった。
俺は、未だに名前で呼ばれることに慣れていなくて、手を振る先輩に苦笑いを浮かべ、小さく手を振り返していた。
集合時間の15分前。
月乃といい空音といいそうなんだが、どうも俺の周りの女子たちは時間にシビアなようだ。いつも時間前に来ているはずの俺が遅れる形になってしまう。
(……俺も次からは30分前行動を心がけよう)
「すみません。待ちましたか?」
「ううん。今来たばっかりだし!」
先輩は笑顔で話す。
俺たちは歩き始めた。先輩は持っていたバッグからペットボトルのお茶を取り出し、一口だけ飲んだ。見ればペットボトルは水滴を帯びていたが、残りは少ししかなかった。
それにしても先輩の私服はどこか新鮮に見える。
白色の袖なしシャツにロングスカート。白い大きな帽子。どこぞの映画から飛び出してきたような雰囲気だ。そんな人が俺の隣を歩いているのが信じられん。
それもそうだろう。最後にこうして私服同士で歩いたのは、中学の時なわけで……あの頃に比べて先輩は更に大人っぽくなっている。
まるで別人に見えてしまう俺を、いったい誰が責めれるだろう。
==========
先輩がその女子と約束しているのは、女子高近くの喫茶店。そこに着くと、相手はまだ来ていないようだった。
少し大きめな席を確保し、そこの隅に二人並んで座る俺と先輩。
……なんか、心地好過ぎて逆に落ち着かない。
先輩は背筋をやや丸め視線を斜め下に向けたまま、何も喋らない。いつもの先輩とは、どこか違って見える。顔はやや桃色に染まり、目の奥がゆらゆらと揺れている。でも、口元は少しだけ微笑んでいるようだった。以前二人で喫茶店に行った時には、こんな雰囲気じゃなかったのに。
……もっとも、あの時は俺は緊張し過ぎて頭が真っ白になっていたわけで、先輩の方をよく見れていなかったが……
何度でも言おう。俺はピュアだったんだ。
しばらくすると、女がやって来た。後ろには若い兄ちゃんが3人一緒にいた。見た目は……バカっぽい。
(……ていうか遅ぇよ!!)
約束の時間から1時間も経っていたが、女は悪びれる様子もなく男たちと席に座る。
「ちょっと遅れちゃった~」
(……それで謝ってるつもりなんだろうか……)
「あ、全然大丈夫だよ。むしろ……」
先輩は言葉を濁す。顔は、怒っている様子ではなく、どちらかと言うと残念そうな顔をしていた。
(……やはり、あまり会いたくなかったのだろうか)
その女は実に軽そうだった。髪は金髪に染め過ぎて痛んでいた。化粧は厚く香水も臭い。服装も肌を露出した格好で、セクシーというよりも下品って言葉がよく似合う。
ま、世間的に見れば美人の部類に入るのかもしれないが……俺には、何も響かなかった。
(俺の周りにいるやつが、レベルが高すぎるのもあるのかもしれない)
「――で? そいつがそうなの?」
女は冷めた目で俺を見ていた。
態度的には月乃に似たところがあるが……いや、それは月乃に失礼だ。何しろこの女には暖かみがない。そして何より、人を見下すことを躊躇ってない。
……まるで自分が世界の頂点にいると思ってるかのような、そんな雰囲気だ。
(……今度コイツを、我が家が誇るサファリパークへ案内してみようか。――10分持てばいい方だろう)
そんなことを思ってると、女は急に笑い始めた。
「やっぱり思った通りだ。……つまんなそうな男」
女は俺を見下していた。まるで汚いものを見るかのような歪んだ視線を感じる。
(……わかってるじゃねえか。俺はつまんない男だよ)
しかし先輩は、俯いてしまっていた。手を握りしめ、体が少し震えている。
そんなことはお構いなしに、女は聞いてもないのに言ってきた。
「私の男を見なさいよ陽子。シンジもダイスケもマサヤも、みんないい男でしょ?」
女はドヤ顔をしていた。
(……いや、みんなもれなくバカっぽいのだが……)
さっきから女の独壇場になっていた。それでは何となく面白くないので……とりあえず、俺は聞いてみることにした。
「誰と付き合ってるんですか?」
「はあ?」
女は俺の言葉を理解出来ないような顔をしている。
「いや、その人たちの中の誰と付き合ってるのかなって……」
女は再び笑い出した。男たちも同じくバカっぽい顔で笑っていた。
(……俺の気のせいだろうか。男をどっかで見たことある気がする)
「みんな、私の彼氏だよ!」
「…………は?」
「私はみんなと付き合ってるのよ。だってみんな私を好きだって言ってくれてるし。
……こんなに愛される私って幸せ……」
女は自慢気に話していた。
(……でも、3人と付き合うことなんて可能なのだろうか。女性経験に乏しい俺には理解し得ない領域だ……
――あ、そういうことか)
