人ならざるモノ
あれから、駆けつけた警察官に男は取り押さえられ、連行された。
……もっとも、すでに男は一人で立つことも出来ない状態だったようで、黎の蹴りがいかに強力であったかを物語っていた。
「あんなの、相当手加減したんだからな? 全力でなんかしたら……」
俺は黎のその言葉の先を静止した。
(……人間凶器、白谷黎……)
俺たちは警察署に同行し、調書を取られた。もちろん、犯人を逮捕した人物として。
男の罪名は一応説明されたが……確か、“暴力行為なんちゃらかんちゃら法律違反”だった気がする。
聞いたこともない法律だったわけで、俺は全く覚えていない。刑事さんの話では、殺人未遂も視野に入れるそうだ。
……ちなみに黎も、実際のところは過剰防衛的な感じになっていたが、そこは刃物を持った男が相手だから、という理由で無罪放免となった。
そして、話を聞いた警察官から、“ぜひ警察官に!!”的な勧誘を受けたそうだが………
「黎が警察官になったら、署長の首がいくつあっても足りませんよ」
……と、千春さんが真顔で説明したところ、さっさと仕事に戻ってしまった。
(……いや、的確な判断。さすがは警察官といったところか……)
そして、あの男――――
奴は、あのマンションの住民だった。星美と同じ階に住み、星美自体も何度か挨拶をしたことがあるのだという。
……たぶん、その挨拶で、奴の中に星美への想いが募り、暴走したんだと思う。人の想いってのは、確かに純粋で尊いものだと思う。――しかし、一度暴走した想いは狂気となり、本人をはじめ、周囲を次々に巻き込んでいくものだ。
毎日ニュースで流れる凶悪事件や世界の紛争だってきっと同じなんだろう。
人の数だけ想いがあって、それは混じることはなく、時に対立し、時に罵り合い、時に相手を傷付ける……
それだけ人の想いには、何かしらの特別な力があるのかもしれない。
……人を、“人ならざるモノ”に変えるような力が……
でも、忘れてはならないこともある。想いとは、相手を傷付けるものだけではない。相手を慈しみ、相手を愛おしく包むことだって出来る。あの、ポニーテールとスポーツマンのように……
要はどちらを伸ばすか、ということだと思う。……どうせなら、良い方を伸ばしたい。少なくとも俺はそうしようと思う。
奴の両親も警察署に来ていた。何でも、奴は最近大学を辞めたばかりの19歳だという。いつも部屋に引きこもり、両親はそれを何とかしなければ、と思いつつも距離を置いてしまい、今回の狂気を止めることが出来なかったそうだ。
涙ながらに謝る両親を見ていたが、その口から出るのは、
『何とか訴訟を取り消してほしい。会社での立場が危うくなる。近所から白い目で見られる』
……と、息子のことではなく、自分のことばかりだった。
俺は、わずかだが、あの男に同情した。こんな家庭で育ってきたアイツは、どれほど孤独だったことか……
「……あの人がしたことは到底許されることではありませんし、私も許すつもりはありません。
――ですが、今のあなた達の言葉を聞いて、私は確信しました。
今回の事件は、あの人だけの犯行じゃない。あなた達も共犯者だと―――」
相手の両親にそう話した星美の瞳は、少しだけ涙を浮かべていた。しかし、力強い意思と激しい怒りを宿したかのような瞳で、相手の両親を睨むように見つめた星美は、きっと、俺と同じ憤りを感じていたのだろう……
相手の両親は、ただ項垂れることしか出来なかった。
その家族は、遠くに引っ越すそうだ。そして、一からやり直すらしい。……そこに、あの男の居場所はあるのだろうか。
俺と星美を恐怖のどん底に叩き落としたはずのあの男をそんな風に思ってしまう俺は、本当に偽善者だと思う。
「本当そうよね。……でも、その方が晴司らしいと思う。偽善だろうが何だろうが、それが出来ること自体に、深い意味があると思うわ」
月乃はそう言っていた。アイツなりのフォローなんだろうな。
そうそう、なぜ星美の家に親がいなかったかというと、星美の両親は共働きで、たまたま二人共、急な出張が入ったらしく、海外に行っていたそうな……
