サファリパークの混戦
その日の夕飯時、いつも騒がしいはずの我が家が静まり返っていた。
「なんだ? どうしたんだみんな……」
千春さんはビール片手に不思議そうな表情で全員の顔を見ていた。
(……千春さんよ。その質問は、答えるまでもないだろうに……)
「黎ちゃん、料理上手だね! これ、本当においしい!!」
「あ……ども……」
さすがの人間凶器も、陽子先輩の雰囲気に呑まれてしまっていた。
まったく邪気を感じさせない陽子先輩の独特の雰囲気……それは、先輩の最大にして最強の武器である。
初対面で馴れ馴れしくしても全くの違和感を感じさせず、まるで旧来の友人のような雰囲気となる。――それこそが、先輩が“太陽”と呼ばれる所以でもあった。
そしてそれは、残り二人も例外ではない。
「ねえねえ月乃ちゃん! 晴司くんの彼女だったんでしょ!? ねえ、晴司くんってどんな感じだった!?」
「……いや、あの時は仮の彼氏だったし……」
「でも二人で遊んでたじゃない! 十分付き合ってたって言えると思うよ!」
「そう……ですか……」
月乃は俯き頬を赤く染めて、手をモジモジさせていた。
月乃は、牙を抜き取られた感じだ。月乃との初見における最大の効果を期待できる攻撃だ……
(陽子先輩、恐るべし……!!)
「星美ちゃんって本当可愛いよね~。私、妹がいないから妹がいたらなーって思ってたんだ! それが星美ちゃんみたいな子だったら本当に嬉しいな! 仲良くしてね?」
「はい! 私からもお願います!」
陽子先輩は星美の頭を丁寧に撫でていた。星美はそんな暖かな陽子先輩の雰囲気を気に入り、すっかり懐いている。
(……星美は、落ちたか……)
「……驚いたな。この3人がここまで呑まれるなんてな……」
千春さんはビールを一口飲んで、先輩を見ながら感心するように呟いた。
……実際俺だって驚いている。
最初、先輩を紹介した時は、3人とも明らかに警戒していたが、そこは陽子先輩、持ち前の性格で瞬く間に3人を手玉に取り、あっという間にこの弱肉強食のサファリパークで台頭し、今では千春さんに次ぐランキング2位に躍り出たと言えるかもしれない。
しかし、このまま黙って引き下がるような奴は、この家にはいなかった。
「……陽子さんは、晴司とはどういう関係なんですか? 中学の時の先輩ってのは晴司から聞きましたけど……それ以外にもあるんですか?」
月乃が先陣を切った。
……しかし、月乃にしては丁寧な口調だった。ま、年上だし、その辺考慮してるのだろう………
「ええと………」
先輩は人差し指を顎につけ、目線を上にしながら何かを考えていた。
そして一瞬目線を俺に向け、フッと笑みを浮かべた。
「……“フッたフラれたの仲”ってとこかな」
「……じゃあ、あの学校でのことを考えると、先輩が晴司にフラれたんですか?」
月乃は鋭い視線を先輩に送る。
「両方だよ」
先輩は笑顔で返した。
(――――って、この人言っちゃったよおおおお!!!!)
「……どういうことですか?」
月乃はムッとしていた。眉毛をやや傾かせ、瞳はギラギラとしていた。おそらく、からかわれたと思ったのだろう。
……もちろん、先輩はからかってなんているわけがない。全て事実なのだ。
「だから、中学の時に晴司くんが私に告白して、高校生になって私が告白したんだよ。
――両方、フラれて終わったんだけどね」
……とうとう言ってしまった。俺がずっと黒歴史として封印していたことが、今まさに公の場に出てしまった。
それにしても、先輩の口調には、どこか違和感を感じた。――うまくは言えないが、何か攻撃の意志のようなものが感じられた。
俺は月乃に睨まれると思っていた。
でも、月乃はそんなことをしてこなかった。……むしろ、茫然としていた。
「晴司が……告白……」
月乃は目を大きく見開いていた。先ほどまで鋭かった視線は姿を変え、弱々しく、脆いものとなっていた。
……よほどショックだったようだ。
「………関係ないね」
そんな月乃の姿を、頬杖ついて淡々とした表情で見ていた黎は、突然そう言い出した。
「過去に晴司が誰を好きになって、誰に告白しようが、アタシには関係ないね。
問題は、今なんだよ。今の晴司が誰を選ぶかなんだよ。現に晴司は陽子を高校でフッたんだろ? だったら、それこそ過去がどうだろうが、今の晴司の隣は空席のままなんだよ」
「………黎……」
黎は先輩に向かっていった。でも、その中身は月乃へ向けているようだった。月乃もそう思ったようで、潤んだ瞳のまま黎を見つめ、小さく黎の名前を呟いた。
………空気が重いものとなっていた。
月乃は俯き黙り込む。黎は冷静な表情をしつつ、眼光は鋭く、先輩をただひたすら見つめている。先輩は微笑むような表情だったが、どこか妖艶な目をして、黎を挑発するかのように見つめている。星美はその空気を察して、黎と先輩の顔を交互に見てオロオロしている。
俺は、先輩の表情を見ていた。こんな挑発的な先輩は初めてだった。
言葉ではいつも通りだった。でも、その態度といい視線といい、言葉以外の全てが、中学の時では決して見ることが出来なかったものだった。
……俺もまた、固まってしまっていた。
「―――はいはい。ストップ」
凍り付いた場を解くかのように、千春さんが手を数回パンパンと鳴らし、俺たち全員を見てきた。
それを皮切りに全員が表情を柔らかいものに変え、千春さんに注目した。
「……まったく……どうしてそうお前らは晴司のことになると熱くなるんだ……。
今は、せっかくの夕食だ。それぞれが思うことがあるだろうが、とりあえず、冷める前に食べてしまえ」
そう言って千春さんは食事を再開した。
それに続き、俺たちも食事を再開するのであった。
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「……さっきは、ごめんなさい!」
食事と後片付けが終わった家の居間で、突然先輩が全員に謝り始めた。
「……私のせいで空気が悪くなったみたいだし……」
(……先に仕掛けたのは月乃だが……)
「……私の方こそすみませんでした。先に挑発してしまって……」
月乃は深々と頭を下げていた。
(おお! 月乃が大人の対応をしている!!)
「あれは会話内容が悪かったな。これからは食事中は晴司関連は禁止だな」
千春さんはビールを飲みながら呟く。
(……って、またビール飲んでるよ……)
「人を腫れ物みたいに言うのは止めてくれ」
ふと、先輩は立ったまま固まり、周囲を見渡し始めた。その表情は困惑というか何と言うか………何かを言いにくそうにしていた。
「……みんなが晴司くんのことを大好きなのはよくわかった。
……だから、こんなことを言うのはとっても申し訳ないんだけど……」
みんなが見つめる中、先輩は再度深く頭を下げた。
「――晴司くんを……一日だけ貸して!!」