「なるほど……つまりは3股ってことっすね!」
「違ぇよ!!!」
女と男は瞬時に身を乗り出して突っ込む。
「……じゃあ、キープ?」
「だから違えって言ってるだろ!!??」
女と男は怒り出した。みんな顔を赤くして、青い血管が見える。
(……ヤバい。怒らせたかな……)
先輩の方をチラッと見てみた。なんか必死に笑いを堪えていた。
(……いや先輩、笑ってる場合では……)
「……本当、マジムカつく奴。私だったら絶対相手しないし……」
女は腕を組んで椅子にドカッと座った。
(……いや、俺からも願い下げなんだが……)
……すると突然、女は何かを思い付いたみたいな顔をした。そして、妖艶な眼差しで俺を見てきた。
「……ねえ、アンタも私たちの仲間に入らない?」
突如として、女は訳の分からんことを言い始める。
「私達の方が楽しいって。そんなツマンナイ女よりも、もっと“いい経験”をさせてあげる………」
女は胸元を強調してきた。
(……ノーブラ……)
「ねえ……私のこと、どう思う?」
女は俺に迫り、男はニヤニヤ見ていた。先輩は絶句したような表情をしている。
(……どうと言われてもなあ。この女はもしかして、俺に色仕掛けをしているつもりなんだろうか……)
……あいにく、それなら通じない。
――何せ、家では“超”が付く美人な血に飢えた野獣たちが、夏の暑さに耐えかねて俺の存在を忘れたかのように薄着で歩き回ってるし……
それをいつも間近で見せられている俺にとっては、今更厚化粧のノーブラなんて見ても特に何も思わない。
それほど、俺の精神耐性は強化されているのだ……
その時、俺は先輩の顔の変化に気付いた。
その目は涙ぐみ、何かを懸命に祈るかのように両手を握り締めていた。
(……先輩は俺が色仕掛けに逆上せてこの女のところに行かないか心配してるのだろうか……)
そんな先輩の顔を見ていたら、無性に腹が立ってきた。心のどこかに、どす黒い感情が芽生えていた。
(……このバカどもが、先輩をこんな顔にしやがったのか……)
俺は、このバカ女に、少しお灸を据えることにした。
「……ねえ、どう思うのよ……」
「……正直に言っても?」
「もちろんよ…………」
俺は大きく深呼吸する。
そして、俺は思うことを正直に口に出した。
「……アンタ、可哀想だなって……」
「……は?」
「だって、男が三人もいるってことは、要するに誰か一人をとことん好きになってないってことでしょ?
……それって、スンゴイ可哀想だと思います。
男を作っても、結局は不安で、寂しくて……だからまた男を作る。
――それで、アンタの気は晴れてますか?」
「そ、それは――――!!」
女はたじろぎ始めた。しかし俺は畳み掛ける。
「何がそんなに不安なんですか?
何がそんなに怖いんですか?
常に男が傍にいないと、心配でしょうがないんでしょ?
――それはね、アンタが一人の男をとことん好きになってないから何だと思います。
たった一人しか男がいなくても、ソイツがアンタをしっかり思ってるんなら、アンタはきっと満足してるでしょう。
……でも、それは無理なんですよ。無理なんです。
今さっき、アンタは俺を誘った。
――だけど、アンタの“彼氏”は、それを止めましたか? 少しでも止める素振りを見せましたか?」
「――――!!!」
「……そういうことですよ。つまりは、その男たちも、アンタを好きなんかじゃない。大切になんて、思ってないんですよ。
言うなれば、ただの“暇潰し”なんです。
……だから、アンタは可哀想だ。――すごく。とっても」
俺が言い終わると、女は唖然としていた。そして、すぐに顔を赤くして、震え始めた。今まで俺と先輩に見せていた余裕の表情はなくなり……やがて、泣き始めてしまった。
俺の言葉は、この女にとってかなりキツイことだったらしい。
……俺は、若干同情していた。この女は、ただ飢えていただけなのかもしれない。
自分を想ってくれる男に。自分を守ってくれる男に。
そして俺は、その男たちに何だかイラつき始めた。それは、この女のことを“モノ”としてしか見てない男への怒りだったのだろう。
(……コイツらは、男なんかじゃない……!!)
「お、おい……お前、何泣いてんだよ!!」
シンジなる男たちは慌てふためいていた。
(……それが分かってやれないから、お前らはバカなんだよ……)
そして、男たちはそのままの表情で俺の方を向き、まるで責任を押し付けるように怒鳴ってきた。
「何なんだよ……何なんだよお前は!!」
(…………俺が何かだって?
そんなもん決まってるだろ…………
………今日の俺は――――)
「―――俺は……陽子の彼氏(仮)だ!!!」