ほんの2週間程度のことらしいのだが――まさか、今回のような事件が起こるなんて思いもしなかったようで(当たり前だが)、完全に帰る気満々だったらしい。
千春さんは、俺たちの知らないところで星美の両親と話を付けていた。結果、両親はそのまま仕事を続けることになったようだが……
……問題は、ここからであった………
==========
「………で、こうなるわけだ………」
夕食時、今日は犯人逮捕で表彰状をもらった黎を祝して、盛大な楠原・白谷家のバーベキューになっていたわけで、テーブルを囲む俺を含めた“5人”は思い思いに箸を進めていた。
……そう、5人だ。
「先輩。ご飯を食べますか?」
「いや……自分でするから……」
「こらー! 晴司のご飯はアタシが世話するんだよ!!」
「……黎、騒がないでよ。――だいたい、晴司は私の所有物なのよ? 二人とも勝手にしないでよ」
俺はため息をついた。ただでさえ騒がしい家が、昨日から今日にかけて二人も増えている。
「ハッハッハ!! 青春だねえ」
千春さんはビール片手に、コントを見るかのように、他人事のように楽しんでいた。
俺はそんな千春さんを恨めしい目で見つめた。
千春さんはそんな俺の視線に気付き、困ったようにはにかんだ顔をうかべた。
「……そんな目をするな。仕方ないだろう? 外国にいる両親に今すぐ帰れなんて言えないし、かと言ってあの家にたった一人で住まわせるわけにはいかないだろ」
そう言って千春さんは星美を見た。星美は微笑んで、感謝の意を表すように一度深々と会釈した。
「それについては、俺も同意するが……そもそも、男がいる家に泊まらせるのは如何なものかと思うが?」
「ああ、それなら心配ない。――もし晴司が、その中の誰かに手を出そうものなら、他の奴に殺られるのは見えてるしな。
晴司がわざわざそんな寿命を縮めることをするはずもなかろう」
(……読まれてるな………)
「……じゃあ、もし俺が全員に手を出したら、どうするんだよ……」
その瞬間、空気が固まった。凄まじい視線が俺を包む。殺意に満ちた、憤怒に満ちた、禍々しい視線だ……
「……晴司、今の発言は撤回した方がいいみたいだぞ?」
千春さんは目を細めて俺に忠告した。
(……OKOK。俺もそうしようと思ったところだ)
「………冗談だよ、冗談」
その言葉で空気は戻った。
“だよねー”的な空気になってる。
俺は額に浮かんだ冷や汗をため息交じりに拭った。
「……でも、私は、それでも構いませんよ」
そんな中、星美が急にそう呟いた。
……再び固まる空気。
「……ちょっと星美……アンタ本気で言ってんの?」
「はい。私は本気です。……どんな状態になっても、私は先輩についていきます。
……だって、あんなに……」
そう言った星美は頬を赤く染め、両手をその頬に当てていた。そして、体をくねくね動かす。
「………晴司……あんなに……なんだ?」
黎はおもむろに箸を置いて立ち上がり、手をバキバキ鳴らせながら近付いてきた。
「………晴司……私も……知りたいわね……」
月乃も箸を置き立ち上がり、髪をかき上げながら近付いてきた。
「ま、待てよ……俺は……別に何も……」
身の危険を感じた俺は、額から汗をダラダラ流し、とりあえず作り笑いをうかべてみた。
「はい。何もありませんでしたよ」
星美は顔をもとに戻し、ニッコリと微笑みを浮かべて月乃たちにそう言った。
(おおお!! 助かったよ星――――)
「―――ただ、熱い口づけをしただけです………」
……かと思うと、再び顔を火照らせ、くねくねし始めた。
「――――――!!!!」
そして、ゆっくりと月乃と黎の方向に顔を向けると、そこには鬼が2頭君臨していた。
目は怪しく光ってる気がする。髪はその殺気に靡いている気がする。
そして、二人そろって手をバキバキさせている………
そのまま二人は俺に迫ってきて――――――
「……青春だねえ」
俺の絶叫と悲鳴が響く中、千春さんのその言葉がやけに大きく聞こえた。
(……これは青春なのか? だとしたら勘弁してほしい!!
こんな青春なんていらねえええええ!!!!)
……こうして、俺の日常はまた平穏から遠退いた……




