そこにある現実
「そうか……お前も大変だな」
則之は、哀れみに満ちた表情で俺を見ていた。そんな則之の顔を見ていたら、何となくムカついてしまった。理由はない。それもまた、今の俺の心理状態の現れなのかもしれない。
あの柊月乃の爆弾発言の夜、俺は則之の部屋に来ていた。そして、則之にことの顛末をしつこく聞かれ、他言無用を条件に今日の出来事を話した。
「でも柊がそんな子だったとはなあ。ショックだけど、どこか納得だなあ………」
「……俺も舐めてたよ。まさか、初日からあんな行動に出るとは………」
「晴司、午後から死んでたもんなあ」
……そう。月乃のあの発言の後、俺はまさしく死ぬ目に遭っていた。
女子たちからは馴れ初めだとかどういう告白だったとかをしつこく聞かれ、俺は答えられるはずもなく、ただただ愛想笑いを繰り返した。そして、男どもからのアタックも想像を絶した。転校してきたばかりの超絶美人の柊月乃を、今まで目立ったことがなかった男が全校男子生徒の思いをしり目に横からかっさらったと――醜くも至極当然な嫉妬心に身をまかせ、俺は説明という名の尋問を受けた。挙句、帰ろうとしたところ、強面な先輩に目をつけられ呼び出しをくらってしまった。
…………行かなかったけど。
月乃は、クラスの女子に馴れ初めを聞かれ、こんな風に話していた。
転校の数日前に偶然知り合った俺に親切にされた月乃は、俺に一目惚れをした。そして、また会いたいと思っていた矢先、転校先の同じクラスという運命的な再会を果たす。勇気を出して学校の案内という名目で二人きりになり、その途中で、想いを俺に告白した。俺はそれを爽やかに、にこやかに受け入れ、交際をスタートさせた。
………ということらしい。
今考えても、嘘臭いことこの上なし。いったいどこのギャルゲーだよ。ていうか、そんなどう考えてもあり得ない話を信じるはずがないだろう。俺は、そう思っていた。
……しかし、現実は時に人の予想を凌駕することがある。そんなおとぎ話にも似た話を、クラスの奴らは信じてしまった。
つまりはこうだ。嘘の中に少しの真実を入れることで、その嘘に現実味を出すことができるように、下手なドラマのような展開も、その中に事実という要素を入れ込むことで説得力を生むことができるのだ。あとは、その話をさも当然のように話せば、それは真実として捉えられてしまう。
そこには、実際にあってほしいという、UFOを信じるオカルトマニアのような心理状態があるのだろう。
度重なる尋問。次々と送られる嫉妬と憤怒の念。
……俺は、すでに疲れかけていた。いったい俺が何をしたと言うんだ。神様ってのは残酷なんだな……
でも、俺だってまだ死にたくない! 俺は藁にもすがる思いで、則之に助けを求めてみた。
「………なあ則之。俺はこれからどうすればいいと思う?」
別の解決するなんて思っちゃいない。……でも、何か慰めの言葉を言ってほしかった。
しかし則之は、俺の期待していた答えとは正反対の答えを、あっけらかんとした表情であっさり答えた。
「は? 聞くまでもないだろそんなの。楽しめばいいだけじゃん」
「楽しむ?」
「そうだ。楽しむんだ。いいか晴司、よく考えろ。今のお前の状況をもっと客観的に見るんだ。
柊は、性格はさておき、転校初日で学校のアイドルになりつつあった超絶美人だぞ? お前はそんな子の彼氏になったんだ。これ以上の幸せはあるのか? なかなかないぜ?」
「た、確かに…………」
「……まあ、今の状態がいつまで続くかは正直俺にもわからん。というか、それは誰にもわからんことだ。将来がどうなるかなんてな。
――でも、わからんものにビクビクしていても何も始まらないぞ? それなら、今ある状況を楽しむんだよ。俺はそう思うぞ?」
………こいつは普段バカなことばかりを言っているが、たまに妙に説得力があることを言ってくることがある。今日はまさにその時だ。
しかし、それもそうだな。確かにそのとおりだ。楽しむかどうかはわからないが、少なくとも今の現実は受け入れなければならない。現実は、常に俺のそばにあるのだから。
だったら、あとはそこにある現実の中から、自分にとって最善の選択をするように心がけることが大切なんだと思う。
俺は、今の自分にできる最善の行動をとろうと思い、帰宅した。




